婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

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13.早朝の遭遇

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 ある朝、まだ薄暗い時間帯にふと目覚めると、シュヴェーアが寝床にいなくなっていた。
 彼はそこまで早起きな方ではないから、いつもなら私やダリアが起きる頃にはまだ眠っている。私たちが起きて少ししたくらいに寝床から出てくるのが、彼の普段の起床だ。だが、今日はもう寝床にいない。

 どこかへ出掛けたのだろうか? だが、こんな早朝から出掛ける用があるだろうか?

 言動が謎に満ちた彼のことだから、驚きの行動があっても不自然ではないけれど。でも、普段と違う行動をするのなら、一言くらい何か言ってから動きそうなもの。

 私はシュヴェーアのことがどうしても気になって、一人寝床を出る。

 寝巻きは薄い生地だ。そのため、歩き出すと寒さを感じる。ゆっくり歩いていても弱い風は起こるもの。その風が肌を冷やすのである。

 家の中を一周してみたが、シュヴェーアの姿は見当たらない。
 仕方がないから、扉を開けて少しだけ外へ出てみる。

 まだ空は薄暗い。僅かに出た陽が空を暖かく色づけてはいるが、半分以上は夜の色が残っている。まさに水彩画のような空だ。夜の色と日の出の色、それら二色を水分を交えつつ滲ませたような風景はどこか幻想的で、こう言ってしまうとありふれ過ぎてしまうかもしれないが——美しい。

 夜明けの村には人の気配がない。奇妙なほどに静かだ。普段暮らしているのとは似ていて異なる世界に迷い込んでいるかのよう。

 私は、当初の目的を忘れ、しばらく幻想的な風景を眺めてしまった。

 だが数分経って思い出す。
 こんな時間にわざわざ家の外へ出た理由を。

 いなくなったシュヴェーアを探す。それが、私が今ここにいる理由だ。

 とはいえ、どこを探せば良いものか分からない。数日共に過ごしはしたが、彼のことを多く知っているわけではないので、彼が行きそうな場所に目星を付けることは簡単ではなかった。

 ひとまず歩いてみよう、と、私は足を動かし始める。
 当てはないけれど。


 そんな私がシュヴェーアの後ろ姿を発見したのは、家の裏に差し掛かった時。彼は、両手で握った剣を上から下へと振り下ろす行為を、一人で黙々と繰り返していた。私が五メートルも離れていないくらいの距離まで近づいても、彼は私に気づかない。

「シュヴェーアさん?」

 いきなり後ろから話しかけたら警戒させてしまうかもしれない。そう考える私もいたが、無言で見つめ続けているのも妙なので、思いきって声をかけてみた。刹那、シュヴェーアの素振りが急に止まる。

「……セリナ、か」

 彼はゆっくりと振り返る。そして、私の顔を数秒じっと見つめた後に、私の名を呟いた。

「素振りをしていたの? こんな時間に」
「……あぁ」
「早く起きたのね」
「いや……意図して、起きたのではない」

 早朝の村には音がない。
 私たち二人を包むのは、静寂。

 まだ陽が昇りきっていない世界に、私とシュヴェーアの声だけが響く。他の音がまったくないせいか、ただの話し声ですらいつもより余韻があるように感じた。見慣れた場所にいるはずなのに、なぜか、幻の世界に入り込んだかのような気分が込み上げてくる。

「目が覚めてしまった、ということ?」

 確認の意味を込めて尋ねると、彼は一度だけそっと頷いた。

「そうだったの」
「……セリナもか」
「私はね、偶々目覚めたら貴方がいなかったから、探しに来たの」

 早い時間に目が覚めてしまった、という意味では同じかもしれない。

「……そう、か。それは……すまなかった」
「いいのよ。気にしないで」

 家の裏なんて早朝に通ることは滅多にない。昼間でさえ女一人で通行するには少々不気味な場所だ。普通こんな時間には歩こうと思わないだろう。

 そういう意味では、ここは慣れない場所なのかもしれない。
 風景は見慣れたものであっても、この時間帯のこの場所は慣れた場所ではないのだから。

 だが、今は一人ではない。男性が、それもシュヴェーアがいてくれるから、不安や怖さといったものは私の中に存在しなかった。

「素振り、よくするの? 趣味?」
「……いや、趣味では……ない、と思うが」

 シュヴェーアの返事は曖昧。

「……生きるため、必要なものだ」

 小さく続けたシュヴェーアの表情は、決して明るいものではなかった。暗い顔をしている、とまではいかないが、若干哀愁の漂う顔つきを彼はしている。胸の奥に、遠い過去に、何か黒いものが存在しているかのような表情。

 二人きりの時にこんな顔をされたら、彼についてもっと知りたくなってしまうではないか。

 他人の過去など詮索すべきものではない。
 不思議な出会いをした者同士ならなおさら。
 けれど、詮索が悪い行為であると理解していても、それで知りたいという欲が生まれなくなるわけではない。人間であらば、誰しも、「興味のある対象について知りたい」という欲は抱くものだ。

「シュヴェーアさんは確か、傭兵みたいな仕事をしていたのよね?」
「……そうだが」
「そのお仕事って、どんな感じ? やっぱり大変?」

 素朴な疑問をぶつけてみる。

「……よく、分からん。大変か、どうかなど……人によって、違う……」

 問いの内容が悪かっただろうか、シュヴェーアは答えづらそうな顔をしていた。

「人を殺したりする……のよね?」
「……それは、ある」
「私は人を殺したことなんてないわ。だから想像できないの、戦いの世界。でも、貴方が生きていた世界のことは、少し知ってみたい」

 茶葉を販売することはあっても、戦場へ出たことはない。そんな私にとっては、戦いなど別世界のもののように思えていた。だから、戦場に立つ時の気持ちなんて、欠片も想像できない。

「辛かったら無理に話さなくていいわ。でも、もし話してもいいと思ってくれるなら、聞かせてほしいの。ちょっとだけで構わないから」

 自身が生きてきたのとはまったく別の世界。それは、きっと、きっかけがなかったら一生触れずにいた世界だろう。シュヴェーアと出会わなければ、そもそも興味を持つことすらなかったはずだ。

 でも、彼と出会った。
 そして、彼に興味を持ったから、今の私には知りたいと思う心がある。

「……知らない方が、いい……そういうことも、ある」
「話したくない?」
「いや……そういう意味では、ないが」
「じゃあ聞かせて?」
「……セリナに、話せるほど……綺麗な世界、ではない……」
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