小学生魔女アリス

向浜小道

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第7話 二人を繋いだ特別なマフィン(3)

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「それじゃ、いただきます」
 陽菜ちゃんの合図で、わたしたちはマフィンを食べ始めた。
 ……なにこれ!? まるで、ふわふわの生地の中で宝探ししてるみたい!(あ、「宝」っていうのは、りんごのことね)ふわっとしてシャリッとして……こんなに甘くて美味しいもの初めて食べたわ!
 りんごって、見た目も味も《オリムの実》に似てるのね。まぁ、オリムの実はりんごとは逆で、外の皮が白色で、中身が赤色なんだけど。
「あのね、雪ちゃん……。あの日――雪ちゃんと『お別れ』した日……家に帰って自分の部屋に戻ったらね、雪ちゃんからもらった手紙とかプレゼントとか、あと……写真もあったの」
「もしかして、これかしら……?」
 雪ちゃんがポケットから「あの」写真を取り出した。
「そう、それ! ――そのとき初めて、わたしと雪ちゃんが友達だったんだって、知ったの。でも、何も覚えてなくて……。病院でもらった薬を飲んでも、何も変わらないし……。大切な思い出をたくさん作ってきたに違いないのに、わたしの頭の中から全部消えちゃったのがくやしい……」
 陽菜ちゃんのマフィンを食べる手が止まってる。もう少し食べたら、魔法がちゃんと効いてくれるかも。でも、こんな大事なお話の途中で「マフィン食べて」なんて言えないわ。う~ん、どうしよう……。
「ごめんなさい……」
「なんで雪ちゃんが謝るの?」
 うつむく雪ちゃんの顔を、陽菜ちゃんはそっと覗き込んで、優しく問いかけた。
「わたしと友達にならなければ、あなたにこんな思いをさせずに済んだのに……」
 何言ってるの、雪ちゃん!? せっかくここまできたのに……。
「何言ってるの!? 雪はいっつも自分が悪いって言うよね。まだ教室に通い始めたばかりで、砂糖と塩を間違えたときも、わたしのせいだって泣いたりしてさ。わたしだってあのときはまだフライパン下手くそで焦がしちゃったし、失敗したのはお互い様なのに。――って、あれ、わたし……?」
 陽菜ちゃんは、雪ちゃんと友達になったばかりのときのことを話し始めた。……ってことは、思い出したのね! 陽菜ちゃんの記憶が、戻ったのね!
「ずっと親友だったのに、お別れのときもぎゅ~ってしてくれたのに、わたし、『放して!』なんて言って……ごめんね」
「いいの……いいの……。小学校に入ってから陽菜と一緒に過ごして、毎日幸せだった。たくさんの思い出をくれて、本当に感謝してるの」
 二人とも目に涙を浮かべて、お互いの手を固く握り合ってる。二人が親友に戻れて、本当に良かった。いけない、わたしまで涙が……。マフィン美味しい……。
「アリスちゃん、大丈夫? 泣くのか食べるのかどっちかにしたら? マフィンしょっぱくなるよ」
 確かにそうよね。早く泣き止まないと、マフィンがしょっぱくなるだけじゃなくて、涙の池ができちゃう!

「陽菜さんね、雪さんが引っ越す前、とても落ち込んでたんだよ。雪さんが引っ越した後もずっと元気がなくて、私が雪さんの話を出したら、『覚えてない』って言ったの。忘れてしまうぐらいに、雪さんと離れることがショックだったんだよね。一年生の頃から、ずっと一緒だったんだもん、無理もないよ。……でも本当に良かった、二人がまた前みたいに戻れて」
 先生が、今までの陽菜ちゃんの様子を教えてくれた。昔から二人のこと、よく見ててくれたのね。
「きっと、今日、雪さんが帰ってきてくれたからだね」
「あの……行こうって言ってくれたのは、この子なんです」
 雪ちゃんが、手のひらでわたしを指し示して言った。
「ああ、アリスさんが! ありがとう、本当に」
 先生はわたしに駆け寄り、わたしの手を両手で握った。

 マフィンを食べながら、わたしたちはお話を続けた。
「あれはまだ一年生になったばかりの頃だったかな……。雪はさ、学級文庫の本の並べ方が汚くなってたら綺麗にしたり、廊下に引っかけてる給食袋が落ちてたらすぐに気付いて拾ってあげたりしてたよね。そういう、人の見ていないところで気が遣えて優しいところ、すごいなって思ったんだよね……。わたし、本の並べ方とかが汚くても、廊下にものが落ちてても、気付かなかったもん。だから、雪のこと見習いたい――友達になりたいって、思ったんだ」
 やっぱり、雪ちゃんは昔から優しかったのね。今はクラスの子と話さないようにしてるみたいだけど、それも「魔力でみんなを傷つけないように」っていう優しさからなのよね……。
「陽菜が『友達になろう』と声をかけてくれたとき、」
 雪ちゃんが、ちょっとドキドキした感じで口を開いた。
「わたし、びっくりして、嬉しくて、すぐに返事ができなかったけど、陽菜は嫌な顔せずに待っていてくれたわよね。そのとき、こんなわたしにも、興味を持ってくれてるんだって、分かったの」
 それが、雪ちゃんと陽菜ちゃんとの出会いなのね。
「陽菜の自然な笑顔を見ると、わたしも笑顔になれたの。『おはよう』と『また明日』が、わたしにとって幸せな瞬間だったわ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの~! 雪ってさ、笑うとすっごいかわいいよね。朝学校に来たときと帰るとき、雪の笑顔が見れるから、毎日楽しみだったな~……」
 それ、わたしも思った! 魔法の練習をした日、ちょっと笑ってくれたけど、かわいかったし、嬉しかったな……。
「雪とアリスちゃんは、今同じクラスなんだよね」
「そうなの。わたし、最近転校してきたんだ。雪ちゃんはね、わたしがクラスの男の子二人に意地悪されてたところを助けてくれたの。雪ちゃんがいなかったら、きっともっとひどい目にあってたかも……」
 雪ちゃんはこのことをあんまり話してほしくなかったんだろうな、「これ以上はだめ」って、目でわたしに合図してる。
「へぇ~、そんなことが……。雪、がんばったんだね」
「そんな、がんばってなんか……。わたしはただ、男子二人に腹が立って――」
「アリスちゃんを、守りたかったんでしょ」
「いや、そんなんじゃ……」
「もしそうじゃなかったら、男子二人組にムカついたからといってわざわざ宣戦布告みたいなことするかなぁ……?」
 センセン……? 難しそうな日本語が出てきたけど、あの日のことを思い返すと、なんとなく分かる気がする。あのときは頭の中が真っ白になって、何が起こってるか分からないぐらいだった。でも、今になって思うと、あのときの雪ちゃん、かっこよかったな……。
「とにかく、雪はすごいんだよ! 自分ではそうは思わなくてもね。――あ、もうこんな時間か……。マフィン残っちゃったね。雪、アリスちゃん、袋いる?」
「ありがとう、いただくわ」「うん、ありがとう」
 壁にかかっている時計を見ると、長い針が一〇を、短い針が四の少し前を指していた。話してると、時間が過ぎるのがあっという間ね。

「陽菜さん、今週もお疲れ様。――雪さん、アリスさん、今日は来てくれてありがとう。また遊びにおいでね!」
 茶色いレンガづくりのお家の外で、先生はわたしたちを見送ってくれた。
「雪、アリスちゃん、絶対また会おうね!」
 陽菜ちゃんは〈自転車〉にまたがり、ちょっと薄暗くなった青空に向かって走って行った。
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