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これでも領主です

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 ゴーン、ゴーン……。静かな夜に響く鐘は夜の2の鐘。人族との約束の時間である。そっと弟を愛でる手を止めてふとため息と言うか気持ちを切り替えるために深呼吸をしてからドアを見つめた。

「ふむ、夜の2の鐘が鳴ったな……」

 姉弟は部屋の中へと戻り、心の奥底で「よっこらしょ……」と呟きながらゆっくりと玉座に座ったーーと、ほぼ同時に「死ねっ!」とナイフが飛んできたので魔法を唱えて速度を落とさせて手でキャッチした。

 いやいや! ちょっと君、君? なんなの? 徐に「死ねっ!」て、なんで殺すつもりなら相手が反応しやすいくらいに判りやすく声に出した? それとも気合い? 気合いなの? もしくはジョークなの? 妾、最近の若者のブームに疎いからわからんよ……。これでも本来なら成人してるし……。こちとら500才過ぎた吸血鬼の引きこもりじゃぞ?

「うわあっっ!」

 殺人未遂犯は即効騎士たちに捕まった。いやいや、人族よ。「何するんだ!」じゃないわっ! お前、殺人未遂犯じゃぞ? 殺してないから大丈夫とか甘えたこと言ってんじゃないわ! 仲間以外の全員の醸し出してる雰囲気をいい加減に察せよ。

「ほほう? それにしても銀の武器とはこれまた久しぶりに見たのぉ……。サプライズでのプレゼントとは嬉しいがな? 如何せん渡し方が乱暴すぎる。よって恋愛偏差値はゼロ! ーーんで? どうするのかは決まったのかの?」

 好みではないがなかなか握りやすい銀の武器を触りながらそう言うと「そんな!」「バ、バカな!」「効かないなんて!」と騒いでいた。逆にこっちが「バ、バカな!」とか「嘘だろ?」と言いたい。どうして銀の武器が効くと思ったのだ……。銀に弱かったら食事とか超大変。食器やカトラリーは毒の判断を見分けるために銀を使っている。…………一般人……。もうここにいる人族は平民でいいや。領民と思いたくなくなってきた。まぁ、そんな平民とはいえ常識じゃろ?

 国民には貴族も平民も関係なく全員がちゃんと学校へ通う義務があり、勿論の事この領地にも立派な学校がある。学園長がはっちゃけたせいで王都にも負けない厳しくて有名な学校なのだが、もちろんそれは初等科は公立なので税金で賄っており、お昼は嬉しいお弁当つきだ。そこでこの国の歴史、主たる種族など頭に叩き込まれる。それに関しては入学1年生で習うものだ。

 逆に領主としてはなぜそんな当たり前のことを覚えてないの? 頭がオカシイと、非常識だと世界共通で見なされるから他国へ例え行ったとしてもなんの弊害なく暮らせるようにと入学1年で頭に叩き込まれるのだが……。

 これはどう言うことだ?

 妾も弟のジェイルもこの場にいる他種族も唖然としてしまった。

「ーーおい、誰か? ちょっと今すぐ学園長を呼んでこい。食事中でも入浴中でもベッドで大人の時間でも、何がなんでも引き摺ってこい。絶対じゃ!」
『はっ!』

 護衛騎士2名は走って出ていった。

 ーーえ? そんなことよりもさっきの「うわぁ!」という悲鳴の主? んなもん、殺人未遂犯だ。護衛騎士2名が即座に捕まえて有無を言わさずに両脇を抱えて牢屋に入れに出掛けたぞ? ついでに言えばすでに護衛騎士が4人ほど減ったが非番のやつらが補充に駆り出されて、はた迷惑そうに今現在人族達を睨み付けてるがな。

 妾、知らんよ? 人族の空気を読まないのが悪いと思うの。

「さて、全員でちゃんと話し合いをしてこれからのことは決まったかの?」

 時間の無駄すぎてさっさと話を終わりにして欲しい。逆になんか疲れてきた。だって妾、これでも領主のお仕事してたんだよ? 早く終わらせたい。 なのになんで常識ってものが抜けちゃってるんだよ……。お陰で仕事が増えてるではないか! 慰謝料欲しい。

「俺たちはこの領を出ていく!」
「そうかそうか。あいわかった。では明日の朝の1の鐘に門を開いてやろう。今日は頑張って徹夜で荷造りをするのだな。あぁ、あと周知の通り、アメジール種の馬は外には連れていけないからな? 他の馬、もしくはお前達の力で頑張れ?」

 そんなことを言うと人族達は「横暴だ!」と喚き散らしていた。ああ、もう本当にうるさいなぁ……。想像通りとはいえ何故こんなにも低脳なのだ? 学園長はまだか!?

 コイツら鬱陶しくて仕方ない。

 その間に使用人達が空気を読んで仕事の担当者達を引き摺って連れてきていた。
 うむ、本当に出来る使用人達だ……。あまりにもうるさいので人族の一塊に大きな遮断結界で囲った。

「お前達を呼んだのは他でもない。明日、朝の1の鐘が鳴ったら人族の者達がこの地を去るのでな?それまでに書類を作成してくれ? あと財務は銅貨と銀貨、金貨を用意しておけ。主に銅と銀でよかろう。野菜のレートは今のままで構わん。餞別がわりにしておこうかの」
「はい、畏まりました。それにしても人族の断罪ごっこは久しぶりですねぇ……。また100年間は入領禁止ですか? もう、完全に禁止にしません? 正直言って面倒です。いや、そうなると人族から虐めが何だと抗議という大騒ぎでこれもまた面倒ですね。法律違反にもなりますし……。さて、クリスタリア様? 本日、夜のやるべき内容は後日へ後回しで宜しいのですか?」
「構わん。今日の仕事は必要な書類作成だ。明日の早朝迄に作成して受理業務は朝の担当に回せ。それよりもなぜ……いや、良い……。仕事を開始してくれ……」

 クリスタリアはジェイルと共に少し高い場所から遮断結界の中で飽きもせずに喚くことが出来るのだろうかと呆れたように見つめていた。
 そして2人の姉弟は心の中で「はやく学園長、来ないかな……」と思っていた。









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