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46.凄まじいノックと明日への道
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燻製肉と葉野菜のスープを食べ終え、椅子に座ったまま寛いでいると、突如何者かが扉を強く叩いた。その凄まじい響きに、私もダリアも同時に扉の方へと視線を奪われる。ノックにしては激しい音だったから。
「何事……?」
「見てくるわ。そこにいてちょうだいー」
皿を洗っているところだったダリアが少々緊張気味の面持ちで扉の方へと足を進める。
室内に漂うのは、真冬のような冷たさ。緊張感から生まれたものだ。
ノックはまだ続く。連打とまではいかなかったが、数回のノックが、二セットほど行われた。その時既に扉の前にたどり着いていたダリアは、「どちら様ですか?」と温厚に問いを放つ。すると、その数秒後、小さく「……シュヴェーア」との答えが返ってきた。ダリアは驚きと戸惑いの混じったような表情で「今開けますね」と言って、扉を開ける。
すると、扉のすぐ外にシュヴェーアが立っているのが見えた。
右手に剣を、左手に小さな箱を、それぞれ持っている。
「あら、シュヴェーアさん。お帰りなさい」
「……開けてもらって、すまない」
「いえいえ。でも、あんなにノックして、どうしたんですかー?」
「……聞こえ、ないかと」
彼が異様に激しいノックをしたのは、聞こえない可能性を考慮してだったようだ。だが、聞こえないかもしれないとしても、あそこまで激しい叩き方をする必要はなかったのではないだろうか。あのようなノックをされたら、緊急事態かと勘違いしてしまう。
「大丈夫ですよー。次からは普通に叩いて下さいね」
「……承知した」
ダリアの軽い注意に頷き、シュヴェーアは家の中へと入ってくる。
彼は心なしか汚れているようだった。頬や服に、土のようなものが付着している。飛び散るほどの量ではないけれど。
それを見て「家の中が汚れたらどうしよう」なんて考えていると、シュヴェーアが直進してきた。
彼の鋭い瞳は私だけを捉えている。
命を狙われているかのよう。
「……セリナ」
帰るなり直進してこられるとは思っていなかったので、全身の皮膚から冷や汗が噴き出す。
「は、はい……?」
状況を飲み込めない。ひとまず名を呼ばれたことに対する返事だけしておいた。無視よりは良いだろうと考えて。
その次の瞬間、シュヴェーアは左手で持っていた箱を差し出してきた。
「……これを」
「え?」
純白の小さな箱。でも、シュヴェーアの体と同じように、ほんの少し汚れてしまっている。砂埃でも浴びたのか、ところどころうっすらと茶色くなっているのだ。元は純白だったのだろう、と分かるだけに、惜しさを覚えずにはいられない。
「開けて……中を、見てくれ……」
「わ、分かったわ」
シュヴェーアの言動が理解できない。けれども、悪いことは言わないだろうと信じられるから、大人しく従うことに。小さな箱を受け取り、上半分——蓋を開ける。
「これって……!」
蓋を開けて、驚愕した。
虹色に輝く石のついたリングが鎮座していたから。
輪の部分自体はこれといった特別感のないもの。銀でできた、素朴なリングだ。しかし、リングが素朴なデザインだからこそ、ついている丸い石がよく目立つ。
丸い石は、見る角度によって色を変える。そのため、動かすたびにいろんな表情を見せてくれた。時には空のように、時には森のように。様々な色で、私を迎えてくれている。
「……結婚する、前には……珍しいリングを、と」
夫婦となる前に、指輪を贈る。
そんな風習を聞いたことがないわけではないけれど。
「……かつて、そのように……習った」
「これ、貰っていいの」
「あぁ……受け取って、くれ」
信じられなかった。知能がパンや肉を食らうことと剣を振ることに偏っている彼が、こんな物を用意してくれるなんて。
彼といる限り、ロマンチックな出来事なんて起こらない。
そこはもう諦めていたのに。
「あら! 大胆ね!」
ダリアは自分のことのように嬉しそうな顔をしていた。
「あの、これ、本当に私が貰っても?」
「……もちろんだ」
「でもこんなもの、どうやって?」
「……狩って、買ってきた」
「そうだったの」
狩りで儲けたお金でこの指輪を買った、ということだろうか。
彼らしいといえば彼らしいが。
「ありがとう」
何にせよ礼は言わねばなるまい。
物を貰った時に感謝の気持ちを述べるのは、当然のことだ。
「嬉しいわ」
「……なら、良かった」
微笑みかけてくれるシュヴェーアと見つめ合うが、彼の向こう側で一人歓喜しているダリアが視界にちらついて、どうも気になって仕方がない。共に行こうと決意した人が目の前にいるというのに、その後ろで謎の踊りを披露されたら、せっかくの雰囲気が台無しだ。不覚にも、シュヴェーアよりダリアの謎の踊りが気になってしまう。
「あのね、シュヴェーアさん。私は多分、その、貴方にあげられるものを持っていないわ。でも、それでも……これからも仲良しでいてくれる?」
ダリアはいまだに一人で歓喜の舞を継続しているが、一旦気にしないことにして、シュヴェーアの目を真っ直ぐに見る。
「……あぁ、もちろん」
私たちの行く道、その先が日向であるかどうかは、今はまだ分からない。
けれども、私はこの道を選ぼう。
彼と手を取り、未来へと歩き出す道を——。
◆終わり◆
「何事……?」
「見てくるわ。そこにいてちょうだいー」
皿を洗っているところだったダリアが少々緊張気味の面持ちで扉の方へと足を進める。
室内に漂うのは、真冬のような冷たさ。緊張感から生まれたものだ。
ノックはまだ続く。連打とまではいかなかったが、数回のノックが、二セットほど行われた。その時既に扉の前にたどり着いていたダリアは、「どちら様ですか?」と温厚に問いを放つ。すると、その数秒後、小さく「……シュヴェーア」との答えが返ってきた。ダリアは驚きと戸惑いの混じったような表情で「今開けますね」と言って、扉を開ける。
すると、扉のすぐ外にシュヴェーアが立っているのが見えた。
右手に剣を、左手に小さな箱を、それぞれ持っている。
「あら、シュヴェーアさん。お帰りなさい」
「……開けてもらって、すまない」
「いえいえ。でも、あんなにノックして、どうしたんですかー?」
「……聞こえ、ないかと」
彼が異様に激しいノックをしたのは、聞こえない可能性を考慮してだったようだ。だが、聞こえないかもしれないとしても、あそこまで激しい叩き方をする必要はなかったのではないだろうか。あのようなノックをされたら、緊急事態かと勘違いしてしまう。
「大丈夫ですよー。次からは普通に叩いて下さいね」
「……承知した」
ダリアの軽い注意に頷き、シュヴェーアは家の中へと入ってくる。
彼は心なしか汚れているようだった。頬や服に、土のようなものが付着している。飛び散るほどの量ではないけれど。
それを見て「家の中が汚れたらどうしよう」なんて考えていると、シュヴェーアが直進してきた。
彼の鋭い瞳は私だけを捉えている。
命を狙われているかのよう。
「……セリナ」
帰るなり直進してこられるとは思っていなかったので、全身の皮膚から冷や汗が噴き出す。
「は、はい……?」
状況を飲み込めない。ひとまず名を呼ばれたことに対する返事だけしておいた。無視よりは良いだろうと考えて。
その次の瞬間、シュヴェーアは左手で持っていた箱を差し出してきた。
「……これを」
「え?」
純白の小さな箱。でも、シュヴェーアの体と同じように、ほんの少し汚れてしまっている。砂埃でも浴びたのか、ところどころうっすらと茶色くなっているのだ。元は純白だったのだろう、と分かるだけに、惜しさを覚えずにはいられない。
「開けて……中を、見てくれ……」
「わ、分かったわ」
シュヴェーアの言動が理解できない。けれども、悪いことは言わないだろうと信じられるから、大人しく従うことに。小さな箱を受け取り、上半分——蓋を開ける。
「これって……!」
蓋を開けて、驚愕した。
虹色に輝く石のついたリングが鎮座していたから。
輪の部分自体はこれといった特別感のないもの。銀でできた、素朴なリングだ。しかし、リングが素朴なデザインだからこそ、ついている丸い石がよく目立つ。
丸い石は、見る角度によって色を変える。そのため、動かすたびにいろんな表情を見せてくれた。時には空のように、時には森のように。様々な色で、私を迎えてくれている。
「……結婚する、前には……珍しいリングを、と」
夫婦となる前に、指輪を贈る。
そんな風習を聞いたことがないわけではないけれど。
「……かつて、そのように……習った」
「これ、貰っていいの」
「あぁ……受け取って、くれ」
信じられなかった。知能がパンや肉を食らうことと剣を振ることに偏っている彼が、こんな物を用意してくれるなんて。
彼といる限り、ロマンチックな出来事なんて起こらない。
そこはもう諦めていたのに。
「あら! 大胆ね!」
ダリアは自分のことのように嬉しそうな顔をしていた。
「あの、これ、本当に私が貰っても?」
「……もちろんだ」
「でもこんなもの、どうやって?」
「……狩って、買ってきた」
「そうだったの」
狩りで儲けたお金でこの指輪を買った、ということだろうか。
彼らしいといえば彼らしいが。
「ありがとう」
何にせよ礼は言わねばなるまい。
物を貰った時に感謝の気持ちを述べるのは、当然のことだ。
「嬉しいわ」
「……なら、良かった」
微笑みかけてくれるシュヴェーアと見つめ合うが、彼の向こう側で一人歓喜しているダリアが視界にちらついて、どうも気になって仕方がない。共に行こうと決意した人が目の前にいるというのに、その後ろで謎の踊りを披露されたら、せっかくの雰囲気が台無しだ。不覚にも、シュヴェーアよりダリアの謎の踊りが気になってしまう。
「あのね、シュヴェーアさん。私は多分、その、貴方にあげられるものを持っていないわ。でも、それでも……これからも仲良しでいてくれる?」
ダリアはいまだに一人で歓喜の舞を継続しているが、一旦気にしないことにして、シュヴェーアの目を真っ直ぐに見る。
「……あぁ、もちろん」
私たちの行く道、その先が日向であるかどうかは、今はまだ分からない。
けれども、私はこの道を選ぼう。
彼と手を取り、未来へと歩き出す道を——。
◆終わり◆
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