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その事件、ピカピカ!?

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 6月16日、午前9時ごろ……。
「ヨイショっと」
 我ながらジジイみたいだなと思いながら、隼斗は手に抱えていた重い段ボール箱を床に置いた。
 ここは馬靴毛第一高等学校(通称・馬高)の被服室。生徒たちが家庭科の授業、主にミシンの実習などで使う教室だ。この教室は廊下の奥の方から家庭科準備室、調理室、被服室と言った具合に並んでいて、馬高の中でも家庭科ゾーンと呼ばれている。
「ふぅ~、あらかた終わったな」
 隼斗は休憩がてらに腰を伸ばし、あたりを見回す。段ボール箱が床を埋め尽くしている。それぞれの段ボール箱には、「コップ」「皿」「スプーン・フォーク」を書かれたテープが貼られている。
 そして教室の内装は、まだまだ未完成だが、一部に可愛らしい色のカーテンがかけられていたり食べ物のイラストが貼られたりしている。
 隼斗はスマホを見る。いつもと違うクラス配置になっている学校の全体図の上には「第75回馬一高学園祭」の文字が。
 そう、明日から始まる馬高の学園祭で、隼斗のクラスは喫茶をやることになったのだ。
「アトラクションやりたかったけど……喫茶も楽しそうだな」
 本当ならアトラクションでお化け屋敷をやりたかった隼斗。男子の少ない文系クラスの隼斗たちは、女子たちの圧力に負けて喫茶をやることになったのだが、こうして準備をしているうちに喫茶も楽しみになってきた。
 隼斗のクラスでは、パスタやアイスといったおしゃれな料理を出す予定になっている。隼斗だって、パルメザンチーズのふりかけ方には定評があるのだ。

「ったく、みんな遅いな」
 今日は前日準備。これまで教室で準備してきたものを全て、当日の教室に運び出している最中なのだ。
 隼斗が被服室から外を見ると、渡り廊下を通ってこっちへやってくるクラスメイトたちが見えた。
「そうだ、驚かしてやろ」
 隼斗はふとイタズラ心を働かせた。スマホを見て確認したが当日はこの調理室も隼斗たちのクラスが使うのだから入っても大丈夫だろう、そう思った隼斗は隣の調理室へ身を隠すことにした。
 こっそり忍び入り、廊下の方を警戒しながら隠れる。黒板のあたりに隼斗の腰が当たった。
 その瞬間!
〝ガッシャン〟
「うわっ!」
 何か、大きめのガラスが割れたような音が鳴り響いた。
 しまった、何かやらかしてしまったか!? 焦りに駆られた隼斗は、ビクッと反射的に調理室を飛び出し、さっきまで自分がいたところを確かめる。
 何も落ちていない。なんなら、落ちるようなものもない。じゃあ、一体どこから?
 隼斗はふと思いついて、さらに廊下の奥の方の家庭科準備室を見た。あそこから音がしたのか?
「おい何してんだよ、隼斗」
「遊んでないで運んでよ、もっとあるんだから」
 廊下からやってきたクラスメイトたちの声が聞こえる。さっきまで隠れようとしたことをハッと思い出す。けれど、もうまた隠れる気にはならなかった。
「あぁいくよ、ごめんごめん」
 クラスメイトと一緒に教室に戻ろうと、隼斗が歩き出した時だった。

〝ピカ、ピカピカ、ピカピカ……〟

 確かにそう聞こえた。それも、家庭科準備室の方から。
 ピカピカ? 一体、どういう意味だ。
 隼斗は一層疑問に駆られた。しかしそれは、
「早く行こうぜ」
 とのクラスメイトの言葉でかき消される。
「あ、あぁ」
 思いがけず大きな疑問と不安を抱えた隼斗は、さっきまでのウキウキも忘れて大人しくクラスメイトと教室に戻って行った。


「え、魚住先生まだみつからないの?」
 同じクラスの市山春奈がそういうのを、皆藤天音は横で聞いていた。
 皆藤のクラスは教室移動も終わり、教室内装飾も早く終わったので他のクラスより早い休憩時間に入っていたのだ。アトラクションでもステージ発表でもない、映像作品になったのが皆藤のクラスの準備が早く終わった一番の理由だ。
「えぇ~、どこいんだろう。英語部の展示確認してほしいのに」
「そうだよな。たく、先生たちってたまにダメダメなところあるよな」
 廊下側の春奈の席に、廊下の窓から顔を出して話しかけているのは他クラスの光川秋人。二人とも馬高の英語部のメンバーだ。
「もしかしてさ、家庭科ゾーンの方いるんじゃない。だって家庭科の先生だし、今年喫茶やるクラスあるじゃん」
「あぁー確かに」
 二人の話から察するに、英語部の副顧問・魚住先生が見当たらないようだ。魚住先生とは家庭科担当の女性の先生。
「顧問の華沢先生はどうしたの?」
 二人とも知り合いの皆藤は思わず尋ねた。
「華沢先生ね、趣味のキャンプ行ってる」
「はぁ~?」
「明日には戻ってくるらしいけど」
 文化祭の前日にキャンピニ行くという華沢先生の凶行に呆れる皆藤。春奈と秋人も苦笑いする。
「こんなとこでムズムズしてても意味ないし、とりあえず、家庭科準備室行ってみようぜ」
「そうね」
 秋人の提案で春奈も立ち上がる。そして、教室を去る際に、
「天音もくる?」
「あー…いく」
 暇を持て余していた皆藤も、春奈たちについていった。

 家庭科ゾーンにやってきた一行。
「喫茶の準備だいぶ進んでるね」
 被服室の内装を見ながら春奈がいう。
「あぁ、ワクワクだな」
「喫茶なんて何年ぶりの開催かしら」
 秋人と皆藤も口々にいう。
 そんなことを話しながら家庭科準備室の前についた。他の被服室と調理室よりも狭い部屋、他の教室が引き戸なのに対してこの部屋はドアノブで開くタイプだ。
「開けるよ」
「なんかドキドキするな」
 秋人の呟きを横目に、春奈がドアノブに手をかけた時。
「その教室入るんですか?」
 声が聞こえた方を見ると、一つ下の男子が立っていた。委員会活動などでよく見かける顔だ。名前は確か、左藤隼斗くんといったか。
「さっきなんか変な音したんで、気をつけてください」
「変な音?」
「そうっす、何かが割れる音がしてました。大きめのガラスみたいな」
 隼斗の忠告に三人は首を傾げる。
「あともう一つ。なんか変な声がしてました」
「変な声?」
 皆藤が思わず呟く。隣では、さっきから「ドキドキ」とくりかえず秋人が春奈に叩かれていた。
「ほんとに意味わかんないんですけど、なんか〝ピカピカ〟って」
「ピカピカ?」
 皆藤と春奈が声をそろえる。
「それだけっす。俺、クラスの方戻んないといけないから」
 隼斗はそれだけ言って去っていった。
 少し沈黙があった後、いまだにドアノブを握る春奈に、皆藤と秋人の視線が注目する。
「開けるの?」
「えぇ……ちょっと戸惑っちゃうじゃない……」
 心配そうに尋ねる秋人とドアを開けることに少し怖気付いた様子の春奈。
 再び三人が顔を合わせる。数秒数えた後。
「開けるしかないっしょ」
 一番の部外者、皆藤が春奈の手を握るようにして、ドアを開けた。

 家庭科準備室の中には家庭科担当の先生用の机が二つ並んで置いてある。その両側に、生徒の手が届かぬように保管されている包丁や大きめのガラス類が並べられている。
「誰もいない?」
「せんせー、魚住せんせー」
「なんか改めて入ると、こう、ウズウズするな」
「ウズウズって何?」
「なんか、悪いことしているようなウズウズ感」
「何それ、背徳感ってこと?」
 春奈と秋人が、添削仕掛けの自分達の裁縫作品などをいじりながらそうぶつぶつ言っている間、皆藤は黙って教室の中を見回していた。
 何かある……。
 そう感じた皆藤は、目の前にあるものを見つけた。
 二つ並んだ机の奥に、何か輝くものを見つける。
「何あれ」
 皆藤が黙ってそれを見ているのに二人も気づいたようだ。
 三人で恐る恐る近づいていく。そして、その正体が顕になった時、
「!」
 三人の言葉が一気に失われる。
 魚住先生が俯いたまま倒れていた。頭のあたりにガラスの破片が散らばっていて、髪の毛の間には血が少し流れている。
 何より異常なのが、裁縫に使う飾り付け用の何色ものラメが体の上にちらばめられていた。ガラスと大量のラメが窓から差すわずかな光を異様なほど反射していた。その光景を言葉にするなら……
「ピカピカだ」
 秋人がつぶやいた。皆藤と春奈も、その異様な光景を一点に見つめたまま同じことを考えていた。
 隼人が教えてくれた、〝ピカピカ〟という謎の言葉が頭に思い浮かぶ。このことだったのか……?
 その時、苦しそうな顔をしている魚住先生の肺のあたりがわずかに上下しているのを皆藤は見逃さなかった。
「二人とも!、先生呼ぼ!、魚住先生まだ息してる!」
 春奈と秋人もそれを確認して、三人は同時に走り出した。

 数分後。近くにいた先生に報告した結果、すぐに救急車が呼ばれることになり、魚住先生は近くの病院に救急搬送されることになった。
 世にいう第一発見者となってしまった皆藤たちは、調理室で待機を命じられた。
 三人揃って無言のまま固まっている中、皆藤だけは一人脳を働かせていた。
……どうして、犯人はラメをあんなに振り撒いたんだ?
 一番の疑問はそこであった。実際、三人に呼ばれてやってきた先生も救命員たちも、魚住先生の異様な状況に驚きを隠せていなかった。
……それに気になるのは、左藤隼斗が聞いたという二つの音。ガラスが割れた音というのは魚住先生のことをガラスで殴ったときの物だろうけど、〝ピカピカ〟という声は一体なんの意味があるんだ?
 ピカピカ。言わずと知れた、輝きを持つものを表するのに使われるオノマトペである。確かに、あの魚住先生の状況はピカピカと表するのに相応しい状況であったが。
 隼斗の証言を踏まえると、ガラスの音との時間差的に、それを口にしたのは意識を失う前の魚住先生か、あるいは犯人か……。
 どちらにせよ、どうして……
「……なぜそれを、口にしたんだ」
 皆藤は、春奈と秋人がこちらを見ている視線で我に帰った。脳内で整理しているつもりが、ぶつぶつと言葉にしてしまっていたらしい。
「天音……すごいね。噂には聞いてたけど」
「あぁ、ゾクゾクしてるよ」
 春奈と秋人が二人揃って驚いている。
 そう、皆藤天音はそういう生徒なのだ。

 ここで皆藤天音という生徒を改めて説明しよう。
 彼女は黒髪ロングの美少女でありながら、学校では変わり者のレッテルを貼られている。成績も上、委員会活動方面も優秀なのに。
 その理由は、部活に入っていないということである。
 ただ部活に入らないのは、皆藤が〝できすぎてしまう〟ことが一番の所以だ。できすぎてしまう皆藤は、部活見学や体験の時点で、多方面に驚くべき才覚を発揮し、当時の先輩たちにトラウマを与えた。「部活殺し」という異名も持っている。
 ゆえに、どれか一つの部活を決めるのも酷だし、部活に入ったとして自分の取り合いが行われるのもよしとしない。だから皆藤は、部活に入ることをやめたのだ。
 しかし、これでも十分変わり者だが、部活に入らないという理由だけで変わり者のレッテルを貼られるわけではない。
 大きな理由のもう一つは、皆藤が不潔な私立探偵に弟子入りしているということ。
 その私立探偵の名は、路地黒雄。馬靴毛市の片隅にあるビルで探偵業を営む、不潔で言葉遣いの荒い中年男だ。
 路地は不潔で言葉遣いは悪いものの、その推理力はピカイチであるため、お忍びでくるお客さんが絶えなかったり警察内にその力を頼るものがいたりする。まあ、今回の事件では出る幕はない。
 皆藤はその路地と親族的なつながりがある。だから、よく放課後は路地の元に通い路地の事件に首を突っ込んだりするのだ。そして一番弟子を勝手に名乗っている。
 黒髪ロングの美少女JKが、不潔な中年男の元に通っているのだから、変わり者とされても仕方があるまい。

 とにかく、皆藤はそういう生徒なのだ。
 そして一番大きな皆藤のすごいところは、師匠譲りの推理力がそれなりに備わっていることだ。
 それを知る皆藤の友人の多くは、何か事件があった際に皆藤の推理力を頼る。ただ今回は、思いがけず事件に遭遇することになっていた。
「どうなの、天音的に何かわかってることは」
 春奈が捲し立てるように聞く。
「まだだよ。情報が足りなすぎる」
「それもそっか」
 残念そうに肩を落とす春奈。そこへ、
「大丈夫か!」
 背が高めの少し日焼けした男の先生が、調理室へ走ってきた。春奈たち英語部の第一顧問、華沢先生だ。
「先生!」
「魚住先生が大変なことになったって聞いて、ソロキャンプ取りやめて駆けつけてきたよ。一体どうしたんだ」
「それが、かくかくしかじかで」
「そうか……」
 春奈の説明を聞いた華沢先生は少し考えた後、
「とりあえず、英語部を集めよう。ウィンターにもきてもらう」
 と結論を出した。
 ウィンターとは馬校のALTの先生。マッチョな体つきが生徒の評判を得ている面白い先生だ。華沢先生と仲がいいから、英語部の相談役的存在になっているらしい。
 ただそのとき、華沢先生のスマホがなった。
「……教頭からだ」
 華沢先生はそう呟くと、
「ちょっと英語部を集めておいてくれ。と言っても、ここにいないのは仁川くんだけのようだけど。ウィンターは多分、そこら辺を彷徨いているから」
 と言って調理室を出て行った。
 春奈と秋人はその後顔を見合わせていたが、二人揃って調理室を出て行った。
「ちょっと待ってて」
 皆藤にそう言い残して。

 数分後、一人で考えていた皆藤のもとに帰ってきたのは春奈だった。ただ、一人ではなく、眼鏡をかけた女子を連れていた。
 ロングでちょっとウェーブをかけたギャル的髪型をしている春奈に対して、短髪でまとめたおとなしい印象の女子生徒。見た目的には正反対といったところだ。
「まだ秋人たちは戻ってきてないのね」
「魚住先生のことですか?」
 春奈は急ぐあまりにまだ連れている女子生徒に詳細を説明していないようで、その女子生徒は少し混乱しているように見える。
「ちょっと待ってね、今説明する」
 春奈はそう言ってから、
「紹介するね」
 と皆藤とその女子生徒両方に言った。
「こっちは私の同級生、皆藤天音ちゃん。
 それでこっちは、英語部のもう一人の部員であり唯一の後輩、仁川夏実ちゃん」
「ども」
「よろしくお願いします」
 皆藤と夏実はお互いにぎこちない挨拶を交わす。
「夏実ちゃんさ、私たちの上の先輩の話覚えてる?」
「ん? あぁ、あの部活殺しの話ですか」
「実はね、その部活殺しってこの天音のことなのよ」
「えぇ!!」
 春奈に教えられた夏実が、興味津々な視線を皆藤に浴びせる。
 春奈は次に皆藤の方に顔を寄せると、
「夏実ちゃんすごいのよ」
「何が?」
「実はこう見えて、帰国子女なの。中学校の1年生の時まで外国に住んでたのよ」
「へぇ~」
 春奈のおかげで、皆藤と夏実はお互いの情報を知ることができた。
 春奈は完全に努力型の人間で、皆藤の記憶で春奈は小学校の時にすでに英検2級までをクリアしていた。一方帰国子女だという夏実は英語はペラペラだという。見た目だけでなく英語のうまさに関しても二人は正反対だな、と皆藤は思った。
「それで、どうしたんですか」
 とりあえず場が和んだところで、夏実が切り出した。
「それが、実はかくかくしかじかでね」
「OMG!(ほんとなの!)」
 春奈が語り終えたところで夏実が発した言葉に、皆藤はビクッとなった。
 オーマイゴッドなんてなかなか聞かないぞ、しかも発音が綺麗すぎる。
「oops(おっと)、ごめんなさい驚かせちゃいましたよね」
 皆藤が驚いたのを見て、夏実が落ち着いて話しかける。
 春奈はそんな皆藤を笑いながら、
「夏実ちゃんね、基本英語も日本語もペラペラなんだけど、気分が昂ると英語が出ちゃうのよ。ね、英語部になるべくして生まれたような逸材でしょ」
「そうなのね……」
 そう面白そうに説明する春奈の裏では、夏実が「sorry」を連呼している。
 なるほど、英語部も当分は安泰だ。そう皆藤は思った。

「おぉ、仁川さんの方が早かったか」
 秋人の声が聞こえたのでそちらを見やると、秋人とマッチョの外人男性が立っていた。もちろん、ウィンター先生だ。
 口元にちょっと残る髭がイケオジ感を演出している。少なくとも華沢先生よりは女子人気は高い。
「あ、ウィンター先生、こんにちは」
「コンニチハ」
 春奈に返す言葉はまだカタコトの日本語ではあるが、ある程度は理解しているらしい。
「ハイ」
「ハイ、ナツミ」
 一方、夏実とウィンター先生は軽々と挨拶を交わす。
「ハ、ハロー、ミスターウィンター」
 突然のことに少し辿々しくなってしまった皆藤。
「ハロー…Oh?  It's a face I don't see.(見かけない顔ですね)」
 案の定、ウィンター先生も少し戸惑っている。
 そこは夏実が流ちょうな英語で、今起こっていることと皆藤の存在を容易く説明してくれた。
「I see... That's tough.(それは大変だ)」
 ウィンター先生も状況を理解すると、秋人と一緒に調理室の椅子に座った。
「ねえ春奈。これで一応、英語部の全員が揃ったわけだね」
 皆藤は春奈に耳打ちした。
「そう。部員三人と顧問二人に相談役一人。
 ……部員に関しては、この文化祭で増やす予定だから」
 強気になってそういう春奈に皆藤は苦笑い。

 そこでようやく、調理室の扉が開いて華沢先生が戻ってきた。なんとも言えない深刻そうな顔をしている。
「みんな揃ったな。ウィンターもありがとう」
 華沢先生は立ったまま、次の言葉を続けた。
「……このままだと、文化祭がまずいかもしれない」
 一同は絶句した。
「どうして!?」
 最初に声を上げたのは秋人だった。
「どうしてですか。そんなの受け入れられません。準備したのにできないなんて」
 秋人に続いてみんなも口々にいう。
「文化祭やりたい!」
「ダメなんですか」
 華沢先生はそれを一旦落ち着かせてから説明し出した。
「さっき緊急会議があったんだが、会議の結果、魚住先生の事件の全貌がわからないままで行事を開くのは無理だとなった。学校内部の事件で済むならまだいいが、外部のものの犯行で全貌がわからないままだと、明日の文化祭で何かが起こる危険性があるからと」
「そんな……」
 春奈が目に見えて肩を落とす。夏実がその肩を支えていた。
「学校に犯人が隠れている可能性だってあり得るだろう。だから、文化祭開催は難しいそうだ」
「それもそうですね」
 華沢先生に秋人も納得の意を示す。
「But it's a waste. The exhibition is...(それにしてももったいない。せっかく準備した展示が)」
「台無しですね」
 ウィンター先生の呟きと聞いて、夏実が言葉の後に続く。
 そんななか、皆藤は……
「あり得ませんよ。外部の犯行なんて」
 と呟いていた。
「あり得ないってどういうことだ」
 華沢先生が皆藤の方を見た……ところで、
「アレェ、皆藤じゃないか。こんなところで何してる?」
 と間抜けな声を出した。
「って先生気づかなかったんですか」
 皆藤も気が抜けてしまって、華沢先生の注意力のなさにつっこんでしまった。
「だってお前、英語部じゃないだろ。まあそりゃあ英語の成績も高いけどさ。部活に入るようなタイプには思えないが」
「別に英語部の人間だからここにいるわけじゃないですよ」
 皆藤は春奈の肩を持つと、
「春奈と秋人と一緒に、魚住先生を発見したんです」
 といった。
「あぁそうか。
 ……ってそれはともかく、あり得ないってどういうことだよ」
 自分で話を脱線させておきながら何もなかったように話を戻した華沢先生。皆藤は呆れつつも話を進めた。
「だってよく考えてみてください。行きずりの犯人が、わざわざ魚住先生にラメを振り撒く理由がありません」
「でもそれは、現場を混乱させるため……」
「だとしても、ラメはちゃんと棚の中とかに保管されているんですよ。それをわざわざ探すなんて真似は、犯人にとって意味がありません。混乱させるのが目的なら、魚住先生の体を動かしたりする方がよっぽど楽です」
「まあ、彼女は割と小柄な方だからな……っておい、お前は何を言いたいんだ」
 ここで皆藤の意図に気づいた華沢先生。春奈も秋人も夏実もウィンター先生も(夏実の訳を聞いている)、皆藤に注目する。
 皆藤はみんなの注目を一身に受けながら、
「犯人は、学校内部の人間です」
 といった。

「学校の内部の人間なら、文化祭開催できる可能性高くなりますよね」
 皆藤の言葉にみんなが驚きを隠せないでいる中、皆藤だけテンション高く声を上げた。
「……いや、だとしても事件の全貌がわからないとダメだ」
「なら、」
 タジタジしながら答えた華沢先生に、皆藤はまた一層力を込めて言う。
「私がこの事件解いてみせますから」
 華沢先生はうーんと唸ってしまった。実はこれまでも、皆藤のおかげで学校内の謎や事件が片付いたケースは多い。ゆえに、学校の先生の間でも皆藤の推理力は知れ渡っていた。
「……いや、だってもう時間がないぞ」
 結局、華沢先生の中では『皆藤なら解けるかもしれない』という結論に達したようだ。
「時間っていつまでですか?」
「一応、後一時間もしたら放送で伝えられることになっている。おそらく、十一時前後には」
 皆藤はそこで久々に時計を見た。もうすでに、十時半を切っている。
「あと二十分くらいか……」
「無理だよ」
 春奈がそう声を上げたのに皆藤は驚いた。
「無理って」
「無理だよ、どう考えたって。二十分で解けるわけないじゃない」
 春奈は顔を上げた。ひどく悲しそうな視線で皆藤を見つめる。
「だって、推理力はあるっていったって、天音は高校生なんだよ」
 皆藤も言葉をなくした。初めて言われた言葉だったからだ。だから、初めて皆藤の自信が揺らいだ。
「……そうかもしれないけど」
 泣きそうになりながら見つめている春奈。声を震わせる皆藤。そんな二人の、友達同士の会話を、他の四人は黙って見守っていた。
「そうかもしれないけど、私は解くよ」
 そう言い切った皆藤の目には、確かな決意が輝いていた。

「そうと決まったら」
 華沢先生が明るい声を上げた。そしてスマホを取り出し、何やら読んでいる。
「本当はこれ、教えちゃダメなんだけど」
「なんですか、それ」
 皆藤が食いつく。
「魚住先生の発見時の状態」
 華沢先生は意気揚々とスマホの文面を読み上げた。
「魚住先生を殴った凶器は、準備室の机にあった花瓶だった。それが後頭部に当たって意識を失ったらしい。
 そしてあのラメだが、皆藤の言うとおり、棚にあったものが持ち出されたものだった。もう一人の家庭科担当の先生に確認を取ったよ。
 先生たちの見立てでは、魚住先生を殴った犯人は犯行後、数分間は準備室に身を隠していた。外の気配がなくなった頃にこっそり抜け出たらしい」
 と言うことだ、と締める華沢先生。意外とこの状況にワクワクしているように見えるのは気のせいだろうか。そういえば以前、探偵小説が好きだといっていたな、と皆藤は思った。
 それはともかく、事件の状況がわかったのは皆藤にとって大きい。そして、皆藤は必死に考え始める。
……何かが違和感として残っていたはずなんだ。そう、あの時……調理室に英語部の全員が勢揃いした時に。
 とその時。
「Got it!(わかった!)」
 夏実が声を上げた。
「もしかして、秋人先輩なんじゃないんですか」
 そして秋人を糾弾する。
「だって先輩、いつもと何か違いますよ」
「何かってなんだよ……」
 後輩に指名された目に見えて動揺する秋人。
「だって先輩……口癖のオノマトペがなくなってます」
 一同は夏実の言っていることに理解が追いつかなかった。
「オノマトペ? どう言うこと?」
 皆藤が尋ねる。
「皆さんよく考えてください。秋人先輩、この教室に入ってから、あまり喋ってないじゃないですか」
「確かに……」
 華沢先生が納得する。
「いや違う!、それは……」
 秋人は何かを言いたそうにしているが口ごもっている。
「先輩のいつもの口ぶりを聞いていればわかります。先輩の口癖は、オノマトペですよね!」
 夏実がそう言って初めて、皆藤たちにも夏実の言わんとすることがわかった。
「確かに、秋人の話っていつも子供っぽいなって思ってたけど……オノマトペのせいだったのね」
 いつの間にか気を取り戻していた春奈も納得している。
 確かに今日だけでも秋人はいくつもオノマトペを使っていたな、と皆藤も思った。
「オノマトペといえば、先輩たちが聞いたっていう現場からの声〝ピカピカ〟もオノマトペですよ」
 夏実の発言でその場がシーンとした。そして、一層の視線が秋人に集まる。
 そこで秋人の我慢が限界に達した。
「そ……そうだよ! 俺の口癖はオノマトペだよ!、昔からドンドン使っちゃうし、使ってないとムズムズして我慢できないんだよ。だからいつも、メキメキバリバリドンドンズンズン使っちゃうんだよ、さっきだって本当に我慢してるのがズキズキ辛かったし、けどそれでも、俺は絶対にゼンゼンやってない!」
 後半はもはや、オノマトペを羅列しただけの理性のない発言になっていたが、それほどまでに秋人にとってはオノマトペを我慢するのが大変だったらしい。
「秋人って家族全員が保育園の先生なのよ。それで小さい頃からたくさんのオノマトペを聞かされてきたら、それが原因かもね」
 春奈が皆藤に耳打ちしてくれた。
 夏実は秋人の変わりように驚いていたが、追撃の手は止めない。
「これでわかったじゃないですか! 絶対、秋人先輩が犯人です!」
「違うって!!」
 秋人と夏実のもめあいを華沢先生とウィンター先生がなんとか間に入って止めている。
 しかし皆藤は……
「今ので大体わかったよ」
 と呟いた。そして顔には笑みを浮かべていた。

「ねえ待って、仁川さん」
 皆藤は秋人を糾弾し続ける夏実を呼び止めた。
「もうやめよう」
「けど」
「だって、秋人は犯人ではないから」
 まだ続けようとする夏実を制する皆藤。今日初めて知り合った先輩に止められて尻込む夏実に、皆藤はこう続けた。
「それを一番わかってるのは、あなたなんじゃないの?」

 夏実の目が驚きのために見開かれる。「ヒィ」と言う小さな悲鳴がその口から漏れた気がした。
「どう言うことだ!」
「どう言うこと!?」
 一斉に騒ぎ出す一同。
 ……さっきから何が起こっているのか全くわかっていない様子のウィンター先生には、華沢先生から伝えていた。
「犯人は仁川さん、あなたでしょ」
 皆藤がそう言い切った。
 ガタンと大きな音を立てて夏実が立ち上がる。手足は震えていた。
「何を言うんですか……皆藤先輩」
「だから、魚住先生を殴ったのはあなたでしょ、って言ってるの」
 皆藤の口調に変わりはない。
「……だって!、現場から聞こえた〝ピカピカ〟って言葉の謎はさっき解いたじゃないですか!」
 震えた口調の夏実は、今度ははっきりと秋人を指し示した。
「秋人先輩の口癖のオノマトペだって、みんな納得してたじゃないですか!、それで解決でしょ!」
「いや違う!」
 皆藤の張り上げた声に夏実が言葉を止める。
「〝ピカピカ〟と言葉を発した犯人は、仁川さんあなたでしょ。
 あなたが秋人のことを糾弾した理由と同じで、〝ピカピカ〟はあなたの口癖でしょ」
「ちょっと待て、口癖ってなんだよ」
 華沢先生が耐えきれず声を上げた。
「秋人の口癖がオノマトペだと言うのはよくわかる。だけど、仁川にオノマトペの口癖はないと思うが」
「口癖というのはちょっと違うかもしれませんね」
 皆藤は少し考え込んでから、
「習性という言葉の方が近いかも」
 と言った。
 ここで春奈が何か気づいた様子。
「もしかして、夏実ちゃんの、英語で話しちゃう癖のこと?」
 皆藤が春奈に頷き返すと、春奈の顔色が少し良くなった。
「Don't be silly!(ふざけないで!)」
 即座に夏実が声を上げた。そしてハッとしたように口を押さえる。
「あなたはそういう癖があるのよね。
 感情が昂った時、流ちょうで発音の綺麗な英語が飛び出てしまう」
 冷静な皆藤の追求に、夏実の息がより震える。
 その時、ウィンター先生が華沢先生に耳打ちした。華沢先生はそれを聞くと驚きの表情を浮かべる。そして皆藤の方を見て、
「皆藤、お前まさか、空耳英語のことを言ってるのか?」
 と言った。
「その通りです」
 答える皆藤。次はウィンター先生が躍り出て、
「モシカシテ、ナツミ、コウイッタノ?」
 カタコトの日本語で前置きした後、
「〝pick up(ピックアップ)〟」
 と発音よく言った。
「イエス」
 皆藤はウィンター先生に笑顔で頷いて、話を続ける。
「ピックアップ。日本語では『拾い上げる』という意味を持つ。
 辿々しくいえば『ピックアップ』だけど、発音よくスピードを上げていえば『ピッカ』、続けていえば『ピッカピッカ』。
 もちろん近くで聞いたら不自然さには気づくけど、遠くから聞いていたのなら『ピカピカ』に聞こえても不自然ではない」
 皆藤は夏実を見据えながら話を終えた。
「でも、『拾い上げる』なんてどういう意味?」
「仁川さんの癖を考えればよくわかるよ。感情が昂った時に英語が出てしまうってことを」
「……じゃあ、夏実ちゃんは何かを落としてしまって、それを拾い上げようとしてたってこと?」
 春奈が徐々に顔色を取り戻していく。皆藤もそれが嬉しかった。
「でも、何を……」
 さっきまで気を落としていた秋人が尋ねた。
 皆藤は秋人の方を笑顔で見やってから、
「眼鏡のガラスだよ」
 と言った。
 すぐに夏実のメガネに注目が集まる。そして、すぐに秋人が声を上げた。
「あ! 片方だけ、眼鏡のガラスがない!」
 夏実は眼鏡をかけていた。しかしよく見ると、眼鏡を通して顔の輪郭が変わっているのは左側だけだった。つまり、右の眼鏡はガラスが入っていない状態だった。
 秋人の言葉でみんなが気づくと、夏実は焦って眼鏡を外した。けれど、もう遅い。すでに場の疑いは夏実に集まっていた。
「仁川さんの動きはこう。
 何か起こって魚住先生の頭にガラスの花瓶をぶつけてしまった際に、仁川さんはメガネを落としてしまい片方のガラスを割ってしまった。
 思わぬことが立て続いて完全に感情が昂っていた仁川さんは、自分に『拾い上げろ、眼鏡のガラスを拾い上げろ』と言い聞かせた。『pick up, pick up』と。
 けれど結局、破片の全ては拾いきれなかった。だから仕方なく、ラメをばら撒いたんだ」
「そうか! あのラメは、眼鏡の小さな破片の輝きを誤魔化すためのものだったのね!」
 春奈が完全に調子を取り戻して声を上げた。
「そういうこと」
 皆藤もそれを笑顔で受ける。
「どう? 何か反論はある?」
 夏実はさっきから黙ったままだった。
「証拠は?なんて野暮なことは言わないでね。もし隠し通そうとしても、眼鏡のガラスとラメじゃ成分とかが違いすぎる。警察が調べればすぐに見つかるよ。
 けれど、あなたも、警察なんて騒ぎにするつもりはないでしょ」
「まだ警察には伝えていない。正直にいうなら今だけだよ」
 華沢先生は皆藤に続いて言い聞かせる。
 夏実は大きくため息をつくと、椅子にストンと腰を下ろした。
「……殴るつもりなんてなかったの」
 夏実はポツポツと話し出した。
「……魚住先生は私にすごい優しくしてくれてたから。
 来年、英語部は私一人になっちゃうから、そのことを相談しに行ってたのよ。魚住先生は優しく聞いてくれて。
 私、机の上の花瓶が綺麗でつい手に取ったの。それで窓から差してる光に当てて見てみたくて高く持ち上げた。
 その時、魚住先生がペンを落としたみたいで、私の足元にかがんだの。私、ビクッとしちゃって、その時手が滑って花瓶が私の手を離れちゃって……」
 その次は言わなくても、皆藤たちはみんな想像がついた。
 ブワッと泣き出す夏実を、春奈が優しく抱いた。
「怖かった。言わなきゃいけないってわかってたけど、怖かった」
 嗚咽混じりにそう語る夏実。
 一同はそれを見ていることしかできなかった。
 その時、華沢先生のスマホがなる。
「はい、はい、……はい」
 その場で電話に出て、いくつか相槌を打つと明るい顔になって、
「魚住先生……意識が戻ったって」
 みんなが一斉に喜ぶ。夏実も顔に安堵の表情を浮かべた。
 華沢先生はその夏実に語りかける。
「魚住先生、事故だって言い張っているそうだ。自分がかがんだところに、置き方が悪かった花瓶が落ちただけだと」
「そんな……先生……」
 夏実がまた泣き出す。
 なんともいえない顔をする華沢先生に、皆藤は言った。
「事件は起きてなかった。そういうことでいいんじゃないんですか?」
「あぁ……そうだな」
 ニカっと笑う華沢先生。
 時計の針は、十一時の十分前を指していた。

 皆藤の尽力のおかげで、文化祭中止は免れた。もちろん、学校の上層部の間では真相が明かされることになったが、夏実も魚住先生も両方お咎めなしという結論に至った。
 そんな報告をしてから、華沢先生は職員室に戻っていった。
 すでに前日準備も終わり、放課後になっていた。
 教室に残ったのは皆藤と春奈と秋人。
 一番に言葉を発したのは春奈だった。
「ごめん、天音」
「ん?」
「あなたのこと、舐めてたかも」
「……気にしないで」
 皆藤は春奈に笑顔で話しかける。
「春奈たちこそ、今日は大変だったね」
「いや、全て皆藤のおかげだよ」
 秋人がそういう。
 また沈黙が流れる。
 外はもう夕方。まもなく、日が沈む。
「……帰ろうか」
 誰ともなく発したその言葉が、一日の終わりを意味していた。
 約束せずともまた明日会える。だって、明日は文化祭なんだから。
 三人は、ちょっと特別な一日を終えて、教室から出ていった。

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