暁のカトレア

四季

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episode.65 ダリアに着いてから

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 長い列車の旅を終え、私たちはダリアに降り立った。

 すっきりと晴れた空と、夏のような音を立てる海が、青一色で繋がっている。
 帝都とはかなり異なる風景が懐かしい。が、その風景よりも、「懐かしい」と思ってしまう自分に驚く。ダリアから離れ、まだ半年も経ってもいないのに、こんなに懐かしいのが不思議だ。

「ここがマレイちゃんが暮らしてた街なんだねっ。凄い田舎だけど、綺麗!」

 アニタの宿へ行く道中、隣を歩いていたフランシスカが言った。

 凄い田舎、は余計だが、ダリアの美しさを分かってくれている様子なのは嬉しい。なんせ青が綺麗なのだ、この街は。

「マレイちゃんはこんな綺麗なところで、宿のお手伝いなんてしてたの?」
「えぇ。そうよ」

 あっさり答えると、彼女は満面の笑みで述べる。

「もったいないことしてたんだね!」

 はい? と言いたくなる気分だ。
 とにかくどこかで働かなくては、生きていけない状況だったのだ。それに、職場を選ぶ余裕なんてなかった。そんな状況でまともな宿に勤められていたのだから、感謝しなくてはならない。

 もっとも、ずっと帝都暮らしのフランシスカには分からないのだろうが。


 少しして宿に着く。
 なぜか私が先頭になってしまったため、恐る恐る、アニタの宿の入り口の扉を開ける。帝国軍の一員として泊りにやって来た私を見たら、アニタはどんな顔をするだろうか。

 また何やら叱られそうな気もするが、今やそんなことは怖くない。

 キィ、と音を立てて扉は開く。
 するとそこには、懐かしい風景が広がっていた。宿泊客が食事をとる一階だ。

「こんにちはー」

 私はやや小さめの声で挨拶をしてみる。
 しかしアニタからの返事はない。
 しばらく待ってみるも、誰も出てこない。それに、私が勤めていた頃より、空いている気がする。寂しげな空気が一階全体を満たしていた。

「……留守か?」

 後ろにいたグレイブが、私の前辺りまで歩いてくる。

「マレイ、この時間は留守のことが多かったか?」
「いえ。お昼時は大体一階にいるはずなんですけど……」

 おかしい。こんな昼間から、アニタが席を外すはずはない。だって、今の時間帯は、一番宿泊客が予約に来る時間だもの。アニタは、書き入れ時に外出するほど、マイペースな人ではないはずだ。

「もしかして……何かあったのかな?」

 不安げな表情になるフランシスカ。
 漂う空気が固くなっていく。

「よく分からないが、何かあったら問題だ。そこらまで様子を見てこよう。フランも来れるか?」
「はいっ」
「よし。では行こう」

 グレイブはアニタを探しにいく気のようだ。
 彼女の持つ、慣れない街でも怯まない行動力は、尊敬する。遠征部隊に所属していた頃に培った力だろうか。

 宿を出ていくグレイブとフランシスカの後を、シンが追いかけていく。大きな声で「待って下さいよぉぉぉ!」などと言いながら。

 なかなか珍妙な光景だ。
 ダリアで暮らす人たちに、不審な集団と思われないといいが……。


 グレイブらが出ていった後、私以外で唯一その場に残っていたゼーレが呟く。

「やれやれ。行ってしまいましたねぇ」

 確かに、それは思う。
 慣れていない街でいきなり動くなど、私だったらできない。

「行動が早いわよね」
「慣れない地では下手に動かない方がいいと思うのですがねぇ」
「……ゼーレにしては珍しく、まともなこと言っているわね」
「珍しく、は余計です」

 そんな風に、ゼーレと冗談混じりの会話をしていると、トントントントン、と足音が聞こえてきた。それは、二階からの階段を降りる時の音だ。この宿屋で働いていたからこそ分かる。

 アニタが降りてきた。

 そう思い、階段の方へ顔を向ける——が、アニタではなかった。

 さらりと流れる金の髪。
 階段を降りてきたその人に、私は愕然とする。

「とっ、トリスタン!?」

 暫し頭がついていかなかった。

 休息するよう言われていたトリスタンがここにいるなんて、夢でも見ているのではないか、といった感じだ。

 一つにまとめた長い金髪。深みのある青をした双眸。見慣れたトリスタンの容姿だが、今見ると、不思議という感じしかしない。
 隣のゼーレを一瞥してみる。やはり彼も言葉を失っていた。

「びっくりさせちゃったかな? マレイちゃん」

 トリスタンは柔らかく微笑みかけてくる。だが、私の心は疑問に満ちたままだ。

「どうしてトリスタンがここにいるの?」
「基地にいようと思っていたけど、やっぱりマレイちゃんに会いたくてね。ちなみに、宿泊費は自腹だよ」

 マレイちゃんに会いたくて、は気恥ずかしいので止めてほしい。
 特に、ゼーレがいる時は止めていただきたいものだ。というのも、ゼーレはそういったことに敏感なので、ややこしくなりがちなのだ。

「トリスタンも戦うの?」
「ううん、戦いはしないよ。なんせ休めと言われているからね」

 一応分かってはいるらしい。

「ただ、マレイちゃんと離れるなんて嫌だったからね。つい来てしまったんだ」

 つい来てしまった、でいいのか。大人なのにそれで大丈夫なのか。
 突っ込みたいことは色々あるが、色々ありすぎて突っ込む気にもなれない。

「せっかくのマレイちゃんと楽しめる機会だからね」

 トリスタンは私の手をとり、そっと握ってくる。

「戦えないにしても、来ないわけにはいかないよ」
「相変わらずね、トリスタン」
「え、そう?」

 言いながら、首を傾げるトリスタン。その目つきは柔らかい。どうやらトリスタンは、無自覚でこのような発言をしているようだ。

 トリスタンに会えたのは嬉しいが——少々疲れそうな予感がする。
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