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episode.77 楽しむことも悪くない
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翌朝、宿の一階に集まると、グレイブより本日の予定について連絡があった。
「まずは朝食を済ませろ。その後は海岸の警備にあたりつつ、カニ型が来るまで自由時間とする」
やはりゼーレは来ていない。あの怪我では朝食は無理だったのだろう。
そんなことを考えていると、隣の席のフランシスカが、こそっと話しかけてくる。
「自由時間、やったねっ」
少女風の愛らしい顔に浮かぶ笑み。それは、向日葵のように明るい雰囲気を漂わせている。ほんの少しの自由時間を喜ぶなんて可愛い、と内心思ってしまった。
化け物狩り部隊の隊員たちのためにアニタが作ってくれた朝食は、私が予想していたより、ずっと豪華だった。
ガーリックの香りが食欲をそそるスライスパン。アニタお得意の胡椒がかかったスクランブルエッグ。ハム入りのサラダにはオリーブのドレッシングがかかっていて、おしゃれな味わいだ。
「マレイちゃんっ。この魚、美味しいね!」
言いながらフランシスカが指差したのは、テーブルの上の大皿。表面だけ軽く炙った魚の切り身をトマトソースで和えた料理が乗っていた。この大皿は一つのテーブルに一つである。
「生っぽい魚ってあまりたべたことなかったけど、結構いいね!」
珍しい魚料理に、フランシスカはご機嫌だ。
「そういえば、帝都は肉が多いわよね」
「うんっ。帝都じゃ魚は、ほぼ、干したものだけだしっ」
同じレヴィアス帝国といえども、ダリアと帝都では環境がかなり異なる。食事の内容に差があるのも当然だろう。
「マレイちゃんも食べたら? 美味しいよっ」
フランシスカは笑顔で勧めてくれる。断るのも申し訳ないので、食べてみることにした。
トマトソースのかかった魚の切り身を口へ運ぶ。切り身が舌に触れた瞬間、トマトの酸味が鼻に抜ける。
「どう?」
心なしか残っているトマトの皮の食感は多少気になる。だが、魚の身も一緒に噛むため、不快感を覚えるほど気になるということはない。許容できる範囲だ。
「美味しいよねっ?」
フランシスカが聞いてくる。
しかし私は、すぐには答えられなかった。食べることに意識が傾いてしまっていたためである。
魚の身は絶妙の食感だった。
炙られた表面はホロリと崩れる。だが、それ以外の生に近しい部分は、しっかりと歯応えがある。これは、間違いなく、調理法が生み出した奇跡だ。
思う存分堪能した後、フランシスカに目を向けて言う。
「美味しいわ!」
すると彼女は両の手のひらを合わせた。
「だよねっ。フランもこんなの作れるようになりたいな!」
ミルクティー色の髪がふわりと揺れる。
まるで天使のようだと、私は思った。
「さぁぁぁーっ! いよいよこの時が来ましたねぇぇぇーっ!」
海に面した砂浜に立ち、地平線に向かって叫ぶのはシン。太陽の光は眩しいくらいに降り注いでいる。
「海遊びぃぃぃぃぃっ!!」
カニ型化け物——通称シブキガニはまだ現れそうにないため、海辺で少しばかり遊ぶことになったのだった。
ちなみに、フランシスカの提案である。
彼女はこういう場合に備え、水着を持ってきていたらしい。それを知り、私は驚くばかりだった。彼女の準備の良さには頭が上がらない。
「キタアァァァー!!」
「……黙れ、シン」
「あっ。グレイブさん。す、すみません」
凄まじい咆哮をあげていたシンは、グレイブに淡々とした調子で制止され、申し訳なさそうに身を縮める。
グレイブはシンを止めてから、私の方を向いた。
「フランはまだ来ていないのか」
「はい。多分今着替えているかと……」
スカイブルーのカッターシャツを着たグレイブは、はぁ、と溜め息を漏らす。
「提案しておいて集合に遅れるとは、まったく、自由すぎだな」
長い黒髪を耳にかける仕草をしながら、彼女は、そんな文句を呟いていた。
確かに、提案者が遅れるというのは、普通は起こりそうにないことだ。だが、提案者が自由人のフランシスカだから、十分に起こり得ることだと思う。
そんなことを考えていると、可愛らしさのある高い声が聞こえてきた。
「ごめんなさーいっ!」
声がした方へ視線を向ける。すると視界にフランシスカの姿が入った。
「遅いぞ! フラン!」
グレイブは少し不機嫌そうに振る舞う。
だが私にとっては、グレイブの機嫌やフランシスカが遅れてきたことなど、どうでもよかった。それよりも大きな驚きがあったのである。
それは、フランシスカが水着で走ってきていることだ。
「お待たせしました!」
「まったく。水着に着替えるのは勝手だが、待たせないでくれ」
「ごめんなさいって言ってるじゃないですかっ」
フランシスカは桃色のビキニを身にまとっていた。
青に包まれたこの場所では、桃色が非常に目立つ。
「まぁそうだな。これ以上言っても仕方がない。仕事ではないし、今回は許すとしよう」
「グレイブさんって、正直、いちいち面倒臭いですね!」
明るい笑顔でばっさりと言い放つ。
しかし、今の私にとっては、そんなのは些細なこと。それよりも、フランシスカが恥ずかしげもなく露出の多い格好をしていることの方が、ずっと気になる。近くには男性もいるというのに、惜しげもなく肌を見せるなんて、私には考えられない。
さすがはフランシスカ、という感じだ。
「そうだ、マレイちゃん」
「何?」
フランシスカが急にくるりとこちらを向いたので「何だろう?」と思っていると、彼女は両手をこちらへ差し出す。その手には真っ赤な水着。
「これ着てよっ」
……え?
一瞬私は固まる。話に頭がついていかない。
「どうせ水着なんて持ってないんでしょ? フランの貸してあげる!」
「え、私が……これを?」
「そうだよっ。着てみてよ!」
無理だ。人前で水着を着るなんて、できるわけがない。
なんせ私は、フランシスカのように自分に自信があるタイプではない。意味もなく肌を他人に晒すなど、絶対に嫌である。
「い……嫌よ。水着なんて」
「マレイちゃんったら、何言ってるの! 可愛い水着は女の子の特権だよ!?」
それはそうかもしれないが……。
だが、私には、露出の激しい格好をする勇気などない。
何とか断ろうとしていると、彼女は赤い水着を私に押し付けてくる。よほど私に水着を着せたいらしい。けれど、こればかりは、大人しく従うことなどできない。
「どうして嫌がるのっ?」
「露出が激しい格好は嫌なのよ」
「いやいや! これはワンピースタイプだし、全然露出とかないよっ!?」
確かに、ビキニよりかはましかもしれないが、それでも脚や腕は派手に出るではないか。それに、ワンピースではなく、あくまでワンピースタイプの水着だ。体のラインも出る。ラインが出たりなんかすれば、たるんでいる、と笑われそうだ。
「ほらほらっ」
「嫌! 水着は着ないわ!」
いくら圧力をかけられようが、こればかりは絶対に下がったりしない。
「どうしてっ? 絶対似合うのに!」
「いや、だから、似合う似合わないの問題じゃなくて」
そんなことで揉み合うことしばらく。
ようやく、グレイブが口を挟んでくれる瞬間が来た。
「フラン。無理矢理というのは問題だ」
淡々とした声に、私は内心安堵の溜め息を漏らす。
グレイブが参加してきてくれて助かった。今、グレイブは私にとって、救世主である。
「えー。でもせっかく持ってきたのにっ」
「そうだな。それはある。だから一つ提案だ」
……ん?
「私が着る、というのはどうだ」
えぇ……。
大人のグレイブが真っ赤なワンピースタイプは厳しくないだろうか。
いや、もちろん美人だから何でも似合うだろうし、一部の層には人気が出そうな気がしないこともないが。
「まずは朝食を済ませろ。その後は海岸の警備にあたりつつ、カニ型が来るまで自由時間とする」
やはりゼーレは来ていない。あの怪我では朝食は無理だったのだろう。
そんなことを考えていると、隣の席のフランシスカが、こそっと話しかけてくる。
「自由時間、やったねっ」
少女風の愛らしい顔に浮かぶ笑み。それは、向日葵のように明るい雰囲気を漂わせている。ほんの少しの自由時間を喜ぶなんて可愛い、と内心思ってしまった。
化け物狩り部隊の隊員たちのためにアニタが作ってくれた朝食は、私が予想していたより、ずっと豪華だった。
ガーリックの香りが食欲をそそるスライスパン。アニタお得意の胡椒がかかったスクランブルエッグ。ハム入りのサラダにはオリーブのドレッシングがかかっていて、おしゃれな味わいだ。
「マレイちゃんっ。この魚、美味しいね!」
言いながらフランシスカが指差したのは、テーブルの上の大皿。表面だけ軽く炙った魚の切り身をトマトソースで和えた料理が乗っていた。この大皿は一つのテーブルに一つである。
「生っぽい魚ってあまりたべたことなかったけど、結構いいね!」
珍しい魚料理に、フランシスカはご機嫌だ。
「そういえば、帝都は肉が多いわよね」
「うんっ。帝都じゃ魚は、ほぼ、干したものだけだしっ」
同じレヴィアス帝国といえども、ダリアと帝都では環境がかなり異なる。食事の内容に差があるのも当然だろう。
「マレイちゃんも食べたら? 美味しいよっ」
フランシスカは笑顔で勧めてくれる。断るのも申し訳ないので、食べてみることにした。
トマトソースのかかった魚の切り身を口へ運ぶ。切り身が舌に触れた瞬間、トマトの酸味が鼻に抜ける。
「どう?」
心なしか残っているトマトの皮の食感は多少気になる。だが、魚の身も一緒に噛むため、不快感を覚えるほど気になるということはない。許容できる範囲だ。
「美味しいよねっ?」
フランシスカが聞いてくる。
しかし私は、すぐには答えられなかった。食べることに意識が傾いてしまっていたためである。
魚の身は絶妙の食感だった。
炙られた表面はホロリと崩れる。だが、それ以外の生に近しい部分は、しっかりと歯応えがある。これは、間違いなく、調理法が生み出した奇跡だ。
思う存分堪能した後、フランシスカに目を向けて言う。
「美味しいわ!」
すると彼女は両の手のひらを合わせた。
「だよねっ。フランもこんなの作れるようになりたいな!」
ミルクティー色の髪がふわりと揺れる。
まるで天使のようだと、私は思った。
「さぁぁぁーっ! いよいよこの時が来ましたねぇぇぇーっ!」
海に面した砂浜に立ち、地平線に向かって叫ぶのはシン。太陽の光は眩しいくらいに降り注いでいる。
「海遊びぃぃぃぃぃっ!!」
カニ型化け物——通称シブキガニはまだ現れそうにないため、海辺で少しばかり遊ぶことになったのだった。
ちなみに、フランシスカの提案である。
彼女はこういう場合に備え、水着を持ってきていたらしい。それを知り、私は驚くばかりだった。彼女の準備の良さには頭が上がらない。
「キタアァァァー!!」
「……黙れ、シン」
「あっ。グレイブさん。す、すみません」
凄まじい咆哮をあげていたシンは、グレイブに淡々とした調子で制止され、申し訳なさそうに身を縮める。
グレイブはシンを止めてから、私の方を向いた。
「フランはまだ来ていないのか」
「はい。多分今着替えているかと……」
スカイブルーのカッターシャツを着たグレイブは、はぁ、と溜め息を漏らす。
「提案しておいて集合に遅れるとは、まったく、自由すぎだな」
長い黒髪を耳にかける仕草をしながら、彼女は、そんな文句を呟いていた。
確かに、提案者が遅れるというのは、普通は起こりそうにないことだ。だが、提案者が自由人のフランシスカだから、十分に起こり得ることだと思う。
そんなことを考えていると、可愛らしさのある高い声が聞こえてきた。
「ごめんなさーいっ!」
声がした方へ視線を向ける。すると視界にフランシスカの姿が入った。
「遅いぞ! フラン!」
グレイブは少し不機嫌そうに振る舞う。
だが私にとっては、グレイブの機嫌やフランシスカが遅れてきたことなど、どうでもよかった。それよりも大きな驚きがあったのである。
それは、フランシスカが水着で走ってきていることだ。
「お待たせしました!」
「まったく。水着に着替えるのは勝手だが、待たせないでくれ」
「ごめんなさいって言ってるじゃないですかっ」
フランシスカは桃色のビキニを身にまとっていた。
青に包まれたこの場所では、桃色が非常に目立つ。
「まぁそうだな。これ以上言っても仕方がない。仕事ではないし、今回は許すとしよう」
「グレイブさんって、正直、いちいち面倒臭いですね!」
明るい笑顔でばっさりと言い放つ。
しかし、今の私にとっては、そんなのは些細なこと。それよりも、フランシスカが恥ずかしげもなく露出の多い格好をしていることの方が、ずっと気になる。近くには男性もいるというのに、惜しげもなく肌を見せるなんて、私には考えられない。
さすがはフランシスカ、という感じだ。
「そうだ、マレイちゃん」
「何?」
フランシスカが急にくるりとこちらを向いたので「何だろう?」と思っていると、彼女は両手をこちらへ差し出す。その手には真っ赤な水着。
「これ着てよっ」
……え?
一瞬私は固まる。話に頭がついていかない。
「どうせ水着なんて持ってないんでしょ? フランの貸してあげる!」
「え、私が……これを?」
「そうだよっ。着てみてよ!」
無理だ。人前で水着を着るなんて、できるわけがない。
なんせ私は、フランシスカのように自分に自信があるタイプではない。意味もなく肌を他人に晒すなど、絶対に嫌である。
「い……嫌よ。水着なんて」
「マレイちゃんったら、何言ってるの! 可愛い水着は女の子の特権だよ!?」
それはそうかもしれないが……。
だが、私には、露出の激しい格好をする勇気などない。
何とか断ろうとしていると、彼女は赤い水着を私に押し付けてくる。よほど私に水着を着せたいらしい。けれど、こればかりは、大人しく従うことなどできない。
「どうして嫌がるのっ?」
「露出が激しい格好は嫌なのよ」
「いやいや! これはワンピースタイプだし、全然露出とかないよっ!?」
確かに、ビキニよりかはましかもしれないが、それでも脚や腕は派手に出るではないか。それに、ワンピースではなく、あくまでワンピースタイプの水着だ。体のラインも出る。ラインが出たりなんかすれば、たるんでいる、と笑われそうだ。
「ほらほらっ」
「嫌! 水着は着ないわ!」
いくら圧力をかけられようが、こればかりは絶対に下がったりしない。
「どうしてっ? 絶対似合うのに!」
「いや、だから、似合う似合わないの問題じゃなくて」
そんなことで揉み合うことしばらく。
ようやく、グレイブが口を挟んでくれる瞬間が来た。
「フラン。無理矢理というのは問題だ」
淡々とした声に、私は内心安堵の溜め息を漏らす。
グレイブが参加してきてくれて助かった。今、グレイブは私にとって、救世主である。
「えー。でもせっかく持ってきたのにっ」
「そうだな。それはある。だから一つ提案だ」
……ん?
「私が着る、というのはどうだ」
えぇ……。
大人のグレイブが真っ赤なワンピースタイプは厳しくないだろうか。
いや、もちろん美人だから何でも似合うだろうし、一部の層には人気が出そうな気がしないこともないが。
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