暁のカトレア

四季

文字の大きさ
上 下
52 / 147

episode.51 今はただ、信じるのみ

しおりを挟む
 トリスタン救出のための情報を教えるのと引き換えに、ゼーレが出した条件の一つ。それは、『拘束を解くこと』だった。

 私一人では決められない。そう思った私は、すぐに条件を飲むことはできなかった。しかし、ついに覚悟を決める。
 多少私の立場が悪くなろうが、そんなことは気にしない。トリスタンを救うためにできることはすべてする、と。

「拘束具の外し方を私は知らないわ。だから、これで壊すわね」

 私は右の袖を捲る。そして、右手首に装着された腕時計の文字盤に、左手の人差し指と中指をそっと当てた。

「もし体に当たったらごめんなさい」

 なんせ、まだまともにコントロールできないのだ。拘束具だけを狙い打ちするなど、ほぼ不可能である。

「べつに構いませんよ。どうせ、腕は機械ですから」
「体にも当たるかもしれないわ」
「お気になさらず」

 ゼーレはあっさりとした調子で返してくれた。
 私は右腕を、ゼーレの背中側にある拘束具へ向ける。

 そして、光球を放つ——。

「……っ!」

 衝撃に、ゼーレは身を縮める。

 放たれた赤い光球は、拘束具を砕いた。それと同時に、彼の体に絡みついていた鎖もずり落ちる。
 残るは足の拘束具のみ。

「平気?」
「問題ありません」

 ゼーレは落ち着いていた。
 今のところ怪しい動きはない。

 次は足の拘束具を外すよう試みる。腕を拘束していたものよりかは頑丈だったが、赤い光球を三四回当てるうちに外れた。

 これで彼は、完全に自由の身だ。

「外したわ。これで教えてくれる?」

 ゆっくりと立ち上がろうとしているゼーレに声をかける。すると彼は「まだです」と返してきた。それを聞いて私は、彼が条件は二つと言っていたことを思い出す。

「そういえば、そうだったわね。忘れていたわ」

 やれやれ、といった空気を全身から漂わせてくるゼーレ。

「もう一つの条件は、何?」

 彼は立ち上がりきると、銀色の仮面に覆われた顔をこちらへ向ける。

「すべてが終わるまで、他の者に口外しないことです」

 それには、さすがに戸惑いを隠せなかった。
 他の者に言ってはならないのなら、私一人でトリスタンを助けに行かなくてはならないではないか。無茶だ。

「私に一人で行けと言うの? あんまりだわ!」

 はっきり言い放つ。
 すると彼は、静かな声で「まさか」と返してきた。

「馬鹿ですかねぇ? 貴女一人が乗り込んだところで、救出など不可能でしょう」

 くくく、と笑われる。

 正直感じが悪い。
 しかし、時折他人を小馬鹿にしたような態度をとるのは、彼の性分だ。だから気にすることはない。一応分かってはいるのだが、それでもイラッとしてしまう。

「どうして笑うのよ!」
「小さいですねぇ。すぐに怒らないで下さい」
「真面目な話をしているのよ!? 笑ってる場合じゃ……」

 すると彼は、金属製の手で私の片腕を掴んできた。
 バクン、と心臓が鳴る。このまま誘拐されたらどうしよう、と脳裏に不安がよぎる。

 しかし乱暴な手段をとられることはなかった。

 ただ、一気に体を引き寄せられたために、顔と顔の距離が接近する。

「話を聞きなさい。私が同行すると言っているのです」
「……え。ゼーレが?」
「そうです。私ならまだしも怪しまれないでしょう」

 顔と顔の距離が近いことに動揺し、話が頭に入ってこない。

 トリスタンはあんな質だ。すぐに接近してくる。だから、トリスタンと距離が近くなることには慣れてきた。

 しかし、ゼーレは違う。
 彼とはこれまで、それほど近づいたことがなかった。なので、今こうして体が触れるほど近くにいることが、信じられない。緊張やら何やらで、全身が強張る。

「でも……私たち二人だけで基地の外へ出られる?」
「その心配は要りません」
「言うのは簡単だけど、結構きっちり閉ざされているわよ。何か策はあるの?」

 ゼーレだって傷を負っている身だ。
 こっそり基地から抜け出せるのかどうか怪しい。

「策無しではさすがに……」

 言いかけた、その時だった。
 ゼーレは仮面を着けた顔を私に近づけたまま述べる。

「気にすることはありません。ここから直通で行けますから」
「え。直通って?」

 想像の範囲を軽く超えていくゼーレの発言に、私はただ戸惑うことしかできなかった。
 この地下牢に外へ続く道などありはしない。罪人や捕虜を収容するための牢に、そんなものが存在するわけがないではないか。それなのにゼーレは「直通」なんて言う。理解不能だ。

「まぁ……説明するのも面倒です。見せて差し上げます」

 彼は、その時になってようやく、私の腕を離した。
 続けて金属製の右腕を前向けに伸ばす。すると、手の周辺の空間がグニャリと歪んだ。

「え、え、え」

 私は思わず情けない声を発してしまう。

 この世の現象とは思えない現象が、目の前で起こったからだ。これが現実に起きていることだとは到底理解できない。しかし、ゼーレが真面目な雰囲気でいるところを見ると、冗談やまやかしなどではなさそうだ。

 そのうちに、歪んだ空間は大きくなっていく。

 ——そしてついに、人が通れるくらいの穴となった。

「えっ……穴?」
「そうです。通れます」

 私は混乱しながらゼーレへ視線を向ける。

「どこへ繋がっているの?」

 トリスタンが腕時計から白銀の剣を取り出したり、私の腕時計から赤い光が放出されたり。普通考えられないような現象は、これまでに多々見てきた。しかし、別の空間に繋がる穴を作る、なんて現象は見たことがないし理解できない。

「ボスをはじめ、我々が生活している基地です」
「トリスタンは……本当にそこにいるの?」

 やはり疑ってしまう。
 ゼーレは私をボスに差し出すつもりなのではないか、と。

「疑い深いですねぇ、カトレア」
「そこにトリスタンがいる保証があるの?」

 彼は数秒空けて、静かに「恐らく間違いないと思います」と返してきた。淡々とした、真っ直ぐな声色だ。その声を聞く感じだと、嘘を述べているとは思えない。

「信じられないなら……止めますか?」
「いっ、いいえっ! 行く! 行くわよ!」

 トリスタンを助けに行く。
 今はそれが何よりも優先だ。私がどうなるかなど、関係ない。

「……良い覚悟ですねぇ」
「ちゃんと案内してちょうだいよ!」
「もちろん……そのつもりです」

 今日のゼーレは、なぜか、いつもより素直な気がする。
 不気味さはあるが、彼はきっと裏切ったりしないだろう。

 いずれにせよ彼を頼る外ないのだ——だから、信じるしかない。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:20,831pt お気に入り:3,001

君は誰の手に?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:20

悪役令嬢?何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,521pt お気に入り:5,646

冷徹王子は、朝活メイドに恋をする

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:23

転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:26

処理中です...