婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

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14.本音をこぼす過ちに注意

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 まだ陽が昇りきっていない早朝、私はシュヴェーアから彼のこれまでの人生について聞いた。

 はっきりとは覚えていないそうだが、彼はそれなりに裕福な家の生まれだという。ただ、子どもが多かったため、まだ幼い頃に知り合いの家へ養子に出されたらしい。そうして彼は、子のいない新しい家へ、子どもとして引き取られた。だが、そこでの暮らしは決して良いものではなかったそうだ。というのも、やたらと便利屋的に使われることがあったらしい。非常にマイペースだったシュヴェーアは夫人に嫌われてしまい、虐められていたとか。

「……それで、脱走した。後に、傭兵に拾われ……剣を習った」
「地味に行動力があるわね」
「いや……そうでも、ない」
「え。でも、凄いと思うわ。私だったら自力で脱走なんてできないもの」

 幸い、私は良い暮らしをしてきた。良い家族に恵まれ、穏やかな暮らしができた。でも、もし私が辛い家庭環境におかれていたとしても、一人で脱走するなんてできなかっただろうと思う。協力者がいるならともかく。

「それで、剣を習って傭兵になったの?」
「……最初は、見習い。しばらく、して……仕事を取るように、なった」

 風が木々を揺らす音だけは耳に入ってくるが、それ以外の音は何一つない。
 早朝の静けさ恐るべし。

「……案外、上手くいった」

 木の葉を揺らしていた風がシュヴェーアの灰色の髪をふわりと揺らす。衣服の裾が揺れるような、優しげで柔らかい動きだ。

「そして……幾人もに、雇われてきた、が」
「が?」
「大抵……愛想ないのと、食べ過ぎる、ので……」

 食べ過ぎる、て。
 内心笑いそうになったのは秘密にしておこう。

「……最後は、クビに、なる」

 シュヴェーアはそこまで言って、憂鬱そうに溜め息を漏らす。

 自由人な彼からは周囲の目をあまり気にしていないような印象を受けていたが、彼とてまったく気にしていないわけではないらしい。もっとも、ただ辞めさせられることを悲しんでいるだけなのかもしれないが。

「苦労してきたのね」
「……戦いは、得意だが」
「他のことは得意じゃないの?」

 自然にそんなことを言ってしまった。

 発してから「失礼だったかも」と少し後悔。
 だが、シュヴェーアは特に不快感を露わにはせず、何事もなかったかのように静かに頷く。

「……交流、愛想……よく分からん」

 個人的には、シュヴェーアはべつに問題のない人だと思う。
 交流はきちんとしてくれるし、愛想は一見なさそうではあるが悪くはない。話しかけたら彼なりに答えてくれるし、聞けばこうして話をしてくれることだってある。時折少しずれたことを言い出すことはあるが、それも「愛嬌がある」と捉えられる程度だ。

「でも、シュヴェーアさんは良い人よね」
「……言われた、ことがない」
「こうして色々教えてくれるし、話もしてくれる。それに、私のことを気遣ってもくれるでしょう。悪い人とは思わないわ」

 マイペースな人なのかな、とは思うこともあるが。

「……世辞か」
「もう! そんなわけないじゃない! 本音よ」
「……理解、できんな」
「私が変みたいな言い方ね。まぁいいけど」

 二人で話をしていると、ふと思ってしまう——シュヴェーアが婚約者だったら良かったのに、なんて。

 彼はあくまで我が家に滞在しているだけ。それは行く場所がないからだ。いつの日か、雇い主が決まれば、きっとここを出てゆくのだろう。そこに情が挟まる隙はない。私たちの間に特別な感情なんて生まれるわけがないのだ。

 でも、どうしても考えてしまう私がいる。
 彼のような人が婚約者だったら、共に生きてゆくパートナーだったら、私の人生はもっと愉快なものになったのではないかと。

 平凡な容姿しかない。抜きんでた特技を持っているわけでもない。そんな私だ、良い相手を得られないのは仕方のないこと。アルトと婚約話が進んでいっているだけでも奇跡なくらいだった。

「……シュヴェーアさんが婚約者だったら良かったのに」

 私はどうもついていない。良い家庭に生まれられたというところですべての運を使い果たしてしまったのだろうか、と思うほどに。

「セリナ……何を、言っている……?」
「え?」
「……婚約者、私などと」
「え? ええっ? あの、わ、私何か言ってました?」

 シュヴェーアにおかしな顔をされて、私は初めて独り言を言っていたことに気がついた。

「……シュヴェーアさんが、婚約者だったら、良かったのに」
「え! それを私が!?」
「……言って、いた。悪い……夢でも、みていたのか……」

 シュヴェーアはいつになく訝しんでいるような顔つきをしていた。

 うう……よりによって本人の前でそんなことを言ってしまうなんて……。

 いきなりそんなことを言い出す女だったなんて、と幻滅されたのではないだろうか。重く不気味な女だと思われていたらと想像すると、さすがに心が痛くなる。

「ごめんなさい。私、おかしなことを」
「……いや、気にするな」
「聞かなかったことにしてもらえたら助かるの。お願い」
「ふん……そうだ、な。聞かなかった……ことに、しよう」

 シュヴェーアはそう言って、何か納得したように一人で数回頷いていた。
 脳内にあった何かに決着をつけたかのような頷き方だ。
 単に首を縦に振っているだけではない頷き方——その意味が気になる部分はあるが、私は触れないことに決めた。深掘りしようとして、万が一こちらが傷を負うことになったりしたら、絶対後悔すると思ったから。

「そろそろ家に戻らない?」
「……そうだな」

 こうして、私とシュヴェーアの早朝は終わりへと向かっていく。

 そして、それと交代するように、人々が目覚める朝がやって来る。

 陽が完全に露わになり、村中が明るく照らされ始めると、どこからともなく音が湧いてきた。時折吹く風しか音がなかった世界に、人々が立てる音が戻ってくる。やがて村人は起き始め、活動を始めた。

 また、ありふれた一日が始まろうとしている。
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