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episode.21 まだ咲く前の花
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トニカの正体は、魔の者トニカ・ク・ヒエテールだった。
けれども彼女もまた悪しき者ではなく。
魔の者でありながらも人を想う優しい心の持ち主だったのだ。
そして、アオイもまた、そのことを理解できる人間だった。
この世には魔の者すべてを破壊者と思い悪魔のように思っている人もいる――けれども彼はそれとは違った柔軟な理解力を持っていた。
「とにか……また、これから、も……ここにいて、いい……?」
「当たり前や! 一緒に働こうや!」
「ぁ、お……い……」
雪の中、揺れる髪の黒が映える。
「せ、せやけど、寒すぎや……ちょっと、入らへん? 一旦……。うっわめっさ鼻水出てきた……」
一人そんなことを言うアオイを見て、トニカはふふっと笑っていた。
その笑顔はとても幸せそうで。
まるで暖かな日に花畑の散歩を楽しんでいるかのような表情だった。
「せや! マスコットキャラクターとしてうちの宿で活躍してもらうんはどうやろ? おとんにちょっと聞いてみるわ!」
「……はな、みず……ぁ、ご、まで……たれてる」
「うっわホンマや! やばっ。うわうわ、汚! あーさぶー……はぁはぁ……帰ろ帰ろ」
トニカの胸に生まれた恋という名の花のつぼみは、まだ、今は大きく開いてはいないかもしれない。
けれどもいつかはきっと、大きな花となることだろう。
たとえ成り立ちは違っても。
心が通うのであれば。
その先にはきっと、穏やかな幸福が待っているはずだ。
人も、魔の者も、相性次第では手を取り合うことはできる――今はそう信じていたい。
◆
「ねぇノワールさん、ちょっといい?」
昼下がり、何の前触れもなく口を開く。
「……ノワールでいい」
それに反応した彼はそう言ってこちらへ視線を向けた。
「……対等な関係でいいと思う」
「そ、そうね。じゃあ改めて。ノワール、ちょっといい?」
「いいけど……何?」
ちなみに今はルナは客室内にはいない。恐らくトニカのところへ行っているのだろう。なんだかんだでルナはトニカとも仲良しになっていた、二人で喋っていることも珍しくはないようだ。
「私、やっぱり、ゼツボーノのところへ行くわ」
「えっ!?」
ノワールは目を大きく開いてこちらへ身体ごと顔を向ける。
「何で急に……!?」
彼はかなり心揺れているようだった。
「早く会いたいの、父と母に」
「……生きてる保証もないのに危険に飛び込むつもり?」
「もう死んでいたら、その時はさっさと逃げて帰ってくるわ。もしそうだったとしたら、私がゼツボーノに関わる理由なんてなくなるってことだもの」
ノワールは眉を寄せて難しい考えごとをしているかのような顔になる。
「……確か、ゼツボーノが言ったんだよね? いつか来い、とか」
「ええ」
「それさ、怪しいよ!」
「そうよね。私もそうは思うわ。でも私は早く会いたいの、二人に」
ずっとそれだけを唯一の光として見つめながら歩いてきていた――そう、ノワールに出会って世界の広さに気づくまでは。
今はもう、それだけではなくなっている。他の光もいくつも手に入れた。けれども、だからといって第一の光であった消えたわけではない。夢は消えない、思い続ける限り。
「……間違いなく、キミを呼び寄せたいだけだってば」
「ええ、そう思う」
「なら乗らない方がいい」
「他人にだったら私もそう言ったと思うわ」
「だってさ、キミ、戦闘能力なんてないわけでしょ。ゼツボーノはすべての根源だよ、そんな危ないやつの前に出て襲われたらどうするつもり?」
彼は両目を細く開いてこちらをじっと見つめてくる。
「死にに行くようなものだよ」
その声は真剣さを感じさせるものだった。
「話をしてみるわ。ゼツボーノと。もしかしたら希望はあるかもしれない……魔の者は話せるのだから」
「……馬鹿でしょ。あり得ない、そんなの」
「絶対ない、ということはないはずよ。現に私たちだってこうして共に生きているのだし」
彼ははぁと大きな溜め息を一度ついてから頭痛に襲われたかのように目を閉じて「あのさぁ、ゼツボーノがどういうやつか分かってる?」と口を動かした。
「人類を滅ぼすほどの敵! それこそボクとかとは格が違うんだってば」
「……そうよね。だから、もし両親が死んでいたら、その時は急いで帰ってくるわ」
「しつこいなぁ……」
「大丈夫よ私これでも結構危機的状況での運には恵まれているの! だからきっと帰ってこられると思――」
言い終わるより早く、腕を掴まれた。
喉までたどり着いていた言葉を呑み込む。
「危険だって言ってんの!」
ノワールは目からの圧と共に声の調子も強めた。
「心配なんだってば!」
「し、心配……? え……?」
戸惑っていると、彼は気まずそうな顔をしながら言葉を続ける。
「っ……だ、だから、嫌なんだよ、キミに危ないことさせるのは」
彼は視線を斜め下へやり山の頂上レベルの気まずさを抱えているようだったが、それでもなお何とか気持ちを伝えようとしているような様子だった。
「……親のことは気の毒に思う。ケド、そんなもののためにキミが危険な目に遭うのは……ボクは何か嫌」
――そして続ける。
「だから、キミがどうしても行きたいというのなら代わりにボクが行く」
静寂の中、互いの声だけが空気を揺らす。
そんな空間で視線と視線が重なり合う。
「じゃあ二人で行くというのはどう?」
「……それはダメ。ボク一人でキミを護りつつゼツボーノの相手もするってのは到底無理だから」
「ならルナさんも一緒に」
「余計ややこしいことになる気がする……」
「ああそうだ、じゃあ、ルナさんに話をしてみるわ! 私からお願いしてみる!」
その日の話はそこで終わったのだけれど、翌朝起きたらノワールはいなくなっていた。
『ソレア、キミの親の件だけど、ボクが見てくる。必ず帰るから絶対に来ないで。キミはそのまま宿にいて』
テーブルの上にはそんな書き置きがあった。
「な、何なの!? これ、どういうこと!?」
いきなりのメッセージに誰よりも愕然としていたのはルナだった。
「ちょっとアンタ!! ノワ様に何かした!?」
「そういえば、昨日は親の話を少し……しました」
「余計なこと言ったんじゃない!?」
「……分かりません、でも、彼を傷つけるようなことは言っていません」
「なんてこと……あれもこれもアンタのせいよソレア! ノワ様を危険に晒して!」
感情的になったルナは掴みかかってくる。
「ゼツボーノはノワ様の命を狙っているというのに! なんてこと!」
けれども彼女もまた悪しき者ではなく。
魔の者でありながらも人を想う優しい心の持ち主だったのだ。
そして、アオイもまた、そのことを理解できる人間だった。
この世には魔の者すべてを破壊者と思い悪魔のように思っている人もいる――けれども彼はそれとは違った柔軟な理解力を持っていた。
「とにか……また、これから、も……ここにいて、いい……?」
「当たり前や! 一緒に働こうや!」
「ぁ、お……い……」
雪の中、揺れる髪の黒が映える。
「せ、せやけど、寒すぎや……ちょっと、入らへん? 一旦……。うっわめっさ鼻水出てきた……」
一人そんなことを言うアオイを見て、トニカはふふっと笑っていた。
その笑顔はとても幸せそうで。
まるで暖かな日に花畑の散歩を楽しんでいるかのような表情だった。
「せや! マスコットキャラクターとしてうちの宿で活躍してもらうんはどうやろ? おとんにちょっと聞いてみるわ!」
「……はな、みず……ぁ、ご、まで……たれてる」
「うっわホンマや! やばっ。うわうわ、汚! あーさぶー……はぁはぁ……帰ろ帰ろ」
トニカの胸に生まれた恋という名の花のつぼみは、まだ、今は大きく開いてはいないかもしれない。
けれどもいつかはきっと、大きな花となることだろう。
たとえ成り立ちは違っても。
心が通うのであれば。
その先にはきっと、穏やかな幸福が待っているはずだ。
人も、魔の者も、相性次第では手を取り合うことはできる――今はそう信じていたい。
◆
「ねぇノワールさん、ちょっといい?」
昼下がり、何の前触れもなく口を開く。
「……ノワールでいい」
それに反応した彼はそう言ってこちらへ視線を向けた。
「……対等な関係でいいと思う」
「そ、そうね。じゃあ改めて。ノワール、ちょっといい?」
「いいけど……何?」
ちなみに今はルナは客室内にはいない。恐らくトニカのところへ行っているのだろう。なんだかんだでルナはトニカとも仲良しになっていた、二人で喋っていることも珍しくはないようだ。
「私、やっぱり、ゼツボーノのところへ行くわ」
「えっ!?」
ノワールは目を大きく開いてこちらへ身体ごと顔を向ける。
「何で急に……!?」
彼はかなり心揺れているようだった。
「早く会いたいの、父と母に」
「……生きてる保証もないのに危険に飛び込むつもり?」
「もう死んでいたら、その時はさっさと逃げて帰ってくるわ。もしそうだったとしたら、私がゼツボーノに関わる理由なんてなくなるってことだもの」
ノワールは眉を寄せて難しい考えごとをしているかのような顔になる。
「……確か、ゼツボーノが言ったんだよね? いつか来い、とか」
「ええ」
「それさ、怪しいよ!」
「そうよね。私もそうは思うわ。でも私は早く会いたいの、二人に」
ずっとそれだけを唯一の光として見つめながら歩いてきていた――そう、ノワールに出会って世界の広さに気づくまでは。
今はもう、それだけではなくなっている。他の光もいくつも手に入れた。けれども、だからといって第一の光であった消えたわけではない。夢は消えない、思い続ける限り。
「……間違いなく、キミを呼び寄せたいだけだってば」
「ええ、そう思う」
「なら乗らない方がいい」
「他人にだったら私もそう言ったと思うわ」
「だってさ、キミ、戦闘能力なんてないわけでしょ。ゼツボーノはすべての根源だよ、そんな危ないやつの前に出て襲われたらどうするつもり?」
彼は両目を細く開いてこちらをじっと見つめてくる。
「死にに行くようなものだよ」
その声は真剣さを感じさせるものだった。
「話をしてみるわ。ゼツボーノと。もしかしたら希望はあるかもしれない……魔の者は話せるのだから」
「……馬鹿でしょ。あり得ない、そんなの」
「絶対ない、ということはないはずよ。現に私たちだってこうして共に生きているのだし」
彼ははぁと大きな溜め息を一度ついてから頭痛に襲われたかのように目を閉じて「あのさぁ、ゼツボーノがどういうやつか分かってる?」と口を動かした。
「人類を滅ぼすほどの敵! それこそボクとかとは格が違うんだってば」
「……そうよね。だから、もし両親が死んでいたら、その時は急いで帰ってくるわ」
「しつこいなぁ……」
「大丈夫よ私これでも結構危機的状況での運には恵まれているの! だからきっと帰ってこられると思――」
言い終わるより早く、腕を掴まれた。
喉までたどり着いていた言葉を呑み込む。
「危険だって言ってんの!」
ノワールは目からの圧と共に声の調子も強めた。
「心配なんだってば!」
「し、心配……? え……?」
戸惑っていると、彼は気まずそうな顔をしながら言葉を続ける。
「っ……だ、だから、嫌なんだよ、キミに危ないことさせるのは」
彼は視線を斜め下へやり山の頂上レベルの気まずさを抱えているようだったが、それでもなお何とか気持ちを伝えようとしているような様子だった。
「……親のことは気の毒に思う。ケド、そんなもののためにキミが危険な目に遭うのは……ボクは何か嫌」
――そして続ける。
「だから、キミがどうしても行きたいというのなら代わりにボクが行く」
静寂の中、互いの声だけが空気を揺らす。
そんな空間で視線と視線が重なり合う。
「じゃあ二人で行くというのはどう?」
「……それはダメ。ボク一人でキミを護りつつゼツボーノの相手もするってのは到底無理だから」
「ならルナさんも一緒に」
「余計ややこしいことになる気がする……」
「ああそうだ、じゃあ、ルナさんに話をしてみるわ! 私からお願いしてみる!」
その日の話はそこで終わったのだけれど、翌朝起きたらノワールはいなくなっていた。
『ソレア、キミの親の件だけど、ボクが見てくる。必ず帰るから絶対に来ないで。キミはそのまま宿にいて』
テーブルの上にはそんな書き置きがあった。
「な、何なの!? これ、どういうこと!?」
いきなりのメッセージに誰よりも愕然としていたのはルナだった。
「ちょっとアンタ!! ノワ様に何かした!?」
「そういえば、昨日は親の話を少し……しました」
「余計なこと言ったんじゃない!?」
「……分かりません、でも、彼を傷つけるようなことは言っていません」
「なんてこと……あれもこれもアンタのせいよソレア! ノワ様を危険に晒して!」
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