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episode.120 繋がれた腕
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グレイブとライオン型化け物の戦いに決着がつき、辺りが静かになった、その時だった。
突如左腕を掴まれるような感覚を覚え、私は反射的に振り返る。するとそこには、ボスが立っていた。私の腕を掴んでいるのは彼だったようだ。
「……いつの間に」
私は思わず漏らした。
移動する気配なんてまったく感じなかったにもかかわらず背後に回られていたことに、私はただ驚くことしかできない。
ボスほどの大柄な者が動くのを誰一人気づかなかったなんてことはあり得ないはずだ。にもかかわらず、今私が気づく瞬間まで誰も何も言わなかった。それはもう、謎としか言い様がない。
「この我を騙そうとした罪、その身をもって償ってもらおう」
「……っ!」
ボスの言葉に、私は思わず身震いしてしまった。
この期に及んで恐怖心を抱いてしまうなんて情けない。こういう時こそ強くあらなければならないというのに。
「……離して下さい」
私は何とか平静を装い、言ってやる。
怖くて怖くて、怖いけれど。でも、だからといって、弱気になるわけにはいかない。
グレイブもトリスタンも他の隊員たちも、怯まず戦っているのだ。フランシスカやゼーレも、ここにはいないけれど、きっと頑張ってくれていることだろう。なのに私だけ恐怖心に負けるなんて、許されないことだ。
「マレイちゃんに触れるんじゃない!」
私がボスに左腕を掴まれていることに気づいたトリスタンは、白銀の剣を手にしたまま鋭く叫ぶ。
しかしボスは何も返さない。ただ、ほんの一瞬目を向けただけだった。
「マレイ・チャーム・カトレア。我に逆らうことがどれほど愚かなことか、今から教えてやる」
「……何するつもり?」
「言うほどのことではない。ただ——」
刹那、ボスに体を引き寄せられる。顔と顔が一メートルも離れていないくらいの距離に近づく。ボスの口からはコーヒーの香りがした。
「見せてやるだけのことだ」
一体何を。
不安で胸の鼓動が加速する。
「マレイちゃんを離せ!」
耳へ飛び込んでくるのはトリスタンの鋭い叫び声。それに対し、ボスは不快そうに顔を歪める。
「……騒ぐな」
ボスは、不快感に顔を歪めると同時に、地鳴りのような低い声でそう言った。静かながらも迫力のある、威圧的な言い方だ。
「そのように騒ぐのならば、この小娘を酷い目に遭わせてやる」
「そうはさせない!」
脅すような発言をするボス。だがトリスタンは、そんな適当な脅しに怯むような人間ではなかった。
「返してもらうよ!」
彼は白銀の剣を握ったまま、ボスのいる方へと駆けてくる。腕時計で身体能力を強化しているからだろう、かなりのスピードだ。
しかしボスは、眉一つ動かさない。トリスタンの方へ視線を向けたまま、じっと動きを止めていた。
トリスタンは、そんなボスへ、あっという間に迫る。
「覚悟!」
白銀の剣を大きく振り上げ、勢いよく振り下ろす。その様は、まるで白い閃光が走ったかのようだ。
猛スピードでの接近。そして、至近距離からの一撃。これを防げる者は、この世にはいないだろう。いくらボスでも、さすがに対応できないはずだ。
——そう思っていたのだが。
「遅いぞ」
ボスはしっかりと対応していた。
私の腕を掴んでいない空いている方の手で、白銀の剣の刃の部分を握っていたのである。
「……止めた!?」
これにはトリスタンも驚きを隠せない。
「お主の攻撃パターンは、すべて把握している」
ボスの剣先を握る手から、血は一滴も流れていなかった。
素手で刃物を握ったりすれば、普通なら、血が出ることは避けられないだろう。それも、勢いよく振り下ろしている途中で握ったのだから、出血する可能性はなおさら高くなるはずである。しかし、ボスの手からは何も出ていない。妙だ。
「……それは嘘だね」
「いいや、嘘などではない」
静かな声で述べるや否や、ボスは握った剣先を軸にして、トリスタンを地面へ叩きつけた。ダァン、と痛々しい音が響く。
「止めて!」
私は思わず叫んだが、ボスは何も返してくれなかった。もはや私と話す気はないのかもしれない。
地面に叩きつけられながらも、トリスタンはすぐに立ち上がった。だが、彼が立ち上がった瞬間を狙い、ボスはトリスタンへ手のひらを向ける。何だろう? と思っていると、ボスの手のひらから波動のような何かが飛び出した。
「くっ……」
トリスタンは咄嗟に白銀の剣を前に出し、ボスが放った波動のような何かを防ごうとする。
「そんな!」
けれど、無意味だった。
ボスが手のひらから放った波動のような何かは、白銀の剣の刃部分を、ほんの数秒で砕いてしまったのである。防御する術を失ったトリスタンは、波動のような何かをもろに浴びてしまう。そして、その場に倒れ込んだ。
「う、ぐ……」
半ば横たわるような姿勢になり、肩を抱えて震えるトリスタン。トリスタンだとは到底思えないような、弱々しい様子だ。均整のとれた美しい顔も、苦痛に歪んでいる。
「トリスタンに何をしたの!」
思わず口から滑り出ていた。
言うべきではなかった、と後悔しても、時既に遅し。
「……何をした、だと?」
「私はまだいいわ。でも、トリスタンにまで酷いことをするのは止めて!」
するとボスは、私の左腕を掴む手に力を加えた。
ミシミシと軋むような音が鳴る。強く握られた左腕に、折れてしまうのでは、と思うような痛みが走った。
「……痛っ」
「マレイ・チャーム・カトレア、お主は大人しくしているがいい。後で思う存分楽しませてやる」
「……大人しくなんて、しないわ」
左腕が自由になれば腕時計の力を使える。そうすれば、ボスに一撃浴びせることができるかもしれない。倒すことはできずとも、多少ダメージを与えるくらいは可能なはずだ。
ただ、この凄まじい握力からどうやって逃れるかが問題である。
「マレイちゃん! 無理しなくていいよ!」
色々と考えていた時、弱々しく地面に倒れ込んでいるトリスタンが、そんなことを言ってきた。
「君一人で解決しようとしないで! 僕もできることはするから!」
「トリスタン、でも……!」
「みんなで一つの作戦をやり遂げる! それでいいんだ!」
こんな時でも温かな励ましの言葉をかけてくれるトリスタンには、感謝しかない。彼と仲間で良かった、と、心からそう思った。
「僕もまだ戦えるから!」
そう言ってゆっくり立ち上がるトリスタンを、ボスはギロリと睨んだ。その迫力といったら、もはや言葉にならないほどの凄まじさである。
「お主は黙っているがいい……!」
「悪いけど、君に従うわけにはいかない」
トリスタンは再び、白銀の剣を抜く。新たに作り直した、新品同様の剣だ。
「僕は君を倒す。そして、マレイちゃんを助け出す」
「ふん……身のほど知らずの愚か者が」
突如左腕を掴まれるような感覚を覚え、私は反射的に振り返る。するとそこには、ボスが立っていた。私の腕を掴んでいるのは彼だったようだ。
「……いつの間に」
私は思わず漏らした。
移動する気配なんてまったく感じなかったにもかかわらず背後に回られていたことに、私はただ驚くことしかできない。
ボスほどの大柄な者が動くのを誰一人気づかなかったなんてことはあり得ないはずだ。にもかかわらず、今私が気づく瞬間まで誰も何も言わなかった。それはもう、謎としか言い様がない。
「この我を騙そうとした罪、その身をもって償ってもらおう」
「……っ!」
ボスの言葉に、私は思わず身震いしてしまった。
この期に及んで恐怖心を抱いてしまうなんて情けない。こういう時こそ強くあらなければならないというのに。
「……離して下さい」
私は何とか平静を装い、言ってやる。
怖くて怖くて、怖いけれど。でも、だからといって、弱気になるわけにはいかない。
グレイブもトリスタンも他の隊員たちも、怯まず戦っているのだ。フランシスカやゼーレも、ここにはいないけれど、きっと頑張ってくれていることだろう。なのに私だけ恐怖心に負けるなんて、許されないことだ。
「マレイちゃんに触れるんじゃない!」
私がボスに左腕を掴まれていることに気づいたトリスタンは、白銀の剣を手にしたまま鋭く叫ぶ。
しかしボスは何も返さない。ただ、ほんの一瞬目を向けただけだった。
「マレイ・チャーム・カトレア。我に逆らうことがどれほど愚かなことか、今から教えてやる」
「……何するつもり?」
「言うほどのことではない。ただ——」
刹那、ボスに体を引き寄せられる。顔と顔が一メートルも離れていないくらいの距離に近づく。ボスの口からはコーヒーの香りがした。
「見せてやるだけのことだ」
一体何を。
不安で胸の鼓動が加速する。
「マレイちゃんを離せ!」
耳へ飛び込んでくるのはトリスタンの鋭い叫び声。それに対し、ボスは不快そうに顔を歪める。
「……騒ぐな」
ボスは、不快感に顔を歪めると同時に、地鳴りのような低い声でそう言った。静かながらも迫力のある、威圧的な言い方だ。
「そのように騒ぐのならば、この小娘を酷い目に遭わせてやる」
「そうはさせない!」
脅すような発言をするボス。だがトリスタンは、そんな適当な脅しに怯むような人間ではなかった。
「返してもらうよ!」
彼は白銀の剣を握ったまま、ボスのいる方へと駆けてくる。腕時計で身体能力を強化しているからだろう、かなりのスピードだ。
しかしボスは、眉一つ動かさない。トリスタンの方へ視線を向けたまま、じっと動きを止めていた。
トリスタンは、そんなボスへ、あっという間に迫る。
「覚悟!」
白銀の剣を大きく振り上げ、勢いよく振り下ろす。その様は、まるで白い閃光が走ったかのようだ。
猛スピードでの接近。そして、至近距離からの一撃。これを防げる者は、この世にはいないだろう。いくらボスでも、さすがに対応できないはずだ。
——そう思っていたのだが。
「遅いぞ」
ボスはしっかりと対応していた。
私の腕を掴んでいない空いている方の手で、白銀の剣の刃の部分を握っていたのである。
「……止めた!?」
これにはトリスタンも驚きを隠せない。
「お主の攻撃パターンは、すべて把握している」
ボスの剣先を握る手から、血は一滴も流れていなかった。
素手で刃物を握ったりすれば、普通なら、血が出ることは避けられないだろう。それも、勢いよく振り下ろしている途中で握ったのだから、出血する可能性はなおさら高くなるはずである。しかし、ボスの手からは何も出ていない。妙だ。
「……それは嘘だね」
「いいや、嘘などではない」
静かな声で述べるや否や、ボスは握った剣先を軸にして、トリスタンを地面へ叩きつけた。ダァン、と痛々しい音が響く。
「止めて!」
私は思わず叫んだが、ボスは何も返してくれなかった。もはや私と話す気はないのかもしれない。
地面に叩きつけられながらも、トリスタンはすぐに立ち上がった。だが、彼が立ち上がった瞬間を狙い、ボスはトリスタンへ手のひらを向ける。何だろう? と思っていると、ボスの手のひらから波動のような何かが飛び出した。
「くっ……」
トリスタンは咄嗟に白銀の剣を前に出し、ボスが放った波動のような何かを防ごうとする。
「そんな!」
けれど、無意味だった。
ボスが手のひらから放った波動のような何かは、白銀の剣の刃部分を、ほんの数秒で砕いてしまったのである。防御する術を失ったトリスタンは、波動のような何かをもろに浴びてしまう。そして、その場に倒れ込んだ。
「う、ぐ……」
半ば横たわるような姿勢になり、肩を抱えて震えるトリスタン。トリスタンだとは到底思えないような、弱々しい様子だ。均整のとれた美しい顔も、苦痛に歪んでいる。
「トリスタンに何をしたの!」
思わず口から滑り出ていた。
言うべきではなかった、と後悔しても、時既に遅し。
「……何をした、だと?」
「私はまだいいわ。でも、トリスタンにまで酷いことをするのは止めて!」
するとボスは、私の左腕を掴む手に力を加えた。
ミシミシと軋むような音が鳴る。強く握られた左腕に、折れてしまうのでは、と思うような痛みが走った。
「……痛っ」
「マレイ・チャーム・カトレア、お主は大人しくしているがいい。後で思う存分楽しませてやる」
「……大人しくなんて、しないわ」
左腕が自由になれば腕時計の力を使える。そうすれば、ボスに一撃浴びせることができるかもしれない。倒すことはできずとも、多少ダメージを与えるくらいは可能なはずだ。
ただ、この凄まじい握力からどうやって逃れるかが問題である。
「マレイちゃん! 無理しなくていいよ!」
色々と考えていた時、弱々しく地面に倒れ込んでいるトリスタンが、そんなことを言ってきた。
「君一人で解決しようとしないで! 僕もできることはするから!」
「トリスタン、でも……!」
「みんなで一つの作戦をやり遂げる! それでいいんだ!」
こんな時でも温かな励ましの言葉をかけてくれるトリスタンには、感謝しかない。彼と仲間で良かった、と、心からそう思った。
「僕もまだ戦えるから!」
そう言ってゆっくり立ち上がるトリスタンを、ボスはギロリと睨んだ。その迫力といったら、もはや言葉にならないほどの凄まじさである。
「お主は黙っているがいい……!」
「悪いけど、君に従うわけにはいかない」
トリスタンは再び、白銀の剣を抜く。新たに作り直した、新品同様の剣だ。
「僕は君を倒す。そして、マレイちゃんを助け出す」
「ふん……身のほど知らずの愚か者が」
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