婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

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19.喜びは隠せない

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 ひとまず店の方にいるダリアを呼びに行くことにした。
 私一人では対処できない案件かもしれないからだ。
 ちょうど接客の必要がない状況にいたダリアは、カウンターを離れ、キッフェール家の者を名乗る訪問者の対応に当たってくれることとなった。

 その間、私はカウンターの内側に立つ。
 万が一客がやって来た時に備えて。

 できれば誰も来てほしくない。きちんと接客する自信がないから。だが、そんな願いが叶うはずもなく。客はやって来てしまった。

「こんにちは! ……って、あ、すみません。つい大きな声を。娘さんでしたか」

 やって来たのは、母の愚痴が多い女性客。

「こんにちは。いらっしゃいませ」
「今日はダリアさんはいらっしゃらないのですか?」

 女性は丁寧な口調でダリアについて尋ねてきた。

 彼女はいつもダリアと喋っている。躊躇いなく親の愚痴を吐き出せるほど、彼女とダリアは親しい。ダリアは聞き上手なところがあるから、だからこそ、そこまで親しくなったのだろう。

 だが、それを知っているからこそ、ここにいるのが私であることを申し訳なく思う気持ちが芽生える。
 今日も話したいことがあったかもしれないのに。

「あ……母は今、少し用事で、ここを離れています」

 申し訳なさを抱きつつ、私はダリアの今を伝えた。

「そうでしたか! いきなり失礼なことを質問して、申し訳ありません」
「いえいえ、大丈夫です」

 彼女とこうして向き合って話すのは初めてだ。今までは、会釈することはあっても、直接言葉を交わすことはなかった。だが、実際に話してみると、案外話しやすい気がした。話し慣れてはおらずとも見慣れてはいるからかもしれない。

「それで、何がお求めですか? それとも、母にご用ですか?」
「実は……両方、なんです」

 女性は少し恥ずかしそうな顔つきで述べる。

「ダリアさんに母の面倒な話を聞いてほしくて。その、いつも聞いていただいていたので、今日も聞いていただけるかなって……」

 きっとまた何かいさかいがあったのだろう。私は母とずっと仲が良かったからそんな経験をしたことはないけれど、彼女のことだからまた問題が発生したに違いない。私で良いなら聞き役をしてあげたいと、そう思ってはいる。が、彼女はダリアに聞いてもらうことを望んでいるはず。それなら、私がでしゃばるのは良くないことだ。

「その……私で良ければ、お聞きしましょうか?」

 暫し考えた後、私は勇気を出して提案してみた。

 心臓が激しく脈打つ。早く何か言ってほしい。良い答えでも悪い答えでも問題ないから、どうか、言葉を発してほしい。勝手かもしれないが、そう願わずにはいられない。でなければ、心臓の鼓動の激しさに心が負けてしまいそう。

「本当ですか!?」

 やがて沈黙を破ったのは、客である彼女の方だった。
 凛々しさのある面に百合のような花を咲かせ、両手を胸の前で合わせている。瞼が開かれたことで露わになった瞳は、海のような青緑。白い肌と組み合わさることで、爽やかな美女が完成している。

「ではよろしくお願いします! 私はドラセナ・ローズマリーと言います! 貴女は確か……」
「セリナです」
「まぁ! 素敵なお名前ですね!」

 意外だった。
 彼女がこんなに明るい女性だったなんて、知らなかった。

「ではセリナと呼んで良いですか?」
「は、はい」
「私のことはドラセナと呼んで下さい!」

 予想以上に盛り上がってきてしまった。他の対応すべき客がいないことが唯一の救いか。

「ドラセナさんですね」
「呼び捨てで問題ありませんよ、セリナ」

 さんを付けることさえ許されないらしい……。

「あ、はい。ではドラセナと呼びますね」
「よろしくお願いします!」

 それから私は、カウンターのこちらと向こうで、ドラセナの話を聞き続けた。
 母親の気に入らない部分の話は果てしなく続く。
 私が相手では物足りないだろうか、と、初めは少し心配していた。だがドラセナはそんなことはまったく気にしていない様子で。彼女は物凄い勢いで母親の愚痴を撒き散らしていた。

 そのうちにダリアが戻ってくる。

「お待たせ、セリナ——って、あら! ドラセナちゃん!」

 ダリアは、カウンターの向こう側に立っているドラセナを見て、驚いた顔をした。

「こんにちは、ダリアさん」
「また来てくれたのねー。もしかして、お母さんと喧嘩?」
「はい! 不満を抱えてきました! ……でも、セリナさんが聞いて下さったので、段々スッキリしてきたところです」

 ドラセナは礼儀正しい。
 ダリアと話す時には、きちんと背筋を伸ばしている。

「セリナ、友達になったの?」
「話し相手に」
「そうだったのねー。セリナに友達ができて良かったわ」

 それは私も思う。
 ドラセナと友達のようになれたことは、私にとっても非常に嬉しいことだ。
 友達ができた今日は、特別な日。


 ◆


「……嬉しそうだな、セリナ」

 カウンターを離れ、家の内側へ戻るや否や、シュヴェーアにそんなことを言われた。

「え?」
「……よく、分からんが……嬉しそうだ」

 嬉しそう、か。
 それはあるかもしれない。

 感情を漏らしすぎないよう心がけてはいるので、あからさまに浮かれた様子にはなっていないはず。だが、今私が嬉しい気持ちであることは確かだから、その感情が漏れ出てしまっていたとしても不自然ではない。

「できたの、友達が」
「……友か」
「えぇ。お客さんでね、美人な女の人なの」
「それは……何より」

 シュヴェーアはしばらく俯いてぼんやりしていた。が、一分ほどが経過した後に、突如顔を上げる。

「……そういえば」

 彼は淡々と切り出す。

「キッフェール、といったか……セリナの、婚約者の家……金を、渡してきた、そうだな……」

 シュヴェーアはこちらをじっと見つめたままそんなことを言ってきた。
 訪ねてきたのはその用だったのか、と密かに思う。

「……金で、解決しようと……するとはな」
「何だか不満げね、シュヴェーアさん」

 今はなぜか彼の方が不満そうだ。

「……不満は、当然のこと」
「え? どうして?」
「……果たせもせん、約束を……結ぶべき、ではない」
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