婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

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12.なぜに基準がパンなのか

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 よく晴れたその日、ダリアが主に接客を行なっている我が家の茶葉専門店は賑わっていた。

 朝一番、開店するや否や、観光客の群れがやって来て、大騒ぎ。耳にした話によれば、彼ら彼女らは遠い街からの観光客だとか。茶葉専門店が珍しいからか、皆、商品に夢中になっていた。そして、観光客たちは、大量の茶葉を購入していってくれた。

 何にせよ、売り上げが上がるのはありがたいことだ。

 ただ、妙に騒がしい集団だったので、同じ空気を吸っていて少しばかり疲れてしまった。
 だが休みは訪れない。来店する客はまだ続く。

「ダリアさーん! 今日も美人っすねー!」
「あらあら、そういうお世辞は要らないわよ」
「いつものやつ、あるっすかー?」
「ハイピンカスのやつね。もちろんあるわよ」
「じゃあ、それ一袋!」

 ダリアとそんなやり取りをするのは、隣町から二週間に一回くらいやって来る青年。名前はいつか聞いたものの忘れてしまった。が、彼が数年前から来店し続けてくれている常連客であることは間違いない。そんな彼は、いつも、妙な口説き文句と共にハイピンカスの茶葉を買っていくのだ。

「……あれは、常連客か」
「えぇ。よく分かったわね、シュヴェーアさん」
「慣れて、いる……そんな気がした……」

 私はシュヴェーアと共にダリアの後ろ姿を眺める。
 ちなみに、仕事をさぼっているわけではない。手伝いが必要になるタイミングを待っているのだ。

「聞いて下さい、ダリアさん! 今日、お母様が勝手に婚約者を決めてきたんです! さすがに酷くないですか!?」
「それは大変ねー」
「私にだって選択権はあるはずです! それなのに、お母様は勝手に! 許せません!」
「ねー。そのくらい好きにさせてほしいわよねー」

 いつも口説き文句を持ってくる青年の相手が終わると、今度はたまに来る女性客の相手。
 先日二十歳になったばかりの彼女は、母親がとても厳しい人らしく、それに関する不満をいつもぶちまけている。今日は婚約者の話だが、いつもその話というわけではない。が、母親の愚痴であることは毎回共通している。

「……何かと、ややこしいな」
「シュヴェーアさん、急に渋い顔になってるけど大丈夫?」

 個人的には、シュヴェーアがいちいち客への感想を述べるのが面白かった。
 面白い、なんて言ってはいけないかもしれないけれど、でも、彼の意見を聞けるのは興味深い機会だ。

「……あぁ」
「なら良かったわ」

 その時、カウンターに立ち接客していたダリアがくるりとこちらを向いた。

「セリナ! ちょっと補充頼んで良いかしらー!?」

 どうやら私の出番らしい。これだけ忙しくても人を頼らないダリアだから、私は手伝わせてもらえないまま営業時間が終わるかと思っていたが、案外そんなことはなかった。私は「今行く!」と言って、カウンターの方へと駆け出す。

 母親の愚痴を言いに来る女性客は既に帰っていた。
 ダリアの接客は一時的に落ち着いている。が、店内に人はいる。なので、恐らく、じきにまた接客が始まることだろう。

「このヌイグルミ袋、あそこの台に並べておいてくれる?」
「分かった」

 ヌイグルミ袋というのは、中指の長さ程度の身長のクマのヌイグルミが入った茶葉のセットである。店内に陳列しておく商品の一つだ。ちなみに、そのクマのヌイグルミは様々な色や模様があり、数えたことはないが結構な種類存在していると思われる。中には、それを好んで集めている者もいるとか。

 私は十袋ほど受け取り、カウンターの横の戸から店内へ出る。そして、置くべき場所に、ヌイグルミ袋を置いていく。一つ一つのヌイグルミが見えるよう、少しずつずらして置かねばならない。

「あ! それ、ヌイグルミ袋だよね!?」

 並べている最中、背後からそんな声がかかった。

 振り返ると、そこには一人の少女。
 年は十代後半くらいだろうか、赤毛を二本の三つ編みにした、睫毛の長い女の子だ。

「……あ、はい」
「良かったぁ! また入ったんだ!」

 どうやら彼女はヌイグルミ袋の存在を元々知っていたらしい。もしかしたら、過去に買ってくれたことがあるのかもしれない。

「ゆっくり見ていって下さい」
「うんうん! ありがとー!」

 ヌイグルミ袋を並べる仕事は終わった。私のやることは一旦終了だ。ひとまず退こう、と思い、ダリアに「並べ終わった」と伝える。するとダリアは「じゃあ戻ってていいわよー」と返してくれた。予想通り、私の出番はひとまず終了のようだ。ならばすぐに退場しよう。

 そうしてシュヴェーアのもとへ戻ると、彼は興味深そうに「……何を、していた?」と尋ねてくる。私はどう答えるのが相応しいのか迷いつつ、「ヌイグルミ袋を並べてきたの」と答えた。すると彼はますます不思議そうな顔で首を傾げる。

 言ってから少し後悔。

 というのも、いきなり『ヌイグルミ袋』なんて言葉を使ってしまったら彼は余計に理解できなくなるではないか。
 それに気づかず、一般的でない単語を使ってしまったことを、私は悔やんだのだ。

「……仕事が、あるのだな。いつも……」
「まぁ、少しだけだけどね」
「……いや。凄いことだ……その年で……」

 店の手伝い程度で褒められるなんて、驚きだ。
 営んでいる店がある家の娘息子なら手伝いくらいはするものだと思っていたのだが。

「シュヴェーアさんの今までの知り合いには、手伝いしていない人が多かったの?」

 ふと思い立ち、訳もなく尋ねてみる。

「……そう、だな。自由気ままに……暮らしていた、皆」

 自由気ままに、か。
 想像できないが、そんな人生も楽しいかもしれないな、と思いはする。
 まったく別の人生というものには、誰もが、一度は憧れるものだろう。もっとも、今の人生に不満があるわけではないけれど。

「正直……そういう娘は、苦手だったが……」
「え、そうなの? どうして?」
「……パンを、くれない」

 なぜに基準が『パン』なのか。
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