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2.学園編

第18章 舞踏会へのいざない

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「はあ~今度は舞踏会かよ。俺苦手なんだよな。貴族だからってみんなが好きなわけじゃないんだぞ」



 いつもの昼休み。ドンがテーブルに突っ伏してぶつぶつ文句を言っている。ロジャーの来訪を祝して学園でダンスパーティーが開催されることになったのだ。学生だけでなく、国王始め有力貴族も参列する大規模な会になりそうだ。



「まあ、隣国の皇太子が来る時点でこうなるとは予想できただろ。めんどくせーのは同意見だけど」



 グランも頬杖をついて気だるげに答える。



「形だけとは言え、パートナーを連れて来なきゃいけないのが嫌なんだよ。婚約者が決まってる奴ばかりじゃないつうの。グランは許嫁がいるんだろ? いーよなー」



「でもまだ14だから上級学校に入る年じゃないし、学園にも来ないだろうしなあ」



「え! 14って犯罪じゃねーの? それに貴族の子供で学園入らないなんてあるの?!」



「親が決めた許嫁なんだから3歳差くらいどうってことないだろ。それに貴族じゃないし。商家の娘なんだよ。商売で親が世話になって決められた縁談なの。そんないいもんじゃねーよ」



「グギギギギ……14歳……許嫁……許せん……」



 呪詛モードになったドンを後目に、グランはマクシミリアンに話を向けた。



「その点殿下はお嬢様がいるから心配しなくていいっすね」



「ちょっと、みんな! それどころじゃなくてよ! 殿下の社交デビューですわ! マナーもチェックされるし、ダンスの練習が中途半端のままなのにどうしましょう!」



 クラウディアは手をパンパン叩きながらよく通る声で言った。



「それならまた練習を再開すればいいよ。部活の方は少しお休みしようと思う」



「殿下、今日からまた特訓ですわよ。10日くらいしかないからスパルタで行きます」



「それより、クラウディアは大丈夫なの? ……ほら、前の会場と同じでしょ?」



 クラウディアは一瞬きょとんとしたが、婚約破棄があった会場と同じということを指しているのだと気づいた。



「そのことならもう全然気にしてませんから大丈夫ですわ。お気づかいありがとうございます」



 マクシミリアンはその場にいなかったのに気にかけてくれたことが嬉しかった。陽だまりのような優しさが身に染みる。やっぱり好きだなあ……好き? いや友達としては元々好きだけど、この好きはどんな好き? クラウディアはわけが分からなくなった。



「でもどこで練習すればいい? 学園で適当な部屋借りられるかな?」



「それなら僕の家においでよ。使ってない部屋いっぱいあるし」



「殿下の家って宮殿でしょ? そんな簡単に行けるもんなの?」



「んー、よく分からないけど、僕が招きたいって言うなら誰も文句言わないんじゃないかなあ」



 クラウディアは、アレックスの婚約者だったので宮殿に行くのはそう珍しいことではなかった。先日も国王に会いに行ったばかりである。しかし、マクシミリアンの住んでいる場所には行ったことがないので少し緊張した。



「学園に来る日は空き教室を借りましょう。休みの日も練習が必要になったらその時考えればいいわ。そういえば、殿下は宮殿の生活で不自由していることはございませんか? いじめられたりとか?」



「その点は父上が配慮して臣下を配置してくれたから大丈夫だよ。シーモア夫人と一緒だった時よりはかた苦しくないし快適だよ」



「シーモア夫人は今どうしているのでしょうか?」



「アッシャー帝国に帰ったとは聞いた。ロジャーなら何か知ってるかなあ。でもわざわざ聞くのはちょっとなあ」



 マクシミリアンはロジャーが苦手なことを特に隠しはしなかった。しかし、なぜ苦手なのか説明することもしなかった。クラウディアたちは、全然違うタイプだし馬が合わないのは当然だろうくらいに考えていた。



「やあ、こんなところにいたのか。マックスたちも窓際の席に行けばいいのに。王子なんだから誰も文句は言わないだろう?」



 ロジャーが彼らの元にやって来た。皇太子ともなれば特別待遇も可能なのだから、何も食堂でランチを摂る必要はないのだが、学園に来た日は必ず食堂に姿を現していた。お陰で女子生徒は昼休みがとても楽しみになっていた。



「ご飯が食べられれば場所なんてどこでもいいよ。第一、僕らが窓際に座ったらその分誰かがどくしかないだろう」



「ははっ。マクシミリアンらしいや。アレックスとは性格が違ってて君たち面白いね。ところで、クラウディア嬢に用があるんだが」



「えっ? わたくし?」



 自分に水を向けられるとは思ってなかったクラウディアは、少し油断していた。



「今度のパーティーでダンスの申し込みをしたいんだが、いいかな?」



 何のことはない、よくある話だ。そう頭で理解しようと思っても、先日の晩餐会の出来事がどうしても頭をよぎり冷静に受け止めることができなかった。今のはどういう意味なんだ? と考えるのに必死で、隣のマクシミリアンが身をこわばらせたことに気付かなかった。



「クラウディア、数あるダンスの申し込みだ。別にどうってことないよ。僕の申し出を先に受けてくれればね」



 クラウディアはびっくりしてマクシミリアンを見つめた。彼が対抗意識を燃やすことなど今までになかった。それを聞いたロジャーはにやっと笑うと、うやうやしく一礼をした。



「と、マクシミリアン殿下がおっしゃっているのですが、クラウディア嬢いかがですか?」



「え? ええ。いいですわよ。わたくしでよければつつしんでお受け致しますわ」



 クラウディアはうわの空で答えた。それを聞いたロジャーは満足そうに自分の席へと戻った。



「今のは驚きましたわ。殿下がダンスに積極的になるなんて」



「クラウディア、何としてもダンスをマスターしなきゃ。スパルタでも何でもいいから絶対に恥はかきたくない。時間は少ないけど一緒にやろう」



「えっ、殿下。女性と踊っても恥ずかしくなくなりましたの?」



「何を言ってるの。ダンスは男と女が踊るもんだろう? そんなこと言ってる場合じゃないよ」



 二人のやり取りを聞いて、グランとドンは顔を見合わせた。そして、練習の時は二人の邪魔をしないでやろうとお互い同じことを思ったのだった。



**********



 その日からパーティー当日まで毎日練習することになった。



「殿下、前よりお上手になっていますね。グランの教え方がよかったのかしら」



「それもあるけど、王宮に入ってから定期的にレッスンしてるんだ。なかなか恥ずかしさは取れないけど……でもそんなこと言ってられないし」



「それなら安心ですわね。後は度胸さえあれば何とかなりますわ」



「度胸……一番それが難しいんだけど」



 ロジャーに引けを取らないだけの度胸が欲しい。だが、それはない物ねだりというものだ。向こうは踏んできた場数が違う。父である皇帝の補佐の地位を得るまでにたくさんの修羅場も経験したに違いない。温室育ちで守られてきたマクシミリアンとは比べ物にならなかった。彼自身そのことを痛感している。無性に悔しくて腹が立ったが、どうにもならないことだった。



「ロジャー殿下のことが気になるんですの?」



 クラウディアに指摘され、マクシミリアンははっとした。



「うん……他人と比べても意味がないことは分かっているんだけど、どうしても比べてしまう……アレックスには感じたことないのに。何となく顔が似ているせいかな……」



「お昼の時、婚約破棄のこと気遣ってくださったでしょう。殿下は直接見たわけではないのに、よくお気づきになったなと思いました。あと、窓際の席を取ったら誰かがどくしかないというのも殿下らしい答えだと思いました。王族の方でそのような細かい気配りができる方は初めてです」



 クラウディアは静かな声で言った。いつもマクシミリアンに助けられているので、たまには自分から励ましてあげたかった。こういうことを言うのはあまり柄ではないのだが、いつもより元気がないマクシミリアンを見たら放ってはおけなかった。



「うん……ありがとう。クラウディアは僕のいい面ばかり見てくれるね。本当はそんな奴じゃないのに」



「あのですね、学園に誘ったこと後悔しているわけじゃないんですけど、新しい世界に慣れようと必死に頑張ってる殿下を見ると、時々心配になることがあるんです。辛い選択になったら嫌だな、って。わたくしのせいで殿下に苦労する道を歩んでほしくないんです。ですから、絶対に幸せになりましょうね」



 クラウディアに正面から見つめられてマクシミリアンは頬が赤くなるのに気付いたが、窓から差し込む西日のせいにすることにした。



「今まで避けてきた試練をつけ払いしてるだけだよ。それに毎日が新しい発見で楽しい。全部クラウディアが見せてくれた景色だ。この先何があっても感謝してる。だから……その……!」



 しかし後を続けることはできなかった。そして誤魔化すように立ち上がり、「練習の続きしよう!」と言った。そして、再びダンスの練習を行ったが今度はミスを連発してしまい、なかなか集中できなかった。
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