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episode.51 今はただ、信じるのみ
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トリスタン救出のための情報を教えるのと引き換えに、ゼーレが出した条件の一つ。それは、『拘束を解くこと』だった。
私一人では決められない。そう思った私は、すぐに条件を飲むことはできなかった。しかし、ついに覚悟を決める。
多少私の立場が悪くなろうが、そんなことは気にしない。トリスタンを救うためにできることはすべてする、と。
「拘束具の外し方を私は知らないわ。だから、これで壊すわね」
私は右の袖を捲る。そして、右手首に装着された腕時計の文字盤に、左手の人差し指と中指をそっと当てた。
「もし体に当たったらごめんなさい」
なんせ、まだまともにコントロールできないのだ。拘束具だけを狙い打ちするなど、ほぼ不可能である。
「べつに構いませんよ。どうせ、腕は機械ですから」
「体にも当たるかもしれないわ」
「お気になさらず」
ゼーレはあっさりとした調子で返してくれた。
私は右腕を、ゼーレの背中側にある拘束具へ向ける。
そして、光球を放つ——。
「……っ!」
衝撃に、ゼーレは身を縮める。
放たれた赤い光球は、拘束具を砕いた。それと同時に、彼の体に絡みついていた鎖もずり落ちる。
残るは足の拘束具のみ。
「平気?」
「問題ありません」
ゼーレは落ち着いていた。
今のところ怪しい動きはない。
次は足の拘束具を外すよう試みる。腕を拘束していたものよりかは頑丈だったが、赤い光球を三四回当てるうちに外れた。
これで彼は、完全に自由の身だ。
「外したわ。これで教えてくれる?」
ゆっくりと立ち上がろうとしているゼーレに声をかける。すると彼は「まだです」と返してきた。それを聞いて私は、彼が条件は二つと言っていたことを思い出す。
「そういえば、そうだったわね。忘れていたわ」
やれやれ、といった空気を全身から漂わせてくるゼーレ。
「もう一つの条件は、何?」
彼は立ち上がりきると、銀色の仮面に覆われた顔をこちらへ向ける。
「すべてが終わるまで、他の者に口外しないことです」
それには、さすがに戸惑いを隠せなかった。
他の者に言ってはならないのなら、私一人でトリスタンを助けに行かなくてはならないではないか。無茶だ。
「私に一人で行けと言うの? あんまりだわ!」
はっきり言い放つ。
すると彼は、静かな声で「まさか」と返してきた。
「馬鹿ですかねぇ? 貴女一人が乗り込んだところで、救出など不可能でしょう」
くくく、と笑われる。
正直感じが悪い。
しかし、時折他人を小馬鹿にしたような態度をとるのは、彼の性分だ。だから気にすることはない。一応分かってはいるのだが、それでもイラッとしてしまう。
「どうして笑うのよ!」
「小さいですねぇ。すぐに怒らないで下さい」
「真面目な話をしているのよ!? 笑ってる場合じゃ……」
すると彼は、金属製の手で私の片腕を掴んできた。
バクン、と心臓が鳴る。このまま誘拐されたらどうしよう、と脳裏に不安がよぎる。
しかし乱暴な手段をとられることはなかった。
ただ、一気に体を引き寄せられたために、顔と顔の距離が接近する。
「話を聞きなさい。私が同行すると言っているのです」
「……え。ゼーレが?」
「そうです。私ならまだしも怪しまれないでしょう」
顔と顔の距離が近いことに動揺し、話が頭に入ってこない。
トリスタンはあんな質だ。すぐに接近してくる。だから、トリスタンと距離が近くなることには慣れてきた。
しかし、ゼーレは違う。
彼とはこれまで、それほど近づいたことがなかった。なので、今こうして体が触れるほど近くにいることが、信じられない。緊張やら何やらで、全身が強張る。
「でも……私たち二人だけで基地の外へ出られる?」
「その心配は要りません」
「言うのは簡単だけど、結構きっちり閉ざされているわよ。何か策はあるの?」
ゼーレだって傷を負っている身だ。
こっそり基地から抜け出せるのかどうか怪しい。
「策無しではさすがに……」
言いかけた、その時だった。
ゼーレは仮面を着けた顔を私に近づけたまま述べる。
「気にすることはありません。ここから直通で行けますから」
「え。直通って?」
想像の範囲を軽く超えていくゼーレの発言に、私はただ戸惑うことしかできなかった。
この地下牢に外へ続く道などありはしない。罪人や捕虜を収容するための牢に、そんなものが存在するわけがないではないか。それなのにゼーレは「直通」なんて言う。理解不能だ。
「まぁ……説明するのも面倒です。見せて差し上げます」
彼は、その時になってようやく、私の腕を離した。
続けて金属製の右腕を前向けに伸ばす。すると、手の周辺の空間がグニャリと歪んだ。
「え、え、え」
私は思わず情けない声を発してしまう。
この世の現象とは思えない現象が、目の前で起こったからだ。これが現実に起きていることだとは到底理解できない。しかし、ゼーレが真面目な雰囲気でいるところを見ると、冗談やまやかしなどではなさそうだ。
そのうちに、歪んだ空間は大きくなっていく。
——そしてついに、人が通れるくらいの穴となった。
「えっ……穴?」
「そうです。通れます」
私は混乱しながらゼーレへ視線を向ける。
「どこへ繋がっているの?」
トリスタンが腕時計から白銀の剣を取り出したり、私の腕時計から赤い光が放出されたり。普通考えられないような現象は、これまでに多々見てきた。しかし、別の空間に繋がる穴を作る、なんて現象は見たことがないし理解できない。
「ボスをはじめ、我々が生活している基地です」
「トリスタンは……本当にそこにいるの?」
やはり疑ってしまう。
ゼーレは私をボスに差し出すつもりなのではないか、と。
「疑い深いですねぇ、カトレア」
「そこにトリスタンがいる保証があるの?」
彼は数秒空けて、静かに「恐らく間違いないと思います」と返してきた。淡々とした、真っ直ぐな声色だ。その声を聞く感じだと、嘘を述べているとは思えない。
「信じられないなら……止めますか?」
「いっ、いいえっ! 行く! 行くわよ!」
トリスタンを助けに行く。
今はそれが何よりも優先だ。私がどうなるかなど、関係ない。
「……良い覚悟ですねぇ」
「ちゃんと案内してちょうだいよ!」
「もちろん……そのつもりです」
今日のゼーレは、なぜか、いつもより素直な気がする。
不気味さはあるが、彼はきっと裏切ったりしないだろう。
いずれにせよ彼を頼る外ないのだ——だから、信じるしかない。
私一人では決められない。そう思った私は、すぐに条件を飲むことはできなかった。しかし、ついに覚悟を決める。
多少私の立場が悪くなろうが、そんなことは気にしない。トリスタンを救うためにできることはすべてする、と。
「拘束具の外し方を私は知らないわ。だから、これで壊すわね」
私は右の袖を捲る。そして、右手首に装着された腕時計の文字盤に、左手の人差し指と中指をそっと当てた。
「もし体に当たったらごめんなさい」
なんせ、まだまともにコントロールできないのだ。拘束具だけを狙い打ちするなど、ほぼ不可能である。
「べつに構いませんよ。どうせ、腕は機械ですから」
「体にも当たるかもしれないわ」
「お気になさらず」
ゼーレはあっさりとした調子で返してくれた。
私は右腕を、ゼーレの背中側にある拘束具へ向ける。
そして、光球を放つ——。
「……っ!」
衝撃に、ゼーレは身を縮める。
放たれた赤い光球は、拘束具を砕いた。それと同時に、彼の体に絡みついていた鎖もずり落ちる。
残るは足の拘束具のみ。
「平気?」
「問題ありません」
ゼーレは落ち着いていた。
今のところ怪しい動きはない。
次は足の拘束具を外すよう試みる。腕を拘束していたものよりかは頑丈だったが、赤い光球を三四回当てるうちに外れた。
これで彼は、完全に自由の身だ。
「外したわ。これで教えてくれる?」
ゆっくりと立ち上がろうとしているゼーレに声をかける。すると彼は「まだです」と返してきた。それを聞いて私は、彼が条件は二つと言っていたことを思い出す。
「そういえば、そうだったわね。忘れていたわ」
やれやれ、といった空気を全身から漂わせてくるゼーレ。
「もう一つの条件は、何?」
彼は立ち上がりきると、銀色の仮面に覆われた顔をこちらへ向ける。
「すべてが終わるまで、他の者に口外しないことです」
それには、さすがに戸惑いを隠せなかった。
他の者に言ってはならないのなら、私一人でトリスタンを助けに行かなくてはならないではないか。無茶だ。
「私に一人で行けと言うの? あんまりだわ!」
はっきり言い放つ。
すると彼は、静かな声で「まさか」と返してきた。
「馬鹿ですかねぇ? 貴女一人が乗り込んだところで、救出など不可能でしょう」
くくく、と笑われる。
正直感じが悪い。
しかし、時折他人を小馬鹿にしたような態度をとるのは、彼の性分だ。だから気にすることはない。一応分かってはいるのだが、それでもイラッとしてしまう。
「どうして笑うのよ!」
「小さいですねぇ。すぐに怒らないで下さい」
「真面目な話をしているのよ!? 笑ってる場合じゃ……」
すると彼は、金属製の手で私の片腕を掴んできた。
バクン、と心臓が鳴る。このまま誘拐されたらどうしよう、と脳裏に不安がよぎる。
しかし乱暴な手段をとられることはなかった。
ただ、一気に体を引き寄せられたために、顔と顔の距離が接近する。
「話を聞きなさい。私が同行すると言っているのです」
「……え。ゼーレが?」
「そうです。私ならまだしも怪しまれないでしょう」
顔と顔の距離が近いことに動揺し、話が頭に入ってこない。
トリスタンはあんな質だ。すぐに接近してくる。だから、トリスタンと距離が近くなることには慣れてきた。
しかし、ゼーレは違う。
彼とはこれまで、それほど近づいたことがなかった。なので、今こうして体が触れるほど近くにいることが、信じられない。緊張やら何やらで、全身が強張る。
「でも……私たち二人だけで基地の外へ出られる?」
「その心配は要りません」
「言うのは簡単だけど、結構きっちり閉ざされているわよ。何か策はあるの?」
ゼーレだって傷を負っている身だ。
こっそり基地から抜け出せるのかどうか怪しい。
「策無しではさすがに……」
言いかけた、その時だった。
ゼーレは仮面を着けた顔を私に近づけたまま述べる。
「気にすることはありません。ここから直通で行けますから」
「え。直通って?」
想像の範囲を軽く超えていくゼーレの発言に、私はただ戸惑うことしかできなかった。
この地下牢に外へ続く道などありはしない。罪人や捕虜を収容するための牢に、そんなものが存在するわけがないではないか。それなのにゼーレは「直通」なんて言う。理解不能だ。
「まぁ……説明するのも面倒です。見せて差し上げます」
彼は、その時になってようやく、私の腕を離した。
続けて金属製の右腕を前向けに伸ばす。すると、手の周辺の空間がグニャリと歪んだ。
「え、え、え」
私は思わず情けない声を発してしまう。
この世の現象とは思えない現象が、目の前で起こったからだ。これが現実に起きていることだとは到底理解できない。しかし、ゼーレが真面目な雰囲気でいるところを見ると、冗談やまやかしなどではなさそうだ。
そのうちに、歪んだ空間は大きくなっていく。
——そしてついに、人が通れるくらいの穴となった。
「えっ……穴?」
「そうです。通れます」
私は混乱しながらゼーレへ視線を向ける。
「どこへ繋がっているの?」
トリスタンが腕時計から白銀の剣を取り出したり、私の腕時計から赤い光が放出されたり。普通考えられないような現象は、これまでに多々見てきた。しかし、別の空間に繋がる穴を作る、なんて現象は見たことがないし理解できない。
「ボスをはじめ、我々が生活している基地です」
「トリスタンは……本当にそこにいるの?」
やはり疑ってしまう。
ゼーレは私をボスに差し出すつもりなのではないか、と。
「疑い深いですねぇ、カトレア」
「そこにトリスタンがいる保証があるの?」
彼は数秒空けて、静かに「恐らく間違いないと思います」と返してきた。淡々とした、真っ直ぐな声色だ。その声を聞く感じだと、嘘を述べているとは思えない。
「信じられないなら……止めますか?」
「いっ、いいえっ! 行く! 行くわよ!」
トリスタンを助けに行く。
今はそれが何よりも優先だ。私がどうなるかなど、関係ない。
「……良い覚悟ですねぇ」
「ちゃんと案内してちょうだいよ!」
「もちろん……そのつもりです」
今日のゼーレは、なぜか、いつもより素直な気がする。
不気味さはあるが、彼はきっと裏切ったりしないだろう。
いずれにせよ彼を頼る外ないのだ——だから、信じるしかない。
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