何もしなくても?

四季

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後編

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「いや、まぁ、先ほどのは冗談だ。実際には、他にしてみたいことがある」
「してみたいこと?」
「接吻」

 ウタは思わず噴き出しそうになった。
 幸い、何も口に含んでいなかったので大惨事にはならなかったが。

「ま、また急ね……。でもどうして? もしかして、誰かに何か言われでもした?」

 額の汗を拭きつつ、ウタは尋ねる。

「リベルテから『若い妻を放置していては、万が一ということがありますよ! 一度離れた心を取り戻すのは大変です!』と言われた」

 ウィクトルは正直に答えた。それも、恥じらいなど微塵もないような真っ直ぐな目つきで。

「それ、絶対楽しまれてるわよ……」
「若い妻はやはり容易く気が変わるものか?」
「貴方だって若いじゃない。それに、私が移り気じゃないことは知っているでしょう」
「それはもちろん! 知っている!」

 ウタは特別多くの異性から好まれるタイプではない。言い寄ってこられるという経験をしたことも、そんなにない。それがすべてを物語っている。

「では早速!」

 ウィクトルは突然ウタの両肩を持つ。
 目つきは真剣そのもの。前線で戦う者のような、敵を寄せ付けないくらい鋭い目つきをしている。

「待って待って待って。さすがにいきなり過ぎよ」
「安心してくれ、ウタくん。先日歯医者で歯垢クリーニングを済ませてきた、虫歯もない。そして、歯磨きも今日起きてから十回は行った。殺菌作用のある薬でうがいもした。何も案ずるな」
「逆に生々しいわ……」

 ウィクトルは物凄い勢いで喋り「不衛生でない」ということを主張するが、ウタは少し引いたような顔をしていた。

 が、次の瞬間。

 ウタはウィクトルの頬に軽く唇を添える。

「これでいいんじゃない?」

 そう言って、ウタは微笑む。

「まぁ、正直私も詳しくはないから……よく分からないけど」

 すぐ近くにいる二人の視線が静かに重なる。

「このくらいの方が生々しくなくて良いじゃない?」
「確かに。では返そう」

 そう述べて、ウィクトルはウタのやや赤みを帯びた頬に軽く口づけをする。

「これで心は離れないな?」
「……いや、べつに、何もしなくても心は離れないのよ」

◆おわり◆
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