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42.手伝いは久々か?
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シュヴェーアは戦場のことを知っている。そして、ここから遠く離れた場所に関する情報も色々持っている。それは彼が、傭兵のような仕事をしていた中で、様々な場所へ行く経験を重ねてきたから。一カ所に留まり続ける職種でなかったからこその知識なのだろう。
私は茶葉のことを知っている。ここから遠く離れた世界のことや血が流れる現場のことは知らないけれど、茶や茶葉に関する知識はそれなりに持っている。それは私の家が茶葉専門店を営んでいるから。私自身が営み始めたわけではないけれど、茶葉専門店を営んでいる家庭に生まれれば、誰だって少しは詳しくなるものだ。
二人が詳しい分野はまったく違った領域にある。
戦場と茶葉、なんて、真逆の存在。
けれども、真逆というのは案外相性が良かったりもするもので、私たちも互いの知識を認め合える関係になりつつあるような気がする。
興味がなかったことも、詳しい人に出会って話を聞けば、意外と興味が湧いてくるものだ。絶対ではないかもしれないけれど。でも、まったく触れることのなかった世界の話を聞くというのは、案外楽しいものだったりする。
面白いと思えないのは、関心が薄いから。
話を聞き、知識が増えれば、段々面白く感じてくるというものなのだ。
だからこそ私は、シュヴェーアと、これからも『互いの知っていることを気軽に話し合える』ような関係でありたい。
◆
「ありがとうございましたー」
「大変そうね、母さん」
今日は良い天気だからか客が多い。カウンターの内側に立ち接客しているダリアは忙しそうで、常に動いていた。今、やっと、客が少し途切れたところだ。
「セリナ?」
茶葉が入った透明な瓶の蓋を閉めながら、ダリアは私へ目をやる。
「お客さん多いわね、今日」
「そうねー。ありがたいことだわー」
蓋を閉めた瓶を元あった場所へ戻しつつ、彼女は穏やかに笑う。
長時間の接客で疲れているはずなのに、それを微塵も感じさせない明るさ。ダリアは本当に接客に向いているタイプの人間だ。
「それでセリナ、何か用?」
「いや、べつに」
「え!? そんな、『べつに』なの!?」
店内には人が数人いる。
恐らく、クマのヌイグルミ付きの商品を吟味している人だろう。
クマのヌイグルミ付き商品は、一部の可愛いもの好きに人気がある。最初は飾り的な扱いで数個だけ置いておいたそうなのだが、それがたちまち人気になって、今ではこの店の人気商品のうちの一つとなっているらしい。
「なんというか、忙しそうだなって」
「そうねー。今日は天気がいいから」
「手伝おうか?」
「あら、セリナったら。どうしたの? いきなり」
ただ「何かした方が良いかな」と思って言ってみただけ。手伝いを申し出たその裏に、特別な意図はない。が、唐突過ぎて怪しまれてしまったみたいだ。
「ううん。何となく」
「そうだったのねー。じゃあ、紙袋を広げる役を頼んでいいかしら」
客が購入してくれた商品は、基本、紙袋に入れて渡す。紙袋は畳まれた状態になっていて、使う時に初めて口を開ける仕様なので、口を開けることで無駄な時間を浪費してしまうことも少なくない。ダリアが紙袋を広げる役を頼んできたのは、その無駄をなくすためなのだろう。
だが、私に務まるだろうか。
紙袋の口を開けるだけ、と言えば簡単そうに聞こえるけれど、実際には簡単な仕事ではない。
商品の量によってサイズを考えねばならないし、かなり重い商品を入れる際には頑丈な方の紙袋を選択せねばならないし。ただ同じ紙袋を開け続けるのではなく、紙袋の種類も考えて選ばねばならないのだ。
「う、うん。分かった」
「もしかして嫌だった?」
ダリアは顔色を窺うように言ってくる。
「ううん。そんなことない」
「大丈夫なの?」
「えぇ、やってみせるわ! ……でも、袋の選択にはアドバイスをちょうだい」
自分一人ですべてをやってのける自信は、正直ない。
ダリアが風邪で倒れた時には私一人で何とかした。ただ、あの時の私の営業が正しかったのかどうかは、はっきりしない。
だからこそ、今はダリアのアドバイスが欲しいのだ。
経験豊富な彼女の意見を聞いてみたい。
◆
「いらっしゃいませ!」
十分ほど空いて、また客が来店し始めた。
「グーリンティーの茶葉をくださいさい」
「はーい。ありがとうございまーす」
私が紙袋を広げる役に配置されて最初に対面した客は、以前会ったことのある人だった。
ダリアが風邪で倒れていた時に接客した、真面目そうな女性。
今回は自らグーリンティーを希望してくれている。どうやら、あの時紹介したグーリンティーを気に入ってくれたようだ。
「以前、そちらの方に、グーリンティーを紹介していただいたのですです。それから愛飲していますます」
前に会った時もそうだったが、相変わらず妙な話し方だ。
しかも、真面目な顔で珍しい話し方をするから、ますます奇妙な感じになってしまっている。
「そうだったんですねー」
「はい。空腹を消すために良いものを紹介してほしくって、尋ねてみたらですですね、これを教えていただきましました」
自分が接客した相手がまた来てくれたというのは、何だか嬉しい。
「セリナ、その袋よ」
「あ、うん。これね」
今は紙袋の口を素早く開けなくてはならない。客との再会を呑気に喜んでいる場合ではないのだ。けれども、紙袋を取り出したり上側を開いたりしている最中でも、感情が消えるわけではなくて。嬉しさでつい頬を緩めてしまう。
「こちらになります!」
「早いですですね。感謝しまします」
やり取りは順調に進んでいく。
「ありがとうございましたー」
「こちらこそ、助かってますます。失礼しまします」
真面目そうな女性はグーリンティーの茶葉が入った紙袋を抱えて外へ出ていく。私は、ほんのり温かい気持ちになりながら、彼女が消えていった扉をじっと見つめていた。
私は茶葉のことを知っている。ここから遠く離れた世界のことや血が流れる現場のことは知らないけれど、茶や茶葉に関する知識はそれなりに持っている。それは私の家が茶葉専門店を営んでいるから。私自身が営み始めたわけではないけれど、茶葉専門店を営んでいる家庭に生まれれば、誰だって少しは詳しくなるものだ。
二人が詳しい分野はまったく違った領域にある。
戦場と茶葉、なんて、真逆の存在。
けれども、真逆というのは案外相性が良かったりもするもので、私たちも互いの知識を認め合える関係になりつつあるような気がする。
興味がなかったことも、詳しい人に出会って話を聞けば、意外と興味が湧いてくるものだ。絶対ではないかもしれないけれど。でも、まったく触れることのなかった世界の話を聞くというのは、案外楽しいものだったりする。
面白いと思えないのは、関心が薄いから。
話を聞き、知識が増えれば、段々面白く感じてくるというものなのだ。
だからこそ私は、シュヴェーアと、これからも『互いの知っていることを気軽に話し合える』ような関係でありたい。
◆
「ありがとうございましたー」
「大変そうね、母さん」
今日は良い天気だからか客が多い。カウンターの内側に立ち接客しているダリアは忙しそうで、常に動いていた。今、やっと、客が少し途切れたところだ。
「セリナ?」
茶葉が入った透明な瓶の蓋を閉めながら、ダリアは私へ目をやる。
「お客さん多いわね、今日」
「そうねー。ありがたいことだわー」
蓋を閉めた瓶を元あった場所へ戻しつつ、彼女は穏やかに笑う。
長時間の接客で疲れているはずなのに、それを微塵も感じさせない明るさ。ダリアは本当に接客に向いているタイプの人間だ。
「それでセリナ、何か用?」
「いや、べつに」
「え!? そんな、『べつに』なの!?」
店内には人が数人いる。
恐らく、クマのヌイグルミ付きの商品を吟味している人だろう。
クマのヌイグルミ付き商品は、一部の可愛いもの好きに人気がある。最初は飾り的な扱いで数個だけ置いておいたそうなのだが、それがたちまち人気になって、今ではこの店の人気商品のうちの一つとなっているらしい。
「なんというか、忙しそうだなって」
「そうねー。今日は天気がいいから」
「手伝おうか?」
「あら、セリナったら。どうしたの? いきなり」
ただ「何かした方が良いかな」と思って言ってみただけ。手伝いを申し出たその裏に、特別な意図はない。が、唐突過ぎて怪しまれてしまったみたいだ。
「ううん。何となく」
「そうだったのねー。じゃあ、紙袋を広げる役を頼んでいいかしら」
客が購入してくれた商品は、基本、紙袋に入れて渡す。紙袋は畳まれた状態になっていて、使う時に初めて口を開ける仕様なので、口を開けることで無駄な時間を浪費してしまうことも少なくない。ダリアが紙袋を広げる役を頼んできたのは、その無駄をなくすためなのだろう。
だが、私に務まるだろうか。
紙袋の口を開けるだけ、と言えば簡単そうに聞こえるけれど、実際には簡単な仕事ではない。
商品の量によってサイズを考えねばならないし、かなり重い商品を入れる際には頑丈な方の紙袋を選択せねばならないし。ただ同じ紙袋を開け続けるのではなく、紙袋の種類も考えて選ばねばならないのだ。
「う、うん。分かった」
「もしかして嫌だった?」
ダリアは顔色を窺うように言ってくる。
「ううん。そんなことない」
「大丈夫なの?」
「えぇ、やってみせるわ! ……でも、袋の選択にはアドバイスをちょうだい」
自分一人ですべてをやってのける自信は、正直ない。
ダリアが風邪で倒れた時には私一人で何とかした。ただ、あの時の私の営業が正しかったのかどうかは、はっきりしない。
だからこそ、今はダリアのアドバイスが欲しいのだ。
経験豊富な彼女の意見を聞いてみたい。
◆
「いらっしゃいませ!」
十分ほど空いて、また客が来店し始めた。
「グーリンティーの茶葉をくださいさい」
「はーい。ありがとうございまーす」
私が紙袋を広げる役に配置されて最初に対面した客は、以前会ったことのある人だった。
ダリアが風邪で倒れていた時に接客した、真面目そうな女性。
今回は自らグーリンティーを希望してくれている。どうやら、あの時紹介したグーリンティーを気に入ってくれたようだ。
「以前、そちらの方に、グーリンティーを紹介していただいたのですです。それから愛飲していますます」
前に会った時もそうだったが、相変わらず妙な話し方だ。
しかも、真面目な顔で珍しい話し方をするから、ますます奇妙な感じになってしまっている。
「そうだったんですねー」
「はい。空腹を消すために良いものを紹介してほしくって、尋ねてみたらですですね、これを教えていただきましました」
自分が接客した相手がまた来てくれたというのは、何だか嬉しい。
「セリナ、その袋よ」
「あ、うん。これね」
今は紙袋の口を素早く開けなくてはならない。客との再会を呑気に喜んでいる場合ではないのだ。けれども、紙袋を取り出したり上側を開いたりしている最中でも、感情が消えるわけではなくて。嬉しさでつい頬を緩めてしまう。
「こちらになります!」
「早いですですね。感謝しまします」
やり取りは順調に進んでいく。
「ありがとうございましたー」
「こちらこそ、助かってますます。失礼しまします」
真面目そうな女性はグーリンティーの茶葉が入った紙袋を抱えて外へ出ていく。私は、ほんのり温かい気持ちになりながら、彼女が消えていった扉をじっと見つめていた。
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