ミナライの旅

燕屋ふくろう

文字の大きさ
10 / 34

見習いとして

しおりを挟む
「…あ、またサボってる。」
「ふう、最近はああいう船員が多いな。俺は向こうを見てくるから、ミナライはあいつらに話をしておいてくれないか?」
「え!?ヤだよ!」
「それはそうだろうが…それとなく注意するだけでいいから。」
「そうじゃないよ。なんか上手く話せなくて…あきらめちゃうもん。」
「煙に巻かれるということか?」
「うーん…なんていうか、前もこんなことあったでしょ?だからイヤなの…。」


今、ちょっとだけ嘘をついた。前はもっと頑張って船員に注意をしてたのはほんとうだ。
堂々とサボる船員っていうのは、ムカつく言い方をしてくることが多くて__


「あっ!サボったらダメなんだよ!」って駆け付けたら…
「ちっ、うるせえな。少しくらい良いじゃねえかよ…。」なんて、ソイツは聞こうともしない。
その船員はピッシュ族だった。もういないけど、アイツのことはよく覚えてる。


「なんにも良くないよ!早く仕事して!」
「あーあー、オマエは仕事も無い癖に許されてて良いよな。」

「ジブンはちゃんと仕事してるし!」
「仕事の数がオマエだけ少ないんだよ。明らかに贔屓してやがる、船長の奴…。」
「だからなに?船員はたくさん働くのが当たり前でしょ?」
「はあ?調子乗ってると__」
「こら、喧嘩はやめろ!」


ジブンも向こうも熱くなってちゃんと話せなくなってきたところに、何ごとかと船長が止めに来たんだ。


「あっ、船長。聞いてよ。コイツ、船長の悪口言ってたんだよ!」
「は!?んなこと言ってないだろ!」


とにかく船長を味方につけたくて、向こうがしてもないことを言ったんだった。
そうだ、そのせいでケンカがもっと激しくなって、船長も慌て始めたんだ。


「ちょっと待ってくれ。この喧嘩はどちらが焚きつけたんだ?」
「ピッシュだよ!」
「ミナライから突っかかって来た。」
「ふむ…。」


お互いの答えが食い違った。どちらが正解なのかと、船長が考え込んで…。


「おいおい…あんた、同胞じゃなくてニンゲンを庇う気か?同じモンスターとして恥ずかしいぜ。」
「ちょっと!船長のジャマしないで!」


ジブンを信じてほしいのに、ピッシュのせいで船長が揺らぐかもしれなかった。だから、今では考えられないくらいに強く突っかかった。


「うるさいのはオマエだろうが…はあ、本っ当にうぜえ。おいあんた。」
「うん?」
「何でこんなの傍に置いてんだよ。食うならさっさとやっちまえよ。うざったくて仕方ねえ…。」
「はあ!?何でそうなるの!」
「まあ待て。一気に喋られると俺も疲れる…。」
「ほら、船長が困っちゃったじゃん!」
「ああ、わかったから!静かにしろ!」



あの時、ピッシュにすごく怖い悪口を言われたことも覚えてる。それにジブンがもっと怒って、話が忙しくなったから船長が疲れて、ピッシュがイラついた大声をあげて…。



「…ひとまずお互い、持ち場に戻れ。それぞれひとりずつ、ちゃんと話が聞きたい。」
「だったら俺を先にしてくれよ。」
「わかった、そうしよう。」
「え!?」
「大丈夫だ、ミナライの話もちゃんと聞く。オマエを後にすれば、俺がどちらを良いヤツだと思ったのかを最初に聞けるぞ?」



ジブンを信じてなきゃ出ない言い方をされて嬉しくて、うなずいた。


「うん、待ってる。絶対だよ!」


それで、一旦はそこを離れたんだ。


「よし、行ったな。話を聞こう。」
「聞きたいのはこっちだ…。なんでニンゲンを自由にさせてる?俺たちはアイツらに迫害されたんだぞ。」
「わかっている。オマエも、やられたんだろう?」
「なんだ、あんたもかよ?なら尚更意味わかんねえよ。」

「ニンゲンだからといって、全員を同一視してしまうのはどうかと思うぞ。俺がミナライを船の一員にしたのは、アイツが困っていたから助けたというだけだ。何か脅された訳でも、貰った訳でもない。
それに、この船を譲ってくれたのだってニンゲンだ。そっちは大人のニンゲンだったぞ?」

「誰がどう違うとか、歳とかはどうでもは良い。俺はもうニンゲンとは関わりたくねえんだよ。他の船員の殆どからも同じ意見が出てる。あいつがいなくなりゃ心穏やかに過ごせるってもんだ。
そのくせ、あんたはニンゲンを助けて、船をもらったりして…何がしたいんだ?」

「俺には夢がある。いつか、世界を周ってみたいとずっと思っていたんだ。」
「は?何の話だよ?」
「悲願の話だ。俺は捕らわれていた時、神も救いもないと知った。ということは、魔王様も俺のことを気にしていないという訳だ。なら、今こそ夢を叶えるには良い時期だと思ってな。」
「はっ、楽観的だな?」
「自分でもそう思う。」


「というか、質問に答えろよ。なんでニンゲンと関わろうって気になったんだ?」
「船のためにニンゲンと交渉をしたのは、必要だったからそうしたまでだ。ミナライに関しては…あそこで出会ったのは本当にたまたまだった。
そういえば、自分を船長と呼んでくれるヤツがいなければ夢が叶えられないなと思って引き込んだまでだ。」


「悪ぶるのが随分と下手クソだな。あんたは脳天気に、何も考えないようにしてるだけだろ?こっちはずっと忘れらんねえんだよ。」
「まさか。あいつが子どもとはいえ、俺だってニンゲンと関わるのは怖かった。本当さ。ニンゲンへの不信感は今もずっと残ってる。」
「どうだかな…。あんた、あいつにゾッコンに見えるが。」


「そうでもない。ミナライが「お城に行きたい」なんて言い出したらどうしようかと良く悩むくらいだ。あそこはおぞましいからな…。」
「もし、本当に言い出したらどうするんだよ?」
「ミナライを城の前に置いて、俺だけ逃げる。」
「へえ、言うねえ?そいつがそこの樽の裏で聞いてるのに。」


実際、ジブンは離れたように見せかけて物陰に隠れて話を聞いていた。
船長が、話をやめてタルに近づいて__


「…いないじゃないか。くだらん嘘を吐くな。」


__タルの裏をのぞき込んでいるのが遠くに見えた。
ジブンは船長たちからはもっと遠いところの木箱の裏にいたから、話の内容はまったく聞こえなかった。

場所を間違えたと思ったけど、下手に動けば隠れてるのが他の船員にバレて話しかけられるかもしれなかったから、そこでガマンするしかなかった。

そもそも、木箱の裏くらいしか体が全部隠れる場所がなかったから他に選びようがなかった。

だから、二匹が話をやめて船長がタルの方に動き出した時は「何だろう?」と思ったまま動けずにいた。


「怒るなよ。あんたもあのニンゲンの前では良い顔したいんだってのが良くわかった。」
「どういうことだ?」
「あいつを手懐けて、ニンゲンからの屈辱を乗り越えた気になってんだろ?やってることはごっこ遊びだってのによ。」
「ごっこ…?」

「囚われの身から船長っていう上の位に登り詰めて、手下を大勢従えて…自分を辱めたニンゲンを「見習い」なんて低い位に落として丸め込んだ。そんな、この狭い船の中でしか成しえない夢物語に浸って、それで過去を乗り越えた気になってる。
そういうことだろ、あんたがやってんのは?」


なんの話かまではわからないでも、声だけは聞こえていたから…なんだか船長がぜんぜん喋らないな、と思って物陰から身を乗り出した。
その時、見た。

船長が思い切り、ピッシュを船の外へ突き落とした。


どぼん、と海からしぶきがあがる。船が揺れた。
近くの部屋の中から、「また脱走かな…?」「最近入った方かもしれませんネ。」なんて聞こえてくる。

船長がキョロキョロし始めたから、急いでもっと遠くの部屋に逃げた。あの時の船長は、ジブンを探していたのか、突き落としたのを誰かに見られてなかったか不安になったのかはわからない。そんなの関係なしに怖かった。

その後は、その日のうちはどうにか船長に会わずに済んだ。アイツが船から落ちたことも怖かったけど、ピッシュ族だから溺れてはいない。それだけは安心だ。


あれって、どれくらい前なんだっけ。
船長はあの日、どうして船員を突き落したりなんか__そのことが今になって思い出される。


だから今のほんとうのところは、船員と話をつけるのがイヤっていうよりも、船長の言うことを聞きたくないんだ。
船員と話をしに行くこと自体もイヤだけど。

アイツらは船長のことを好き勝手言う。前は「はいはい」って聞き流してた悪口も、今じゃ「ほんとうなんじゃないか」と思えてくる。

また、誰かを殺しかけることがあったら?その手がジブンに向いたら?
そう考えるだけでもお腹の底が冷たくなる。


船長の夢について考えた時は、「船長のせいでひどい目にあったモンスターなんていない」って思ってたけど、そんなことなかった。ジブンが船長のことを知らなかっただけだった。

船長ったら、なんであんなことをしたんだろう?

ただでさえモンスターといるのはイヤなのに、怖いモンスターといっしょだなんてもっとキツい。ああ、イヤだイヤだ。なんで今になってあんなもの見ちゃったんだろう。


「村に帰るためだ」ってガマン強くなってきたのに、船長といっしょにいることに耐えられなくなったらおしまいじゃないか。ほんとうに余計なことをしてくれた。


アイツが少しでも「ミナライがどこかで見てるかも」って考えたらよかった話なのに。ジブンの知らないところでやってくれたんなら、船員が一匹いなくなろうが「また脱走したんだな」くらいで片付けられたのに!


船長はきっと優しいモンスターだって願いが、本物になってきてたのに…こなごなに壊れてしまった。
やっぱり、モンスターなんかといっしょにいるのは良くないんだ。

でも、船長のそばからは離れられない。
村に帰るためには船で世界を探し回らないといけないから。今更、村があった大陸には戻れっこない。

あんなヤツといっしょにいる時点で十分頑張ってるんだから、今日は船長の言うことなんて聞かなくて良いや。


あの船員たちも、船長の前でサボれるくらいふてぶてしいんだし、どうせジブンが言ったところで聞く耳を持たないだろう。

そのうち自分たちから脱走しだすんじゃないだろうか。船長が怖いから、じゃなくてヒマだから、なんてやる気のない理由で。


よし、船長にバレないように船室に戻っちゃおう。船長のことがよりいっそう怖くなったからこそ、隠し事をしたくなる。バレたらもっと怖いことをされるかもしれないのに。

船長のことを知ったせいで、ここでの生活がぐっとどんよりした。アイツと旅に出たての頃と同じか、それ以上に…。


このままここで過ごして、ほんとうに村に帰れるのならガマンしきれるけど。帰れるかわからないから不安なんだよな。


不安だと、なにかしてないといけないような気になってくる。だからって何かしようとしなくてもいいよね…?

村に帰れなくなったのだってジブンのせいじゃないんだから。いくら船長のおかげでここにいられてるからって、この船のために動かなくたって、全部が全部、自分のためでもいいんだよね?


それでいいに決まってる。脱走とか船長の怖さとか、いつか解決するはずだもの。それこそ、船長がどうにかするだろう。

この船さえあれば、ミナライも船員もいなくたって旅はできる。船長であり続けるためなら、アイツは頑張るはずだ。

こっちは村に帰れたらそれだけで良い。そのためには知らないふりをして、勝手にどうにかなっていくのを待ってるのが良いんだ。大丈夫。

そうしていればいつか、船長が連れて行ってくれるよね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました

久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。 魔法が使えるようになった人類。 侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。 カクヨム公開中。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...