白い結婚がバラ色に染まるまで〜30才離れても愛してくれますか〜

雑食ハラミ

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第13話 仲直り

 冷静さを取り戻したイヴォンヌは、スタンレー夫人に先ほどのことを謝った。恥ずかしいところを見られてしまったという羞恥心でいっぱいだった。

「ごめんなさい、お見苦しいところを見せてしまって……とても恥ずかしいわ。びっくりしましたよね?」

「あなた大変だったのね……あんな家にいたなんて。歳の割に大人びているのはそういうことだったのね」

「えっ? 引かないんですか?」

「何に引くの? ドレスの件も事情があってのことでしょう? 一刻も早く実家から出たかったのよね?」

 大丈夫、この人は分かってくれる。そう思ったら、張り詰めていた心の糸が徐々に緩んできた。

「その通りです。でも、社交行事に出るのは禁止されていたし、ドレスを持ってない中、義妹のを借りてパーティーに出たのは本当です。今ではバカなことをしたと思ってます。性格がきついのも自覚してます。彼女らとやり合ううちに強くなるしかありませんでした」

「確かクロエ未亡人とは血がつながってないのよね? 彼女は、外では気さくで社交的な人として知られているわ。みんな不思議と、外面のいい人間の言うことは何となく信じてしまうものなのよ。今までのあなたは、反論する余地がなかったわけだし、早く家を出たくなるのは当然だと思う」

 イヴォンヌが全て説明しなくても、スタンレー夫人はきちんと理解してくれた。自分にも理解者がいることがこんなに嬉しいなんて。

「よかったわね、ギルと出会えて。今のあなたは幸せそうだもの。夫婦に歳の差なんて関係ないわ」

「失望してませんか?」

「虐げられた状況から抜け出すためには仕方ないじゃない。あなたは勇敢に戦ったのよ、胸を張って」

 優しい言葉をかけられ鼻の奥がつんとする。イヴォンヌの胸に温かいものがじんわりと湧いてきた。

 こういう時にどんな反応をすればいいのか分からない。おろおろと戸惑っていると、スタンレー夫人は両手で彼女の手を包み込み、目を覗き込んだ。

「大丈夫よ。今のあなたにはギルがいるし私もいる。これから自分で世界を広げていけるのよ。元気を出して」

「ありがとうございます……。あなたがいてくれてよかった。一つお願いがあるんですが、このことは夫には秘密にしてもらえますか?」

「えっ!? 今の話まだしてないの? どうして?」

「過去の惨めな部分をさらけ出したくないんです。同情されたいわけじゃないし、プライドが傷つくのも怖い。憐れまれたくもありません。ここは一つ、あなたの胸の内に収めてください」

 スタンレー夫人は不服そうな顔をしたが一応同意はしてくれた。多分約束は守ってもらえるだろう。イヴォンヌはほっと胸を撫で下ろした。

 しばらくのち、スタンレー夫人と別れ家に帰ってきた。相変わらずギルバートは姿を見せず、家は静まり返ったままだ。イヴォンヌは、まだ解決してない大きな懸案事項があることを思い出した。

 せめて、ギルバートが塞ぎ込んでいる理由が分かればすっきりするのに。直接尋ねたい衝動と、責められたらここにいられないという葛藤にさいなまれ、結局どうすることもできない。

(衣食住は十分足りている。見返りも求められず不自由ない暮らしをさせてもらうだけでも十二分にありがたいのに、これ以上何を求めると言うの? 贅沢すぎよ)

 イヴォンヌは自分にそう言い聞かせ、おとなしく部屋に戻った。クロエに舐められまいと意地を張って、明日に怯えて生きる日々はもうたくさんだ。何があったかは知らないが、せっかく手にした平穏な生活を無碍に奪うような理不尽をギルバートが侵すとは思えない。それなら波風立てず黙っていればいい。

 先程クロエ母娘と再会したことで、過去の嫌な記憶が甦ったイヴォンヌは、ブルブルと被りを振った。

 イヴォンヌが部屋に入るのと入れ違いに、今度はギルバートが自室から出てきた。

「ご主人様、奥様がお戻りになられました」

「そうか。スタンレー夫人と一緒に出かけたんだっけ? 新しい友人ができてよかった。そろそろ私が着いて行かなくてもいい頃あいだろう」

「ですが、人の口に戸は立てられませんから、『最近ご主人と別行動が多いが夫婦仲が悪くなったのでは』などと言われるようになりますよ?」

「言わせたい奴には言わせておけばいいさ。人の顔色ばかり伺ったら息が詰まる」

 ファーガソンは主人の言葉を聞いて密かにため息をついた。

(そう言うことが言いたいのではないのですが……。奥様は、あなたの急激な変化に着いていけませんよ)

「そうだ、ファーガソン。明日からまた温室に行くことにしたので昼食を届けてほしい」

「それなら奥様にまずお知らせするのがよいかと? 私がお務めする分には一向に構いませんが」

 ギルバートは、眉間に皺を寄せてしばし黙った。今イヴォンヌと顔を合わせるのは気まずい。いずれ時間が解決するだろうと思うが、まだ機が熟していない気がする。

 では、いつになれば彼女とのわだかまりが取れるのか? 彼自身にも分からない。

「それはファーガソンから彼女に言っておいてくれないか……」

「嫌でございます」

 常に慇懃な姿勢を崩さないファガーソンからぴしゃりと撥ねつけられ、ギルバートは驚きのあまり目を見開いた。

「差し出がましいのは重々承知ですが、ご自身で蒔かれた種は自ら刈り取ってください。お二人の間に何があったのかは存じませんが、奥様はあなたからの説明を望まれていると思います」

「つまり、イヴォンヌは私の変化に傷ついているということか? そんな、気にする必要はないのに?」

「あなたがそう思われても、奥様の考えは違うでしょう。最近お元気がないことに気づきませんでしたか?」

 そこまでイヴォンヌを観察していなかったギルバートは、執事の方が物事を正確に捉えていることに愕然とした。

「私みたいな中年に付きまとわれたって彼女も迷惑だろう? 気持ち悪いだけじゃないか?」

「本当に気持ち悪かったら、あなたの汚名を晴らすためにあんなパーティーを開きますかね? これ以上は私の想像になりますので、詳しくは直接お尋ねくださいませ」

「そうだな……ありがとう、ファーガソン。お前がいてくれてよかったよ」

 ギルバートはそれだけ言うとまっすぐイヴォンヌの部屋へと向かった。それを見届けたファーガソンは、今度は、周りにも聞こえるような大きなため息をつく。

(やれやれ。手のかかる主人だ。あんなこと言うから嫌いになれないんだ)

 でもこれだけ言えば、悪いことにはならないだろう。彼は安心したように自分の仕事に戻っていった。

**********

「イヴォンヌ、ちょっと話があるのだが今大丈夫か?」
 
 突然ギルバートの声がして、イヴォンヌは飛び上がるぐらいびっくりした。夕方とは言え、ギルバートが彼女の部屋を訪ねるのは初めてだ。

 今までは、こちらから温室に出向かなければ家の中で遭遇することは稀だった。急に彼の方から訪ねてくるなんて、一体何の風の吹き回しだろう?

「え、ええ。どうぞ。お入りください」

 イヴォンヌは戸惑いながらもギルバートを迎え入れた。向かい合う形で座った彼は、長い足を折り曲げ、前かがみの姿勢になり、思案顔をしている。何から話せばいいのか言葉を選んでいるようだ。

 それにしても、均整のとれた体型は改めて見ても若々しく、こんな時でもみとれてしまう。遠目なら30代でも通用するのではないか。

 実際に若い頃はハンサムで評判だったらしい。「奥さん一筋にも関わらずモテて大変だったそうよ?」と今日のパーティーで言われたことをイヴォンヌは思い出した。

「明日から温室に行こうと思ってね、じゃなかった。もっと前から説明しないといけないな……もし、私の変化について自分のせいだと思っているのなら、それは完全な誤解だから心配しないでくれ」

「こないだの件ですか? あれから温室に行かなくなってしまったのでどうしたんだろうと思ってました」

「そう、君には一切関係のないことなんだ。それなのに、たまたま昼食を運んでくれた時に八つ当たりをして……大人気ないことをした、すまない」

 ギルバートは、いつまでも口ごもっていた。戦場において輝かしい戦歴を重ねた彼が、20歳の小娘相手にしどろもどろになっているなんて、誰かに見られたら失笑ものだろう。

 しかし、いつまでも臆するわけにはいかない。彼は意を決して顔を上げた。

「パーティーの準備でここ最近忙しかったろう? それが終わって、ようやく絵を描く時間が取れると思ったんだ。だが、いざ絵筆を取ったら手が動かなかった。クララの絵を描けなくなったんだ。あんなに瞼の裏に焼きついていたのに。それが余りにもショックで。そこへ偶然君が居合わせて八つ当たりしてしまった」

「それは……やはり私のせいでは? 私があなたを振り回したから――」

「断じて違う! 君を責めるつもりは毛頭ない! それより自分の至らなさが余りにも恥ずかしい……」

 しばらくの間、二人とも言葉を発さず、沈黙が流れた。この静寂を破ったのはイヴォンヌの方だった。

「別にあなたが悪いとは思いません。信じていたものに裏切られたと言う経験は誰にでもありますもの。取り乱すのは無理ないと思います」

「長らく平穏な日々だったんだ……それが、形だけとは言え婚姻関係を結んだことで、生活に変化が訪れたのを受け止めきれなかった。私自身の問題なのに、君を責めて申し訳なかった……」

 その言葉に嘘偽りはなさそうだ。イヴォンヌはギルバートをじっと観察していたが、彼の態度は誠実そのものに思われた。とりあえず、疎まれたわけではないと分かって安心する。これなら前と同じように接することができるだろう。

「あの……それなら、また私がお食事を運んでもよろしいでしょうか?」

「それはもちろん構わない。でも本当にいいのかい?」

「もちろんです。あともう一つ、お願いがあるのですが?」

 イヴォンヌは一瞬ためらってから言葉を続けた。

「父の話を聞かせてもらえませんか? 7歳の時に死別したので、正直よく覚えてないんです。どんな人だったか、どんなエピソードがあるのか、みんなからどう思われていたか、些細なことでも結構です。心の中の空白を埋めたいんです」

「なんだ、そんなことか。もちろん、いくらでも話してあげるよ」

 こうして、二人の関係は元通りに修復され、元通りの日常が繰り返されようとしていた。
 
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