加護を失った青薔薇の聖女は悪魔将軍に溺愛される【R18】

雑食ハラミ

文字の大きさ
15 / 23

第15話 鮮血はとめどなくあふれ出る

しおりを挟む
「おやおや、主人が帰還したというのに物々しいお出迎えだな。兵士までいるとは何事だ? 俺の顔を忘れたか?」

 これがクリストファーの第一声だった。鎧を着て馬に乗ったまま、嘲るような表情で辺りを見回し、皮肉な笑みを浮かべる。

「あなたこそ、どうして鎧を着て軍隊を連れて来ているのです? 自分の家に戦を仕掛けに来たんですか? しかも今までどこにいらっしゃったんでしょう? 一番大変な時にいなかったなんて?」

 セシリアは、門の見張り台に立ってクリストファーと対峙した。ダミアンと初めて出会った時と状況がよく似ている。ダミアンともこうして会話を交わした。皮肉なことに、家の主人が不在なところまで一緒だ。

「しばらく会わないうちに口が立つようになったな。ずっと怯えて小さくなっていた女とは別人だ。これもあの間男の影響か?」

「変なことおっしゃらないで。私は、あなたの空いた穴を必死に埋めようとしたの。そのために手段を選ばなかっただけです」

 それを聞いたクリストファーは、嘲るような哄笑を響かせた。

「手段を選ばず、か! どこの馬の骨とも分からない卑しい男に股を開くことがね!? 少し見ない間に女は変わるな! ここまで堕落するとは思わなかった!」

「散々愛人を囲っておいた男がよく言うわね? 少なくとも、今の方が領地は劇的に潤っているわ。たった数か月なのに、前の領主はどれだけ無能だったのかしら?」

 セシリアが煽り返すと、クリストファーは憤怒の形相になり顔が赤黒くなった。視線だけで射殺せるのではと思えるくらいに憎悪を露わにする。

「売女がさえずるな。そのお偉い新領主様の姿が見当たらないが、一体どこへ行ったんだ? まさか怖気づいて逃げたんじゃなかろうな?」

「あなたと一緒にしないでちょうだい!?」

 とは言え、セシリアもダミアンの行方は知らない。その一瞬の迷いを目ざとく発見したのか、クリストファーはすかさず指摘した。

「俺には冷たいのに、奴には矢鱈と肩入れするんだな? 悪魔将軍はそんなによかったか? 何をたらしこまれた?」

「少なくとも彼は私を否定しなかった。領地をよくしたいという私の願いを聞いて一緒に取り組んでくれた。それだけでも感謝してもしきれない。あなたとは全然違う」

「本当にバカな女だ。それが悪魔将軍の企みだとなぜ気づかない? お前が余りにバカだから俺が戻って来てやったんだ。見ての通り準備万端だ。いいから門を開けろ。不純物を除去してやる」

「不純物はあなたよ! もう言いなりにはならない。連れてきた兵士にサリバン家の紋章が描いてあるけど、愛人の一人が確かそこの未亡人だったわね? 今までそこに匿われていたのね? ここを開けたら私たちを追い出して、彼女を新しい妻に据える気なんでしょう? 考えてることくらい分かるわ!」

 セシリアは、感情を表に出して反論した。もう我慢せず言いたいことを言ってやる。クリストファー相手に遠慮する気持ちはなかった。自分は自分のままでいいと知ったから。加護を失っても自分の価値は少しも減らないと知ったから。この勇気をくれたのはダミアンだ。

「うるさい! どれだけ喚こうが、領主を欺いて傭兵団を入れた罪はお前にある。しかも頭領とねんごろになって領主を追い出した者は毒婦として捕らえられる運命だ。どちらに理があるか世間はお見通しだ! 門を開けなければ実力行使だ!」

 クリストファーが号令をかけると、サリバン家の兵士たちが門に向かって突進して来た。この数では突破されてしまう。セシリアが思わず目をつむった時、別の方向から怒号と地響きが聞こえてきた。

「クリストファー様! 後ろから敵勢が!このままでは挟み撃ちにされます!」

 誰かがクリストファーに上申しているのが聞こえる。この聞き覚えある声はトビアスのものだ。釈放された後、まっすぐに元の主人のところへ行ったのだろう。

 一体どういうことかと目を凝らすと、クリストファー達の後ろから別の大群が押し寄せ、一方で城からも攻撃を開始している。じゃあ、ダミアンは……

「敵の大将を生け捕りにしろ! 葦毛の馬に乗ってる奴だ!」

 間違いない。ダミアンの声だ。こちらにやって来る軍を率いているのが彼なのだ。ダミアンはこうなることを見越して戦闘の準備をしていたのだ。もしかしたら、トビアスたちを逃がしたところから作戦は始まっていたのかもしれない。ほっとしたのも束の間、城壁のすぐ外側で激しい戦闘状態になった。辺り一面、あっという間に怒号と土埃が巻き起こり、一気に状況が一変する。

「セシリア様! ここは危ないです! こちらへお逃げください!」

 マリアがセシリアの手を取り、建物の中へ引き入れる。この場に留まって戦況を見届けたかったが、危ない場所に身を晒して足手まといになるわけにはいかない。二人は城内の奥へと入って行った。

 人々は城から出払っており、内部は人気がなくひっそりとしている。セシリアとマリア以外に人影は見えないと思われた、その時。

「セシリア様、危ない!」

 急に柱の影から短刀を携えたメイドが飛び出してきた。

 メイドは両手で短刀を構え、目にもとまらぬ速さでまっすぐセシリアに向かって突っ込んで行く。訳が分からないままにセシリアはマリアに突き飛ばされ、次に気付いた時は、マリアが血を流して床に倒れていた。

「マリア! マリア! 誰か来て! 誰か!!」

 セシリアは、余りのことに目の前の光景が受け入れられず、頭が真っ白になったまま半狂乱で叫んだ。顔面蒼白のメイドは血まみれの短刀を持ったままぶるぶる震え、その場に固まっている。すぐに他の者が駆け付け、メイドを拘束したが、それまでが永遠のように感じられた。

 セシリアは、死に物狂いでマリアの脇腹から吹き出る血を抑えにかかった。人が集まりマリアはベッドに寝かされたが、血はとめどなく出続ける。マリアを刺したメイドは確か、クリストファーが戯れに手を出した使用人のうちの一人だ。ここでセシリアを亡き者にできれば、自分にもチャンスが巡って来ると考えたのだろう。でもそんなことは、今はどうでもいい。

「セシリア! マリアが刺されたというのは本当か!」

 なす術もなく止血を試みているところへ、戦場からダミアンが飛んで来た。全身血まみれだが、そんなことはどうでもいい。セシリアは、縋るようにダミアンを見つめることしかできなかった。

「すまないが、すぐに戦闘に戻らなくてはいけない。マリアにこれを使って欲しい」

 ダミアンは、懐から小瓶を取り出し、セシリアの手に握らせると、すぐに元の場所へ戻って行った。一体今のは何だったのだろうと思いながら小瓶を開けると、そこには予想もしないものが入っている。

「これは……青薔薇の花びら?」

 ポプリのように乾燥した青薔薇の花びらが一枚、そこには入っていた。なぜダミアンがこれを持っているのか?
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響
恋愛
平和だったカヴァニス王国が、隣国イザイアの突然の侵攻により一夜にして滅亡した。 カヴァニスの王女アリーチェは、逃げ遅れたところを何者かに助けられるが、意識を失ってしまう。 目覚めたアリーチェの前に現れたのは、祖国を滅ぼしたイザイアの『隻眼の騎士王』ルドヴィクだった。 憎しみと侮蔑を感情のままにルドヴィクを罵倒するが、ルドヴィクは何も言わずにアリーチェに治療を施し、傷が癒えた後も城に留まらせる。 ルドヴィクに対して憎しみを募らせるアリーチェだが、時折彼の見せる悲しげな表情に別の感情が芽生え始めるのに気がついたアリーチェの心は揺れるが………。 ※内容の一部に残酷描写が含まれます。

氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら
恋愛
「魔力がないから不要だ」――長年尽くした王太子にそう告げられ、侯爵令嬢アリアは理不尽に婚約破棄された。 すべてを失い、社交界からも追放同然となった彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と畏れられる辺境伯レオルド。 彼は戦の呪いに蝕まれ、常に激痛に苦しんでいたが、偶然触れたアリアにだけ痛みが和らぐことに気づく。 アリアには魔力とは違う、稀有な『浄化の力』が秘められていたのだ。 「君の力が、私には必要だ」 冷徹なはずの公爵は、アリアの価値を見抜き、傍に置くことを決める。 彼の元で力を発揮し、呪いを癒やしていくアリア。 レオルドはいつしか彼女に深く執着し、不器用に溺愛し始める。「お前を誰にも渡さない」と。 一方、アリアを捨てた王太子は聖女に振り回され、国を傾かせ、初めて自分が手放したものの大きさに気づき始める。 「アリア、戻ってきてくれ!」と見苦しく縋る元婚約者に、アリアは毅然と告げる。「もう遅いのです」と。 これは、捨てられた令嬢が、冷徹な公爵の唯一無二の存在となり、真実の愛と幸せを掴むまでの逆転溺愛ストーリー。

転生令嬢は婚約者を聖女に奪われた結果、ヤンデレに捕まりました

高瀬ゆみ
恋愛
侯爵令嬢のフィーネは、八歳の年に父から義弟を紹介された。その瞬間、前世の記憶を思い出す。 どうやら自分が転生したのは、大好きだった『救国の聖女』というマンガの世界。 このままでは救国の聖女として召喚されたマンガのヒロインに、婚約者を奪われてしまう。 その事実に気付いたフィーネが、婚約破棄されないために奮闘する話。 タイトルがネタバレになっている疑惑ですが、深く考えずにお読みください。 ※本編完結済み。番外編も完結済みです。 ※小説家になろうでも掲載しています。

聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

罰として醜い辺境伯との婚約を命じられましたが、むしろ望むところです! ~私が聖女と同じ力があるからと復縁を迫っても、もう遅い~

上下左右
恋愛
「貴様のような疫病神との婚約は破棄させてもらう!」  触れた魔道具を壊す体質のせいで、三度の婚約破棄を経験した公爵令嬢エリス。家族からも見限られ、罰として鬼将軍クラウス辺境伯への嫁入りを命じられてしまう。  しかしエリスは周囲の評価など意にも介さない。 「顔なんて目と鼻と口がついていれば十分」だと縁談を受け入れる。  だが実際に嫁いでみると、鬼将軍の顔は認識阻害の魔術によって醜くなっていただけで、魔術無力化の特性を持つエリスは、彼が本当は美しい青年だと見抜いていた。  一方、エリスの特異な体質に、元婚約者の伯爵が気づく。それは伝説の聖女と同じ力で、領地の繁栄を約束するものだった。  伯爵は自分から婚約を破棄したにも関わらず、その決定を覆すために復縁するための画策を始めるのだが・・・後悔してももう遅いと、ざまぁな展開に発展していくのだった  本作は不遇だった令嬢が、最恐将軍に溺愛されて、幸せになるまでのハッピーエンドの物語である ※※小説家になろうでも連載中※※

処理中です...