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26.想いのひよこ
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私が一番に口にしたのは野菜巻き。
レモン風味のドレッシングと糸のように細く刻んだニンジンを、葉野菜で巻いた料理だ。
桜色のつまようじに似た小さい棒が刺さっていて、葉野菜が広がってこないように工夫されている。そのため、棒を持って口の中へ運べて、非常に食べやすい。
「どう?」
「美味しい……!」
ドレッシングの爽やかな味わいと野菜の瑞々しさが見事な旋律を奏でている。
「爽やか! 母さんも気に入ると思うわ」
「本当に? 試してみるわー。……ん! ホント!」
ダリアは野菜巻きを一つ口の中へ放り込み、目を見開いた。
彼女の瞳は輝きに満ちている。
「……セリナ、これを」
ちょうどそのタイミングで、シュヴェーアが茶色い肉団子を差し出してきた。タレによって、表面がてらてらと光っている。艶やかな肉団子だ。
「シュヴェーアさんもくれるの?」
「……食べてくれ」
ダリアからは貰ったのにシュヴェーアからは貰わないというのも不自然だろう。そう考え、私は肉団子を直接口に入れてもらった。
刹那、口腔中に甘辛い味わいが広がる。
先ほどの野菜巻きとは対照的。南国のような味わいだ。やや粘度の高いタレと濃いめの味付けが、ミンチに合う。
「これも良いわね」
「……美味し、かったか?」
「ええ! 美味しいわ!」
「なら……安心した」
「ありがとう。シュヴェーアさん」
私には人混みに入っていく勇気がなかった。それゆえ、自分の手で料理を確保することはできなかった。でも、二人——ダリアとシュヴェーアのおかげで、無事に美味しい料理を味わうことができている。
「セリナ!」
二人と一緒に料理を楽しんでいた時、ドラセナが声をかけて歩み寄ってきた。
「あ。ドラセナさん!」
さらに知り合いがやって来たことが嬉しくて、私はすぐに彼女の名を発する。すると「ドラセナ、と呼んで下さいね」と注意を受けてしまった。私は、そういえばそんなことを話したなと思いつつ、「すみません」と謝罪。それを聞いたドラセナは、オロオロしながら「謝らせるつもりでは……その、こちらこそすみません」と謝ってきた。結果的に、お互い謝り合うという奇妙なことになってしまったのだった。
「どうですか? 春祭り」
しばらくして、ドラセナは尋ねてきた。
「楽しいです」
私はすぐにそう答える。
正しくは「美味しいです」かもしれないけれど。
だが、楽しいでも間違いではないはずだ。美味しいものを食べられるということ自体が楽しいし、穏やかな気候の中で親しい人と過ごす時間というのも楽しいもの。だから、楽しいという表現でも、間違ってはいないはずなのだ。
「良かった。セリナにそう言っていただけて、安心しました」
「お気遣いに感謝します」
「そんなそんな! 丁寧に礼を言っていただけるようなことは、何もしていませんよ」
思えば、ドラセナと一緒にどこかへ遊びにいったことはない。これまでは、いつも、店先で話をするだけだった。だから、店以外で顔を合わせるのは新鮮な感じがする。
「そうでした! これ、セリナに差し上げます!」
言って、ドラセナは小さな器を差し出してきた。
そこにちょこんと入っていたのは、ひよこの形をしたほんのり黄色い物体。
「これは?」
「ひよこ型プチケーキです!」
黒い器の中にいるから、黄色い体がよく目立つ。
非常に可愛らしい。
どのくらい可愛いのかと言うと、今すぐ抱き締めたいくらい、だ。
「甘いんですか?」
「はい!」
ドラセナは楽しげな表情で返事をする。
「可愛らしいですね」
「セリナに食べてもらおうと思って作ってみました」
「私のために?」
「はい。セリナは大切な友人ですから」
そんな風に思ってくれていたなんて……!
感動が込み上げる。
胸の奥が強く震えた気がした。
私にとっては、ドラセナは初めての友人で、ある意味特別な存在だった。けれどもそれは、あくまで、私の方から見てのこと。そのため、向こうから私がどう見えているのかは、ずっと不明のままだった。ドラセナが私をどう捉えているのか、そこははっきりしなかったのだ。
しかし、今日それは明らかになった。
ドラセナもまた、私と同じように、大切な友であると認識してくれていたのだ。
「そう言われると……少し照れます」
「えっ。嫌でしたか!?」
「いえ、違うんです。私も同じ気持ちでいます。ただ、大切な友人だなんて誰かに言われるのは初めてで」
器の中のひよこはまだこちらを見つめている。
「嬉しかったんです」
家族以外でこうやって親しくあれる人を手にできたのは嬉しいこと。
もちろん、シュヴェーアもそんなような存在だ。ただ、彼の場合は同性ではない。そういう意味では、シュヴェーアの大切さとドラセナの大切さは、まったく異なる種のものなのである。
「それは良かった……!」
「だから、ありがとうございます。ドラセナ」
「こちらこそ!」
シュヴェーアは最初に確保した料理を既に完食し、今、二度目に取りに行った分を食べているところだ。多めの一皿さえ、彼の前には無力。一瞬で完食されてしまったようである。
「では早速。このケーキを食べてくれますか?」
「いただきます」
愛らしいひよこを口にすることには、少々躊躇ってしまう部分もある。どこから食べれば良いのか分からず、迷いが生じる。しかし、正面に座ったドラセナが期待の眼差しを向けてきているので、今さら食べないことにするなんてことはできない。
覚悟を決めるのよ、私!
ひよこの顔は、食べないでほしいと懇願してきているかのようにも見える。でも、ドラセナのためには、食べなくてはならない。たとえひよこがどんなに愛らしくとも、作り主が「食べてほしい」と願っているのだから、口に入れなくては。
「い、いただきますっ!」
器の中のひよこを親指と人差し指でつまみ、その頭を一気に口へ含む。
むわりと広がるまろやかな香り。そして、舌に感じる、砂糖の甘さより柔らかい甘み。
何だか天国へ誘われてしまいそう。
レモン風味のドレッシングと糸のように細く刻んだニンジンを、葉野菜で巻いた料理だ。
桜色のつまようじに似た小さい棒が刺さっていて、葉野菜が広がってこないように工夫されている。そのため、棒を持って口の中へ運べて、非常に食べやすい。
「どう?」
「美味しい……!」
ドレッシングの爽やかな味わいと野菜の瑞々しさが見事な旋律を奏でている。
「爽やか! 母さんも気に入ると思うわ」
「本当に? 試してみるわー。……ん! ホント!」
ダリアは野菜巻きを一つ口の中へ放り込み、目を見開いた。
彼女の瞳は輝きに満ちている。
「……セリナ、これを」
ちょうどそのタイミングで、シュヴェーアが茶色い肉団子を差し出してきた。タレによって、表面がてらてらと光っている。艶やかな肉団子だ。
「シュヴェーアさんもくれるの?」
「……食べてくれ」
ダリアからは貰ったのにシュヴェーアからは貰わないというのも不自然だろう。そう考え、私は肉団子を直接口に入れてもらった。
刹那、口腔中に甘辛い味わいが広がる。
先ほどの野菜巻きとは対照的。南国のような味わいだ。やや粘度の高いタレと濃いめの味付けが、ミンチに合う。
「これも良いわね」
「……美味し、かったか?」
「ええ! 美味しいわ!」
「なら……安心した」
「ありがとう。シュヴェーアさん」
私には人混みに入っていく勇気がなかった。それゆえ、自分の手で料理を確保することはできなかった。でも、二人——ダリアとシュヴェーアのおかげで、無事に美味しい料理を味わうことができている。
「セリナ!」
二人と一緒に料理を楽しんでいた時、ドラセナが声をかけて歩み寄ってきた。
「あ。ドラセナさん!」
さらに知り合いがやって来たことが嬉しくて、私はすぐに彼女の名を発する。すると「ドラセナ、と呼んで下さいね」と注意を受けてしまった。私は、そういえばそんなことを話したなと思いつつ、「すみません」と謝罪。それを聞いたドラセナは、オロオロしながら「謝らせるつもりでは……その、こちらこそすみません」と謝ってきた。結果的に、お互い謝り合うという奇妙なことになってしまったのだった。
「どうですか? 春祭り」
しばらくして、ドラセナは尋ねてきた。
「楽しいです」
私はすぐにそう答える。
正しくは「美味しいです」かもしれないけれど。
だが、楽しいでも間違いではないはずだ。美味しいものを食べられるということ自体が楽しいし、穏やかな気候の中で親しい人と過ごす時間というのも楽しいもの。だから、楽しいという表現でも、間違ってはいないはずなのだ。
「良かった。セリナにそう言っていただけて、安心しました」
「お気遣いに感謝します」
「そんなそんな! 丁寧に礼を言っていただけるようなことは、何もしていませんよ」
思えば、ドラセナと一緒にどこかへ遊びにいったことはない。これまでは、いつも、店先で話をするだけだった。だから、店以外で顔を合わせるのは新鮮な感じがする。
「そうでした! これ、セリナに差し上げます!」
言って、ドラセナは小さな器を差し出してきた。
そこにちょこんと入っていたのは、ひよこの形をしたほんのり黄色い物体。
「これは?」
「ひよこ型プチケーキです!」
黒い器の中にいるから、黄色い体がよく目立つ。
非常に可愛らしい。
どのくらい可愛いのかと言うと、今すぐ抱き締めたいくらい、だ。
「甘いんですか?」
「はい!」
ドラセナは楽しげな表情で返事をする。
「可愛らしいですね」
「セリナに食べてもらおうと思って作ってみました」
「私のために?」
「はい。セリナは大切な友人ですから」
そんな風に思ってくれていたなんて……!
感動が込み上げる。
胸の奥が強く震えた気がした。
私にとっては、ドラセナは初めての友人で、ある意味特別な存在だった。けれどもそれは、あくまで、私の方から見てのこと。そのため、向こうから私がどう見えているのかは、ずっと不明のままだった。ドラセナが私をどう捉えているのか、そこははっきりしなかったのだ。
しかし、今日それは明らかになった。
ドラセナもまた、私と同じように、大切な友であると認識してくれていたのだ。
「そう言われると……少し照れます」
「えっ。嫌でしたか!?」
「いえ、違うんです。私も同じ気持ちでいます。ただ、大切な友人だなんて誰かに言われるのは初めてで」
器の中のひよこはまだこちらを見つめている。
「嬉しかったんです」
家族以外でこうやって親しくあれる人を手にできたのは嬉しいこと。
もちろん、シュヴェーアもそんなような存在だ。ただ、彼の場合は同性ではない。そういう意味では、シュヴェーアの大切さとドラセナの大切さは、まったく異なる種のものなのである。
「それは良かった……!」
「だから、ありがとうございます。ドラセナ」
「こちらこそ!」
シュヴェーアは最初に確保した料理を既に完食し、今、二度目に取りに行った分を食べているところだ。多めの一皿さえ、彼の前には無力。一瞬で完食されてしまったようである。
「では早速。このケーキを食べてくれますか?」
「いただきます」
愛らしいひよこを口にすることには、少々躊躇ってしまう部分もある。どこから食べれば良いのか分からず、迷いが生じる。しかし、正面に座ったドラセナが期待の眼差しを向けてきているので、今さら食べないことにするなんてことはできない。
覚悟を決めるのよ、私!
ひよこの顔は、食べないでほしいと懇願してきているかのようにも見える。でも、ドラセナのためには、食べなくてはならない。たとえひよこがどんなに愛らしくとも、作り主が「食べてほしい」と願っているのだから、口に入れなくては。
「い、いただきますっ!」
器の中のひよこを親指と人差し指でつまみ、その頭を一気に口へ含む。
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何だか天国へ誘われてしまいそう。
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