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39.稽古
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ある朝、近所の子どもが尋ねてきた。
ついこの前やっと十歳になったばかりの少年だ。
彼は手に木でできた剣を握っていた。偽者とはいえ剣を所持して他人の家を訪問するとは、謎でしかない。最初は何事かと驚いた。
けれど、話を聞くうちに事情が明らかになってくる。
少年は将来剣士になりたいらしく、日々剣の練習を欠かさないそうだ。そんな最中に少年は我が家に剣を使う者がいると聞いたらしく、それで、うちへやって来たとか。
つまり、少年が会いたいのはシュヴェーアだったのだ。
私でもダリアでもなく。
「……私に、用とは」
「兄さん! 剣の稽古をつけてほしいんだ!」
少年のことは元から知っているし、悪い子ではないことも分かっているから、私はシュヴェーアに少年を紹介した。
「……稽古?」
「あぁ! 俺、いつか剣士になりたくて!」
敢えて剣士になろうとする理由は私にはよく分からない。だって、戦いを生業とするということは、血濡れの厳しい世界へ行くということではないか。それを自ら選択するなんて、私には理解不能だ。
「……すまんが、私は……剣士ではない……」
「えっ!? そうなのか!?」
「……私は、傭兵だ」
「それは関係ねぇよ! 俺はべつに、職業として剣士って言ってるわけじゃねえし! 剣の稽古をつけてくれる人を探してただけだ!」
数秒後、シュヴェーアは溜め息をつく。
「……そうか。だが……私は、指導できるほどの……実力ではない」
いろんな魔物を狩ってきている時点で実力者だと思うのだが。
「頼む! 相手してくれ!」
「……何も、指導できんが」
少年の顔はやる気に満ちている。
すぐにでも斬り合いを始めたい、とでも言いたげな表情だ。
ただ、若干不安もある。それは、シュヴェーアと少年の実力差が大き過ぎないか、ということ。シュヴェーアが実力者であると知っているからこそ、不安が大きい。
強い方が手加減のできる人間なら問題ない。実力が上の方が力加減を調整すれば何とかなるから。
だが、シュヴェーアにそれができるとは思えない。
彼は攻撃的な人間ではないけれど、いざ戦うとなると全力で迫っていくタイプ——加減するなんてことを知っているのかどうか。
「いいんだ! 斬り合ってほしい!」
「……そうか、理解した」
そう言って、シュヴェーアは私の方へと視線を向ける。
「……少し離れて……問題ない、だろうか」
「えぇ。もちろん」
「……感謝する」
「怪我させちゃ駄目よ?」
「……加減しよう」
いくらシュヴェーアでも、小さな子ども相手に本気で斬りかかったりはしないだろう。今はそう信じたい。そうであってほしい。
とはいえ、シュヴェーアを完全に信じることもできず、悶々としてしまう。
そんな私に、彼は声をかけてきた。
「……セリナ」
「えっ。あ。な、何?」
突然名前を呼ばれて困惑。
「……共に、行くか」
「え? ど、どういうこと?」
「……私を、一人にするのが……不安なの、だろう」
シュヴェーアは私の心を見抜いていた。
「そ、それはあるけど……でも悪いわ。無関係な私が同行するなんて」
同行したところで何かできるわけではない。剣の知識なんて微塵も持っていない私には、貸せる力など一切存在しないのだ。少しも協力できないのについていくなんて、迷惑以外の何物でもないのではないだろうか。
「……気になるのならば……共に、来ると良い……」
どうしよう? どうすればいい?
少年を護るためにも同行するのが良いのだろうか。
「兄さん! 早く外に出ようぜ!」
「あぁ……」
少年はシュヴェーアと対決できることになって喜んでいる。今すぐ始めよう、と言わんばかりに、シュヴェーアの服の裾を引っ張っていた。
悩んでいる暇はない。
そんなことをしていたら、置いていかれてしまう。
「私も、私も行くわ!」
「……同行する、か」
「えぇ! ……って言っても私は何もできないけれど。でも一緒に行きたい!」
二人についていくかどうかは悩ましいところだった。剣と剣で語り合うのならば、二人きりの方が良いのかもしれない——そんな風に考えもした。けれど私は、このまま二人で行かせてしまったら後々気になってくるような気がして。だから共に行くことを選択したのだ。
◆
少年に案内されてシュヴェーアと私が到着したのは、空地。
草は刈られて砂利の地面が剥き出しになった、誰もいない場所だ。
「兄さんはこの剣を使ってくれよな!」
空地にたどり着くや否や、シュヴェーアは少年から木製の剣を手渡される。
持ち手から刃部分まですべてが木で造られた剣。それを目にした時、シュヴェーアは戸惑いに満ちたような顔をした。
「……これは。斬れぬ剣か……?」
「あぁ! 木の剣なら事故もないからな!」
確かに、本物の剣で斬り合うのは危険だ。かなりの実力者同士が訓練するなら本物の剣同士でも良いのかもしれないけれど、少年の方は素人なので偽者の剣での訓練くらいがちょうどいいのだろう。
「剣を先に相手に当てた方が勝ちな!」
「……実力を、見よう」
少年とシュヴェーアはお揃いの剣を構えつつ対峙する。
互いに恨みはない。それでも今は敵同士。あくまで「そういう設定」ではあるけれど、その瞳に迷いの色はない。
「やあぁっ!」
先に動いたのは少年だった。
大きく一歩を踏み出し、斬りかかる。
「……遅い」
だが、少年が振り下ろそうとした瞬間に、シュヴェーアは剣を振った。
シュヴェーアの剣が少年の脇腹を掠める。
「うわ! 負けた!」
一瞬にして勝敗が決まった瞬間だった。
「えぇー、うわー、兄さん強いなぁ!」
「……遊びレベルだ」
「ウソだろ!? これでも俺、この辺じゃ一番強いんだぞ!?」
「……なら、全体の……レベルが、低い」
「そうだったのかー! 全然気づかなかった! 知らなかった!」
少年は素直に敗北を受け入れる。
もう少しごちゃごちゃ言い出すかと思ったが、そこまで幼稚ではなかったみたいだ。
この辺りで一番強いという自信を持っていて一瞬にして負けた。きっとショックだったはずだ。けれど、少年は負けたことに言い訳はせず、また己の勘違いも認めた。それができるだけでも、良い器の持ち主だろう。
己の非や勘違いを認められる人が成長する——それは容易に想像がつく。
「じゃあさ! 俺、また、一からと思って努力する!」
「……見事だ」
「だからさ! 色々教えてくれないか!?」
「……できる、ことなら」
諦めない。
挫けない。
言い訳しない。
——少年の強みはきっとそこにあるのだろう。
「まず何から始めればいいんだ?」
「……動作」
「動作? 動きってことか?」
「……あぁ」
少年とシュヴェーアはすっかり仲良くなっている。今日知り合ったばかりだというのに。
「……正しい、姿勢が……強さを、生む」
「おおっ! なんかすげー!」
ついこの前やっと十歳になったばかりの少年だ。
彼は手に木でできた剣を握っていた。偽者とはいえ剣を所持して他人の家を訪問するとは、謎でしかない。最初は何事かと驚いた。
けれど、話を聞くうちに事情が明らかになってくる。
少年は将来剣士になりたいらしく、日々剣の練習を欠かさないそうだ。そんな最中に少年は我が家に剣を使う者がいると聞いたらしく、それで、うちへやって来たとか。
つまり、少年が会いたいのはシュヴェーアだったのだ。
私でもダリアでもなく。
「……私に、用とは」
「兄さん! 剣の稽古をつけてほしいんだ!」
少年のことは元から知っているし、悪い子ではないことも分かっているから、私はシュヴェーアに少年を紹介した。
「……稽古?」
「あぁ! 俺、いつか剣士になりたくて!」
敢えて剣士になろうとする理由は私にはよく分からない。だって、戦いを生業とするということは、血濡れの厳しい世界へ行くということではないか。それを自ら選択するなんて、私には理解不能だ。
「……すまんが、私は……剣士ではない……」
「えっ!? そうなのか!?」
「……私は、傭兵だ」
「それは関係ねぇよ! 俺はべつに、職業として剣士って言ってるわけじゃねえし! 剣の稽古をつけてくれる人を探してただけだ!」
数秒後、シュヴェーアは溜め息をつく。
「……そうか。だが……私は、指導できるほどの……実力ではない」
いろんな魔物を狩ってきている時点で実力者だと思うのだが。
「頼む! 相手してくれ!」
「……何も、指導できんが」
少年の顔はやる気に満ちている。
すぐにでも斬り合いを始めたい、とでも言いたげな表情だ。
ただ、若干不安もある。それは、シュヴェーアと少年の実力差が大き過ぎないか、ということ。シュヴェーアが実力者であると知っているからこそ、不安が大きい。
強い方が手加減のできる人間なら問題ない。実力が上の方が力加減を調整すれば何とかなるから。
だが、シュヴェーアにそれができるとは思えない。
彼は攻撃的な人間ではないけれど、いざ戦うとなると全力で迫っていくタイプ——加減するなんてことを知っているのかどうか。
「いいんだ! 斬り合ってほしい!」
「……そうか、理解した」
そう言って、シュヴェーアは私の方へと視線を向ける。
「……少し離れて……問題ない、だろうか」
「えぇ。もちろん」
「……感謝する」
「怪我させちゃ駄目よ?」
「……加減しよう」
いくらシュヴェーアでも、小さな子ども相手に本気で斬りかかったりはしないだろう。今はそう信じたい。そうであってほしい。
とはいえ、シュヴェーアを完全に信じることもできず、悶々としてしまう。
そんな私に、彼は声をかけてきた。
「……セリナ」
「えっ。あ。な、何?」
突然名前を呼ばれて困惑。
「……共に、行くか」
「え? ど、どういうこと?」
「……私を、一人にするのが……不安なの、だろう」
シュヴェーアは私の心を見抜いていた。
「そ、それはあるけど……でも悪いわ。無関係な私が同行するなんて」
同行したところで何かできるわけではない。剣の知識なんて微塵も持っていない私には、貸せる力など一切存在しないのだ。少しも協力できないのについていくなんて、迷惑以外の何物でもないのではないだろうか。
「……気になるのならば……共に、来ると良い……」
どうしよう? どうすればいい?
少年を護るためにも同行するのが良いのだろうか。
「兄さん! 早く外に出ようぜ!」
「あぁ……」
少年はシュヴェーアと対決できることになって喜んでいる。今すぐ始めよう、と言わんばかりに、シュヴェーアの服の裾を引っ張っていた。
悩んでいる暇はない。
そんなことをしていたら、置いていかれてしまう。
「私も、私も行くわ!」
「……同行する、か」
「えぇ! ……って言っても私は何もできないけれど。でも一緒に行きたい!」
二人についていくかどうかは悩ましいところだった。剣と剣で語り合うのならば、二人きりの方が良いのかもしれない——そんな風に考えもした。けれど私は、このまま二人で行かせてしまったら後々気になってくるような気がして。だから共に行くことを選択したのだ。
◆
少年に案内されてシュヴェーアと私が到着したのは、空地。
草は刈られて砂利の地面が剥き出しになった、誰もいない場所だ。
「兄さんはこの剣を使ってくれよな!」
空地にたどり着くや否や、シュヴェーアは少年から木製の剣を手渡される。
持ち手から刃部分まですべてが木で造られた剣。それを目にした時、シュヴェーアは戸惑いに満ちたような顔をした。
「……これは。斬れぬ剣か……?」
「あぁ! 木の剣なら事故もないからな!」
確かに、本物の剣で斬り合うのは危険だ。かなりの実力者同士が訓練するなら本物の剣同士でも良いのかもしれないけれど、少年の方は素人なので偽者の剣での訓練くらいがちょうどいいのだろう。
「剣を先に相手に当てた方が勝ちな!」
「……実力を、見よう」
少年とシュヴェーアはお揃いの剣を構えつつ対峙する。
互いに恨みはない。それでも今は敵同士。あくまで「そういう設定」ではあるけれど、その瞳に迷いの色はない。
「やあぁっ!」
先に動いたのは少年だった。
大きく一歩を踏み出し、斬りかかる。
「……遅い」
だが、少年が振り下ろそうとした瞬間に、シュヴェーアは剣を振った。
シュヴェーアの剣が少年の脇腹を掠める。
「うわ! 負けた!」
一瞬にして勝敗が決まった瞬間だった。
「えぇー、うわー、兄さん強いなぁ!」
「……遊びレベルだ」
「ウソだろ!? これでも俺、この辺じゃ一番強いんだぞ!?」
「……なら、全体の……レベルが、低い」
「そうだったのかー! 全然気づかなかった! 知らなかった!」
少年は素直に敗北を受け入れる。
もう少しごちゃごちゃ言い出すかと思ったが、そこまで幼稚ではなかったみたいだ。
この辺りで一番強いという自信を持っていて一瞬にして負けた。きっとショックだったはずだ。けれど、少年は負けたことに言い訳はせず、また己の勘違いも認めた。それができるだけでも、良い器の持ち主だろう。
己の非や勘違いを認められる人が成長する——それは容易に想像がつく。
「じゃあさ! 俺、また、一からと思って努力する!」
「……見事だ」
「だからさ! 色々教えてくれないか!?」
「……できる、ことなら」
諦めない。
挫けない。
言い訳しない。
——少年の強みはきっとそこにあるのだろう。
「まず何から始めればいいんだ?」
「……動作」
「動作? 動きってことか?」
「……あぁ」
少年とシュヴェーアはすっかり仲良くなっている。今日知り合ったばかりだというのに。
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「おおっ! なんかすげー!」
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