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10話「お茶をしていたのだけれど」
しおりを挟むその日、レイビアは、魔王アドラストと初となる二人でのお茶をしていた。
「この前は薔薇をありがとうございました」
「気に入ったようだとスレオより聞いた」
「はい。私、赤い薔薇がとても好きで。気に入りました、感謝しています」
「気に入ってもらえたのなら良かった」
これまではアドラストと二人で何かをすることにあまり乗り気でなかったレイビアだが、あの花の件以来その心は徐々に変わりつつあって――今回ついにこうして二人だけのお茶会を開くこととなったのだ。
「また用意しよう」
「薔薇をですか」
「ああそうだ。レイビア殿が気に入ったのならたくさん用意しようと思う」
「たくさんなんて、そんなのいいですよ」
二人がお茶を飲んでいるのは魔王の執務室の隣にある部屋だ。そこはそれほど広い部屋ではない。ただ、五、六人は集まって語らえそうな広さくらいはある。
しかし今はそこを二人だけで使っているのだ。
「要らないか? 数は」
「そうですね、そんなに多く集まっても困ってしまいます」
室内に漂うのは茶の爽やかな香りとお菓子の甘い匂い。
「ではたまに一輪贈るとしよう」
「その方がありがたいです」
二人は穏やかな時間を楽しんでいたのだが――。
「陛下! 人間が!」
突如扉が勢いよく開いた。
一人の男が駆け込んでくる。
「何だと?」
怪訝な顔をするアドラスト。
「レイビア様を連れて帰ると主張しています!」
「どういうことだ」
「渡せ、と言ってきています!」
「馬鹿な」
愕然として、アドラストはレイビアの方へ目をやった。
「どういうことだ、これは」
「知りません……」
レイビアは弱々しく首を横に振る。
「心当たりはないか? いずれ迎えに来ると聞いていたなど」
「ありません」
「そうか」
「それに私、戻る気もありません」
「……恐らく、向こうが心変わりしたといったところなのであろうな」
「はい。けれど私は戻りません。あんな酷い人しかいないところへ戻る気なんて一切ないのです」
「そうか、分かった」
言葉を信じてもらえた、それが嬉しくて、レイビアはその整った顔に安堵の色を滲ませた。
「案ずることはない、お主を悪者にはせんからな」
「……ありがとうございます」
ただ、茶会は一旦そこでお開きとなってしまう。
アドラストはやって来た人間たちに対応するべく仕事へ。
レイビアは無理矢理連れ戻されないようにしばらく隠れておくこととなった。
「部屋から出ないでくださいね」
「アムネリアさん……ごめんなさい、私のせいで」
客室に戻ったレイビアが謝罪すると。
「いいえ、貴女のせいではありませんよ」
アムネリアはそっと首を横に動かした。
「貴女は被害者です」
そう言って、彼女は去っていく。
住み慣れた部屋に一人ぽつんと残されたレイビアは寂しさを感じた。そして、それと同時に、悔しさに似た感情も湧いてくる。せっかくの楽しい時間を人間に潰された、その苛立ちというのは小さなものではない。
けれどもレイビアにできることはない。
「どうして今さら……」
何も分からないまま、彼女はただ隠れているしかなかった。
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