婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

文字の大きさ
33 / 46

33.農家の手伝い

しおりを挟む
 今日は近所の農家にお手伝いをしに行くことになった——シュヴェーアが。

 けれども、食べ物絡みの手伝いに彼を一人で行かせるわけにはいかない。いきなり食べ出したりしたら大変だ。なので、私も付き添うこととなった。

 農家の手伝いなんて経験がないけれど、シュヴェーアと一緒なら行ける気がする。

「よく来てくれたねぇ」

 私とシュヴェーアを迎えてくれたのは、農家のおばあさん。

 人生の苦難を彫刻で描き出したような顔。黄ばんだ白色のよれた布を被った頭部。渓谷のような喉もとに、小人にも似た細く小ぶりな体。苦労してきたことがよく伝わってくる容姿だ。腕は骨と皮しかないほど華奢で、小枝のよう。しかしながら、要所には隆起した筋があり、筋肉がそこそこ発達しているのだと想像がつく。

「今日は色々頼むことになるけど、許してねぇ」

 どのようなことを頼まれるのか、そこが気になって仕方ない。が、シュヴェーアならばどんな仕事もこなすだろう。彼は運動神経が良いし、戦闘能力も高い。少々天然気味であることを除けば、文句なく優秀だ。おばあさんもきっと喜んでくれるはず。

「ええと、しゅうたろうさんだったかね?」
「……シュヴェーア」
「おぉ、そうだそうだ。そしたらしゅうたろうさん、まずは、雑草抜きを頼んでもいいかねぇ」

 なぜ『しゅうたろうさん』なのかが謎過ぎる。
 しかも、シュヴェーアが改めて名乗ったにもかかわらずしゅうたろうさん呼び。それはつまり、勘違いではなかったということを意味しているのだろう。
 もはや、奇妙としか言い様がない。
 突っ込む気も湧かないほどの奇妙さである。

「……雑草、抜き?」

 聞き慣れない言葉にシュヴェーアは戸惑った顔。

「そうだよ。この辺りの雑草を抜いていってほしいんだよ」
「……承知」

 私は付き添いなので、仕事は与えられない。だが、付き添いだからといって何もせず立っているのも退屈で。そこで私は、自分にできる範囲の手伝いをすることにした。立っている地点の近くの地面から生えてる草をたまに抜く程度だけ、手伝うことに決めたのだ。


 ◆


 おばあさんは意外にも人使いの荒い人で、シュヴェーアはひたすら働かされていた。

 雑草抜きから始まり、水やりやら虫の駆除やら本当に色々なことを手伝わされていた。……いや、『手伝わされていた』なんて言い方は良くないかもしれないけれど。でも、思わずそんな言い方をしたくなるほどの仕事量だったのだ。

 だが、シュヴェーアはそこまでダメージを受けていない様子。
 彼は頼まれたことを黙々とこなしていっていた。

「今日は本当に助かった。二人とも、本当にありがとうねぇ。ありがたかったよぉ」

 帰りしな、おばあさんは笑顔でそんな言葉をかけてくれた。
 私はほとんど何もしていない。気が向いた時に多少協力したりはしたけれど、それはあくまで私の意思。頼まれたからではない。

「お姉ちゃんもありがとうねぇ」
「い、いえ……。私は何もしていません」

 直接礼を述べられると何だか恥ずかしくって、つい視線を逸らしてしまった。

「ふぉ、ふ、ふぉ。慎ましいところも良いねぇ。好みだよ」
「あ、ありがとうございます……」

 おばあさんからこんな風に褒められることはちっとも想像していなかったから、驚いてしまった。
 驚き、恥じらい、照れ——色々な感情が混ざり合って、上手く反応できない。


 ◆


「はぁーっ。手伝い、やっと終わったわね」

 シュヴェーアと共に家へ帰る。
 おばあさんは人使いが荒かったが、代わりに、お礼としていくつかの野菜を持ち帰らせてくれた。それらの野菜は紙袋に入っていて、今はシュヴェーアが抱えてくれている。

「……そうだな」
「大丈夫? 疲れてない?」
「……あぁ」
「ならいいけど」

 ほんの少ししか手伝っていない私は疲れているのに、かなり働かされていたシュヴェーアは文句の一つも言わない。

 私が文句垂れなだけだろうか……。

「……それより、野菜だ」
「え?」
「……腹が、減った。早く……食いたい」

 貰った野菜を早く食べたい、ということだろうか。
 シュヴェーアらしい意見ではあるが。

「そうね! 帰ったらきっと、野菜パーティーができるわね」
「……楽しみ、だ……」

 シュヴェーアは、働いて疲れたことよりも貰った野菜を食べることに意識を向けているようだ。
 だから愚痴を漏らさずにいられるのかもしれない。

「そうだ。帰るまでしりとりしない?」

 ふと思いついて提案してみると。

「……野菜」

 予想外の言葉が返ってきた。

「ちょ、聞いてる? シュヴェーアさん?」
「……しりとり、は、もう……始まって、いる」
「え! そ、そうなの?」

 野菜を食べたいから野菜と言ったわけではなく、しりとりの一番最初の言葉として野菜と言ったようだ。私そこを勘違いしてしまっていた。迷いなく、前者なのだと捉えてしまっていた。だが、実際には後者が正しかったようだ。

「じゃあ……石ころ!」
「……炉」

 そのまま『ろ』を返されてしまった。
 一文字の単語を言うという発想が私にはなくて、だから、非常に戸惑った。

「ええっ!? ……え、えっと、路地」
「自白」
「栗!」
「……りんご」
「ゴミ!」

 陽は徐々に傾き始める。私とシュヴェーアは、いくつもの色が混じり合った空の下を、しりとりをしながら歩く。たいしたことはしていないけれど、幸せな時間。他者から見ればくだらないかもしれないけれど、私にとってはとても大切な時である。

「……幹」
「北風!」
「……絶望」
「瓜!」
「り……か。では……陸地」

 一度試してみたあれ以来、私とシュヴェーアはよくしりとりをするようになった。
 シンプル過ぎる遊びで、子どもじみているように思えるかもしれないけれど、私は個人的にはそうではないと思っている。

「血眼!」
「……では。呼吸」
「馬!」
「……毎日」
「ち、ね。迷うわ。えーっと……地上?」
「鵜飼い」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...