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第3話 カエルとトカゲ事件(2)
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「何してるの、あなたたち? 通行の邪魔よ!」
雪ちゃんの声がしたかと思ったら、一真君は教室の床に倒れていた。と同時に、後ろでパリン! という音がした。廊下の方を振り返ると、順平君がひじを押さえていて、押さえた指のすきまから赤い血がにじんでいた。よく見ると、廊下の窓ガラスにはクモの巣みたいなヒビが入っている。
教室の中からどよめく声がする中、雪ちゃんはうつむいたまま立ち尽くしていた。
「きゃあ! これ、どういう状況? と、とにかくわたし、先生呼んでくる!」
お手洗いから出てきた楓ちゃんは、怪我をした二人と割れた窓ガラスにびっくりして、すぐ職員室へと走って行った。
二分くらい経って、楓ちゃんが黒崎先生と保健の先生を連れて戻ってきた。
「何があったのか、教えてくれますか?」
一真君と順平君が保健の先生にその場で手当てを受けている間、黒崎先生がわたしと雪ちゃんに問いかけた。
「わたしが二人に怪我をさせました」
雪ちゃんが、震えた声をしぼり出した。
「教室の入り口でふざけていた二人に腹が立って……。本当にごめんなさい」
雪ちゃんが一真君と順平君を突き飛ばした理由はそれだけではないと思う。後ろ側の入り口にいたわたしたちが邪魔なだけなら、前の方の入り口から入ればいいもの。それに、雪ちゃんの手が二人の身体に触れたとき、人間の子が持ってるはずがない、わたしがとても感じ慣れた力がこぼれていたの、ほんのわずかだけど。わたしやパパやママが持ってるような――。雪ちゃんはわたしのことを嫌いって言ったけど、でもきっと、わたしを守ってくれたんだと思う。
「雪ちゃんは悪くありません! わたしを助けてくれたんです。一真君と順平君にカエルとトカゲを無理やり食べさせられそうになって、雪ちゃんはそれを止めようとして……」
「アリスさん、それは本当ですか?」
「本当ですよ、証拠ならあります」
先生の問いかけに答えたのはわたしじゃない。
「この最新式のビデオカメラにばっちり録画しましたから! ――急いで号外の原稿を書かなきゃ」
確か、新聞係の丸山思伝君だっけ。〈ビデオカメラ〉が何かは知らないけど、それがあれば、わたしが言ったことを黒崎先生に信じてもらえるのね? ……ちょっと待って、さっきのこと学級新聞に書くつもり? やめてよ……。
「それは後でゆっくり見せてもらうとして、先生は一真君と順平君に詳しい話を聞かなくてはなりません」
一真君と順平君は、同時にぎくりとして先生を見た。
「『はい』か『いいえ』で答えてください。――学校に、カエルとトカゲを持ち込みましたか?」
「……は、はい」
一真君が声を震わせながら答えた。
「何言ってんだよ、お前」と小声でささやいた順平君に対して、一真君は「丸山に撮られたんだから、もうしらばっくれても意味ねぇよ」と力なく返した。
「そして、アリスさんにそれらを食べさせようとしましたか?」
「はい……」
怯えた二人の声が重なった。
「生き物には、それぞれの適切な居場所があります。このカエルとトカゲの居場所は、あなたたちのところではないようですね。彼らから自由を奪ったうえ、クラスメイトを虐げるために彼らを利用するなど、言語道断です」
黒崎先生の声はとても落ち着いている。でも、嘘を吐かせたり、悪いことをさせたりしない力がこもっているように感じた。
「二人とも、カエルとトカゲを元いた場所に戻してください」
「でも先生、二人の怪我、かなり酷いんですよ。横谷君はひじからの出血が止まりませんし、矢吹君は頭と肩を強打しています。応急処置はしましたが、安静にしなければ傷口が開いて――」
「いいえ、それでも二人にはそうする義務があります」
保健の先生が止めようとしたけど、黒崎先生はそれを振りきった。
「心配はいりません。患部に負担がかからないように配慮します。そして、戻し終えたらすぐに保健室へ二人を連れて伺います。――順平君、怪我をした方の腕はあまり動かさないように。一真君、もしめまいがしたり気分が悪くなったりしたら、その場にしゃがむか、先生にもたれかかるかしてくださいね」
「大丈夫、一人で歩ける……」
よろめきながら一真君が答える。どう見ても大丈夫じゃないよね……。
黒崎先生、一真君、順平君はカエルとトカゲを逃がしに学校のすぐそばの田んぼ(カエルがいたところ)と公園(トカゲがいたところ)に向かった。
「雪ちゃん、ありがとう。おかげでお腹壊さずに済んだよ」
三人の姿が見えなくなってから、わたしは雪ちゃんにお礼を言った。
「わたしはあなたを助けたつもりはないけど? 昨日も言ったように、あなたのことなんか嫌いだもの。――でも、悪ふざけがすぎるような人たちのことはもっと嫌い」
そう言い残して、雪ちゃんは席に戻ろうとする。
「待って!」
「なによ……」
「雪ちゃん……あなたも、魔女なの?」
ずっと気になっていたことを、クラスの子に聞こえないよう、声を抑えて聞いた。
雪ちゃんの声がしたかと思ったら、一真君は教室の床に倒れていた。と同時に、後ろでパリン! という音がした。廊下の方を振り返ると、順平君がひじを押さえていて、押さえた指のすきまから赤い血がにじんでいた。よく見ると、廊下の窓ガラスにはクモの巣みたいなヒビが入っている。
教室の中からどよめく声がする中、雪ちゃんはうつむいたまま立ち尽くしていた。
「きゃあ! これ、どういう状況? と、とにかくわたし、先生呼んでくる!」
お手洗いから出てきた楓ちゃんは、怪我をした二人と割れた窓ガラスにびっくりして、すぐ職員室へと走って行った。
二分くらい経って、楓ちゃんが黒崎先生と保健の先生を連れて戻ってきた。
「何があったのか、教えてくれますか?」
一真君と順平君が保健の先生にその場で手当てを受けている間、黒崎先生がわたしと雪ちゃんに問いかけた。
「わたしが二人に怪我をさせました」
雪ちゃんが、震えた声をしぼり出した。
「教室の入り口でふざけていた二人に腹が立って……。本当にごめんなさい」
雪ちゃんが一真君と順平君を突き飛ばした理由はそれだけではないと思う。後ろ側の入り口にいたわたしたちが邪魔なだけなら、前の方の入り口から入ればいいもの。それに、雪ちゃんの手が二人の身体に触れたとき、人間の子が持ってるはずがない、わたしがとても感じ慣れた力がこぼれていたの、ほんのわずかだけど。わたしやパパやママが持ってるような――。雪ちゃんはわたしのことを嫌いって言ったけど、でもきっと、わたしを守ってくれたんだと思う。
「雪ちゃんは悪くありません! わたしを助けてくれたんです。一真君と順平君にカエルとトカゲを無理やり食べさせられそうになって、雪ちゃんはそれを止めようとして……」
「アリスさん、それは本当ですか?」
「本当ですよ、証拠ならあります」
先生の問いかけに答えたのはわたしじゃない。
「この最新式のビデオカメラにばっちり録画しましたから! ――急いで号外の原稿を書かなきゃ」
確か、新聞係の丸山思伝君だっけ。〈ビデオカメラ〉が何かは知らないけど、それがあれば、わたしが言ったことを黒崎先生に信じてもらえるのね? ……ちょっと待って、さっきのこと学級新聞に書くつもり? やめてよ……。
「それは後でゆっくり見せてもらうとして、先生は一真君と順平君に詳しい話を聞かなくてはなりません」
一真君と順平君は、同時にぎくりとして先生を見た。
「『はい』か『いいえ』で答えてください。――学校に、カエルとトカゲを持ち込みましたか?」
「……は、はい」
一真君が声を震わせながら答えた。
「何言ってんだよ、お前」と小声でささやいた順平君に対して、一真君は「丸山に撮られたんだから、もうしらばっくれても意味ねぇよ」と力なく返した。
「そして、アリスさんにそれらを食べさせようとしましたか?」
「はい……」
怯えた二人の声が重なった。
「生き物には、それぞれの適切な居場所があります。このカエルとトカゲの居場所は、あなたたちのところではないようですね。彼らから自由を奪ったうえ、クラスメイトを虐げるために彼らを利用するなど、言語道断です」
黒崎先生の声はとても落ち着いている。でも、嘘を吐かせたり、悪いことをさせたりしない力がこもっているように感じた。
「二人とも、カエルとトカゲを元いた場所に戻してください」
「でも先生、二人の怪我、かなり酷いんですよ。横谷君はひじからの出血が止まりませんし、矢吹君は頭と肩を強打しています。応急処置はしましたが、安静にしなければ傷口が開いて――」
「いいえ、それでも二人にはそうする義務があります」
保健の先生が止めようとしたけど、黒崎先生はそれを振りきった。
「心配はいりません。患部に負担がかからないように配慮します。そして、戻し終えたらすぐに保健室へ二人を連れて伺います。――順平君、怪我をした方の腕はあまり動かさないように。一真君、もしめまいがしたり気分が悪くなったりしたら、その場にしゃがむか、先生にもたれかかるかしてくださいね」
「大丈夫、一人で歩ける……」
よろめきながら一真君が答える。どう見ても大丈夫じゃないよね……。
黒崎先生、一真君、順平君はカエルとトカゲを逃がしに学校のすぐそばの田んぼ(カエルがいたところ)と公園(トカゲがいたところ)に向かった。
「雪ちゃん、ありがとう。おかげでお腹壊さずに済んだよ」
三人の姿が見えなくなってから、わたしは雪ちゃんにお礼を言った。
「わたしはあなたを助けたつもりはないけど? 昨日も言ったように、あなたのことなんか嫌いだもの。――でも、悪ふざけがすぎるような人たちのことはもっと嫌い」
そう言い残して、雪ちゃんは席に戻ろうとする。
「待って!」
「なによ……」
「雪ちゃん……あなたも、魔女なの?」
ずっと気になっていたことを、クラスの子に聞こえないよう、声を抑えて聞いた。
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