暁のカトレア

四季

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episode.97 少し面倒な男

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 翌日から、帝都にある帝国軍基地では、警備が強化されることとなった。リュビエから宣戦布告があったからである。いつ襲撃されるか分からない以上、仕方のないことだ。

「あー、やだやだっ。フラン、こういう空気嫌いっ!」
「……愚痴ばかり一人前に。うるさいですねぇ」
「何それ! 感じ悪いっ!」

 私は今、フランシスカとゼーレとトリスタンの三人と共に、食堂で過ごしている。

 席順はというと、私の左右にゼーレとトリスタン、向かい側にはフランシスカだけ。どう考えても不自然な座り方だ。そこからも分かるように、何とも言えない微妙な関係性の四人ではあるが、嫌な感じはしない。

 ……ただし、喧嘩が起こらないよう気をつけなくてはならない。

「そういえばトリスタン、昨夜は当番だったんだよねっ?」

 パンケーキを頬張りながら尋ねるフランシスカ。
 トリスタンはそれに対して、テンションの低い静かな声で返す。

「そうだけど」

 私と話す時とは大きく異なる面倒臭そうな態度だ。直接関係していない私でさえ、ひやひやしてしまう。

「確か、足首痛めてたよね? 大丈夫だったのっ?」
「君に心配されるようなことじゃないよ」

 トリスタンは相変わらず冷たい。

 だが、フランシスカの心は強かった。一瞬言葉を詰まらせこそしたものの、笑顔はまったく崩さず、話を継続する。

「そうなんだ! 大丈夫だったなら良かった!」

 彼女はそう言って、小さめになったパンケーキを口へ運ぶ。フォークを持つ右手が綺麗だ。
 パンケーキを非常に美味しそうに食べる彼女を眺めていると、自然と、こちらまで食べたくなってきた。

「トリスタンは昨日どのくらい倒したのっ?」
「狼型を三十三」
「へぇー! 凄いっ! さすがトリスタン!」

 フランシスカは明るい声色で大袈裟に褒める。
 トリスタンに気に入られたいがためなのか、空気を明るくしようとしてなのかは、分かりようがない。だがいずれにしても、彼女の存在が場を華やがさせてくれていることに変わりはないのだ。

 向日葵のような明るさを持つ彼女もまた、このような暗い世界には欠かせない種類の人間だと、私は思う。

「べつに凄くなんてないよ。ただ、狼型に慣れているだけだから」
「慣れてたって、三十三は凄いよ! だってフラン、前に狼型と戦った時、五匹くらいの群れに超苦戦したもんっ!」
「いや、それは君が接近戦に弱いからってだけだと思うよ」

 トリスタンはばっさりと言った。相変わらず、フランシスカに対してだけは厳しい。

「ちょっとトリスタン! それはさすがに酷いっ!」
「僕は事実を述べただけだけど」
「真実だとしても、言って良いことと悪いことがあるんだよっ!?」

 確かに、と思わないことはない。しかし、私は気軽に首を突っ込める立場ではないので、ひとまず傍観しておくことにした。

 ぼんやり過ごすというのも、時には悪くないものだ。

 そんなことを思いながら、隣の席のゼーレへ視線を向ける。

 彼は非常に退屈そうな顔をしていた。ふわぁ、とあくびをしている。
 こんなにのんびりしたゼーレを見るのは、初めてかもしれない。

 少しして私が目を向けていることに気づいたらしいゼーレは、すぐに、すっと背を伸ばす。だらしない姿を見られたくなかったのかもしれない。

「何です?」

 澄まし顔で口を開くゼーレ。
 直前まであくびをしていた人と同一人物だとは到底思えぬ、凛とした振る舞いである。ここまで急に変わると、もはや愛らしさすら感じられる。

「いえ。ただ、何かお話しようかなって、そう思っただけよ」

 特に何か用があったわけではない。

「……そうですか」

 小さな溜め息を漏らしつつ応じるゼーレの表情は、どこか残念そうだった。
 何を残念に思っているのかまでは分からない。ただ、もしかしたら、先ほどの私の発言は、彼の望んでいた答えではなかったのかもしれない。

「ゼーレ、どうしてそんなに残念そうなの?」

 彼の心を理解しようと、質問してみる。

 本当は、こんな質問をするのは失礼なことなのだろう。分からないからといって気軽に尋ねていいようなことではない、ということは私にも分かる。

 だが、それでも私は尋ねた。

 最終的に、分からないことを放置しておくことの方が失礼だろう、と判断したからである。

「残念そう……とは? どういう意味です?」

 私の質問に対し、ゼーレは首を傾げた。
 問いの意図が分からない、といった顔つきをしている。

「えっと、だから、その……」

 いざ聞かれると返答に困ってしまった。

 だって、私自身が勝手に「残念そうな表情をしているな」と思って尋ねただけだから。彼から「残念だ」と言われたわけではないから。

 単に私の考えすぎという可能性だってある。
 もしそうだったら、自意識過剰のようで、少々恥ずかしい。……いや、少々ではない。個人的には、かなり恥ずかしい。

「私が残念そうな顔をしていた、ということですかねぇ?」
「そ、そう! そんな気がしたのよ! でも……気のせいだったのかもしれないわ」

 焦りがあったせいか、ぎこちない話し方になってしまった。
 ゼーレに笑われたらどうしよう、という、小さな不安の芽が生まれる。

 けれども、彼は笑ったりはしなかった。

「そうでしたか……今後は気をつけます」

 落ち着いた声でそう述べる彼の顔を見た瞬間、「笑われたらどうしよう」という不安の芽は一瞬にして消え去った。彼の顔に浮かぶ表情が真面目なものだったからである。

 そこへ、口を挟んでくるフランシスカ。

「なになに? どうしたのっ? 喧嘩?」

 フランシスカは、私とゼーレを交互に見つつ、何やら楽しげな顔をしている。その口振りからして、喧嘩を期待しているようだ。
 しかし、残念ながら喧嘩ではない。

「マレイちゃんは優しいから、喧嘩なんかしないよね」

 続けて口を挟んできたのはトリスタン。
 彼は「優しい」と言ってくれるが、昨夜散々当り散らしてしまった件があるため、何とも言えない複雑な気分だ。

「えーっ! そうなの? マレイちゃんって喧嘩しないのっ?」
「ちょっと待ってくれるかな、フラン。君はマレイちゃんを、喧嘩なんて野蛮なことをする人だと思っていたの?」
「べっ、べつに、野蛮なことをする人だなんて思ってはいないけどっ……」

 弁明しようとするフランシスカへ、訝しむような視線を向けるトリスタン。

「本当に? 少しは思っていたから、『喧嘩?』なんて聞いたんじゃないのかな」
「違うよっ」

 フランシスカは首を大きく左右に振る。だがトリスタンは納得しない。

「心の奥に聞いてごらん? 本当に思っていなかったのかな?」
「待って待って! トリスタン、ストップ!」

 ややこしいことを言いだす彼を、私は慌てて制止する。

 これ以上放っておいたら、危うくまた揉め事になるところだった。

「トリスタンは、それ以上何も言わないでちょうだい」
「でもマレイちゃん……」
「いいの。私のことは心配しないで」
「分かったよ」

 何だろう。この流れ、経験したことがあるような気がする。

「……まったく。いちいち面倒臭い男ですねぇ……」

 私たちが騒いでいるその横で、ゼーレは一人、呆れたように漏らしていた。

 もしかしたら、彼が一番大人かもしれない。
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