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41.ナイトレアリー
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シュヴェーアに言われ、彼との出会いを回想する。
初めて彼と出会ったのは、私の人生において最悪であるかと思われた日。アルトから婚約解消を告げられた、その帰り道だった。
もうずっと前のことだから、その時の心境を鮮明に思い出すことは難しい。が、複雑な心境だったことは記憶している。婚約をなかったことにすると言われたあの時、私は確か、母親ががっかりするだろうというところを強く気にしていた。
で、その帰り道に、倒れている甲冑の男性に出会って。
それがシュヴェーアだったのだ。
今思えば不思議だ。見ず知らずの彼になぜ声をかけたのか、謎でしかない。自身の行動であることは間違いないのだが、当時の私が何を思って彼に関わっていったのかは覚えていない。
偶然の出会いだった。
私は神を信じている人間ではないけれど、彼との出会いばかりは「神様がくれたのかな?」という風にいまだに考えてしまう。
神なんて存在は目に見えない。それゆえ、空想のものでしかないと言われてしまえばそれまでだ。その存在を信じない者が信じざるを得ないほどの証拠を提示するというのは、かなり難しい。だから、すべての人が神の存在を信じる世を造ることなど、結局できはしないのだろう。
……と、少々思考の筋がずれてしまったが。
何にせよ、シュヴェーアとの出会いは特別なものだったのだ。
それは『奇跡』という単語の似合う、縁の始まりだった。
以降、私と彼は同じ家で過ごすことになった。ダリアが許可してくれたからだ。ちょっとしたすれ違いもあったが、基本的には一緒にいると楽しくて。彼と過ごす中で、私は多くのものを学んだ。
勝手に狩りをしていきなり肉を持ってきた時はさすがに驚いたが……。
◆
「見ていて、シュヴェーアさん」
湯を入れた透明なカップをテーブルに置く。そして、その中に、小さな紙で作ったパックを投入する。ナイトレアリーという植物の葉を乾燥させたものが入ったパックだ。糸をつけることでつまめるようにしたパックは、徐々に沈んでいく。そうしてついに、カップの底面につくところまで沈みきった。
「……茶か?」
「ええ。お湯の色をじっと見ていてちょうだいね」
「色、か……」
パックを湯の中でじっとさせていると、無色透明だった液体がほんのり色づいてくる。薄い色ではあるが、今はもう、どう見ても無色ではない。湯は既に黄色と黄緑の中間のような色になっている。
糸をつまんだまま、軽く上下に動かす。
湯に沈んでいたパックだが、糸をつまむ手を動かしたことによって、湯の中でゆったりと動き出す。無重力空間を漂うかのような滑らかかつ優雅な動きで、パックが湯の中を漂う。
「……おぉ」
シュヴェーアが声をあげたのは——湯の色が青に変わったからだろう。
黄色と黄緑の間のような色になっていた湯が、一気に青寄りの色へと変化した。木々の中を抜け、海辺に出たかのような、華麗な色の変化だ。
「色が変わったでしょ?」
「……そうだな」
発言の淡々とした調子は崩さないが、カップの中を凝視している。シュヴェーアは色の変化に興味を持ってくれたみたいだ。
今ではすっかり慣れたが、私も最初は驚いた。
この色の変化を私に初めて見せてくれたのは、確か、ダリアだったと思う。
まだ幼かった当時の私は「魔法!?」なんて言ってしまって、姉や両親にくすくすと笑われて。その時は恥ずかしかったが、今では良い思い出だ。
「凄いな……」
「これね、私もびっくりしたの。最初に見た時は魔法かと思ったわ」
「……それは、そう……思うだろうな」
ナイトレアリーは色の変化が特徴の茶葉。
味はほとんどないに等しく、癖はなくて、飲みやすい。
ただ、その味が注目されることは滅多にない。色の変化に意識が向くから、なのだろう。少なくとも私は「ナイトレアリーの味が好き」と言っている人に出会ったことがない。ナイトレアリーを好んでいる人はいるのにその味を好んでいる人はいないということは……察しの通り。
「……しかし、これは……興味深いな」
「でしょ!?」
「……初めて、目にした」
日頃の様子を見ている感じでは、シュヴェーアは茶葉には関心がなさそうだった。だが、ナイトレアリーの色の変化には、多少興味が湧いたみたいだ。これすら「どうでもいい」という感じだったらもはや打つ手がないところだったから、興味を示してもらえたことに安堵している。
「シュヴェーアさんは、お茶はあまり興味がないのよね?」
「……パンが、好きだ」
「でも、これを見たら、少しは興味が湧いたんじゃない?」
「あぁ……その通り……」
シュヴェーアは青くなった湯を食い入るように見つめている。
「……海のようだ」
水面を凝視していたシュヴェーアが、唐突にそんなことを呟いた。
「海が好きなの?」
「……いや、べつに。そういう……こと、でも……ない」
いきなり海に例えたから、海に何らかの思い入れがあるのかと思ったが、べつにそういうことではないようだ。色が海に似ていると感じ、何となく呟いただけだったのかもしれない。
「シュヴェーアさんはいろんな世界を知っていそうね」
「……戦場なら、な」
これまた物騒な単語が出てきたものだ、『戦場』なんて。
でも、シュヴェーアが知る戦場について話を聞いてみるのも、悪くはないかもしれない。そんな風に思った。前にも彼が生きてきた世界の話を聞いたことはあったけれど、今改めて聞けば、また違った気づきがあるかもしれない。
「そうだ! もし良かったら、その話を聞かせてくれない?」
「……唐突、だな」
「えぇ、今思いついたの。戦場と聞いて」
するとシュヴェーアは、はぁ、と息を吐き出す。
「……物好きだな、セリナは」
「どういう意味?」
「……戦場の話、など……面白くも、何ともないはず……」
「まさか。面白くないわけがないわ。だって私は、シュヴェーアさんの話が聞きたいんだもの」
初めて彼と出会ったのは、私の人生において最悪であるかと思われた日。アルトから婚約解消を告げられた、その帰り道だった。
もうずっと前のことだから、その時の心境を鮮明に思い出すことは難しい。が、複雑な心境だったことは記憶している。婚約をなかったことにすると言われたあの時、私は確か、母親ががっかりするだろうというところを強く気にしていた。
で、その帰り道に、倒れている甲冑の男性に出会って。
それがシュヴェーアだったのだ。
今思えば不思議だ。見ず知らずの彼になぜ声をかけたのか、謎でしかない。自身の行動であることは間違いないのだが、当時の私が何を思って彼に関わっていったのかは覚えていない。
偶然の出会いだった。
私は神を信じている人間ではないけれど、彼との出会いばかりは「神様がくれたのかな?」という風にいまだに考えてしまう。
神なんて存在は目に見えない。それゆえ、空想のものでしかないと言われてしまえばそれまでだ。その存在を信じない者が信じざるを得ないほどの証拠を提示するというのは、かなり難しい。だから、すべての人が神の存在を信じる世を造ることなど、結局できはしないのだろう。
……と、少々思考の筋がずれてしまったが。
何にせよ、シュヴェーアとの出会いは特別なものだったのだ。
それは『奇跡』という単語の似合う、縁の始まりだった。
以降、私と彼は同じ家で過ごすことになった。ダリアが許可してくれたからだ。ちょっとしたすれ違いもあったが、基本的には一緒にいると楽しくて。彼と過ごす中で、私は多くのものを学んだ。
勝手に狩りをしていきなり肉を持ってきた時はさすがに驚いたが……。
◆
「見ていて、シュヴェーアさん」
湯を入れた透明なカップをテーブルに置く。そして、その中に、小さな紙で作ったパックを投入する。ナイトレアリーという植物の葉を乾燥させたものが入ったパックだ。糸をつけることでつまめるようにしたパックは、徐々に沈んでいく。そうしてついに、カップの底面につくところまで沈みきった。
「……茶か?」
「ええ。お湯の色をじっと見ていてちょうだいね」
「色、か……」
パックを湯の中でじっとさせていると、無色透明だった液体がほんのり色づいてくる。薄い色ではあるが、今はもう、どう見ても無色ではない。湯は既に黄色と黄緑の中間のような色になっている。
糸をつまんだまま、軽く上下に動かす。
湯に沈んでいたパックだが、糸をつまむ手を動かしたことによって、湯の中でゆったりと動き出す。無重力空間を漂うかのような滑らかかつ優雅な動きで、パックが湯の中を漂う。
「……おぉ」
シュヴェーアが声をあげたのは——湯の色が青に変わったからだろう。
黄色と黄緑の間のような色になっていた湯が、一気に青寄りの色へと変化した。木々の中を抜け、海辺に出たかのような、華麗な色の変化だ。
「色が変わったでしょ?」
「……そうだな」
発言の淡々とした調子は崩さないが、カップの中を凝視している。シュヴェーアは色の変化に興味を持ってくれたみたいだ。
今ではすっかり慣れたが、私も最初は驚いた。
この色の変化を私に初めて見せてくれたのは、確か、ダリアだったと思う。
まだ幼かった当時の私は「魔法!?」なんて言ってしまって、姉や両親にくすくすと笑われて。その時は恥ずかしかったが、今では良い思い出だ。
「凄いな……」
「これね、私もびっくりしたの。最初に見た時は魔法かと思ったわ」
「……それは、そう……思うだろうな」
ナイトレアリーは色の変化が特徴の茶葉。
味はほとんどないに等しく、癖はなくて、飲みやすい。
ただ、その味が注目されることは滅多にない。色の変化に意識が向くから、なのだろう。少なくとも私は「ナイトレアリーの味が好き」と言っている人に出会ったことがない。ナイトレアリーを好んでいる人はいるのにその味を好んでいる人はいないということは……察しの通り。
「……しかし、これは……興味深いな」
「でしょ!?」
「……初めて、目にした」
日頃の様子を見ている感じでは、シュヴェーアは茶葉には関心がなさそうだった。だが、ナイトレアリーの色の変化には、多少興味が湧いたみたいだ。これすら「どうでもいい」という感じだったらもはや打つ手がないところだったから、興味を示してもらえたことに安堵している。
「シュヴェーアさんは、お茶はあまり興味がないのよね?」
「……パンが、好きだ」
「でも、これを見たら、少しは興味が湧いたんじゃない?」
「あぁ……その通り……」
シュヴェーアは青くなった湯を食い入るように見つめている。
「……海のようだ」
水面を凝視していたシュヴェーアが、唐突にそんなことを呟いた。
「海が好きなの?」
「……いや、べつに。そういう……こと、でも……ない」
いきなり海に例えたから、海に何らかの思い入れがあるのかと思ったが、べつにそういうことではないようだ。色が海に似ていると感じ、何となく呟いただけだったのかもしれない。
「シュヴェーアさんはいろんな世界を知っていそうね」
「……戦場なら、な」
これまた物騒な単語が出てきたものだ、『戦場』なんて。
でも、シュヴェーアが知る戦場について話を聞いてみるのも、悪くはないかもしれない。そんな風に思った。前にも彼が生きてきた世界の話を聞いたことはあったけれど、今改めて聞けば、また違った気づきがあるかもしれない。
「そうだ! もし良かったら、その話を聞かせてくれない?」
「……唐突、だな」
「えぇ、今思いついたの。戦場と聞いて」
するとシュヴェーアは、はぁ、と息を吐き出す。
「……物好きだな、セリナは」
「どういう意味?」
「……戦場の話、など……面白くも、何ともないはず……」
「まさか。面白くないわけがないわ。だって私は、シュヴェーアさんの話が聞きたいんだもの」
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