婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

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40.上達と欲しいもの

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 あれ以来、少年はほぼ毎日やって来るようになった。
 シュヴェーアも少年のことを気に入っているらしく、熱心に鍛錬に付き合っている。

 私は、毎日ではないけれど、時折会いに行った。その理由は、会いたかったからというのもあるが、それだけではない。短時間で食べられるような物を贈るために、という理由もあったのだ。大食らいなシュヴェーアが腹を空かして弱らないように、食料を渡しに行くのである。

 少年は来る日も来る日も素振りを欠かさない。
 それは、シュヴェーアの言いつけを守ってのことだ。

 初めて知り合い、剣を交えたあの日、シュヴェーアは少年に「素振りを欠かさないように」という指示を出した。

 ちなみに。
 その指示は、基本となる動作の型を身に染み込ませることが必要というシュヴェーアの考えから出たものであった。
 ただ、その指示も間違いではなかったようで。すべての日を見ていたわけではないが、少年は確かに、段々強くなっていっていた。その事実が、シュヴェーアの考えの正しさを証明する。


 ◆


 そして、今日も。

「やあっ!」
「ふっ」
「うわっ、おっ、と! この! やあっ!」

 素振りをはじめとする基礎トレーニングを終えた少年は、木製の剣を握り、シュヴェーアと模擬戦を行う。偽物の剣を使っての戦闘だが、そこに気の緩みはない。

「おりゃ!」
「……はっ」
「うえ!? くっ! え、うわ、ブベシ!!」

 シュヴェーアの剣の先端が少年の腹に刺さる。
 模擬戦は一旦終了。

「……立てる、か」
「お、おう! もちろん立てる!」

 少年の剣の腕は明らかに磨かれてきている。それは、素人の私が見ても分かるほどの変化。剣の操り方から未熟さが消え、徐々にではあるが剣士らしい動きができるようになってきている気がする。

「でも、つえーな! 兄さんは!」
「……経験の差、だけだ」
「えー! じゃあ、俺もいつかそんな風になれっか?」
「……私は……目指されるほどの、器では……ないが」

 シュヴェーアは、口ではそんな風に言うけれど、どことなく嬉しそうな顔をしていた。
 褒められたことが実は嬉しかったのかもしれない。あるいは、剣による戦いを楽しめる相手ができたことを喜んでいるのか。

「俺、絶対強くなる!」
「……そう、だな」
「兄さんを倒せるような剣士になる!」
「……目標は、必要……というものか」

 少年の目標は高い。けれども、光に満ちた瞳を失わなければ、どんなに高い目標もいつかは叶えられるだろう。彼にはそれだけの才能がある。彼は努力できる人だから、きっと、目標を達成することができる人になれるだろう。


 ◆


「今日もたくさん斬り合っていたわね、シュヴェーアさん」
「……あぁ、そうだな」

 家に帰り、寛ぎの時。
 決して多くはない、ホッとできる時間だ。
 私は意図なく、椅子に座っているシュヴェーアに話しかけた。ちなみに、話しかけた理由は何も特別なものではない。何となく言葉を交わしたくなったから、それだけ。

「楽しそうね」

 深い意味はないが何となく言った。
 するとシュヴェーアは、少し考えるような顔をした後、「……そうだな」と返してくる。

「……剣を振るう機会が、ここのところ……減っていた」
「確かに。狩りの時くらいだけよね」
「……なかなか、良い刺激に……なっている、気がする」

 シュヴェーアの力になりたいけれど、戦いだけは私ではどうしようもない。剣術どころか運動すら得意ではない私だから、彼の相手になれるレベルまで成長することは不可能に近いだろう。だから私は、彼の剣の相手にはなれないのだ。

「……セリナ?なぜ……そんな顔を、している……?」
「えっ」
「……泣き出しそう、だが」

 言われて初めて気がついた。笑えていなかったことに。

「あ、いいえ! 何でもない! ……気にしないでちょうだい」

 私は何とか言い訳しようとした。でも、そんなすぐに言い訳を考えられるほど器用ではなくて。結局、まともな説明はできず、狼狽えたような言い方になってしまった。不自然にならないよう心掛けていたのに、これでは、心掛けが完全に無意味になってしまっている。

「……体調が、悪いのか?」

 シュヴェーアは椅子から立ち上がり、右手を差し出してきた。

「……座るか」
「え?」

 彼の右手が私の左腕を掴む。
 シュヴェーアは握力がかなり強そうだと想像していた。しかし、案外そんなことはなくて。この腕を掴むその手は、とても優しいものだった。

「……顔色が……良く、ない」
「え。あ、あの」
「……まず、座るといい」

 力になりたいと考えていたのに逆に心配させてしまうことになるなんて、大失敗だ。

「そ、そうね……ありがとう。大丈夫。一人で座れるわ」
「……転けないように」
「えぇ。分かっているわ」

 隣同士に座る。体の距離は予想以上に近い。掴まれていた腕は既に離され、私たちはもう指一本すら触れ合っていない。それなのに鼓動は速まる。雨の日も晴れの日も一つの屋根の下で暮らしてきた仲だというのに、妙に意識してしまう。何を今さら、と思う。でも、心情というものは容易くは変えられないもの。そして、胸の鼓動もまた、それと同じ。

「……元気に、なったようだ」
「私?」
「……あぁ」

 なぜだろう、シュヴェーアの顔を直視できない。

「もともと元気よ」
「……事実、なら……それが、一番だが」

 あぁ、もっと勇気が欲しい。
 贅沢な願いかもしれないけれど、どうか神様、願いを叶えて。

 勇気があればシュヴェーアと向き合える。でも、今のままでは向き合えない。きっと、いつまでも、どこか離れたままで過ごしてしまうだろう。

 真の意味で心を通わせる。
 そのためにも、彼を真っ直ぐ見つめられるだけの勇気が必要。

「いつも気にかけてくれて、ありがとう」
「……特別なことは、していない。それに……」
「それに?」
「……先に、気にかけてくれた、のは……セリナだ」

 何か悪いことを言われるのかと嫌な予想をしてしまったが、幸い、彼の口から出たのは悪い話ではなかった。

「見知らぬ、私を……助け……住ませて、くれた……」
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