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episode.22 対立と運命と
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いつになく刺々しい空気が客室内を満たす。
でもある意味仕方のないことだ。
ノワールがいなくなってしまって、それでルナが落ち着いていられるはずもないのだから。
「……離してください、ルナさん」
「ふん! もういいわ!」
ルナは私の身体を放り捨てた。
「とにかく、追うわよ」
「え、でも、来るなって……」
「馬鹿じゃないの? アンタのせいなんだから、アンタだけ安全なところにいさせるわけないでしょ!」
腕を上向きに伸ばした状態で身体を左右へ数回ずつ倒して脇の筋を伸ばす運動をしてから、ルナは冷ややかな視線を向けてくる。
「北の山、よね?」
「……はい」
「すぐ出るから準備して!」
「は、はい!」
これからどうなってしまうのだろう……?
でも今は進むしかない。
もうこうなってしまったらそれ以外にできることはない。
◆
「誰かと思えばお前か、ノワ……自ら戻ってくるとはな」
北の山、頂上付近の洞窟にて、人の姿のままのノワールを迎えたのは黒く巨大な身体を持つゼツボーノ。
足もとにはごつごつした岩が無数にせり出している。
「もう実家が恋しくなったか?」
「……べつに、そうじゃない」
かつては同じ側に立っていた両者の間に今はもう繋がりはない。
それでもこうして二人がまた巡り合うのは、ある意味、運命とも言えよう。
「ならなぜ今さら戻ってきた?」
ゼツボーノは片側の口角だけを引き上げる。
「……質問があって」
「ここは教官室ではないぞ?」
「ホントは……聞きにきたくなんかなかったけど」
「まぁよかろう、言ってみよ」
寒い地域の山、しかも頂上に近い場所――そこには生き物はほとんどいない。それこそ、花も咲かない。雑草すらも微かにしか生えていない。そんな場所だから、音もほとんどない。時折強い風が吹き抜ける音がするくらいのものだ。
「ソレアの親、どうなってる」
ノワールの口から出た問いにゼツボーノは少々戸惑いを感じたようで「なぜそのようなことを……」とこぼした。しかし数秒後「ああ、そういうことか」と何か閃いたように独り言を呟く。それから改めて、ノワールの方へ意識を向ける。
「あぁ、あの小娘の親か。あいつらならとうに魔の者となったぞ」
――それが答えだった。
「……っ」
ノワールが心ない回答に瞳を震わせたのを見逃すゼツボーノではなかった。
「どうした、お前がなぜそのような顔をする?」
「……そうか、やっぱり。……最初から返す気なんてなかったわけだ」
「それはそうだろう、当たり前だ。そう言ったのはあの小娘をいずれここへ呼び寄せるため、理由はそれだけ」
軽やかに話すゼツボーノ。
しかし対するノワールは目つきを険しくしていた。
「……ソレアを呼び寄せて何するつもり」
「はあぁ? 簡単なこと、我が食らうのよ。その娘、治癒魔法を持っているであろう? そやつを食らえば、我は治癒の力を得、より一層強くなるに違いない――もはや最強と言っても過言ではない状態となるであろう」
「そんなことに巻き込むなよ!」
「何だ? どうした? ノワよ、生意気だな今日は……」
少し空白があって、ゼツボーノは「やれ」と短く発する。するとノワールの背後から二本のタコの脚に似た太い触手が出現し、それらはノワールの両腕に巻き付いた。触手はそのままノワールの身を持ち上げる。
「反抗期か?」
「……ソレアはいい子なんだ、普通に……普通に生活させてやりたい」
「ほほう。そう言って、先に食ってしまおうという作戦か?」
「ボクはそんなことしない! ……アンタと一緒にされたくない」
直後「生意気にもほどがある!!」とゼツボーノが叫んだ。
そしてそれと同時にノワールの身体は岩でできた壁にぶつけられる。
「ま、いいだろう。戻る気がないのなら殺すだけだ。わざわざ殺されに来るとは、お前も愚かよな」
二本の触手はノワールの腕をそれぞれ捻り上げる。その力は凄まじく、それこそ、人間の腕など枝のように折れてしまいそうなほど。肘から手の先へと電撃が走り、ノワールは思わず歯を食いしばる。額から汗の粒がはらりと落ちた。
――だが、その時。
「ノワ様ッ!!」
腹の底から響かせるような声が空気を激しく揺らした。
それはルナの声で――。
◆
ルナの背に乗って到着した山頂付近の洞窟。
「下ろすわよ!」
「はいっ」
そこで起きていることを目にした瞬間、ルナは背に乗せていた私を離した。私は歪な足取りになりつつも何とか着地。その時には既にルナは飛び上がっていて、その次の瞬間、ノワールを拘束している触手に強烈な蹴りを加えた。
しかし触手はびくともしない。
ルナの蹴りをもってしてもどうしようもないのか……。
「ノワ様! 待っていてください! すぐに助けますっ」
蹴りでは威力が足りない。それでもルナはまだ諦めていなかった。いや、恐らく、彼女の脳内に諦めなどという言葉はない。ノワールのためなら彼女は何だってするだろう。
「……なん、で、ソレアを連れてきた」
そうしている間にも、ノワールは腕を締め上げられている。
彼はそのたびに何度も顔をしかめていたが、その目は迷うことなくルナや私がいる地上を捉えている。
「ノワ様を巻き込んだ当事者だから――」
「馬鹿!!」
「……の、ノワ様、そんな怒らないで」
全力で叫ばれ、ルナは怯えたような顔をした。
本当に怖いのだろう。
声もらしくなく震えている。
「ち、違うの! ノワール、聞いて! 私が言ったの、私も行くって!」
このままではまずい、と思ったら、気づけばそんな嘘を言ってしまっていた。
「だからルナさんのせいじゃないの! 私が勝手についてきただけ! だから、ルナさんのせいじゃない!」
この状況で仲違いしていたらやっていられない。
取り敢えず、味方に怒るのはやめてもらわなくては。
でもある意味仕方のないことだ。
ノワールがいなくなってしまって、それでルナが落ち着いていられるはずもないのだから。
「……離してください、ルナさん」
「ふん! もういいわ!」
ルナは私の身体を放り捨てた。
「とにかく、追うわよ」
「え、でも、来るなって……」
「馬鹿じゃないの? アンタのせいなんだから、アンタだけ安全なところにいさせるわけないでしょ!」
腕を上向きに伸ばした状態で身体を左右へ数回ずつ倒して脇の筋を伸ばす運動をしてから、ルナは冷ややかな視線を向けてくる。
「北の山、よね?」
「……はい」
「すぐ出るから準備して!」
「は、はい!」
これからどうなってしまうのだろう……?
でも今は進むしかない。
もうこうなってしまったらそれ以外にできることはない。
◆
「誰かと思えばお前か、ノワ……自ら戻ってくるとはな」
北の山、頂上付近の洞窟にて、人の姿のままのノワールを迎えたのは黒く巨大な身体を持つゼツボーノ。
足もとにはごつごつした岩が無数にせり出している。
「もう実家が恋しくなったか?」
「……べつに、そうじゃない」
かつては同じ側に立っていた両者の間に今はもう繋がりはない。
それでもこうして二人がまた巡り合うのは、ある意味、運命とも言えよう。
「ならなぜ今さら戻ってきた?」
ゼツボーノは片側の口角だけを引き上げる。
「……質問があって」
「ここは教官室ではないぞ?」
「ホントは……聞きにきたくなんかなかったけど」
「まぁよかろう、言ってみよ」
寒い地域の山、しかも頂上に近い場所――そこには生き物はほとんどいない。それこそ、花も咲かない。雑草すらも微かにしか生えていない。そんな場所だから、音もほとんどない。時折強い風が吹き抜ける音がするくらいのものだ。
「ソレアの親、どうなってる」
ノワールの口から出た問いにゼツボーノは少々戸惑いを感じたようで「なぜそのようなことを……」とこぼした。しかし数秒後「ああ、そういうことか」と何か閃いたように独り言を呟く。それから改めて、ノワールの方へ意識を向ける。
「あぁ、あの小娘の親か。あいつらならとうに魔の者となったぞ」
――それが答えだった。
「……っ」
ノワールが心ない回答に瞳を震わせたのを見逃すゼツボーノではなかった。
「どうした、お前がなぜそのような顔をする?」
「……そうか、やっぱり。……最初から返す気なんてなかったわけだ」
「それはそうだろう、当たり前だ。そう言ったのはあの小娘をいずれここへ呼び寄せるため、理由はそれだけ」
軽やかに話すゼツボーノ。
しかし対するノワールは目つきを険しくしていた。
「……ソレアを呼び寄せて何するつもり」
「はあぁ? 簡単なこと、我が食らうのよ。その娘、治癒魔法を持っているであろう? そやつを食らえば、我は治癒の力を得、より一層強くなるに違いない――もはや最強と言っても過言ではない状態となるであろう」
「そんなことに巻き込むなよ!」
「何だ? どうした? ノワよ、生意気だな今日は……」
少し空白があって、ゼツボーノは「やれ」と短く発する。するとノワールの背後から二本のタコの脚に似た太い触手が出現し、それらはノワールの両腕に巻き付いた。触手はそのままノワールの身を持ち上げる。
「反抗期か?」
「……ソレアはいい子なんだ、普通に……普通に生活させてやりたい」
「ほほう。そう言って、先に食ってしまおうという作戦か?」
「ボクはそんなことしない! ……アンタと一緒にされたくない」
直後「生意気にもほどがある!!」とゼツボーノが叫んだ。
そしてそれと同時にノワールの身体は岩でできた壁にぶつけられる。
「ま、いいだろう。戻る気がないのなら殺すだけだ。わざわざ殺されに来るとは、お前も愚かよな」
二本の触手はノワールの腕をそれぞれ捻り上げる。その力は凄まじく、それこそ、人間の腕など枝のように折れてしまいそうなほど。肘から手の先へと電撃が走り、ノワールは思わず歯を食いしばる。額から汗の粒がはらりと落ちた。
――だが、その時。
「ノワ様ッ!!」
腹の底から響かせるような声が空気を激しく揺らした。
それはルナの声で――。
◆
ルナの背に乗って到着した山頂付近の洞窟。
「下ろすわよ!」
「はいっ」
そこで起きていることを目にした瞬間、ルナは背に乗せていた私を離した。私は歪な足取りになりつつも何とか着地。その時には既にルナは飛び上がっていて、その次の瞬間、ノワールを拘束している触手に強烈な蹴りを加えた。
しかし触手はびくともしない。
ルナの蹴りをもってしてもどうしようもないのか……。
「ノワ様! 待っていてください! すぐに助けますっ」
蹴りでは威力が足りない。それでもルナはまだ諦めていなかった。いや、恐らく、彼女の脳内に諦めなどという言葉はない。ノワールのためなら彼女は何だってするだろう。
「……なん、で、ソレアを連れてきた」
そうしている間にも、ノワールは腕を締め上げられている。
彼はそのたびに何度も顔をしかめていたが、その目は迷うことなくルナや私がいる地上を捉えている。
「ノワ様を巻き込んだ当事者だから――」
「馬鹿!!」
「……の、ノワ様、そんな怒らないで」
全力で叫ばれ、ルナは怯えたような顔をした。
本当に怖いのだろう。
声もらしくなく震えている。
「ち、違うの! ノワール、聞いて! 私が言ったの、私も行くって!」
このままではまずい、と思ったら、気づけばそんな嘘を言ってしまっていた。
「だからルナさんのせいじゃないの! 私が勝手についてきただけ! だから、ルナさんのせいじゃない!」
この状況で仲違いしていたらやっていられない。
取り敢えず、味方に怒るのはやめてもらわなくては。
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