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11.贈り合い
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料理経験の乏しい私が母の力を借りつつ作ったパン粥もどき。一応良い香りは漂っているが、美味しいかどうかは謎である。スープを一口味見してみた際はそこまで尖った味ではなかったから、恐らく問題ないはずだが、シュヴェーアに気に入ってもらえる仕上がりかどうかははっきりしない。正直不安だ。
それでも、その時は来る。
シュヴェーアが起きてきた。
「お、おはよう。シュヴェーアさん」
ひとまず朝の挨拶をしておく。
すると彼は、整った面に怪しむような表情を浮かべた。
「……どうした、気まずそうな顔で」
いつもの朝と違い緊張しているのがバレてしまっているようだ。
「実はね、その、朝ご飯を」
「……朝食?」
「えぇ。私が作ってみたの。もし良かったら食べてみてほしいんだけど」
背筋には汗が伝う。口腔内は乾く。変に緊張して、既に散々な目に遭っている。それでも話を続けるのは、私の手料理を彼に口にしてみてほしいから。美味しい保証はないが、それでも、食べてみてほしいという気持ちは本物だ。
私は手作りのパン粥もどきを器に入れ、シュヴェーアの目の前へ差し出す。
すると彼は驚いたように目を開いた。
「どうぞ」
「……これは、パン……か?」
シュヴェーアは眉間にしわを刻んで戸惑いを露わにしている。
だが、私が作ったことに戸惑っているというよりかは、目の前のパン粥もどきが何か分からず戸惑っている、という方が相応しいかもしれない。
「スープに入れて柔らかくなってしまっているけど、パンよ」
「……そうか、では」
まだ理解しきれていないようだが、シュヴェーアは一応器を受け取ってくれる。それから彼は席につき、器の中へ視線を注ぐ。灰色の瞳が私の作った料理を見つめている——嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない気分。
やがてシュヴェーアはスプーンを手に取る。そして、器の中にそれを突っ込んだ。溶けて柔らかくなったパンとスープが、シュヴェーアの口に入る。
そんな彼の横顔を私は見つめる。心臓をバクバク鳴らしながら。
「……パン」
咀嚼することしばらく、シュヴェーアはそんなことを呟いた。
彼の灰色の瞳はどこでもない宙をぼんやり眺めている。どことなく満足そうな目つき。ただ、どこを見ているのか分からないような目つきでもある。
「シュヴェーアさん、その……どう? 美味しくなかった?」
恐る恐る尋ねてみる。
すると、彼はくるりと体をこちらへ向けてきた。
「……美味!」
真剣な眼差しで告げられる。
妙に気合の入った言い方で、私は一瞬戸惑ってしまった。だが、数秒経ってから私の手料理を気に入ってもらえたのだと気づき、途端に喜びが湧き上がってくる。心の中で天使が万歳を繰り返す。
「気に入ってもらえた? なら嬉しいんだけど……」
「……美味!」
彼は同じことをもう一度言った。それも、はっきりと。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
わざわざ二度も言ってくれたのだから美味しくできていたのだろう。ようやくその言葉を信じられて、私は礼を述べる。すると彼は、納得したように一回だけ頷いた。
「いつも話し相手になってくれてありがとう。そんな思いで作ったわ」
「……そうか」
「これからも良い話し相手でいてくれる?」
結婚もなくなったことだし、ちょうどいい。それに、母親と女二人で暮らすより、男性がいてくれた方が安心だ。男性がいる、というだけでも、少しは不審者対策になりそうなものである。
「……まともなことは、言えないが」
「今のままでいいのよ」
「……そうか、分かった。では……」
視線が重なると、不思議な気分になる。瞳には吸い込まれそうになるし、心は縛りつけられそうになるし。これまで生きてきた中では経験したことのない感覚だ。
「早速、親愛の証に肉を……!」
いや、肉は必要ないわ。
……なんて言えるはずもなく。
シュヴェーアは肉を入手するべく家を出ていってしまった。
親愛の証がなぜ肉なのか、謎でしかない。ただ、親愛の証を贈ろうとしてくれているということは、嫌われてはいないということだ。そう考えれば、良い兆候ではあるのかもしれない。
「あら? シュヴェーアさんは?」
私とシュヴェーアが話している間、空気を読んで離れてくれていたダリアが、戻ってくるなり尋ねてくる。
「肉を求めて旅立ったわ」
「え!?」
「親愛の証に肉を贈ってくれるみたいよ。正直よく分からないけど」
ダリアは拍子抜けしたような顔。
「し、親愛の肉……? 部族の文化か何か……?」
彼女が驚くのも無理はない。親愛の証に肉、なんて、滅多にないことだ。そもそも、私たちの世にはそんな文化は存在しない。
◆
夕方、シュヴェーアは帰ってきた。
片手には剣、もう一方の手には豚に似た物体——これは、またしてもハーブータだろうか。
「……今、帰った」
「お帰りなさい! シュヴェーアさん! って、それ、ハーブータ?」
前に彼が狩ってきたものとよく似ている。
「……すまない。これしか……なかった……」
シュヴェーアは残念そうに言う。
私はべつにそういう意味で発言したわけではないのだが。
「焼いたら美味しそうね」
「……それは、間違いない」
前に食べた時も美味しかった。そこまで癖のない味わいで、食べ慣れていない私でも無理なく食べられた。今回も、きっと、美味しく食べられるだろう。
「……喜んで、もらえると……良いのだが」
シュヴェーアは少しばかり不安げな表情で言ってきた。
「それはもう、もちろん! 嬉しいわよ!」
「……本当、か?」
「当然よ。嘘なんて言わないわ」
曖昧な言い方をしたら怪しまれるかもしれない。不安な時なら、なおさら、相手の発言を信じられないということもあるだろう。それは私にも容易に想像できる。だからこそ、はっきりと答えるよう努力した。
それでも、その時は来る。
シュヴェーアが起きてきた。
「お、おはよう。シュヴェーアさん」
ひとまず朝の挨拶をしておく。
すると彼は、整った面に怪しむような表情を浮かべた。
「……どうした、気まずそうな顔で」
いつもの朝と違い緊張しているのがバレてしまっているようだ。
「実はね、その、朝ご飯を」
「……朝食?」
「えぇ。私が作ってみたの。もし良かったら食べてみてほしいんだけど」
背筋には汗が伝う。口腔内は乾く。変に緊張して、既に散々な目に遭っている。それでも話を続けるのは、私の手料理を彼に口にしてみてほしいから。美味しい保証はないが、それでも、食べてみてほしいという気持ちは本物だ。
私は手作りのパン粥もどきを器に入れ、シュヴェーアの目の前へ差し出す。
すると彼は驚いたように目を開いた。
「どうぞ」
「……これは、パン……か?」
シュヴェーアは眉間にしわを刻んで戸惑いを露わにしている。
だが、私が作ったことに戸惑っているというよりかは、目の前のパン粥もどきが何か分からず戸惑っている、という方が相応しいかもしれない。
「スープに入れて柔らかくなってしまっているけど、パンよ」
「……そうか、では」
まだ理解しきれていないようだが、シュヴェーアは一応器を受け取ってくれる。それから彼は席につき、器の中へ視線を注ぐ。灰色の瞳が私の作った料理を見つめている——嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない気分。
やがてシュヴェーアはスプーンを手に取る。そして、器の中にそれを突っ込んだ。溶けて柔らかくなったパンとスープが、シュヴェーアの口に入る。
そんな彼の横顔を私は見つめる。心臓をバクバク鳴らしながら。
「……パン」
咀嚼することしばらく、シュヴェーアはそんなことを呟いた。
彼の灰色の瞳はどこでもない宙をぼんやり眺めている。どことなく満足そうな目つき。ただ、どこを見ているのか分からないような目つきでもある。
「シュヴェーアさん、その……どう? 美味しくなかった?」
恐る恐る尋ねてみる。
すると、彼はくるりと体をこちらへ向けてきた。
「……美味!」
真剣な眼差しで告げられる。
妙に気合の入った言い方で、私は一瞬戸惑ってしまった。だが、数秒経ってから私の手料理を気に入ってもらえたのだと気づき、途端に喜びが湧き上がってくる。心の中で天使が万歳を繰り返す。
「気に入ってもらえた? なら嬉しいんだけど……」
「……美味!」
彼は同じことをもう一度言った。それも、はっきりと。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
わざわざ二度も言ってくれたのだから美味しくできていたのだろう。ようやくその言葉を信じられて、私は礼を述べる。すると彼は、納得したように一回だけ頷いた。
「いつも話し相手になってくれてありがとう。そんな思いで作ったわ」
「……そうか」
「これからも良い話し相手でいてくれる?」
結婚もなくなったことだし、ちょうどいい。それに、母親と女二人で暮らすより、男性がいてくれた方が安心だ。男性がいる、というだけでも、少しは不審者対策になりそうなものである。
「……まともなことは、言えないが」
「今のままでいいのよ」
「……そうか、分かった。では……」
視線が重なると、不思議な気分になる。瞳には吸い込まれそうになるし、心は縛りつけられそうになるし。これまで生きてきた中では経験したことのない感覚だ。
「早速、親愛の証に肉を……!」
いや、肉は必要ないわ。
……なんて言えるはずもなく。
シュヴェーアは肉を入手するべく家を出ていってしまった。
親愛の証がなぜ肉なのか、謎でしかない。ただ、親愛の証を贈ろうとしてくれているということは、嫌われてはいないということだ。そう考えれば、良い兆候ではあるのかもしれない。
「あら? シュヴェーアさんは?」
私とシュヴェーアが話している間、空気を読んで離れてくれていたダリアが、戻ってくるなり尋ねてくる。
「肉を求めて旅立ったわ」
「え!?」
「親愛の証に肉を贈ってくれるみたいよ。正直よく分からないけど」
ダリアは拍子抜けしたような顔。
「し、親愛の肉……? 部族の文化か何か……?」
彼女が驚くのも無理はない。親愛の証に肉、なんて、滅多にないことだ。そもそも、私たちの世にはそんな文化は存在しない。
◆
夕方、シュヴェーアは帰ってきた。
片手には剣、もう一方の手には豚に似た物体——これは、またしてもハーブータだろうか。
「……今、帰った」
「お帰りなさい! シュヴェーアさん! って、それ、ハーブータ?」
前に彼が狩ってきたものとよく似ている。
「……すまない。これしか……なかった……」
シュヴェーアは残念そうに言う。
私はべつにそういう意味で発言したわけではないのだが。
「焼いたら美味しそうね」
「……それは、間違いない」
前に食べた時も美味しかった。そこまで癖のない味わいで、食べ慣れていない私でも無理なく食べられた。今回も、きっと、美味しく食べられるだろう。
「……喜んで、もらえると……良いのだが」
シュヴェーアは少しばかり不安げな表情で言ってきた。
「それはもう、もちろん! 嬉しいわよ!」
「……本当、か?」
「当然よ。嘘なんて言わないわ」
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