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34.心を決める時には
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その晩は、貰った野菜を使って料理を作り、野菜食パーティーを行った。
パーティーと言っても、もちろん、そんなに大規模なものではない。私とダリア、そしてシュヴェーア。参加者はその三人だけ。パーティーと呼ぶにはあまりに質素な会である。
それでも、料理は美味しかった。
ダリアが作ってくれたものだから美味しいに決まっているのだが。
私が特に好きだったのは、瑞々しい葉野菜を使ったサラダ。あっさりした味の野菜に、香ばしいソースをかけることによって、独特の味わいが生まれていた。焦がしたような匂いがあり、それでいて甘辛い。そんなソースが、瑞々しい葉野菜と良く合っているように感じた。
当然、美味しかったのはそれだけではない。
赤くて丸い野菜を潰し、そこに塩と砂糖で味をつけて作った、紅のペースト。それも、葉野菜につけて食べるのだが、こちらもかなりの美味しさだった。その赤いペーストは、野菜が原材料。なのに野菜特有の植物臭さは微塵も感じられない仕上がり。塩と砂糖だけで味付けをしていて、まろやかな口当たりが食べやすかった。
砂糖だけでは重苦しくなる。けれども、塩だけだと刺々しくなる。
赤いペーストは、そのどちらにも当てはまらない。塩と砂糖、双方の良いところが前面に出ている。
ちなみに。
シュヴェーアが気に入っていたのは、身の部分を食べる丸みを帯びた野菜。それを輪切りにして焼いたものが好きみたいだった。その実は数個貰っていたのだが、シュヴェーアがほぼ全部食べきってしまった。野菜にしては肉厚だから良かったのかもしれない。
◆
陽は落ちきり、空は暗幕を張ったように黒く染まっている。広々とした海のようなそこには、遥か彼方に存在すると言われる星が、無数に輝いている。海に命が在るように、空にもまた命があり、懸命に光を放っているのだ。
そんな夜、ダリアが話しかけてくる。
「ねぇ、セリナ」
シュヴェーアは既に寝て、私とダリアしか起きていないという状況だ。
「いつになったらシュヴェーアさんに想いを伝えるの?」
「え」
突如振られた話題に、心臓がバクンと大きく鳴る。
「彼が来てから、もうだいぶになるでしょう? そろそろ想いを伝えても大丈夫なんじゃないかしら」
「え……? いきなりどうして……?」
胸の鼓動はみるみるうちに加速していく。止まらない。一度加速し始めた鼓動は落ち着くことを知らず、加速を続ける。ここまで鼓動が速まると、しまいに心臓が破裂してしまうのではないか、と不安になってくる。
「まだ打ち明ける気はないの?」
「え……いや、その……まだ考えてなかった」
シュヴェーアといて楽しいことは事実。彼に対して特別な気持ちを抱いてしまっているということも、完全にではないにしても、ある程度理解しているつもりだ。
けれど、それを行動に移すということは、あまり考えていなかった。
今のままでも十分幸せ。だから、その先のことなんて考えようとはしなかったのだ。
「セリナもいつかは結婚するつもりなのよねー?」
「ま、まあ。できたら。でも、無理に結婚する気はないわ」
「あら、そうなのー。セリナの花嫁姿、見てみたいわー」
私だって、いつかは結婚してみたい。信頼できる人と出会って、一緒に暮らしたりしてみたい。そんな夢は持っている。が、結婚という夢のためにどうでもいい人と夫婦になるなんてことは避けたい。信頼できない人と夫婦になるくらいなら、独身のままダリアと暮らす方が幸せだと思う。
良い人と夫婦になるなんて無理。
理想が高すぎる。
乙女みたいな憧れを抱き過ぎ。
そんな風に嘲笑われても気にしない。それでも妥協したくはないから。
「花嫁姿、いつか見せられるように頑張るわ」
「明日の朝結婚を申し込むー?」
「え!? それはさすがに急過ぎるでしょ!?」
花嫁姿を親に見せたいと思っているということは嘘ではない。だが、今日明日のこととは考えておらず、それゆえ「明日の朝」なんて言われて驚きを隠せなかった。確かに、私はもう結婚を考える年代ではあるけれど。でも、いきなりなんて。心の準備をさせてほしい。
「シュヴェーアさんのことはもう分かってきたでしょうー?」
「いやいや! 明日はさすがに急過ぎるわ!」
思わず大きな声で返してしまった。
すると、ダリアは楽しそうにニヤニヤしてくる。
「あらー? じゃあ、いつなら良いのかしら」
「分かんない……」
シュヴェーアのことは嫌いではないけれど、でも、結婚なんて。
そもそも、彼のことはまだよく分かっていない。否、彼の過去はある程度聞きはしたが、それでも疑問点は残っている。それに、いきなり「結婚しよう!」なんて言われたら、彼も困ってしまうだろう。
「なら明日言ってしまいなさい!」
それまではほんわかした物言いをしていたダリアが、突然強い調子で言い放った。
「えぇ……」
「いつ言っても同じでしょう? 善は急げって言うもの、明日になさい」
こんな時に限って、なぜか命令口調。
ダリアは積極的に命令することを好む方ではない。私が成長してくる過程の中でも、彼女は、決めつけて指示するようなことはしなかった。だからこれは珍しい。
「勇気が足りない……」
「こういう時こそ、思い切りが大事よ」
それはそうなのだろう。いざという時には思い切って行動できる力は、生きていく上で絶対に必要。自分の人生を選び決めるのは、他の誰でもない、私自身なのだから。
けれどもそれは簡単なことではない。
岐路に立った時ほど怯んでしまう——そこを改善しなくては。
「思い切り……」
必要なのは、ほんの少しの勇気。
一歩踏み出すだけで未来は変わると知っていて、それでも踏み出せない私。それを捨てる勇気が要る。恐れを捨て、恐怖を脱ぎ去れば、その先にはきっと明るい世界が待っている。けれど、そこへたどり着くためには、私自身を変えなくてはならない。
「……確かに、それはそうね」
「でしょうー?」
「分かった。私、勇気を出すわ。そして……想いを伝える」
私は決意してそう述べた。
これは誓いだ。そして、私が決意から逃げ出さないようにするための枷とも言える。
「きっと上手くいくわよ!」
「……ありがとう、母さん」
パーティーと言っても、もちろん、そんなに大規模なものではない。私とダリア、そしてシュヴェーア。参加者はその三人だけ。パーティーと呼ぶにはあまりに質素な会である。
それでも、料理は美味しかった。
ダリアが作ってくれたものだから美味しいに決まっているのだが。
私が特に好きだったのは、瑞々しい葉野菜を使ったサラダ。あっさりした味の野菜に、香ばしいソースをかけることによって、独特の味わいが生まれていた。焦がしたような匂いがあり、それでいて甘辛い。そんなソースが、瑞々しい葉野菜と良く合っているように感じた。
当然、美味しかったのはそれだけではない。
赤くて丸い野菜を潰し、そこに塩と砂糖で味をつけて作った、紅のペースト。それも、葉野菜につけて食べるのだが、こちらもかなりの美味しさだった。その赤いペーストは、野菜が原材料。なのに野菜特有の植物臭さは微塵も感じられない仕上がり。塩と砂糖だけで味付けをしていて、まろやかな口当たりが食べやすかった。
砂糖だけでは重苦しくなる。けれども、塩だけだと刺々しくなる。
赤いペーストは、そのどちらにも当てはまらない。塩と砂糖、双方の良いところが前面に出ている。
ちなみに。
シュヴェーアが気に入っていたのは、身の部分を食べる丸みを帯びた野菜。それを輪切りにして焼いたものが好きみたいだった。その実は数個貰っていたのだが、シュヴェーアがほぼ全部食べきってしまった。野菜にしては肉厚だから良かったのかもしれない。
◆
陽は落ちきり、空は暗幕を張ったように黒く染まっている。広々とした海のようなそこには、遥か彼方に存在すると言われる星が、無数に輝いている。海に命が在るように、空にもまた命があり、懸命に光を放っているのだ。
そんな夜、ダリアが話しかけてくる。
「ねぇ、セリナ」
シュヴェーアは既に寝て、私とダリアしか起きていないという状況だ。
「いつになったらシュヴェーアさんに想いを伝えるの?」
「え」
突如振られた話題に、心臓がバクンと大きく鳴る。
「彼が来てから、もうだいぶになるでしょう? そろそろ想いを伝えても大丈夫なんじゃないかしら」
「え……? いきなりどうして……?」
胸の鼓動はみるみるうちに加速していく。止まらない。一度加速し始めた鼓動は落ち着くことを知らず、加速を続ける。ここまで鼓動が速まると、しまいに心臓が破裂してしまうのではないか、と不安になってくる。
「まだ打ち明ける気はないの?」
「え……いや、その……まだ考えてなかった」
シュヴェーアといて楽しいことは事実。彼に対して特別な気持ちを抱いてしまっているということも、完全にではないにしても、ある程度理解しているつもりだ。
けれど、それを行動に移すということは、あまり考えていなかった。
今のままでも十分幸せ。だから、その先のことなんて考えようとはしなかったのだ。
「セリナもいつかは結婚するつもりなのよねー?」
「ま、まあ。できたら。でも、無理に結婚する気はないわ」
「あら、そうなのー。セリナの花嫁姿、見てみたいわー」
私だって、いつかは結婚してみたい。信頼できる人と出会って、一緒に暮らしたりしてみたい。そんな夢は持っている。が、結婚という夢のためにどうでもいい人と夫婦になるなんてことは避けたい。信頼できない人と夫婦になるくらいなら、独身のままダリアと暮らす方が幸せだと思う。
良い人と夫婦になるなんて無理。
理想が高すぎる。
乙女みたいな憧れを抱き過ぎ。
そんな風に嘲笑われても気にしない。それでも妥協したくはないから。
「花嫁姿、いつか見せられるように頑張るわ」
「明日の朝結婚を申し込むー?」
「え!? それはさすがに急過ぎるでしょ!?」
花嫁姿を親に見せたいと思っているということは嘘ではない。だが、今日明日のこととは考えておらず、それゆえ「明日の朝」なんて言われて驚きを隠せなかった。確かに、私はもう結婚を考える年代ではあるけれど。でも、いきなりなんて。心の準備をさせてほしい。
「シュヴェーアさんのことはもう分かってきたでしょうー?」
「いやいや! 明日はさすがに急過ぎるわ!」
思わず大きな声で返してしまった。
すると、ダリアは楽しそうにニヤニヤしてくる。
「あらー? じゃあ、いつなら良いのかしら」
「分かんない……」
シュヴェーアのことは嫌いではないけれど、でも、結婚なんて。
そもそも、彼のことはまだよく分かっていない。否、彼の過去はある程度聞きはしたが、それでも疑問点は残っている。それに、いきなり「結婚しよう!」なんて言われたら、彼も困ってしまうだろう。
「なら明日言ってしまいなさい!」
それまではほんわかした物言いをしていたダリアが、突然強い調子で言い放った。
「えぇ……」
「いつ言っても同じでしょう? 善は急げって言うもの、明日になさい」
こんな時に限って、なぜか命令口調。
ダリアは積極的に命令することを好む方ではない。私が成長してくる過程の中でも、彼女は、決めつけて指示するようなことはしなかった。だからこれは珍しい。
「勇気が足りない……」
「こういう時こそ、思い切りが大事よ」
それはそうなのだろう。いざという時には思い切って行動できる力は、生きていく上で絶対に必要。自分の人生を選び決めるのは、他の誰でもない、私自身なのだから。
けれどもそれは簡単なことではない。
岐路に立った時ほど怯んでしまう——そこを改善しなくては。
「思い切り……」
必要なのは、ほんの少しの勇気。
一歩踏み出すだけで未来は変わると知っていて、それでも踏み出せない私。それを捨てる勇気が要る。恐れを捨て、恐怖を脱ぎ去れば、その先にはきっと明るい世界が待っている。けれど、そこへたどり着くためには、私自身を変えなくてはならない。
「……確かに、それはそうね」
「でしょうー?」
「分かった。私、勇気を出すわ。そして……想いを伝える」
私は決意してそう述べた。
これは誓いだ。そして、私が決意から逃げ出さないようにするための枷とも言える。
「きっと上手くいくわよ!」
「……ありがとう、母さん」
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