白い結婚がバラ色に染まるまで〜30才離れても愛してくれますか〜

雑食ハラミ

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第14話 彼女の寝顔

 その翌日から、ギルバートは再び温室に行くようになった。昼食の時間になるとイヴォンヌが届けに来るのも元通りである。

 ただ、前とは違うことが一つある。盆に載せられた昼食は二人分だ。届けるついでにイヴォンヌも一緒に食べるという不文律がいつの間にかできていた。

 どちらが先に言い出したかは定かではない。父の話を聞かせて欲しいとお願いしたが、それ以外にも二人の共通の話題は増えていった。それでいつの間にか、一緒に食事をしながら会話するのが自然になっていったのだ。

「軍人としての父は、どんな人でしたか? 家では優しい思い出しかないけど、外では厳しい人だったのかしら?」

「外でも部下思いの優しい方だったよ。もっとも、大事な場面では厳格なところもあった。もちろん、計画を遂行したり部隊をまとめるためには必須のことで、そういう意味でもバランスが取れていた。私も非常に多くのことを学んだよ」

 尋ねれば、ギルバートは何でも答えてくれるが、そのどれもが模範的というか、父を褒め称えるものばかりなので、イヴォンヌは少々物足りなさを感じた。彼女に配慮して、無難なことしか言わないのではと考えたのだ。その疑問を正直にぶつけたところ、こんな答えが返ってきた。

「そう言われてもなあ。別に取り繕ってるつもりはなくて、全て本当のことだから仕方ない。それくらいカスバート大佐は公明正大な人だったんだ。クロエ夫人と再婚したのも彼なりの配慮だったんだよ」

「何ですって? 初耳だわ」

 ここでクロエの名前が出てきて、イヴォンヌは目を丸くして驚いた。どうして父はクロエを選んだのだろうという疑問はずっと持っていた。馬が合いそうには見えなかったのに。その謎がようやく解明されるのだ。

「クロエ夫人が前に結婚していた相手は、軍の関係者だったんだが、ある作戦が失敗して亡くなってしまった。彼は、正式な軍人ではなかったから、国から遺族年金が下りなかったんだ。でも、作戦に関わった大佐は、ひどく責任を感じて、未亡人が生活に困窮しているという噂を聞きつけ自分が引き取ることにした。こういうわけなんだ」

 何と。意外な話にイヴォンヌはしばらく口が聞けなかった。クロエも自分と似た境遇で父に嫁いだということか。

 それなら父には恩義があるはずなのに、なぜ遺児のイヴォンヌをいじめたのだろうか。訳が分からないし、怒りが込み上げてくる。父もどうしてそんな人を助けたのだろう。父の前では本性を表さなかっただけなのだろうか。

「イヴォンヌ? どうしたの?」

「い、いえ。何でもありません。ちょっと考えごとをしてただけで」

 イヴォンヌは慌てて首を横に振った。ギルバートは、イヴォンヌが実家でどんな仕打ちを受けて来たか知らない。イヴォンヌから教えようとしないし、スタンレー夫人にも口止めしたほどである。だから、この話題について深掘りするのはよそうと考えた。

 翌日も、そのまた翌日も、イヴォンヌは温室にやって来て午後のひと時をギルバートと過ごした。

 父の話もするが、ずっとそればかりというわけにもいかない。それ以外の雑談もするし、何もせずぼんやり過ごす時間も増えた。

 会話をせずに同じ空間に二人きりいる状況なんて、親しくない相手とは絶対にできないだろう。しかし、イヴォンヌとギルバートにはそれができた。静寂に包まれた時間をプレッシャーに感じることなく、のんびりと楽しめたのだ。

 昼食は、場所が温室ということもあり、片手で簡単につまめるものが多い。イヴォンヌは、のんびりサンドイッチなどの軽食を食べながら、絵筆を動かすギルバートの背中を眺めていた。
 
 食べ終わった後もすぐに退出することなく、額縁と向かい合うギルバートをぼんやりと眺める。いつまでも食事に手をつけない夫に声をかける。それが当たり前の日常になってきた。

 ギルバートの方も、用事もないのに長居する彼女について何も言わない。穏やかで何もない、凪のような時間。実家にいた頃は、一日一日を生き延びるのに精一杯で、こんな安らぎを得る日が来るなんて思いも寄らなかった。

 ずっとそうしていると、自然と眠気が襲ってくる。次第に体が重くなり、ベンチに身を横たえる。そして、いつの間にか寝息を立てるようになった。安心のあまりつい昼寝してしまうのだ。最近は癖になってしまっている。

 だから彼女は知らない。ギルバートがその傍らに立ち、スケッチブックを持って彼女の寝顔を写生するようになったことを。

 静寂の中で、シャーッ、シャーッとクロッキーで紙を擦る音だけがいつまでも響いていた。

**********

 ギルバートがイヴォンヌの寝顔をスケッチブックに記録するようになったのは、ひょんなことがきっかけだった。

 彼女がいることを特別意識せずいつも通りに絵を描いていたある日、あまりに馴染みすぎて一人でいる時と何ら変わらないことに気付くことがあった。ふと我に返り後ろを向く。するとイヴォンヌは穏やかな寝息を立てながらいつの間にかベンチで昼寝していた。

(気配がないと思ったら寝てしまったのか。温室とは言え午後は気温が下がるからな)

 体に何かかけてやろうと思ったが、生憎毛布の類はない。仕方ないので自分が羽織っていた上着を脱いで被せてやった。

(あれっ、こんな顔をしてたんだっけ?)

 今まで何度か見ていたはずなのに初めて見たような気がする。ギルバートは、静かに眠るイヴォンヌをしげしげと眺めた。

 緊張の抜けた寝顔は普段よりやや幼い印象を受ける。いつもはどこかキリッとした表情をしているので、常に気を張っているのだろう。体動でわずかに震える長いまつ毛を見ているうちに、ギルバートはむしゃくしゃした衝動が湧いてきて、何を思ったかしばらく使ってなかったスケッチブックを取り出した。

 そして寝ているイヴォンヌの姿を黙々とスケッチし始めたのだ。なだらかに波打つ黒髪、長いまつ毛、すっと通った鼻梁、バラ色の頰、ぷっくりとした唇。

 犯すべからざる神聖な存在を独り占めしているような気分になり、後ろめたさがが募るが、誰も見てないのをいいことに無心になって手を動かした。

 どれくらい時間が経っただろう。ようやくイヴォンヌが目を覚ましかけたので、ギルバートは慌ててスケッチブックを脇に置いてその場から離れた。

「あれ、私昼寝しちゃいました? ごめんなさい、はしたないですね。上着ありがとうございます」

「いや、いいんだよ。ここは君の家なんだからリラックスしてくれて構わない」

「お皿戻しておきますね。失礼しました」

 空いた皿の乗った盆を手にしてイヴォンヌは温室を後にした。その背中を見送りながら、ギルバートの方はまだ胸のドキドキが治まらない。

 気付かれてやしないか。寝顔をスケッチされたなんて知れたら怒られるだろう。動揺のあまりそっけない態度を取ってしまった。

 しかし次の日も、そのまた次の日も、イヴォンヌは昼食の後にうとうとするのが習慣化した。どうやら彼女にとってもここは居心地のいい空間らしい。そこで彼女にかけてやるための毛布も用意しておくことにした。そして、寝入ったのを確認のち昨日の続きを始める。

 こうして、同じことの繰り返しだった日常は、穏やかな化学反応のように徐々に変化の兆しを見せるようになった。
    
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