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episode.41 貴方が望む道を行けばいい
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妻子を失った男性の大騒ぎはしばらく続いていたが、やがて静かになった。そして部屋から人が出てくる。四十代後半か五十代くらいと思われる見た目の男性だった。彼はその丸い顔を真っ赤にしながら部屋を出て、どすどす足を踏み鳴らしながら廊下を歩いてゆく。その目もとにはうっすらと涙の粒が浮かんでいた。
「ソレアさん、どうぞー」
男性を見送った頃、部屋の方から覗いてきた若い男性隊員がそう声をかけてくれた。
あんな騒ぎの後で気まずい――そう思いながらも、今さら引き返すのもおかしいと思って部屋の方へと進んでいく。
既に開いている扉から中を覗くようにしてみれば、台に腰掛けている魔の者姿のノワールが見えた。その姿勢はどことなく暗い雰囲気を漂わせていたが、目が合うと急に雰囲気が変わった。ノワールはその鋼ともゼリーとも言えそうな材質の手を挨拶がてら軽く一度掲げる。
「久しぶり、元気にしてた?」
何度会っても、久々に会う時というのは緊張してしまうものだ。それに何だか少し恥ずかしさもあって。ずっと一緒に行動していた時とはまた違った何かがある。
「……うん」
人の姿のノワールには今は会えないけれど、それでもこうして話せるだけで嬉しい。
「何だか……凄い騒ぎだったわね」
「ごめん、驚かせて」
「いいえ。大丈夫よ。そうだ、今日アイスクリーム買ってきたから」
「……溶けちゃった?」
「いえ、冷やしてもらっているの。今から頼んで持ってきてもらうわね」
近くにいた隊員に先ほどのことを伝え、預けているアイスクリームを持ってきてもらうことにした。
「ノワール、横になってなくて大丈夫なの?」
「ん。もう大丈夫」
「そう、ならいいけど……横になっている方が楽ならそうしていていいのよ」
「……縦にしてる方が違和感ない」
「そう。あ、アイスのことだけど。抹茶の他にも色々な味があったから、ちょっと多めに買ってきちゃったわ。よかったらまた後にでも食べて」
取り敢えず、台の近くに置かれた椅子に座っておこう。
立ったまま長時間話してしまうと間違いなく後で疲れる。
「……相変わらずだね」
「何を言い出すの?」
「ソレアって……ないよね、警戒心とかあまり」
「変なノワール」
「……だって、今もこんなボクに普通に喋ってるし」
少し間を空けて。
「ここにいてよく分かったよ、ボクらは……怨まれる側でしかないって」
そんなことを言う彼は寂しそうだった。
「ケド、罪があることは事実だから……償えないとしたって、それでも、謝って何とかやってくしかないんだよね……」
ちょうどその時アイスクリームが届いた。
持ってきてくれたのは女性隊員だ。
女性隊員は「お待たせしましたー」と笑顔を作りながら箱ごと渡してくれた。
「食べましょ! ね? 美味しいものを食べたらきっと暗い気持ちなんて吹き飛ぶわ!」
箱を開封。
そして中からアイスクリームを取り出すのだ。
お持ち帰り用なので蓋のついたカップに入っている。
これは便利!
「はい! 抹茶!」
蓋を開けて、抹茶アイスのカップを差し出す――がその時になって気づいた。
「あ……、これ、持てる?」
そう、今のノワールは人の姿の時とは違う。巨大とまではいかないサイズとしても、一般的な人のサイズよりかは遥かに大きいのだ。それはつまり、手も大きいということ。小さなカップは持ちづらいかもしれない。
「……持ってみる」
ノワールは慣れない様子で小鳥のようなカップを丁寧に持つ。
「持てた」
「良かった! じゃあええと、これ、スプーンね」
「小さい……」
「持てる? 無理?」
「……折らないように気をつけないと」
最初こそ戸惑っているようだったが、わりとすぐにカップとスプーンを持つことに慣れたようだった。アイテムに比べてかなり大きめな手を器用に使って抹茶アイスを少しずつ掘っていっている。
「美味しい……」
少量の抹茶アイスを口に含んで、感動したような声を漏らす。
「……懐かしいな」
アイスクリームを食べている時のノワールは、子どもの頃に思いを馳せるおじさんみたいだった。
小さなものを扱うために丸めた背から哀愁が漂っている。
「さっきみたいな人、よく来る?」
「うん」
「そう……。でもね、あまり気にしなくていいわよ。ノワールってちょっと気にするところあるでしょ? 真面目なのよ、そんな感じじゃ疲れちゃうわ」
「……ありがと」
その言葉を最後に、静寂が訪れてしまった。
私たちは共に黙々とアイスクリームを食べ進める。
口腔内には優しい甘みが広がって。
けれども、静けさの中にあるせいで、どことなく気まずさもあった。
もっと明るく色々喋ることができたなら良かったのだけれど、さすがにそれは難しかったのだ。
そうして静けさの中で食べていたら、あっという間にカップは空になってしまった。
「あー、美味しかったー!」
このアイスクリーム、あまり多くないように見えるけれど、案外食べ終わった後はしっかり食べた気分になるのだ。口腔内には甘みと冷たさだけが微かに残る。意外とべたべたした感じはない。
「……ソレア、ボクは」
ノワールはまだカップとスプーンを手にしたまま自ら口を開き始める。
「ボクは……吸い込む力は失った、でも、それで良かったと思ってる」
「そうなの?」
「……これでもう誰も傷つけずに済む」
何と言ってほしいの? そこがよく分からない。でも黙ったままというのも変かもしれないと思って。
「きっと、貴方が納得する道こそが最善の道よ」
そんな言葉を返した。
「これからはもうある程度何でも自由に選べるのだから、貴方が望む道を行けばいいと思うわ」
「……うん」
「けど、人間の姿に戻れるようになったら、もっと便利ではあるわよね」
「回復すれば、いずれ戻れる……はず」
「ええ! 楽しみにしてるわ! でも今の貴方も結構好きよ、大きいのに可愛いし」
「ソレアさん、どうぞー」
男性を見送った頃、部屋の方から覗いてきた若い男性隊員がそう声をかけてくれた。
あんな騒ぎの後で気まずい――そう思いながらも、今さら引き返すのもおかしいと思って部屋の方へと進んでいく。
既に開いている扉から中を覗くようにしてみれば、台に腰掛けている魔の者姿のノワールが見えた。その姿勢はどことなく暗い雰囲気を漂わせていたが、目が合うと急に雰囲気が変わった。ノワールはその鋼ともゼリーとも言えそうな材質の手を挨拶がてら軽く一度掲げる。
「久しぶり、元気にしてた?」
何度会っても、久々に会う時というのは緊張してしまうものだ。それに何だか少し恥ずかしさもあって。ずっと一緒に行動していた時とはまた違った何かがある。
「……うん」
人の姿のノワールには今は会えないけれど、それでもこうして話せるだけで嬉しい。
「何だか……凄い騒ぎだったわね」
「ごめん、驚かせて」
「いいえ。大丈夫よ。そうだ、今日アイスクリーム買ってきたから」
「……溶けちゃった?」
「いえ、冷やしてもらっているの。今から頼んで持ってきてもらうわね」
近くにいた隊員に先ほどのことを伝え、預けているアイスクリームを持ってきてもらうことにした。
「ノワール、横になってなくて大丈夫なの?」
「ん。もう大丈夫」
「そう、ならいいけど……横になっている方が楽ならそうしていていいのよ」
「……縦にしてる方が違和感ない」
「そう。あ、アイスのことだけど。抹茶の他にも色々な味があったから、ちょっと多めに買ってきちゃったわ。よかったらまた後にでも食べて」
取り敢えず、台の近くに置かれた椅子に座っておこう。
立ったまま長時間話してしまうと間違いなく後で疲れる。
「……相変わらずだね」
「何を言い出すの?」
「ソレアって……ないよね、警戒心とかあまり」
「変なノワール」
「……だって、今もこんなボクに普通に喋ってるし」
少し間を空けて。
「ここにいてよく分かったよ、ボクらは……怨まれる側でしかないって」
そんなことを言う彼は寂しそうだった。
「ケド、罪があることは事実だから……償えないとしたって、それでも、謝って何とかやってくしかないんだよね……」
ちょうどその時アイスクリームが届いた。
持ってきてくれたのは女性隊員だ。
女性隊員は「お待たせしましたー」と笑顔を作りながら箱ごと渡してくれた。
「食べましょ! ね? 美味しいものを食べたらきっと暗い気持ちなんて吹き飛ぶわ!」
箱を開封。
そして中からアイスクリームを取り出すのだ。
お持ち帰り用なので蓋のついたカップに入っている。
これは便利!
「はい! 抹茶!」
蓋を開けて、抹茶アイスのカップを差し出す――がその時になって気づいた。
「あ……、これ、持てる?」
そう、今のノワールは人の姿の時とは違う。巨大とまではいかないサイズとしても、一般的な人のサイズよりかは遥かに大きいのだ。それはつまり、手も大きいということ。小さなカップは持ちづらいかもしれない。
「……持ってみる」
ノワールは慣れない様子で小鳥のようなカップを丁寧に持つ。
「持てた」
「良かった! じゃあええと、これ、スプーンね」
「小さい……」
「持てる? 無理?」
「……折らないように気をつけないと」
最初こそ戸惑っているようだったが、わりとすぐにカップとスプーンを持つことに慣れたようだった。アイテムに比べてかなり大きめな手を器用に使って抹茶アイスを少しずつ掘っていっている。
「美味しい……」
少量の抹茶アイスを口に含んで、感動したような声を漏らす。
「……懐かしいな」
アイスクリームを食べている時のノワールは、子どもの頃に思いを馳せるおじさんみたいだった。
小さなものを扱うために丸めた背から哀愁が漂っている。
「さっきみたいな人、よく来る?」
「うん」
「そう……。でもね、あまり気にしなくていいわよ。ノワールってちょっと気にするところあるでしょ? 真面目なのよ、そんな感じじゃ疲れちゃうわ」
「……ありがと」
その言葉を最後に、静寂が訪れてしまった。
私たちは共に黙々とアイスクリームを食べ進める。
口腔内には優しい甘みが広がって。
けれども、静けさの中にあるせいで、どことなく気まずさもあった。
もっと明るく色々喋ることができたなら良かったのだけれど、さすがにそれは難しかったのだ。
そうして静けさの中で食べていたら、あっという間にカップは空になってしまった。
「あー、美味しかったー!」
このアイスクリーム、あまり多くないように見えるけれど、案外食べ終わった後はしっかり食べた気分になるのだ。口腔内には甘みと冷たさだけが微かに残る。意外とべたべたした感じはない。
「……ソレア、ボクは」
ノワールはまだカップとスプーンを手にしたまま自ら口を開き始める。
「ボクは……吸い込む力は失った、でも、それで良かったと思ってる」
「そうなの?」
「……これでもう誰も傷つけずに済む」
何と言ってほしいの? そこがよく分からない。でも黙ったままというのも変かもしれないと思って。
「きっと、貴方が納得する道こそが最善の道よ」
そんな言葉を返した。
「これからはもうある程度何でも自由に選べるのだから、貴方が望む道を行けばいいと思うわ」
「……うん」
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