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4.花組に入った!
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「今日は新しい生徒を紹介しまーす」
五月になった朝、花組の教室の一番前にある教壇のところに立っていた女性教師が、生徒たちに向かってそんなことを宣言した。
教室の入り口である扉の廊下側に待機していたフレアとリカルドは、中から「どうぞ! 入って下さい!」という声が飛んできたのを耳にした。フレアは扉に手をかける。そして、スライド式の木戸をゆっくりと開けた。とはいえ一歩踏み出す勇気のないフレアを励ますように、リカルドが「行け」と言い放つ。その数秒後、フレアはようやく足を進めた。
フレアは教室に入っていきながら、額に汗の粒を光らせる。顔面の筋肉は硬直しきってしまっていた。
「さぁ、自己紹介お願いしまーす」
女性教師はフレアたちに自己紹介をするよう促す。
どうしよう、というような顔で、フレアはリカルドを一瞥する。リカルドは口の動きだけで「名前」と無音の合図をする。
「ふ……フレア・フェン・エトシリカ……です。こ、今月……から……? お世話になります。えっと……その、よろしくお願い、します」
フレアは、日頃の彼女とは別人のような弱々しい調子で自己紹介を行う。
教室内の生徒はそれほど多くない。が、それでも、見知らぬ人たちの前で挨拶をするのはかなり緊張しているようだ。
「フレアちゃーん。制服似合ってるわよ!」
「あ。ミルフィ」
自己紹介が終わるより先にフレアに声をかけたのはミルフィ。彼女は一番後ろの列だったが、一切躊躇うことなくフレアに声をかけた。それも、楽しげな声色で。
「まったく……相変わらず女好きだよね」
知り合いを見つけフレアが頬を緩めかけた時。
一人の生徒がミルフィに向けて挑発的な発言をした。
「は? ちょっと、今何て言いました?」
ミルフィが睨んだのは、最後列のミルフィとは逆の端に座っていた男子生徒。小柄で猫背気味の、どことなく暗い印象を漂わせている少年だ。
「女好きだよね、って言っただけだけど」
目力のあるミルフィに睨まれても男子生徒は怯まない。怯むどころか、むしろ、落ち着いて堂々と言い返している。
「今ここでそういうことを言うって、失礼だと思わないのかしら」
「何で怒るのか。意味不明なんだけど」
「ま、もういいわ。貴方とは話しても無駄だものね。……男ってホント嫌い」
ただフレアが自己紹介しただけなのに、教室内に険悪なムードが漂ってしまった。オロオロしているフレアに口の動きだけで「気にするな」と告げてから、リカルドは自分の自己紹介に入る。
「リカルド・フェン・ポレアという。フレア王女の護衛として、共に入学することになった。友達ごっこをする気はないが、よろしく頼む」
朝のクラス会が終わり、フレアとリカルドは用意されていた席に着く。
二人の席は隣同士。後ろから二列目の奥側の長テーブルを二人で使用する形だ。フレアは偶々長テーブルの奥側に座ったので、ミルフィと前後になった。
「フレアちゃん、一限目は座学よ? ノートは持ってきたのかしらー?」
「えぇ、持ってきたわ。確か、数学よね」
「えらーい! さすが王女様ね!」
「え。必要な物を準備するのは当たり前のことじゃないの?」
「う……正論ね……」
フレアは椅子に座ったまま振り返り、ミルフィと言葉を交わす。クラスにはまだ慣れていないフレアだが、ミルフィと話すことには慣れている。寮の部屋が同室で、昨日色々話したからだ。
ミルフィと話しつつ、フレアは周囲を見回す。
教室内には、八つの長テーブルが二列で設置されていた。そして、一つの長テーブルを二人で使っている。部屋の一番前には教壇があり、黒板も設けられていた。その横には時計も。奥側の壁にはいくつもの窓があり、閉まっているが、そこから穏やかな陽が射し込んでくる。
「うわーん! 時間割り間違ってましたよーっ!」
一限目の開始まであと数分、というタイミングで、教室内に誰かが駆け込んできた。
「あら、おはよう。カステラちゃん」
悲鳴にも似た大声をあげながら登場した赤毛の少女は、室内に入ると、今度は奥に向かって駆けてくる。そんな彼女に、ミルフィは優しい表情で朝の挨拶をする。
「ミルフィ! 聞いて下さいよーっ!」
「なぁに?」
「今日は月曜日なのに、火曜日の時間割りを見てしまってて! それでそれで、間違って、魔術実習室の方に行ってしまってたんですよーっ! もー、カステラのバカ!」
カステラと呼ばれた小柄な赤毛の少女は、大騒ぎしているが、フレアたちの存在にはまったくもって気づいていない。
「ふふ。おっちょこちょいね、カステラちゃんったら。確か、金曜日の朝は木曜日の時間割りを見てたわよね」
「そーなんですよーっ! もう泣きたい!」
カステラがフレアたちの存在にまったく気づいていないことに、ミルフィは気づいていた。カステラの大騒ぎが落ち着くのを待って、ミルフィはフレアのことを紹介する。
「そうそう。カステラちゃん、遅れて入学してくる人たちがいるって聞いていたでしょ?それが彼女なの。フレアちゃんよ」
「……へ?」
言われて初めてカステラはフレアの方を見た。
「初めまして!」
フレアは元気に言う。
カステラは即座には反応しなかった。が、十秒ほどが経過して、ようやく口を開いた。
「あ! も、もしかして! 噂の王女様ですか!?」
問いながらカステラは斜めがけのバッグをテーブルに置こうとする。が、バッグは見事にひっくり返り、地面に逆さになって落ちた。しかし、当のカステラは、そのことにまったく気づいていない。フレアの存在に夢中になってしまっていたのだ。落ちたバッグはミルフィが拾っていた。
「フレアです」
「ほ、ほわぁぁぁ……本当に王女様ですか……?」
「はい。でも、普通に仲良くしてほしいです」
「は、はいぃ! もちろん! もちろんですーっ!」
カステラはいちいち叫ぶような声を出す。それゆえ、ことあるごとに、教室内に彼女の声が響き渡っている。皆は慣れているようで気にしていない様子だが、先ほどミルフィと睨み合った男子生徒だけは不愉快そうにしていた。
「カステラは、カステラ・パン・ナコッタというフルネームなんです! でも、長いので、カステラと呼んでほしいです!」
「分かりました。カステラと呼ばせていただきます」
フレアに新たな友人が増えたところで、一限目が始まった。
五月になった朝、花組の教室の一番前にある教壇のところに立っていた女性教師が、生徒たちに向かってそんなことを宣言した。
教室の入り口である扉の廊下側に待機していたフレアとリカルドは、中から「どうぞ! 入って下さい!」という声が飛んできたのを耳にした。フレアは扉に手をかける。そして、スライド式の木戸をゆっくりと開けた。とはいえ一歩踏み出す勇気のないフレアを励ますように、リカルドが「行け」と言い放つ。その数秒後、フレアはようやく足を進めた。
フレアは教室に入っていきながら、額に汗の粒を光らせる。顔面の筋肉は硬直しきってしまっていた。
「さぁ、自己紹介お願いしまーす」
女性教師はフレアたちに自己紹介をするよう促す。
どうしよう、というような顔で、フレアはリカルドを一瞥する。リカルドは口の動きだけで「名前」と無音の合図をする。
「ふ……フレア・フェン・エトシリカ……です。こ、今月……から……? お世話になります。えっと……その、よろしくお願い、します」
フレアは、日頃の彼女とは別人のような弱々しい調子で自己紹介を行う。
教室内の生徒はそれほど多くない。が、それでも、見知らぬ人たちの前で挨拶をするのはかなり緊張しているようだ。
「フレアちゃーん。制服似合ってるわよ!」
「あ。ミルフィ」
自己紹介が終わるより先にフレアに声をかけたのはミルフィ。彼女は一番後ろの列だったが、一切躊躇うことなくフレアに声をかけた。それも、楽しげな声色で。
「まったく……相変わらず女好きだよね」
知り合いを見つけフレアが頬を緩めかけた時。
一人の生徒がミルフィに向けて挑発的な発言をした。
「は? ちょっと、今何て言いました?」
ミルフィが睨んだのは、最後列のミルフィとは逆の端に座っていた男子生徒。小柄で猫背気味の、どことなく暗い印象を漂わせている少年だ。
「女好きだよね、って言っただけだけど」
目力のあるミルフィに睨まれても男子生徒は怯まない。怯むどころか、むしろ、落ち着いて堂々と言い返している。
「今ここでそういうことを言うって、失礼だと思わないのかしら」
「何で怒るのか。意味不明なんだけど」
「ま、もういいわ。貴方とは話しても無駄だものね。……男ってホント嫌い」
ただフレアが自己紹介しただけなのに、教室内に険悪なムードが漂ってしまった。オロオロしているフレアに口の動きだけで「気にするな」と告げてから、リカルドは自分の自己紹介に入る。
「リカルド・フェン・ポレアという。フレア王女の護衛として、共に入学することになった。友達ごっこをする気はないが、よろしく頼む」
朝のクラス会が終わり、フレアとリカルドは用意されていた席に着く。
二人の席は隣同士。後ろから二列目の奥側の長テーブルを二人で使用する形だ。フレアは偶々長テーブルの奥側に座ったので、ミルフィと前後になった。
「フレアちゃん、一限目は座学よ? ノートは持ってきたのかしらー?」
「えぇ、持ってきたわ。確か、数学よね」
「えらーい! さすが王女様ね!」
「え。必要な物を準備するのは当たり前のことじゃないの?」
「う……正論ね……」
フレアは椅子に座ったまま振り返り、ミルフィと言葉を交わす。クラスにはまだ慣れていないフレアだが、ミルフィと話すことには慣れている。寮の部屋が同室で、昨日色々話したからだ。
ミルフィと話しつつ、フレアは周囲を見回す。
教室内には、八つの長テーブルが二列で設置されていた。そして、一つの長テーブルを二人で使っている。部屋の一番前には教壇があり、黒板も設けられていた。その横には時計も。奥側の壁にはいくつもの窓があり、閉まっているが、そこから穏やかな陽が射し込んでくる。
「うわーん! 時間割り間違ってましたよーっ!」
一限目の開始まであと数分、というタイミングで、教室内に誰かが駆け込んできた。
「あら、おはよう。カステラちゃん」
悲鳴にも似た大声をあげながら登場した赤毛の少女は、室内に入ると、今度は奥に向かって駆けてくる。そんな彼女に、ミルフィは優しい表情で朝の挨拶をする。
「ミルフィ! 聞いて下さいよーっ!」
「なぁに?」
「今日は月曜日なのに、火曜日の時間割りを見てしまってて! それでそれで、間違って、魔術実習室の方に行ってしまってたんですよーっ! もー、カステラのバカ!」
カステラと呼ばれた小柄な赤毛の少女は、大騒ぎしているが、フレアたちの存在にはまったくもって気づいていない。
「ふふ。おっちょこちょいね、カステラちゃんったら。確か、金曜日の朝は木曜日の時間割りを見てたわよね」
「そーなんですよーっ! もう泣きたい!」
カステラがフレアたちの存在にまったく気づいていないことに、ミルフィは気づいていた。カステラの大騒ぎが落ち着くのを待って、ミルフィはフレアのことを紹介する。
「そうそう。カステラちゃん、遅れて入学してくる人たちがいるって聞いていたでしょ?それが彼女なの。フレアちゃんよ」
「……へ?」
言われて初めてカステラはフレアの方を見た。
「初めまして!」
フレアは元気に言う。
カステラは即座には反応しなかった。が、十秒ほどが経過して、ようやく口を開いた。
「あ! も、もしかして! 噂の王女様ですか!?」
問いながらカステラは斜めがけのバッグをテーブルに置こうとする。が、バッグは見事にひっくり返り、地面に逆さになって落ちた。しかし、当のカステラは、そのことにまったく気づいていない。フレアの存在に夢中になってしまっていたのだ。落ちたバッグはミルフィが拾っていた。
「フレアです」
「ほ、ほわぁぁぁ……本当に王女様ですか……?」
「はい。でも、普通に仲良くしてほしいです」
「は、はいぃ! もちろん! もちろんですーっ!」
カステラはいちいち叫ぶような声を出す。それゆえ、ことあるごとに、教室内に彼女の声が響き渡っている。皆は慣れているようで気にしていない様子だが、先ほどミルフィと睨み合った男子生徒だけは不愉快そうにしていた。
「カステラは、カステラ・パン・ナコッタというフルネームなんです! でも、長いので、カステラと呼んでほしいです!」
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