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2.王子様なんていなかった
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リリアーナ・オズワルド、お前との婚約を破棄させてもらう!」
王侯貴族が集まる和やかなパーティー会場は突如断罪の場と化した。招待客たちの目が一斉に声の主に注がれる。階段の上に立つルーク王太子は、階下にいる婚約者のリリアーナを冷たくにらみつけた。そして、胸を反らして仁王立ちするルークの傍らには、いたいけな少女が小動物のように怯えながらしがみついていた。
「突然何をおっしゃるかと思えば婚約破棄ですって? 余りにも荒唐無稽すぎて驚きましたわ。一体どうしましたの?」
リリアーナは、驚いたと言いつつ、つり上がった青い目を見開いた以外は反応は薄かった。人前で取り乱してはいけないという貴族としての矜持がそうさせたのだが、こんな古いしきたりを律儀に守る若者なんて今どきいない。だから、彼女の姿がふてぶてしく映った者もいただろう。
「よくそんな涼しい顔をしていられるな。俺たちの関係が既に破綻していることはお前も分かっているだろう。もう取り繕うのはやめよう」
「勝手に話を進めないでください。一体私の何がご不満なんでしょう。公の場で突然婚約破棄なんて言われても何が何やらさっぱり」
「それをここで言ったらお前の悪行がみなに知られるが、それでもいいのか? よしよし、フローラ、大丈夫だ、そんなに怖がらなくても」
ルークはそう言うと、傍らで怯える少女の肩をぎゅっと抱きしめた。それを見たリリアーナはわずかに眉を吊り上げる。この少女が、ルークからリリアーナを取り上げた張本人のフローラだ。
「どうぞご自由に。どちらが本当に悪いのか、ここにいらっしゃる方々に判断していただきましょう」
リリアーナは余裕たっぷりな態度を隠さず、扇でぐるっと周囲を指し示しながら言った。ルークは、そんな彼女を、視線で射殺せそうなほど顔を歪ませて睨みつけた。
いつからこんな関係になったのだろう。ここ最近は醜い口論ばかりしていた。プライドの高い公爵令嬢を邪険に扱えば、向こうから身を退くだろうと思っていたのに、リリアーナは図々しくも婚約者の座に居座った。だから、こうしてさらし者にすることによって既成事実を作ろうとしたのだ。
それにきつい顔つきをしたリリアーナと、垂れ目でヘーゼルの瞳をした華奢で小柄なフローラ。どちらに味方したくなるかと言われたら一目瞭然だ。
「どうしましたの? 早く私の悪行とやらを暴露したらどうですか?」
ひるむどころか、不敵な笑みを浮かべて煽るリリアーナに、ルークはますます怒りを爆発させた。
「だからその平然とした態度が気に入らんと言っているのだ! 色々策を弄してフローラを追い詰めたことは分かっている! 貴族のサロンから締め出したり、使用人のような仕事を押し付けたり、やってもいないことをやったなどと吹聴して濡れ衣を着せたり——」
「それなら私も言わせていただきます。彼女は元々身分が低いので我々のサロンに入る資格がございません。元からある規定に従っただけです。次に、使用人のような仕事を押し付けたというのは学園内のことでしょうか? 学園生活に慣れるために一年生が上級生の手伝いに入るのは元からの決まりで、彼女一人に限った話ではないのは殿下もご存じのはずです。第三の点についてですが、これは濡れ衣などではなく——」
「ええい、黙れ黙れ! お前の汚らわしい顔などこれ以上見たくない! 今すぐここから出ていけ!」
しかし、リリアーナは出て行かなかった。まなじりを上げてルークをねめつけ、更に反論した。
「宴の場で突発的に婚約破棄をするなど前代未聞。しかもうちは王室とのつながりも深い公爵家です。貴族社会に亀裂が走るのは必至ですが、そこまで考えた上でのご決断でしょうか? 国王陛下はこのことをご存じですの? 他に根回しはしましたの? 父が何も言わないとでも?」
リリアーナに痛いところを突かれたルークはもう限界に来ていた。我を忘れ顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「うるさい! お前は貴族のくせに魔法も碌に使えないじゃないか! 能無しのお前なんか誰が欲しがるんだ! 聖女候補で優しく賢いフローラの方がいいに決まっているだろう! 誰だってそうする!」
これまで余裕のあるところを見せていたリリアーナだったが、その言葉を聞いた瞬間顔面蒼白になった。まるで雷にでも打たれたごとく立ち尽くす姿は、一体何が起きたのかと誰の目にも異様に映ったほどだ。しかし、強靭な精神力で持ち直し、次の瞬間には不敵な笑みを顔に貼り付けていた。
「私はこれまでの人生を殿下に捧げてきました。それを否定なさるのですか?」
「誰もそうしてくれなんて頼んでない。みんな勝手にお前がやったことだ。俺のためと言いながら、俺より出しゃばって。昔からそんなお前がうっとおしくて仕方なかった」
大分前からルークの心が自分から離れているのは知っていた。それでも最後は自分のところに戻って来ると信じていた。しかし結果は、自分を悪者にして大勢の前でさらし者にしただけだ。
確かに性格も見た目もきつい自分より、庇護欲をそそるフローラの方が周りからの人気も高い。魔力で言ったら落ちこぼれのリリアーナと、聖女候補のフローラとでは天と地の差ほどもある。それでもかつて「魔力なんて関係ない」と言った人の口から「この能無しが」という言葉が出るとは思いも寄らなかった。
それでもリリアーナは最後の矜持を振り絞った。これ以上醜態をさらしてはいけない。泣くのはいつだってできる。リリアーナはルークとフローラをきっと見上げ、にっこりと笑みを作り淑女の礼を取った。
「では、邪魔者はこれで消えます。ここにいる皆さまは新しいカップルをどうか祝福してやってください。この件はすぐに国王ならびに父のオズワルド公爵にも伝わりますが、そのことは既にご承知のことと存じます。その結果どんなことになろうと私に一切の責任はございませんので、その点だけご了解ください」
そして、最後にまた一礼すると、くるりと背を向けてパーティー会場を後にした。これがかの有名な、「ルーク王太子婚約破棄事件」のあらましである。
**********
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王侯貴族が集まる和やかなパーティー会場は突如断罪の場と化した。招待客たちの目が一斉に声の主に注がれる。階段の上に立つルーク王太子は、階下にいる婚約者のリリアーナを冷たくにらみつけた。そして、胸を反らして仁王立ちするルークの傍らには、いたいけな少女が小動物のように怯えながらしがみついていた。
「突然何をおっしゃるかと思えば婚約破棄ですって? 余りにも荒唐無稽すぎて驚きましたわ。一体どうしましたの?」
リリアーナは、驚いたと言いつつ、つり上がった青い目を見開いた以外は反応は薄かった。人前で取り乱してはいけないという貴族としての矜持がそうさせたのだが、こんな古いしきたりを律儀に守る若者なんて今どきいない。だから、彼女の姿がふてぶてしく映った者もいただろう。
「よくそんな涼しい顔をしていられるな。俺たちの関係が既に破綻していることはお前も分かっているだろう。もう取り繕うのはやめよう」
「勝手に話を進めないでください。一体私の何がご不満なんでしょう。公の場で突然婚約破棄なんて言われても何が何やらさっぱり」
「それをここで言ったらお前の悪行がみなに知られるが、それでもいいのか? よしよし、フローラ、大丈夫だ、そんなに怖がらなくても」
ルークはそう言うと、傍らで怯える少女の肩をぎゅっと抱きしめた。それを見たリリアーナはわずかに眉を吊り上げる。この少女が、ルークからリリアーナを取り上げた張本人のフローラだ。
「どうぞご自由に。どちらが本当に悪いのか、ここにいらっしゃる方々に判断していただきましょう」
リリアーナは余裕たっぷりな態度を隠さず、扇でぐるっと周囲を指し示しながら言った。ルークは、そんな彼女を、視線で射殺せそうなほど顔を歪ませて睨みつけた。
いつからこんな関係になったのだろう。ここ最近は醜い口論ばかりしていた。プライドの高い公爵令嬢を邪険に扱えば、向こうから身を退くだろうと思っていたのに、リリアーナは図々しくも婚約者の座に居座った。だから、こうしてさらし者にすることによって既成事実を作ろうとしたのだ。
それにきつい顔つきをしたリリアーナと、垂れ目でヘーゼルの瞳をした華奢で小柄なフローラ。どちらに味方したくなるかと言われたら一目瞭然だ。
「どうしましたの? 早く私の悪行とやらを暴露したらどうですか?」
ひるむどころか、不敵な笑みを浮かべて煽るリリアーナに、ルークはますます怒りを爆発させた。
「だからその平然とした態度が気に入らんと言っているのだ! 色々策を弄してフローラを追い詰めたことは分かっている! 貴族のサロンから締め出したり、使用人のような仕事を押し付けたり、やってもいないことをやったなどと吹聴して濡れ衣を着せたり——」
「それなら私も言わせていただきます。彼女は元々身分が低いので我々のサロンに入る資格がございません。元からある規定に従っただけです。次に、使用人のような仕事を押し付けたというのは学園内のことでしょうか? 学園生活に慣れるために一年生が上級生の手伝いに入るのは元からの決まりで、彼女一人に限った話ではないのは殿下もご存じのはずです。第三の点についてですが、これは濡れ衣などではなく——」
「ええい、黙れ黙れ! お前の汚らわしい顔などこれ以上見たくない! 今すぐここから出ていけ!」
しかし、リリアーナは出て行かなかった。まなじりを上げてルークをねめつけ、更に反論した。
「宴の場で突発的に婚約破棄をするなど前代未聞。しかもうちは王室とのつながりも深い公爵家です。貴族社会に亀裂が走るのは必至ですが、そこまで考えた上でのご決断でしょうか? 国王陛下はこのことをご存じですの? 他に根回しはしましたの? 父が何も言わないとでも?」
リリアーナに痛いところを突かれたルークはもう限界に来ていた。我を忘れ顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「うるさい! お前は貴族のくせに魔法も碌に使えないじゃないか! 能無しのお前なんか誰が欲しがるんだ! 聖女候補で優しく賢いフローラの方がいいに決まっているだろう! 誰だってそうする!」
これまで余裕のあるところを見せていたリリアーナだったが、その言葉を聞いた瞬間顔面蒼白になった。まるで雷にでも打たれたごとく立ち尽くす姿は、一体何が起きたのかと誰の目にも異様に映ったほどだ。しかし、強靭な精神力で持ち直し、次の瞬間には不敵な笑みを顔に貼り付けていた。
「私はこれまでの人生を殿下に捧げてきました。それを否定なさるのですか?」
「誰もそうしてくれなんて頼んでない。みんな勝手にお前がやったことだ。俺のためと言いながら、俺より出しゃばって。昔からそんなお前がうっとおしくて仕方なかった」
大分前からルークの心が自分から離れているのは知っていた。それでも最後は自分のところに戻って来ると信じていた。しかし結果は、自分を悪者にして大勢の前でさらし者にしただけだ。
確かに性格も見た目もきつい自分より、庇護欲をそそるフローラの方が周りからの人気も高い。魔力で言ったら落ちこぼれのリリアーナと、聖女候補のフローラとでは天と地の差ほどもある。それでもかつて「魔力なんて関係ない」と言った人の口から「この能無しが」という言葉が出るとは思いも寄らなかった。
それでもリリアーナは最後の矜持を振り絞った。これ以上醜態をさらしてはいけない。泣くのはいつだってできる。リリアーナはルークとフローラをきっと見上げ、にっこりと笑みを作り淑女の礼を取った。
「では、邪魔者はこれで消えます。ここにいる皆さまは新しいカップルをどうか祝福してやってください。この件はすぐに国王ならびに父のオズワルド公爵にも伝わりますが、そのことは既にご承知のことと存じます。その結果どんなことになろうと私に一切の責任はございませんので、その点だけご了解ください」
そして、最後にまた一礼すると、くるりと背を向けてパーティー会場を後にした。これがかの有名な、「ルーク王太子婚約破棄事件」のあらましである。
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