婚約はなかったことになりましたが、新たな出会いはあったので、穏やかに暮らします。

四季

文字の大きさ
45 / 46

45.ほんのり余所者感

しおりを挟む
 シュヴェーアとの結婚が決まる。
 お金はあるから売らなくていい、と伝えたのだが、彼はそれに頷くことなく甲冑を売ってしまった。ただ一つ、頭部だけを残して。
 その結果、凄まじい額が入ってきた。
 彼自身もよく知らなかったそうなのだが、商売人によると、その甲冑はかなりの高級品だったらしい。

「……予想以上に、儲かった」
「びっくりしましたねー!」

 一連の話を聞いたダリアは驚きのあまり大声を発していた。
 だが、驚いたのは私も同じ。性格上私はダリアほど大きなリアクションを取ることができないが、彼女と同じくらい驚いているはずである。

「……あぁ、同感だ。だが……セリナのために、使えるのであれば……それは、嬉しい……」

 シュヴェーアには甲冑への未練など欠片も存在していなかった。否、未練がないどころか、むしろ晴れ晴れとした顔をしている。

「でも、お金はうちが出せますよ」
「……私の、ものも……できれば、使ってほしい……」
「そうですね。では分けましょっか」
「……力に、なりたい」

 ダリアとシュヴェーアは二人で言葉を交わしながら話を進めていく。私はどこか余所者のようだ。私は社会について詳しくないし、大人みたいには話せないので、余所者のようになってしまうのも仕方ないといえば仕方ないのだが。ただ、心なしか疎外感を感じずにはいられない。

「これはどうします? これとこれがあるんですけど」
「……どちらが、良いものか」
「そうですねー。私は個人的にはこっちの方が好きですけど、シュヴェーアさんが良いと思う方で構いませんよ」

 私はただ二人のやり取りを見ているだけ。
 心の内側を哀愁の木枯らしが吹き抜けていく。

「……うう、迷う」
「ゆっくり考えて下さいねー」
「そう……だな。少し……暫し、待ってくれ……」
「えぇ。待ちますよー」

 結婚するのは私なのだから、私も話に入れて!? と言いたい気分。でも、自らズカズカ入り込んでいくほどの度胸はない。
 そこで、私は、別のことを考えることにした。
 入れてもらえないとウジウジしていても何の進展もない。それならば、もっと、楽しくなるようなことを自分で考えよう。
 そんな風に思って。

「……よし、では……こちらに、しよう」
「良いですね!」
「……同意見の、ようだ」
「ホッとしました! じゃあ次、これについて考えましょっか」

 何か楽しいこと、と思って、良さそうなテーマを探す。

 店が繁盛して大金持ちになる。急に近所の人から褒められる。新しいタイプの美味しいパンが発売される。
 明るい気持ちになれるテーマは、探せばいくらでもある。

 が、そのほとんどが敢えてじっくり考えるほどではない細やかな内容だった。
 この作戦は失敗かもしれない。

「……あぁ、これとこれが……ある、のか」
「そうです! これとこれ、あと、これ」
「……多いな」

 一人で想像して楽しめることを探す作戦は失敗。私は良いテーマを見つけようとすることを諦め、大人しくダリアとシュヴェーアの会話を聞いておくことにした。なんだかんだで、それが一番楽だし簡単だ。

「ねぇセリナ! 花、どれがいい?」
「えっ」
「赤、黄、桜、橙——色々あるわよー」

 急に意見を求められたが、すぐには答えられない。

「花って?」
「結婚式の時に飾る花束の色よー」

 それを先に言ってほしかった……。

「色はセリナが選ぶといいわ」
「うーん」

 こういう時だけは、何でも即決できる性格の人が羨ましい。
 一度でいいから、一時的にでもいいから、決断力のある人になってみたいものだ。
 今は花の色を選ばなくてはならないのに、私の脳は別のことばかり考えようとしてしまう。

「母さんはどれがいいと思う?」
「そうねー……黄かしら」
「えっ。そんなところ!?」
「あくまで私の意見よー。決めるのはセリナだわ」

 長年私を見てきた母が言うのだから、黄が良いのかもしれない。私自身も黄色は嫌いではないし。でも「こんなすぐに決めていいのか?」と思う気持ちも多少はあって。とはいえ、自分の中にこれといったはっきりした選択肢があるわけでもない。

「……黄色、か」
「あ! シュヴェーアさんはどれが良いと思う?」

 思いきってシュヴェーアに話を振ってみた。
 仕入れる意見は多い方が良い。

「……そう、だな……良いと、思うが」
「黄色?」
「……あぁ」

 ダリアもシュヴェーアも黄色を推してくる。
 黄色は元気な感じがするし、それで良いかもしれない。


 ◆


 数日後、朝。
 私が起き上がるとシュヴェーアはいなくなっていた。

「あれ? シュヴェーアさんは?」

 既に起床し朝食と思われる料理を作っているダリアに尋ねる。
 するとダリアは「ちょっと買い物とか言って、出ていったわよー」と情報を与えてくれた。
 この感じだと、シュヴェーアのいない朝食になりそうだ。ダリアと二人での食事、それは、何となく新鮮な気がする。もっとも、シュヴェーアが来るまではほとんどずっとそうだったのだけれど。

「朝ごはん食べましょっか」
「うん」

 今日の朝食は何だろう? と考えつつ、椅子に座る。
 するとダリアが器を持ってきてくれた。

「これね。先に渡しておくわー」
「ありがとう」

 ダリアがくれた深さのある器に入っていたのは野菜のスープ。煉瓦色の汁の中に、くたくたになった葉野菜がたくさん入っている。

 私は貰ったスプーンを手に取り、先にスープを食べ始めておく。

 スープは良い味だった。好みの味付けで、止まることなく食べられる。具も葉野菜だけというシンプルさなので、なおのこと食べ進みやすい。

 残量が半分に達したタイミングで、ダリアが次の皿を持ってきてくれた。

「お待たせー。はい、これね」
「これは……燻製肉?」

 シュヴェーアがいつか獲ってきてくれた肉だろうか。
 今我が家にある肉類は、大抵、シュヴェーアが獲ってきてくれたものだ。

「そうよー。改めてちょっとだけ焼いてみたわ」
「へぇ。美味しそう」

 燻製肉特有の少々癖のある匂いと、焼いた肉から立ちのぼるこげのような香りが、半々で混じり合っている。ほんの少し癖のある香ばしさ。最初だけは若干戸惑ったけれど、十秒も経てば匂いの癖は気にならなくなった。

「一口サイズに切ってあって食べやすそう」
「切っちゃったわー」

 肉自体は嫌いではないが、食べづらいと上手く完食できないことがある。だから、一口で食べられるサイズにしてもらえているとありがたい。確実に食していくことができる状態になっているのは嬉しい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...