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episode.54 迫りくる障害を越えて
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私とゼーレは、やっとのことで、コウモリ型化け物の群れを殲滅し終えた。
もちろん私一人の力ではない。ゼーレの蜘蛛型化け物たちが、炎を吐き出し、結構な数を倒したのだ。
けれども、私が何もしなかったわけではない。もはやお決まりになりつつある赤い光球を連射する攻撃で、ゼーレと蜘蛛型化け物たちを後方から援護。その間に、コウモリ型化け物を何匹か倒しもした。
皆に胸を張って話せるほどの功績ではない。こんなことを、化け物狩り部隊の隊員に自慢げに話せば、「化け物を倒すのは当たり前」と呆れられるだろう。
小型の化け物を何匹か、ぷちぷちと倒したことなど、誇らしく他人に言うほどのことではないのだ。
ただ、未熟な弱者である私にとっては、自信に繋がることだった。
「大体……片付きましたかねぇ」
ゼーレは、付近にいた高さ一メートルほどの蜘蛛の化け物一体を、滑らかな手つきで撫でていた。
彼の手は機械のような金属製。それなのに、人の手と同じくらい優しげな動き方をしている。愛する人に触れるような、小さな生き物を愛でるような、柔らかい動作だ。
「貴方の蜘蛛、強かったわね」
「普通です。それより、呑気な話をしている場合ではありません。急ぎましょう」
そうだった。
コウモリ型化け物の群れを倒しきったことで、すっかり気が緩んでしまっていたが、油断は禁物だ。
ここは敵地。いつ次の敵が現れるか分からない場所なのだから。
「行きますよ、カトレア」
「そうね。急がなくちゃ」
「口で言っても……まったく意味がありませんねぇ。言葉ではなく行動で示して下さい」
ゼーレは先に歩き出しながら、そんな嫌みを言ってきた。
彼の背を追うように、やや早足で歩き出す。なぜ早足かと言うと、置いていかれたりはぐれてしまっては困るからである。
——しかし。
前を行くゼーレの足が、突如止まった。
軽く息が上がりそうな速さで彼の後ろを歩いていた私は、一瞬転びそうになりつつ足を止める。
「何よ急に! 驚かせな……」
途中まで言って、言葉を飲み込んだ。
なぜなら、リュビエの姿が視界に入ったからだ。
独特のうねり方をした緑色の髪。目元を隠すゴーグルのようなもの。そして、全身のラインが視認できるほど体に密着した、黒いボディスーツ。
間違いない。
トリスタンを二度も傷つけた女——リュビエだ。
「こんばんは」
リュビエが足を進めるたび、ヒールが硬い音を響かせる。
淡々とした足取りで接近してくるリュビエに、ゼーレは身を固くしていた。
「来ると思っていたわ。裏切り者のゼーレ」
ゼーレとリュビエは、二人とも、ボスに使えている身だった。だから、私に力を貸すような真似をしたゼーレは、リュビエからしてみれば裏切り者なのだろう。
「そんな小娘につくなんて、甘々のお前らしいわね」
「何と言われようが……私には関係のないことです」
元から仲良さげではなかったが、二人の関係はさらに悪化していた。もっとも、片方が相手側として現れたのだから、当然と言えば当然なのだが。
「ゼーレ、お前……本当にボスを裏切る気?」
眉をひそめるリュビエ。
彼女が放ったその問いに、ゼーレは静かな声で返す。
「馬鹿らしい。いずれにせよ、切り捨てるつもりなのでしょう」
仮面越しでも分かる。ゼーレは悲しげな顔をしている、と。
地下牢で過ごすうちに彼は、ほんの少しずつではあるが、人らしくなってきた。もちろん初めが人でなかったと言うわけではない。操り人形だった彼が一人の人間に近づきつつある、という意味だ。
「やはり裏切る気なのね。なら、やむを得ないわ」
リュビエは片手を掲げる。
すると、掲げた手の指先から、細い蛇が大量に発生した。
その様は、泉から水が湧き出す光景を彷彿とさせる。もっとも、湧いてくるものが水ではなく蛇だから、泉よりずっと不気味な光景だが。
「ボスに逆らう者は、死あるのみよ」
「そう易々と殺られる気はないですがねぇ」
リュビエの残酷な発言に対し、ゼーレは強気に言い返す。
「殺られる気があるかないかなど関係ない! ボスへの反逆など許されたことではないのよ!」
珍しく声を荒らすリュビエ。
彼女はボスを心から尊敬しているのだろう。それはもう、ボスのために命を散らしても構わない、というほどに。だからこそ彼女は、ゼーレが私側にいることが許せないのだと思う。
あくまで私の想像だ。
けれども、おおよそ当たっているだろう。
リュビエが放った蛇の化け物は、一斉にゼーレへ向かっていく。ゼーレを先に潰すと決めたようである。
ゼーレは蜘蛛の化け物へ指示を出し、向かってきた細い蛇の化け物を退けていく。
「行きなさい、カトレア」
「え?」
「真っ直ぐ進めば、すぐに着くはずです」
脳内に疑問符が湧く。
この状況で言われても、十分に理解できない。
「待って。どういうこと?」
するとゼーレは、小声で返してくる。
「トリスタンを助けるのでしょう。早く行きなさい」
そこまで言われて、私はようやく理解した。ゼーレが言おうとしていることを。
だから私はしっかりと頷いた。理解した、ということが、彼にちゃんと伝わるように。
そして、一人走り出す。
トリスタンを助ける。その一心で。
「行かせないわよ!」
背後からリュビエの鋭い叫びが聞こえてきたが、振り返ることはせず、ただひたすらに前だけを見つめて走った。
もちろん私一人の力ではない。ゼーレの蜘蛛型化け物たちが、炎を吐き出し、結構な数を倒したのだ。
けれども、私が何もしなかったわけではない。もはやお決まりになりつつある赤い光球を連射する攻撃で、ゼーレと蜘蛛型化け物たちを後方から援護。その間に、コウモリ型化け物を何匹か倒しもした。
皆に胸を張って話せるほどの功績ではない。こんなことを、化け物狩り部隊の隊員に自慢げに話せば、「化け物を倒すのは当たり前」と呆れられるだろう。
小型の化け物を何匹か、ぷちぷちと倒したことなど、誇らしく他人に言うほどのことではないのだ。
ただ、未熟な弱者である私にとっては、自信に繋がることだった。
「大体……片付きましたかねぇ」
ゼーレは、付近にいた高さ一メートルほどの蜘蛛の化け物一体を、滑らかな手つきで撫でていた。
彼の手は機械のような金属製。それなのに、人の手と同じくらい優しげな動き方をしている。愛する人に触れるような、小さな生き物を愛でるような、柔らかい動作だ。
「貴方の蜘蛛、強かったわね」
「普通です。それより、呑気な話をしている場合ではありません。急ぎましょう」
そうだった。
コウモリ型化け物の群れを倒しきったことで、すっかり気が緩んでしまっていたが、油断は禁物だ。
ここは敵地。いつ次の敵が現れるか分からない場所なのだから。
「行きますよ、カトレア」
「そうね。急がなくちゃ」
「口で言っても……まったく意味がありませんねぇ。言葉ではなく行動で示して下さい」
ゼーレは先に歩き出しながら、そんな嫌みを言ってきた。
彼の背を追うように、やや早足で歩き出す。なぜ早足かと言うと、置いていかれたりはぐれてしまっては困るからである。
——しかし。
前を行くゼーレの足が、突如止まった。
軽く息が上がりそうな速さで彼の後ろを歩いていた私は、一瞬転びそうになりつつ足を止める。
「何よ急に! 驚かせな……」
途中まで言って、言葉を飲み込んだ。
なぜなら、リュビエの姿が視界に入ったからだ。
独特のうねり方をした緑色の髪。目元を隠すゴーグルのようなもの。そして、全身のラインが視認できるほど体に密着した、黒いボディスーツ。
間違いない。
トリスタンを二度も傷つけた女——リュビエだ。
「こんばんは」
リュビエが足を進めるたび、ヒールが硬い音を響かせる。
淡々とした足取りで接近してくるリュビエに、ゼーレは身を固くしていた。
「来ると思っていたわ。裏切り者のゼーレ」
ゼーレとリュビエは、二人とも、ボスに使えている身だった。だから、私に力を貸すような真似をしたゼーレは、リュビエからしてみれば裏切り者なのだろう。
「そんな小娘につくなんて、甘々のお前らしいわね」
「何と言われようが……私には関係のないことです」
元から仲良さげではなかったが、二人の関係はさらに悪化していた。もっとも、片方が相手側として現れたのだから、当然と言えば当然なのだが。
「ゼーレ、お前……本当にボスを裏切る気?」
眉をひそめるリュビエ。
彼女が放ったその問いに、ゼーレは静かな声で返す。
「馬鹿らしい。いずれにせよ、切り捨てるつもりなのでしょう」
仮面越しでも分かる。ゼーレは悲しげな顔をしている、と。
地下牢で過ごすうちに彼は、ほんの少しずつではあるが、人らしくなってきた。もちろん初めが人でなかったと言うわけではない。操り人形だった彼が一人の人間に近づきつつある、という意味だ。
「やはり裏切る気なのね。なら、やむを得ないわ」
リュビエは片手を掲げる。
すると、掲げた手の指先から、細い蛇が大量に発生した。
その様は、泉から水が湧き出す光景を彷彿とさせる。もっとも、湧いてくるものが水ではなく蛇だから、泉よりずっと不気味な光景だが。
「ボスに逆らう者は、死あるのみよ」
「そう易々と殺られる気はないですがねぇ」
リュビエの残酷な発言に対し、ゼーレは強気に言い返す。
「殺られる気があるかないかなど関係ない! ボスへの反逆など許されたことではないのよ!」
珍しく声を荒らすリュビエ。
彼女はボスを心から尊敬しているのだろう。それはもう、ボスのために命を散らしても構わない、というほどに。だからこそ彼女は、ゼーレが私側にいることが許せないのだと思う。
あくまで私の想像だ。
けれども、おおよそ当たっているだろう。
リュビエが放った蛇の化け物は、一斉にゼーレへ向かっていく。ゼーレを先に潰すと決めたようである。
ゼーレは蜘蛛の化け物へ指示を出し、向かってきた細い蛇の化け物を退けていく。
「行きなさい、カトレア」
「え?」
「真っ直ぐ進めば、すぐに着くはずです」
脳内に疑問符が湧く。
この状況で言われても、十分に理解できない。
「待って。どういうこと?」
するとゼーレは、小声で返してくる。
「トリスタンを助けるのでしょう。早く行きなさい」
そこまで言われて、私はようやく理解した。ゼーレが言おうとしていることを。
だから私はしっかりと頷いた。理解した、ということが、彼にちゃんと伝わるように。
そして、一人走り出す。
トリスタンを助ける。その一心で。
「行かせないわよ!」
背後からリュビエの鋭い叫びが聞こえてきたが、振り返ることはせず、ただひたすらに前だけを見つめて走った。
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