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似たもの同士 2
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「箱入りのガキにいきなりやれったって無理な話か。オマエも村とは悉く違う環境になって大変そうだな」
「うん、大変大変。すっごく大変」
「雑にシメようとすんなって。まだあの話がついてないだろ?」
「なに…?」
「オマエの一人称の話だよ」
かなりイライラしてる時にイヤな話を…。モンスターはイヤなことばっかり話に出してくる。というかこれってそんなに掘り下げないといけない話なんだろうか?モンスターの感覚がわからない。
「俺の予想じゃあ、一人称を『ジブン』にしてるのはミナライの最後の意地なんじゃないかと思ってるが…実際どうなんだ?」
「なにそれ?何が言いたいの?」
「『ジブンはモンスターに騙されてなんかない』っていう意地だよ」
言われてみれば、そうかもしれない。本当の名前は言ってないからまだ大丈夫というような…。着いて行ってるんなら完全にアウトなのもわかってはいるんだけど。
「お、図星か?」
「少しはそうかもしれないけど、ほぼ合ってないね。残念!」
「じゃあどう違うのか全部説明してもらおうか?」
「もう、しょうがないな」
あれ?なんか喋る流れになってる…。
まあ、ドラーゴンもこっちが言わなきゃわからないだろうし…話してあげるとしよう。
「モンスターの誘いには乗ったけど、心まで売り渡した訳じゃないって感じかな」
「そんなの思い込みだろ?オマエ、割と船長のこと頼ってるじゃねえか」
「だって、頼らないと!モンスターを相手にするのなんて初めてなんだから、モンスターの船長に頼るのは普通でしょ?船長だってジブンに頼られたがってるし」
「へえ、割と気付いてんのな」
「なにが?」
「あいつの、ミナライへのキモイ親心だよ」
「…ほんとに頼られたがってるってこと?」
「じゃなきゃ、あそこまでうざ絡みしねえだろ」
うう、何度考えても気持ち悪い。
普段は話半分で流してるけど、ほんとの本気となるといたたまれない。
「オマエは全く心開いてないんだな。船長が憐れで仕方ないぜ」
「そんなのジブンの勝手でしょ」
「ふうん。じゃあ本名を明かさないのも自分で決めたつてことだ。どういう理由があったんだよ?」
「それは話したでしょ?」
「さっきのは『本名を話さない原因』だろ?今回のは『本名を話さないって決めるに当たった理由』を聞いてるんだ」
「質問ばっかりじゃない?うざったいんだけど」
「そう言うなって。話したくないなら話さなくていい、なんてニンゲンの間でしか通用しねえぞ?」
呆れる。そんなの、ジブンの周りでも通用したためしがない。
村に帰れないままのくせして、村に居たころと同じことが起こってる。どこにいても辛いことばっかりだ。モンスターはみんなイヤなヤツだから仕方ないのかな。
あれ?だとしたら村のヤな大人って、モンスター並みの性格してるってこと?はあ…?あんなヤツらの言うこと聞いてたのがバカらしくなってきた。
「おい、早く話せって。寝かせてやんねえぞ」
「はいはい。ええと、村での「自分」と村の外での「自分」とは分けて考えないと頭がパンクするからだよ」
「なんだそりゃ?」
「話すのめんどくさい」
「急に消極的になんなよ…」
「だってドオルにもした話なんだもん」
「しつこくされたくなかったらとっとと話せ」
勝手なヤツだ。ドオルに説明をせがむのも回りくどいし、話した方が早いな。
「ドオルと話してる時、『自分』をいくつか持て』って言われたの。『仕事場での自分』とか、『友達の前での自分』とか。そうは言われたってすぐにできるものじゃないから、村の中と外とで分けてみようとはしてるけど、まだまだ難しいんだよ」
「そうか?やろうと思えばできそうなもんだが。ここに居る奴は初日で察してると思うぞ。この船では素の自分でいるのは不味いってな」
「そりゃ、皆は大人なんだからわかって当然でしょ」
「物わかりの良い子どもだっているはずなんだけどな。村で甘やかされすぎてクソガキになっちまったってオチか」
「考えてもわからないことくらいたくさんあるし!」
大人は余裕ぶって見下してくるけど、ジブンだって考えているのは間違いない。
経験があるんだかなんだか知らないけど、子どもが何にもわからないのは考えてないからだなんて大間違いだ。
「ジブンが考えを変えないのは単にイヤだからじゃないよ。そもそもやり方がわからなかったり、『自分をいくつか持つ』って言葉がよくわからないからだよ。初めてのことなんだから、わかんなくたって良いでしょ」
「そりゃそうだが、正解を提示されてるんならわかるもんなんじゃないのか?」
「やり方を教えられなきゃわかんないよ」
「面倒な性質だな」
ああもう、いい加減なんだから。なんで教えるのを面倒臭がるんだ?自分ができることは相手もできるとは限らないのに。こっちができないのをうざがられても、ジブンは変われないままだ。そうなったらコイツはまた面倒臭そうな顔するだろうに。
「はあ、最悪だよ。モンスターは何においてもいい加減なんだから…。教えられなきゃ何にもできないなんて、考えたらわかるってのに」
「オマエの教育環境は劣悪って訳だな。ご愁傷様」
「努力しようって気はないわけ?」
「ないな。俺のオマエのお守りのために生きてない」
「いちいちうざったがられるこっちも辛いんだけど?」
「そう言われてもな」
とことんどうでも良さそうにされる。こういう反応、最初は苛ついてたけど最近は傷付くようになってきた。
「やっぱりモンスターってダメだな」と思っていても、否定されることが多くなると「ジブンってダメなのかな」と落ち込んでくるようにもなる。
村に帰りたいと思うのだってそうだ。だんだん変わってきてしまった。
最初の頃はただ村に帰りたいと思ってた。でもモンスターに村でのことを色々掘り起こされたせいで、「村にもイヤな子がいた」とか、「大人たちはこっちが本当に危ない目に遭っても助けにも来てくれない」とか、「ジジババがまだ生きてる」みたいな、村に居た頃にジブンを取り巻いてたもろもろの問題点が浮かび上がってきた。
おかげで本気で「帰りたい」とは願えなくなってきたのが今の本音だ。
「まさかオマエと船長がそんな騙し合いしてるとはな」
「え?そんな話してた?」
「やってたやってた。若い奴が忘れっぽいと洒落になんねえぞ」
いや、ドラーゴンがいかにダメな大人かっていう話だった。さては、話をそらしたな?あのまま話続けてものらくらかわされただろうから、忘れてやることにしよう。ほんとうにどうしようもないヤツだ。
「…で?騙し合いってなに?」
「信頼し合ってるふりして、お互いに隠し事だらけなとこだよ」
「言うほどやりあってる?船長は嘘つけないタイプでしょ」
「そうとは限らんぞ?なんならオマエがなんか隠してるって気付いてるとか…」
「ええ?まさか、ねえ」
「船長のこと舐めきってんのな?」
「そうじゃないよ。これ、アイツにバレたら大変なことになる話だからさ」
「ああ、オマエに依存気味なんだもんな」
「たぶんね」
船長がジブンにどれだけヤバい気持ちを持ってるのはわからないけど、船員が口々に言うからには深刻なんだろう。
仲が良くない船員同士でも、そればかりは口を揃えて「船長はミナライを構いすぎだ」って言う。モンスターは危ないことでもテキトーな感じで言うから、ほんとうはもっと好かれているのかもしれない。
だったら尚のこと、村に関係する相談は誰にもしちゃいけない。船長はもちろんもってのほかだけど、船員の耳に届くのもマズい。
船員もだいぶ減ったけど、だからって秘密が船長に伝わらないとは限らない。今までは「すぐにバラすヤツがどこかにいる」くらいの認識だったから、正確には誰がバラしたがりなのかわかっていない。もしかしたら今の船員の中にそういうヤツ残ってるかもしれない。
それも理由の一つだけど、船員からからかわれるかもしれないのもイヤだ。
「じゃあなんのためにここにいるんだよ」なんて、ジブンをまるごと否定するようなことを言われそうだから。そこまで言われたら、「やっぱモンスターってクソだ!」なんて怒る元気もなくなっちゃう。
船長にバレたらバレたで、ジブンの心だけじゃなくこの先の時間まで良いように使われそうで怖い。船長はモンスターの中じゃ話が通じる方だけど、周りに流されやすい。
船長だけが好き勝手やってるようで、出て行く前の船員たちがそう見えるように仕立て上げてたんじゃないだろうか?自分たちは注目されなくするため、ミナライに目を向けさせようって。面倒臭がりのヤツらがやりそうなことだ。
船員のほとんどは、船長のことを本来の性格よりも悪くでっちあげてた。船長は「悪い」というより変わってる。迷惑をこうむることには変わりないけど、ただ悪いヤツと言うのとは少し違う。
船員になってから日が浅くて、やむなく誤解してるモンスターもいたんだろうけど…どっちにしろ、マズイことを引き起こしていたかもしれない。
船員たちが、ふざけて「一生飼い殺しにされるかもな」とか「骨になっても離して貰えないんじゃないか?」なんてアホみたいな悪ふざけを言ってても、船長はそれを「その手があったか」なんて素直に受け取っていたのだとしたら怖すぎる。
だからこそジブンは誰を相手取っても気が抜けない。どちらかというと船長の方が危ない。
そうだな、船長にバレちゃったら「自分とミナライだけの秘密」として隠し通したあげく、勝手に話を進めちゃうかもしれないから…うん、船長にだけはバレちゃダメだ。
「どうしたよ、そんなに頷いて」
「船長なんかアテにならないなって思っただけ」
「酷え奴だな、あんなに尽くして貰ってんのに」
「どこがよ!今まで全然大陸に連れてってくれなかっのに」
「船長は気晴らしに島に行ってやってたのかもしれないぞ?一旦は旅を楽しむってのも有りだったんじゃねえか?」
「ヤだよ!村にいないでいるのに慣れちゃったら、村に帰ること諦めちゃうかもしれないもん」
「気色悪いな、オマエ」
「は!?」
「故郷に執着しすぎなんだよ」
またこいつは…モンスターはこの手の話をほんとうにわかってくれない。
「元いたとこに帰りたいって思って当然でしょ?」
「本当にそれだけが理由か?」
思わず、ぎくりとする。
「マジかよ、カマかけてみるもんだな」
「え…?ハッタリってこと?」
「まあな。バレたからには大人しく話した方が良いぜ?」
うそっぱちのくせに偉そうに…。もう、仕方ないな。
「いま村に帰ることを諦めたら、他にやるべきことが見つからなくて…どうしていいかわからなくなるからだよ」
「やりたいこととか無かったのか?」
「ないよ。ジジババから逃げるので精いっぱいだったもん…はあ」
「なんだよ。そんなに湿っぽい話か、これ?」
「だって…」
「ああ?言わなきゃわかんねえぞ」
とか言って、自分が知りたいだけだろうに。話すのも考えるのも馬鹿らしくなってくる。
「そもそも、「どうしていいかわからなくなる」こと自体がとてつもなく怖いの。そんなの想像しただけでぞっとする」
「そんなにか?誰でもあることだろ」
「ひとりぼっちの時にそうなったらお先真っ暗でしょ!」
「何を怒ってんだ?オマエには船長が付いてるだろ」
「付きまとわれてるだけだよ」
「文句ばっかだな。故郷に帰りたいくせして、帰ったら帰ったでやりたいことも無いとか…帰る意味ないだろ。本当にやる気あんのかよ?」
ひどい言われように、声が出なくなった。なんでそんなこと言うんだろう。
大人だってひとりになることはあるかもしれないけど、こっちは一人になったことなんてない。だったら大人より不安が大きいのなんて当たり前のことなのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだろう。
第一、それ以外にもジブンは誰よりも不安が積み重なってるっていうのに。
村にいた頃からイヤなことはあった。村に帰れなくなったのもすごくイヤだった。船での生活もイヤなことだらけだ。モンスターに相談なんか出来たものじゃないから。
村でも相談がうまく行かなかったことが多かったから、相談すること自体が怖くなってきちゃってる。
モンスターは村のヤな大人と同じかそれ以上にイヤなヤツが多いから、相談なんて自分の弱みを見せに行くようなものだ。
誰に話しても、船長と船員の両方にバレて一気に生活しづらくなるのは目に見えている。最近は相談しようどうかなんてハナから考えなくなった。
この船じゃ一人で黙っているのが一番良いんだ。キツいけど。それでも、もしかしたら明日にでも村に帰れるかもしれないって思えば、どうにか…。
耐えられないこともあるけど、部屋に隠れてたら泣いていてもバレない。
「なんだよ、マジで泣きそうになって。紛れもない事実じゃねえか」
「もう話しかけないで」
「は?そりゃねえだろ。おい__」
あんまりドラーゴンがクズなものだから、自分から話を切り上げて離れた。
泣きそうって時に追い打ちをかけてくる。こっちのことなんて何も考えてないくせして、心を読んでるんじゃないかってくらいにイヤなタイミングで。
「モンスターのせいで」っていう文句がいくつもわいてくるけど、村にも同レベルでロクでもないヤツはいた。どこにいたってイヤなヤツはいるのかもしれない。そんなこと知りたくなかった。色んなやる気がなくなっちゃう。
こんなことになるなら、お母さんの言いつけを守ってたら良かった。「村の外に出るときはちゃんと友だちが集まってからにしなさい」って。言いつけなんて、少ししか守ったためしがない。
たとえ言いつけを守ったって、大人が嬉しそうにするだけでジブンはこれっぽっちも楽しくない。
一人になってから大人の言ってたことは合ってたんだって気づいたけど、全部が全部そうだったわけじゃない。
今思えば、モンスターは村で聞いていたほど悪い奴じゃないもの。でも、村で聞いていた以上に面倒くさい連中なのに変わりはない。それがけっこう厄介だ。
村で聞いていたようなヤバいヤツであれば船長に言いつければどうにかなる。なまじ話が通じて、こちらの文句をのらりくらりとかわして、船長の前では上手いことやるヤツを除けものにするのは難しい。
船長から見たら、そういうヤツらを叱るのはやり過ぎな気がするらしいから。
船員は最後までヤな感じなヤツばっかりだけど、船長は誰にでも良い顔をしたりしなかったりではっきりしない。
船長は自分自身が大人のつもりなのか子どものつもりなのか知らないけど、ジブンにとっては大人なんだからしっかりしてもらわないと!
船長はどうにも、「ミナライにとっての1番でありたい」のと「この船の責任者を気取っていたい」のとじゃ、どっちが大切なのか怪しいところがある。どっちもやりたがってるから中途半端なんだろうけど。
ジブンだって「お城に行きたい」とか「船員の態度をどうにかしたい」とか色々な悩みがあるけど、「村に帰りたい」っていう一つに絞ってるんだから。船長は大人なんだし、その辺はちゃんとして欲しい。
こんなの、もし本当に相談したとしてもわかってもらえない気がする。モンスターは的外れなことばっかり言うから。
ほんとうに、なにが「ニンゲンはみんな似たようなもの」だ。村の子よりも、他の町とかお城にいる子よりもジブンの方が一番考えてて悩んでて苦しんでるに決まってるのに。
村の大人は「困ったらすぐ相談して」って言ってたけど、相談したい時にそばにいなけりゃ意味がないじゃないか。いらない時にだけ口出しして、みんな似たようなことばかり言って…ああ、そこはモンスターと似てるかも。
ダメだダメだ、村の大人までモンスター並みに嫌いになったらもっと帰りたく無くなっちゃう。
早く帰れるように…誰にも言わないで頑張らなきゃ。帰りたいんだって思わなきゃ。
「うん、大変大変。すっごく大変」
「雑にシメようとすんなって。まだあの話がついてないだろ?」
「なに…?」
「オマエの一人称の話だよ」
かなりイライラしてる時にイヤな話を…。モンスターはイヤなことばっかり話に出してくる。というかこれってそんなに掘り下げないといけない話なんだろうか?モンスターの感覚がわからない。
「俺の予想じゃあ、一人称を『ジブン』にしてるのはミナライの最後の意地なんじゃないかと思ってるが…実際どうなんだ?」
「なにそれ?何が言いたいの?」
「『ジブンはモンスターに騙されてなんかない』っていう意地だよ」
言われてみれば、そうかもしれない。本当の名前は言ってないからまだ大丈夫というような…。着いて行ってるんなら完全にアウトなのもわかってはいるんだけど。
「お、図星か?」
「少しはそうかもしれないけど、ほぼ合ってないね。残念!」
「じゃあどう違うのか全部説明してもらおうか?」
「もう、しょうがないな」
あれ?なんか喋る流れになってる…。
まあ、ドラーゴンもこっちが言わなきゃわからないだろうし…話してあげるとしよう。
「モンスターの誘いには乗ったけど、心まで売り渡した訳じゃないって感じかな」
「そんなの思い込みだろ?オマエ、割と船長のこと頼ってるじゃねえか」
「だって、頼らないと!モンスターを相手にするのなんて初めてなんだから、モンスターの船長に頼るのは普通でしょ?船長だってジブンに頼られたがってるし」
「へえ、割と気付いてんのな」
「なにが?」
「あいつの、ミナライへのキモイ親心だよ」
「…ほんとに頼られたがってるってこと?」
「じゃなきゃ、あそこまでうざ絡みしねえだろ」
うう、何度考えても気持ち悪い。
普段は話半分で流してるけど、ほんとの本気となるといたたまれない。
「オマエは全く心開いてないんだな。船長が憐れで仕方ないぜ」
「そんなのジブンの勝手でしょ」
「ふうん。じゃあ本名を明かさないのも自分で決めたつてことだ。どういう理由があったんだよ?」
「それは話したでしょ?」
「さっきのは『本名を話さない原因』だろ?今回のは『本名を話さないって決めるに当たった理由』を聞いてるんだ」
「質問ばっかりじゃない?うざったいんだけど」
「そう言うなって。話したくないなら話さなくていい、なんてニンゲンの間でしか通用しねえぞ?」
呆れる。そんなの、ジブンの周りでも通用したためしがない。
村に帰れないままのくせして、村に居たころと同じことが起こってる。どこにいても辛いことばっかりだ。モンスターはみんなイヤなヤツだから仕方ないのかな。
あれ?だとしたら村のヤな大人って、モンスター並みの性格してるってこと?はあ…?あんなヤツらの言うこと聞いてたのがバカらしくなってきた。
「おい、早く話せって。寝かせてやんねえぞ」
「はいはい。ええと、村での「自分」と村の外での「自分」とは分けて考えないと頭がパンクするからだよ」
「なんだそりゃ?」
「話すのめんどくさい」
「急に消極的になんなよ…」
「だってドオルにもした話なんだもん」
「しつこくされたくなかったらとっとと話せ」
勝手なヤツだ。ドオルに説明をせがむのも回りくどいし、話した方が早いな。
「ドオルと話してる時、『自分』をいくつか持て』って言われたの。『仕事場での自分』とか、『友達の前での自分』とか。そうは言われたってすぐにできるものじゃないから、村の中と外とで分けてみようとはしてるけど、まだまだ難しいんだよ」
「そうか?やろうと思えばできそうなもんだが。ここに居る奴は初日で察してると思うぞ。この船では素の自分でいるのは不味いってな」
「そりゃ、皆は大人なんだからわかって当然でしょ」
「物わかりの良い子どもだっているはずなんだけどな。村で甘やかされすぎてクソガキになっちまったってオチか」
「考えてもわからないことくらいたくさんあるし!」
大人は余裕ぶって見下してくるけど、ジブンだって考えているのは間違いない。
経験があるんだかなんだか知らないけど、子どもが何にもわからないのは考えてないからだなんて大間違いだ。
「ジブンが考えを変えないのは単にイヤだからじゃないよ。そもそもやり方がわからなかったり、『自分をいくつか持つ』って言葉がよくわからないからだよ。初めてのことなんだから、わかんなくたって良いでしょ」
「そりゃそうだが、正解を提示されてるんならわかるもんなんじゃないのか?」
「やり方を教えられなきゃわかんないよ」
「面倒な性質だな」
ああもう、いい加減なんだから。なんで教えるのを面倒臭がるんだ?自分ができることは相手もできるとは限らないのに。こっちができないのをうざがられても、ジブンは変われないままだ。そうなったらコイツはまた面倒臭そうな顔するだろうに。
「はあ、最悪だよ。モンスターは何においてもいい加減なんだから…。教えられなきゃ何にもできないなんて、考えたらわかるってのに」
「オマエの教育環境は劣悪って訳だな。ご愁傷様」
「努力しようって気はないわけ?」
「ないな。俺のオマエのお守りのために生きてない」
「いちいちうざったがられるこっちも辛いんだけど?」
「そう言われてもな」
とことんどうでも良さそうにされる。こういう反応、最初は苛ついてたけど最近は傷付くようになってきた。
「やっぱりモンスターってダメだな」と思っていても、否定されることが多くなると「ジブンってダメなのかな」と落ち込んでくるようにもなる。
村に帰りたいと思うのだってそうだ。だんだん変わってきてしまった。
最初の頃はただ村に帰りたいと思ってた。でもモンスターに村でのことを色々掘り起こされたせいで、「村にもイヤな子がいた」とか、「大人たちはこっちが本当に危ない目に遭っても助けにも来てくれない」とか、「ジジババがまだ生きてる」みたいな、村に居た頃にジブンを取り巻いてたもろもろの問題点が浮かび上がってきた。
おかげで本気で「帰りたい」とは願えなくなってきたのが今の本音だ。
「まさかオマエと船長がそんな騙し合いしてるとはな」
「え?そんな話してた?」
「やってたやってた。若い奴が忘れっぽいと洒落になんねえぞ」
いや、ドラーゴンがいかにダメな大人かっていう話だった。さては、話をそらしたな?あのまま話続けてものらくらかわされただろうから、忘れてやることにしよう。ほんとうにどうしようもないヤツだ。
「…で?騙し合いってなに?」
「信頼し合ってるふりして、お互いに隠し事だらけなとこだよ」
「言うほどやりあってる?船長は嘘つけないタイプでしょ」
「そうとは限らんぞ?なんならオマエがなんか隠してるって気付いてるとか…」
「ええ?まさか、ねえ」
「船長のこと舐めきってんのな?」
「そうじゃないよ。これ、アイツにバレたら大変なことになる話だからさ」
「ああ、オマエに依存気味なんだもんな」
「たぶんね」
船長がジブンにどれだけヤバい気持ちを持ってるのはわからないけど、船員が口々に言うからには深刻なんだろう。
仲が良くない船員同士でも、そればかりは口を揃えて「船長はミナライを構いすぎだ」って言う。モンスターは危ないことでもテキトーな感じで言うから、ほんとうはもっと好かれているのかもしれない。
だったら尚のこと、村に関係する相談は誰にもしちゃいけない。船長はもちろんもってのほかだけど、船員の耳に届くのもマズい。
船員もだいぶ減ったけど、だからって秘密が船長に伝わらないとは限らない。今までは「すぐにバラすヤツがどこかにいる」くらいの認識だったから、正確には誰がバラしたがりなのかわかっていない。もしかしたら今の船員の中にそういうヤツ残ってるかもしれない。
それも理由の一つだけど、船員からからかわれるかもしれないのもイヤだ。
「じゃあなんのためにここにいるんだよ」なんて、ジブンをまるごと否定するようなことを言われそうだから。そこまで言われたら、「やっぱモンスターってクソだ!」なんて怒る元気もなくなっちゃう。
船長にバレたらバレたで、ジブンの心だけじゃなくこの先の時間まで良いように使われそうで怖い。船長はモンスターの中じゃ話が通じる方だけど、周りに流されやすい。
船長だけが好き勝手やってるようで、出て行く前の船員たちがそう見えるように仕立て上げてたんじゃないだろうか?自分たちは注目されなくするため、ミナライに目を向けさせようって。面倒臭がりのヤツらがやりそうなことだ。
船員のほとんどは、船長のことを本来の性格よりも悪くでっちあげてた。船長は「悪い」というより変わってる。迷惑をこうむることには変わりないけど、ただ悪いヤツと言うのとは少し違う。
船員になってから日が浅くて、やむなく誤解してるモンスターもいたんだろうけど…どっちにしろ、マズイことを引き起こしていたかもしれない。
船員たちが、ふざけて「一生飼い殺しにされるかもな」とか「骨になっても離して貰えないんじゃないか?」なんてアホみたいな悪ふざけを言ってても、船長はそれを「その手があったか」なんて素直に受け取っていたのだとしたら怖すぎる。
だからこそジブンは誰を相手取っても気が抜けない。どちらかというと船長の方が危ない。
そうだな、船長にバレちゃったら「自分とミナライだけの秘密」として隠し通したあげく、勝手に話を進めちゃうかもしれないから…うん、船長にだけはバレちゃダメだ。
「どうしたよ、そんなに頷いて」
「船長なんかアテにならないなって思っただけ」
「酷え奴だな、あんなに尽くして貰ってんのに」
「どこがよ!今まで全然大陸に連れてってくれなかっのに」
「船長は気晴らしに島に行ってやってたのかもしれないぞ?一旦は旅を楽しむってのも有りだったんじゃねえか?」
「ヤだよ!村にいないでいるのに慣れちゃったら、村に帰ること諦めちゃうかもしれないもん」
「気色悪いな、オマエ」
「は!?」
「故郷に執着しすぎなんだよ」
またこいつは…モンスターはこの手の話をほんとうにわかってくれない。
「元いたとこに帰りたいって思って当然でしょ?」
「本当にそれだけが理由か?」
思わず、ぎくりとする。
「マジかよ、カマかけてみるもんだな」
「え…?ハッタリってこと?」
「まあな。バレたからには大人しく話した方が良いぜ?」
うそっぱちのくせに偉そうに…。もう、仕方ないな。
「いま村に帰ることを諦めたら、他にやるべきことが見つからなくて…どうしていいかわからなくなるからだよ」
「やりたいこととか無かったのか?」
「ないよ。ジジババから逃げるので精いっぱいだったもん…はあ」
「なんだよ。そんなに湿っぽい話か、これ?」
「だって…」
「ああ?言わなきゃわかんねえぞ」
とか言って、自分が知りたいだけだろうに。話すのも考えるのも馬鹿らしくなってくる。
「そもそも、「どうしていいかわからなくなる」こと自体がとてつもなく怖いの。そんなの想像しただけでぞっとする」
「そんなにか?誰でもあることだろ」
「ひとりぼっちの時にそうなったらお先真っ暗でしょ!」
「何を怒ってんだ?オマエには船長が付いてるだろ」
「付きまとわれてるだけだよ」
「文句ばっかだな。故郷に帰りたいくせして、帰ったら帰ったでやりたいことも無いとか…帰る意味ないだろ。本当にやる気あんのかよ?」
ひどい言われように、声が出なくなった。なんでそんなこと言うんだろう。
大人だってひとりになることはあるかもしれないけど、こっちは一人になったことなんてない。だったら大人より不安が大きいのなんて当たり前のことなのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだろう。
第一、それ以外にもジブンは誰よりも不安が積み重なってるっていうのに。
村にいた頃からイヤなことはあった。村に帰れなくなったのもすごくイヤだった。船での生活もイヤなことだらけだ。モンスターに相談なんか出来たものじゃないから。
村でも相談がうまく行かなかったことが多かったから、相談すること自体が怖くなってきちゃってる。
モンスターは村のヤな大人と同じかそれ以上にイヤなヤツが多いから、相談なんて自分の弱みを見せに行くようなものだ。
誰に話しても、船長と船員の両方にバレて一気に生活しづらくなるのは目に見えている。最近は相談しようどうかなんてハナから考えなくなった。
この船じゃ一人で黙っているのが一番良いんだ。キツいけど。それでも、もしかしたら明日にでも村に帰れるかもしれないって思えば、どうにか…。
耐えられないこともあるけど、部屋に隠れてたら泣いていてもバレない。
「なんだよ、マジで泣きそうになって。紛れもない事実じゃねえか」
「もう話しかけないで」
「は?そりゃねえだろ。おい__」
あんまりドラーゴンがクズなものだから、自分から話を切り上げて離れた。
泣きそうって時に追い打ちをかけてくる。こっちのことなんて何も考えてないくせして、心を読んでるんじゃないかってくらいにイヤなタイミングで。
「モンスターのせいで」っていう文句がいくつもわいてくるけど、村にも同レベルでロクでもないヤツはいた。どこにいたってイヤなヤツはいるのかもしれない。そんなこと知りたくなかった。色んなやる気がなくなっちゃう。
こんなことになるなら、お母さんの言いつけを守ってたら良かった。「村の外に出るときはちゃんと友だちが集まってからにしなさい」って。言いつけなんて、少ししか守ったためしがない。
たとえ言いつけを守ったって、大人が嬉しそうにするだけでジブンはこれっぽっちも楽しくない。
一人になってから大人の言ってたことは合ってたんだって気づいたけど、全部が全部そうだったわけじゃない。
今思えば、モンスターは村で聞いていたほど悪い奴じゃないもの。でも、村で聞いていた以上に面倒くさい連中なのに変わりはない。それがけっこう厄介だ。
村で聞いていたようなヤバいヤツであれば船長に言いつければどうにかなる。なまじ話が通じて、こちらの文句をのらりくらりとかわして、船長の前では上手いことやるヤツを除けものにするのは難しい。
船長から見たら、そういうヤツらを叱るのはやり過ぎな気がするらしいから。
船員は最後までヤな感じなヤツばっかりだけど、船長は誰にでも良い顔をしたりしなかったりではっきりしない。
船長は自分自身が大人のつもりなのか子どものつもりなのか知らないけど、ジブンにとっては大人なんだからしっかりしてもらわないと!
船長はどうにも、「ミナライにとっての1番でありたい」のと「この船の責任者を気取っていたい」のとじゃ、どっちが大切なのか怪しいところがある。どっちもやりたがってるから中途半端なんだろうけど。
ジブンだって「お城に行きたい」とか「船員の態度をどうにかしたい」とか色々な悩みがあるけど、「村に帰りたい」っていう一つに絞ってるんだから。船長は大人なんだし、その辺はちゃんとして欲しい。
こんなの、もし本当に相談したとしてもわかってもらえない気がする。モンスターは的外れなことばっかり言うから。
ほんとうに、なにが「ニンゲンはみんな似たようなもの」だ。村の子よりも、他の町とかお城にいる子よりもジブンの方が一番考えてて悩んでて苦しんでるに決まってるのに。
村の大人は「困ったらすぐ相談して」って言ってたけど、相談したい時にそばにいなけりゃ意味がないじゃないか。いらない時にだけ口出しして、みんな似たようなことばかり言って…ああ、そこはモンスターと似てるかも。
ダメだダメだ、村の大人までモンスター並みに嫌いになったらもっと帰りたく無くなっちゃう。
早く帰れるように…誰にも言わないで頑張らなきゃ。帰りたいんだって思わなきゃ。
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