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第17章 意外なお客様が来たようです

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ヘイワード・インでは、またバイオレットの留守中に緊急会議が開かれていた。狭くて物にあふれた従業員控室にトーマス、マーサ、ジム、ジョーイが小さなテーブルを囲んで額を突き合せて話し込んでいた。

「何それ? ちょっとお嬢様をバカにしてない?」

口火を切ったのはマーサである。彼女はホットチョコレートをちびちび飲みながら、鋭い視線を彼らに投げかけた。

「だからロナンが家族を叱りつけたらしい。本当は数日滞在して家族と交流する予定だったんだけど、そのせいで翌日戻ることにしたんだって。家族とまた会うのは冷却期間を置いた方がいいってロナンが提案した」

ロナンに送られてバイオレットが帰宅した時、荷物を持ってあげる振りをして会話を盗み聞きしたトーマスが言った。

「何それ? ロナンいい奴じゃん。嫌な奴の方が都合いいのに」

予定より早くバイオレットがロナンに連れられて帰って来た時はみな驚いたが、ロナンはチャーリーに事の経緯を詳しく説明して丁寧に謝罪して帰って行った。家族のことは引っかかるが、どこまでも完璧なロナンの対応に、なぜか従業員一同は失望を隠せなかった。

「これでいいんだろ。ボスもバイオレットが幸せになるのを一番に望んでいるんだから」

ジョーイはマグカップに入ったお茶をすすりながら不貞腐れるように言うと、テーブルに置かれた一口クッキーをいくつかまとめて口に入れた。

その割には、帰って来てからというものバイオレットがずっと浮かない顔をしている。やはりロナンの家族に言われたことが堪えたのだろうか? それとも、他に理由があるのだろうか? こればかりは本人に聞いてみないことにはどうにもならなかった。

「誰かお嬢様に直接聞いて来いよ。ボスへの報告義務もあるし。マーサかトーマスがいいんじゃないか?」

ジムがとんでもない提案をしてきた。自分は厨房から離れられないのをいいことに、バイオレットと接触する機会が多いトーマスとマーサにボールを投げたのだ。

「ちょっ、こっちに振らないでよ。確かにファッションや流行のアドバイスはしたことはあるけど、恋愛相談はないわよ。こういうのはトーマスがいいんじゃない? 仕事でも真っ先にあなたに尋ねてくるじゃない?」

今度はトーマスがぎょっとする番だった。

「男に恋愛相談なんかするはずないだろ? 仕事とプライベートは別なんだから!」

結局火中の栗は誰も拾いたがらないのだ。お陰でみんなが責任の押し付け合いをしている間に、バイオレットが帰って来たことにも気づかなかった。

「ただいま。あら、みんなで休憩中? 私も交ぜてよ」

バイオレットは、アップルシード村まで行って卸売り業者に出向いて支払いを済ませてきたところだった。予期せぬバイオレットの出現で、彼らは必要以上に慌てふためいてしまった。

「お、お帰りなさいませ。すいません、こんなところで油を売ってしまって。さあ仕事しないと」

「休憩時間なら別に構わないじゃない? どうしたのみんな?」

確かに休める時に休むのは何ら悪いことではないのだが、聞かれてはまずい会話をしていた後ろめたさから蜘蛛の子を散らすようにみな控室から出て行ってしまった。

バイオレットはみんなとお茶を飲みたかったのに一人とり残されてしまった。本当は誰かにロナンの家族と会ったときのことを相談したかった。正確にはロナンに言われた「自分を卑下している」という言葉が引っかかったのだ。

(卑下どころか私はこのホテルを誇りに思ってるのよ? でもロナンに反論できなかった……一体何がおかしいのかしら……)

バイオレットはいくら考えても分からなかった。ロナンの意見が違うと思ったらすぐに反論すればよかっただけのことだ。なぜ反論できなかったのか。なぜ頭が真っ白になってしまったのだろうか。

控室で一人立ち尽くしたまま考え込んでいると、ロビーにある電話が鳴りだした。急いで行って受話器を取ると意外な人物からだった。ヒースがここに電話をかけて来たのだ。

「どうしたの、ヒース、電話なんてして? え? 今から来る? お母様も!?」

それからホテルは上へ下への大騒ぎとなった。母と会うのは何年振りだろうか。父の仲介でレストランなどで会ったことはあった。しかし、母が住むミデオンにバイオレットが行くことも、母がホテルになった後のこの邸宅にやって来ることもなかった。

(おまけにヒースも一緒だなんて……何があったの? ミデオンで会ったの?)

分からないことは山ほどあったが、とりあえず今は二人が来るための準備を急ピッチで進めなければならない。さしずめ、母は連絡なしで突然来るつもりだったが、ヒースが慌てて知らせてきたというところだろう。母はいつもそうだ。自分が正しいと思ったことはためらいなく、周りのことなど考えもせずやるのだ。

ヒースの電話の通り、その日の夕方二人はやって来た。

「ただいまー! やだ5年ぶり? この家も随分変わったのね。チャーリー久しぶり。バイオレットも元気そうね。よかった!」

嵐のような来訪だった。薄紫のスーツ姿で現れたヘレナは、大きな旅行鞄を抱えて、ホテルに変わったかつての自宅をしげしげと眺めた。年齢を考えると浮いてしまいそうな色の服を粋に着こなす母の姿は、娘の目から見ても眩しかった。すっかり洗練された都会のマダムだ。母娘なのに、バイオレットは自分が急に芋くさく思えてきて恥ずかしくなった。

「あら、そんなに驚いた様子じゃないわね。さてはヒースがあらかじめ伝えておいたのね? びっくりさせようと思ったのにつまらない」

「奥様、いくら何でも突然じゃバイオレットも心の準備ができません! せめて一報知らせておかないと」

遅れてヒースが、息を切らしながらやって来た。彼の服装は、ミデオンにいた時のような派手なスーツ姿でなく、その辺の労働者と見分けがつかない地味な恰好で、くたびれたコートを羽織っていた。

「自分の家なんだからいつ帰っても自由でしょ? それに奥様は禁止。もうかつての主従関係はないんだからヘイワードさんでいいって言ったでしょ」

ヘレナはどこに行っても自分の流儀を貫き通した。バイオレットは困惑顔のヒースの袖を引っ張ってホールの隅まで連れて行った。

「ねえ、これはどういうことなの?」

「ご……ごめん。ミデオンで偶然奥様に再会して、二人でヘイワード・インを訪ねようと誘われたんだ。それであらかじめ行ける日程を伝えておいたら、今朝突然今から出発しようと誘われて……もっと早く伝えられればよかったけど……ごめん」

それを聞いたバイオレットはため息をついた。

「あなたにまで迷惑をかけてしまってこちらこそごめんなさい。母はいつもそうなの。人の都合なんか考えないんだから」

「僕もここに来たかったからいいんだ。それに駄目ならちゃんと断れるし。そうだ、バイオレットのためにお母さんお土産買ってきたんだよ」

ヒースは母が持っているプレゼントの箱を指した。バイオレットが受け取って開封すると、カジュアルにも使えるペリドットのネックレスが入っていた。

「……こんなものより、小麦とか牛乳とか役立つものの方が嬉しいわ。しばらく会ってないから私がどんなもので喜ぶのか分かってないのよ」

それだけ言うと、バイオレットはぷいと仕事場に戻って行ってしまった。

**********

そうは言っても、ヘレナがヘイワード・インに足を踏み入れるのは初めてだったので、彼女のために特別な席を用意してあげた。急ごしらえではあるが、ジムが腕によりをかけて特別メニューを用意してくれたのだ。チャーリーとヘレナのために特別に席を作り、夫婦水入らずで過ごすように整えた。チャーリーは思いがけず妻に会えて嬉しそうだった。しかし、バイオレットは仕事が忙しいからと理由をつけて同席はしなかった。

「バイオレットも一緒にどうだね? 滅多にない機会なんだから仕事を代わってもらえば?」

「いいのよ。お父様とお母様こそ二人きりになる機会はそうないんだから、お邪魔しちゃ悪いわ」

バイオレットがそう言うと、父と母は顔を見合わせて微笑んだので、久しぶりの再会に心躍らせているのは本当らしかった。

トーマスたちも気を利かせてバイオレットに声をかけた。

「仕事なら俺たちでカバーできますよ。久しぶりの家族集合なんだからお嬢様もご家族との時間を作って下さい」

「母だって急に来たのだから私が手を空けられないのは理解してくれるわ。気を使ってくれてありがとう」

しかし、仕事にかこつけて母と接触したがらないのが本当の理由というのはみな知っていた。中でも板挟みになる形になったのはヒースだった。彼は、夕食の時もフォークで料理をこね回すだけで食が進まなかった。

夕食の時間帯が終わって客たちがめいめいの部屋に戻り、片付けがひと段落したところを見計らってヒースはバイオレットを呼び止めた。

「バイオレット? ちょっと……いいかな?」

ヒースはそう言うと、彼女を屋外のバルコニーに連れ出した。辺りはすっかり暗くなっているが、カーテンの灯りが漏れお互いの顔は確認できる。ヒースは昔から骸骨のような顔だと恐れられてきたが、バイオレットの前ではナイーブな表情を見せていた。美男の部類ではないかもしれないが、彼女を気遣う優しさに触れる時ぎごちなく笑う彼の笑顔が好きだった。この時もカーテンから漏れる灯りに半分照らされた彼の姿は、繊細な青年の形をしていた。バイオレットもこうして彼と会うのは嫌いではなかった。だから、話をする機会ができてほっとしたのだった。

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