白い結婚がバラ色に染まるまで〜30才離れても愛してくれますか〜

雑食ハラミ

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第5話 温室のキャンバス

 ギルバートはいつも通り、温室で過ごしていた。昨日は結婚式で久しぶりに大勢の人間と会ったが、一夜明ければ誰も邪魔する者はいない。元の平穏な日常に戻るだけだ。

 一人家族が増える形にはなるが、形式的なものに過ぎないので生活に大きな影響はないはず。イヴォンヌの世話は使用人たちに任せたので、あちらでよしなに取り計らってくれるだろう。

 そう思っていたのに、昼食を運んできた人物を見て目を丸くした。

「あれ? いつものファーガソンは?」

「私が運びたいと言ったんです。昨日のお礼を言いたくて」

 そう言って、イヴォンヌは食事が載ったトレイをテーブルに置いた。

 と言いつつ、しきりに周囲をきょろきょろしているのを見ると、好奇心が先に立っているのは目に見えて明らかだ。確かに、隠居するには早いのに何をやっているのだろうと思われても仕方ない。ギルバートは、微かにため息をついた。

「すごいですね、ここ。見たこともない植物がたくさん。直接現地から取ってきたんですか?」

「あ、ああ。仕事で国外に行ったからね。戦闘ばかりしてたわけじゃなくて、平和な視察も多かった。そこで、珍しい植物を採取してここで植え替えたんだ」

 イヴォンヌの言う通り、温室にはここより温暖な気候でしか生息しない植物の鉢植えや、地植えされた木が多数ある。奇妙な形をした多肉植物や、鮮やかな色の花を咲かせたり、見たこともない果実を付ける木など、物珍しさについ目を奪われているようだ。

 しかし、ぐるぐると動かしていた目が一点に固定する。それが何か、ギルバートはすぐに分かった。

 彼女の目を最も引いたものは植物ではなかった。画架に立てかけられた一枚のキャンバスと絵筆とパレット。そして、大きなキャンバスに描かれた美しい女性の肖像画。

 説明する前にそれが誰かイヴォンヌは察したようだ。

「このアトリエでクララ様を描かれているんですね」

 日頃何事にも動じないギルバートにしては珍しく、体をもじもじと動かし目をあちこち泳がせた。図星だ。彼の一日は、亡き妻クララの面影を思い出してはキャンバスの上で再現する作業に充てられていた。

「ああ、屋敷にもたくさん飾ってあるだろう? あれは私が描いたものだ。いつまでも妻が忘れられずに女々しいと思うだろう? だが、戦場を駆け巡った軍人でも内実はこんなもんだ。もう5年も経つのに片時も忘れたことはない。みっともないところを見せてしまったな」

「いえ、とんでもありません。それだけ愛せる人がいるのは素晴らしいことです。クララ様もお幸せだと思います」

 ギルバートは目を丸くしてイヴォンヌを見た。イヴォンヌは至って真面目でからかっている様子は見当たらない。どうやら真実の言葉らしい。

 こんなところを見られてすっかり引かれると思っていたので、微動だにしない相手を見て意外に思った。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。友人からはいつまでもこだわるなとよく言われるんだ。自分でもその通りだと思うが、他にやることが見つからなくてね。仕事ばかりしてきたから、退役したらすっかりやることがなくなった。もっと夫婦の時間を取ればよかったといまだに思ってるんだよ」

「そうなんですね。若輩者の私がとやかく言えませんが、心行くまでやればいいのでは。そうすれば、いつか飽きる日が来るかもしれません。来なければ来ないで構わないし。いずれにせよ、気にするほどのことではないかと」

「そ、そうかな? そんなものかな?」

「知ったふうな口を聞いてごめんなさい。でも、無理に自分の気持ちを押し込める必要もないかなって」

 イヴォンヌはそう言うと、微かに頬を染めて口をつぐんだ。喋りすぎたと反省したようだ。

 ギルバートはイヴォンヌと話しているうちに、むくむくと違和感が湧いてきた。友人の話では、カスバートの長女は性格がきつくて嫁の貰い手がないという話だった。

 だが、今目の前にいる本人は理知的かつ礼儀正しくて、年齢よりも大人びて見える。巷で流れる噂とは別人だ。一体何を信じればいいのだろう?

 もう一つ不可思議なことがある。彼女と話しているうちに心が軽くなった気がしたのだ。思えばクララの話を他人にすることは滅多にない。身内になったからって、昨日まで他人だった人物にどうしてここまでべらべらと喋ってしまったのだろうと後から気付く。

「せっかく集中なさってたのに邪魔をしてしまいました。そろそろ失礼します。温かいうちにお召し上がりくださいね」

「あ、ああ。ありがとう」

 ギルバートはぎごちなくそれだけ言った。岩のようにどっしりと安定した精神の持ち主であるギルバートが、こんなことで戸惑いを覚えるなんて本当に珍しい。だが、イヴォンヌはそんなこと知る由もなく温室を後にした。

**********

 温室から屋敷に戻ってきたイヴォンヌは、早速邸内のクララの肖像画をチェックすることにした。

 昨日初めてここに足を踏み入れた時、やたら絵画の多い家だなとは思ったが、その中でもクララの肖像画の数は群を抜いていた。玄関ホールの目立つところから階段の隅っこまで、大きさも大小様々のものがあちこちにある。

 そのどれもが、清楚で気品のある笑みをたたえた上品そうな女性の姿だった。ポーズや服装はそれぞれ異なっているが、同じ人というところは共通している。実物はないのに、よくもまあこれだけの異なる構図の絵を量産できたなと感心してしまう。

(本当に彼を好きな女性ならばプレッシャーがすごいことになるわね。これだけ多くのクララから見つめられたらおちおち夫婦生活もできないでしょう。今まで再婚しなかったのも頷けるわ)

 自由に邸内をぐるぐる回っていたイヴォンヌだったが、執事のファーガソンが彼女を見とめて近づいてきた。彼の特徴である折目正しい礼をしてから女主人に対して丁重に言葉を紡ぐ。

「先ほどはお食事を運んでいただいてありがとうございました」

「いいのよ。私から言い出したことだから。それよりお願いがあるんだけど? よければこの屋敷について案内してくださる?」

 新しく来た女主人に屋敷を案内するのは執事の役目だ。ファーガソンは、主人がずっと独り身だったことに慣れていたのですっかり失念していた。

「すいません。本来ならこちらからお声がけしなければならないのにすっかり忘れておりました」

「大丈夫よ。本当の妻ではないもの」

「いえ、決してそんなことは……」

 ファーガソンは言葉に詰まって困ったような顔をした。どう反応してよいのやら考えあぐねているのだろう。この反応からも、二人の白い結婚という特殊事情が伝わっているのは分かった。

「ギルバート様から聞いているでしょう? 私たちの関係。あなたたちも遠慮しなくていいからいつも通りに振る舞ってちょうだい。ごめんなさいね、気を使わせてしまって」

 もっとも、イヴォンヌ自身「白い結婚」というものに慣れていないので据わりが悪い心地を覚えている。衣食住を保証され、こちらは何もせずにのほほんと居座っていいのだろうか? ここにいる誰もが、どことなく違和感を覚えながら、新生活が始まった。
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