アラサートリオの異世界スローライフ

MONGOL

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本編

32.追手

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 瑛冬えいとたちが逃亡先にこの森を選んだのは、単純に行先は精霊頼みだったことと、この森の特殊性にあった。
 精霊に守られた森は基本的に限られた者しか入ることが出来ない。
 多少の例外はあるが、精霊の加護のない人間は入ることが出来ず、どうにかして入れたとしてもいつの間にか元居た場所に戻されている。

 だから追手は全くと言っていいほど警戒していなかった。

 ――人間であればこの森に立ち入ることさえできないのだから。





 *





 グランツは申し出を断ると、あっさりと了承した。
 むしろはじめから断られることが分かっていたと言わんばかりの聞き分けの良さに、逆に三人は警戒してしまう。
 そして、去り際にちゃっかりミュゼたちにパンケーキをおねだりし、ムシャムシャしながらほっぺを膨らまし幸せそうな顔で去っていった。

「いったい何だったんだ、あのクマ野郎……」
「血塗れになるほど必死になって結界を破って侵入までしておいて、やけにあっさり帰って行ったな」
「手紙を渡す他になにか別の意図があったのか……。さっぱり分からないな…」
「ま、迷惑ヤローはやっと帰ったことだし、そろそろ出発しますか」

 気怠げに座り込んでいた大眞はるまが腰を上げ、他の者たちと合流するべく歩き出そうとした瞬間

「……こうも警戒心がないと、いっそ心配になるな」

 嘲笑を含んだ声がすぐ傍で耳をくすぐり、大眞は咄嗟に動くことが出来なかった。

「なッ!?」

 気付いた時にはすでに後ろから抱き込まれる形で拘束されており、身動き一つ叶わない。

「はぁ? 誰だよアンタ!」
「おい、お前! 大眞を離せ!」

 いきなり湧いて出た男に、先行していた瑛冬と慎哉しんやが慌てて振り返るが、男は余裕の笑みを浮かべながら大眞を二人から引き離す。

「もっと遠くに逃げのびているのかと思ったら、こんな所で呑気におままごとをしているとは思わなかったぞ。こちらとしては大いに助かったがな」

 大眞の顎をガシリとつかみ振り向かせ、強引に目線を合わせた男は心底可笑しそうに笑っている。
 男は長身の大眞よりさらに頭一つ分背が高く、騎士のようにガッチリとした鍛えられた体つきをしていた。
 服装も裕福な貴族が着るような、細かな刺繍がちりばめられた豪華なもので、そこら辺の市民には到底見えない。
 美しく整った顔立ちはどこか酷薄そうな色を醸し出し、普段であれば話しかけるのを躊躇させるような威圧感を放っている。

「だ、誰ですか……?」
「ああ、この顔では分からぬか。――では、こちらならばどうだ?」

 先ほどまでの銀髪は一瞬で煌めく金にかわり、瞳の色も顔の造形も様変わりした。
 つい最近、もっと詳しく言えば、昨夜見たばかりのその顔を忘れるわけがない。

「ひッ…え? あ…お、王子?」

 名前は未だに覚えていないが、この目の前の男がパウロ王国の第一王子だということだけは分かった。

「な、なんで?」

 驚きで固まる大眞をさらに強く抱き込み、銀髪の青年姿に戻った王子は呆けた大眞の頬にキスをした。
 その意外な動きに誰もついて行けず、ただ啞然と立ち尽くす。

「うわぁッ! ちょっ離せってば! えぇ…、なんで王子がいるの? つか、なんでここが分かったんだよ!? てか、その顔なに?! なんで、なんだよこれ、意味わかんねぇー!!」

 バタバタと慌てて暴れ出す大眞を軽く抑えつけ、楽しそうにクツクツ笑う男、基パウロ王国第一王子フリューゲルは離す気が到底ないのか、ガッシリと大眞の腰を抱き、もう片方の腕で顔を固定している。

 瑛冬は咄嗟に剣を手にしたものの、暴れる大眞がフリューゲルと近すぎて手が出せないでいた。
 慎也や他の者に至っては、体を動かすことすら出来ないようで、フリューゲルが現れてから誰一人微動だにしていない。

「暴れるな。お前には一度ならず二度も逃げられているからな、今度こそ逃がしはしない」

 フリューゲルの注意が大眞に向いている今が好機だとふんだ瑛冬は、まずありったけのデバフ魔法をフリューゲルに浴びせかけた。
 それはピッタリとフリューゲルにくっついている大眞にも同等にかけることになるが、この場合は致し方ない。

「びゃッ!」

 大眞から変な声が漏れたが、気かけている時間はない。

「すまん大眞!」

 それと同時にこちら側には、ありったけのバフと王城でも使用した解除魔法を展開して、周囲にはバカでかい魔法陣が浮かび上がった。
 体から何か抜ける感覚が広がると同時に、瑛冬の周囲がほのかに光り、其処彼処から精霊の力を感じた。
 どうやら彼らが手を貸してくれたらしい。

「はッ! ヤダ、やっと動ける!」
「はぁ、はぁ……マジで心臓止まるかと思った…」
「ダル…これもアイツの魔法のせい?」
「おいおいおい……マジか! 追手ってよりにもよって王子かよ!」
「ど、どうするの……? 私たち、またあそこに連れ戻される…?」

 不自然に静まり返っていた周りの音が急に戻ると、場は一気に騒然とした雰囲気になってしまった。

「みんな騒がずに下がって! 近いと巻き込まれるぞ!」

 怯える者はすぐさま下がらせ、十分な距離をとらせる。
 大眞を人質に取られている限り、こちらから迂闊には手を出せない。
 思いっきり吹っ掛けたデバフ効果に眉をしかめているフリューゲルを、瑛冬は睨みつけるほか出来ることはなかった。
 軽い目潰しや、一時的に気分を盛り下げる類のデバフを浴びせたが、効果は見ての通り空振りで終わったようだ。

「……俺が先手を打とうか?」

 小声でそう慎哉が囁くが、得策とは思えず瑛冬は首を振る。
 そもそも、慎哉の得意とする攻撃は完全に隠密して気配を断ち、ターゲットの視覚外からの不意打ちに特化したもので、この場合はほとんど意味がない。

「…こちらから手を出すのは危険だと思う」

 瑛冬ははじめて会った時とだいぶ印象の違うフリューゲルに、どこか恐ろしさと拭えない違和感を感じていた。
 何がと聞かれても答えられない違和感。漠然とした不安にも似た恐怖。
 そんなものが心を締めていた。

「みんな…騙されるな! こいつ……だ!!!」

 酷い顔色の大眞がフリューゲルの腕の中から必死に叫ぶ。

「な、なんだとッ!!?」
「それは本当か…?!」

 二人には全く興味がないのか、フリューゲルは腕の中に囲った大眞を驚いた顔で見つめる。

「…ほう、驚いた。お前には分かるのか。なら話は早い」

 言うが早いか嬉しそうに顔を綻ばせ、大眞の首筋に噛みついた。

「ぎょわぁッ?!!」
「ふう」

 顔を上げたフリューゲルの表情はとても満足げで、瞳は潤み見るからに高揚している。
 ゆっくりと唇を舐める仕草が艶めかしく、赤い舌が這う様は妖艶な色気を醸し出す。
 一方噛みつかれた大眞の方は、ビクリと何度か体を震わせるだけで、噛み跡の他には特に外傷は見当たらない。
 ただ、ぐったりと脱力しているようで、ますますフリューゲルによって逃げられないように抱えられてしまっている。

「ねぇ………私たち、何を見せられてるのかしら」
「さぁ…なんかよく分かんない…けど、王子エロ過ぎ…はぁ、なにあの色気!」
「あれ本当に王子か…? 城では女好きっぽかったと記憶していたんだが?」
「えぇぇ……えぇぇぇ…………」
「王子が魔族ってなに? 本当に?」
「どうしよう…どストライク過ぎる…王子の新ビジュが好み過ぎる!! 相手があの変人じゃなければ胸アツ展開なのに…素直に喜べないぃ……!」

 フリューゲルと大眞の一部始終を黙って見ていた転移者たちは、困惑を隠せない。無理もない話である。
 ターゲットが明らかに大眞に絞られている状況が彼らを落ち着かせ冷静にしたようだった。

「だれか………たすけて……ひぃ!」
「潔く諦めろ。三度目はないと言ったろう?」

 自力で大眞が体格で勝るフリューゲルから逃げおおせることは出来そうにない。

「すまん…大眞…このままじゃ、こちらからは手が出せない」

 悔しげに瑛冬が二人の動向を見つめるが、フリューゲルには全く付け入る隙がなかった。

「もう、ホント勘弁して………
 この人、称号欄に『』って書いてるんですけどぉ!!?」

 大眞のかすれきった涙声で、どこか緊張感の薄れていた空気が一瞬で凍りついた。
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