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episode.119 華麗なる黒鳥
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「ひ、ひぃぃぃー! つ、強すぎですよぉぉぉーっ!!」
「シン! 逃げ回るな!」
一番に耳に入ってきたのは、グレイブとシンの会話だった。これまでにもよく聞いたことのある、定番のやり取りである。もはや笑いが込み上げてもこない。
シンはボスが漂わせる迫力に気圧されているようだ。
……無論、実際の戦闘能力でも圧倒されているのだろうが。
だがそうなるのも仕方ないことだろう。かなりの強者であるグレイブを含む大勢で取り囲んでいるにもかかわらず、まだ倒せていないのだ。それほどの強さを持つボスに、いかにも戦闘向きでなさそうなシンが圧倒されるのは当然のことである。むしろ、そうでない方が違和感がある。
「でもぉぉぉっ! 怖いんですよぉぉぉーっ!」
涙目になりながらグレイブに訴えるシンに、ボスの視線が注がれる。
「騒がしいやつだ」
「……ひっ!」
ボスの意識が自分へ向いていることを悟ったシンは、引きつったかん高い声を漏らす。みるみるうちに、顔全体から血の気が引いていく。
「だが愉快だ。少々遊ぶとしよう」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべるボス。彼がその大きな手のひらを地面へ向けると、ずずず……、と謎の地鳴りが始まる。
新手の攻撃かと警戒した前衛の隊員たちは、一旦、ボスから距離をとった。もちろん、トリスタンもグレイブも、である。
しかし、シンだけはその場に立ったまま震えていた。
腕、肩、背、脚など、全身が激しく震える様は、まるで高熱が出る前の寒気に襲われている者のようである。
「おい、シン! 何ぼさっとしている!」
その場で立ちすくんでしまっているシンのところへ、グレイブが走っていく。トリスタンは彼女の背に向かって「危険ですよ!」と叫んでいたが、彼女は何も応じなかった。それほどに、シンを助けることに夢中になっていたということだろう。
「ふふふ……始まるぞ。我が最高の出し物、存分に楽しむが良い」
出し物、て。
内心そう突っ込んでしまったことは私だけの秘密だ。
「シン。一体何をしている」
「ぐ、ぐぐ、グレイブさんっ……ボク、怖くてぇぇぇー……」
「泣くな。今は」
グレイブがそこまで言った刹那。
ボスの周囲の地面がごぼっと持ち上がり、ライオン型の化け物が現れた。
高さは、ボスよりほんの少し低い程度。つまり、かなり背の高い人くらいの高さはあるということだ。大型の化け物である。
「……ライオンか!」
驚きの声を漏らすグレイブ。
その時、ライオン型化け物の登場に、シンはふうっと気を失った。あまりに怖すぎて失神してしまったようだ。
グレイブは付近の隊員にシンを回収するように命じ、長槍の先をライオン型化け物へと向ける。
「何が出てこようが関係ない。ただ殲滅するのみ」
彼女の漆黒の瞳には恐怖など欠片も存在していなかった。目の前の敵を倒す。それだけしか頭にないような、そんな目だ。
「我の忠実な手下を倒せるか? 女の分際で」
ボスは挑発するように言う。
しかしグレイブは何も返さない。ほんの一瞬睨んだだけだった。それほどに集中しているのだろう。
直後、ライオン型化け物はグレイブへ、一気に襲いかかる。
だがグレイブは冷静さを失わない。前足から放たれた打撃を長槍の柄で受け流し、すぐに反撃に転じる。長槍を素早く一周回転させ、一瞬にして構え直すと、ライオン型化け物の一本の足を薙ぎ払った。
ライオン型化け物は転びそうになりながらも、速やかに体勢を立て直そうとする。
だが、それを許すグレイブではない。
「ふっ!」
彼女は二三歩でライオン型化け物の背後へ回ると、その腰部辺りに長槍を突き刺した。
「凄い……」
大きな化け物相手に怯まず戦うグレイブを見て、私は思わずそう呟いてしまっていた。
先ほどの、トリスタンのロボットとの戦いも、なかなか華麗で美しかった。つい見惚れてしまったのが、記憶に新しい。
しかし、今のグレイブの戦いも、トリスタンとは別の意味で尊敬に値する凄さだと思う。槍の長さを活かした大胆な攻撃は、これまた印象的である。
グレイブはライオン型化け物の腰部から槍を抜いた。それにより動けるようになったライオン型化け物は、先ほどまでよりも大きな咆哮を発しながら、グレイブに向かっていく。口を限界まで開け、鋭い牙を剥き出しにして、襲いかかる——その様は、もはや言葉にならないほどの迫力であった。
そんな恐ろしい状況におかれてなお、グレイブは口角を持ち上げる。
「ふ……仕上げといこうか」
グレイブは持っていた長槍を、ライオン型化け物の開いた口に縦向けに突き立て、つっかえ棒のようにした。急に口を閉じられなくなったライオン型化け物は、戸惑った様子で、ふがふがと情けない声を漏らしている。
——だが、長槍がなくなったらどうやって戦うのだろう?
私は一瞬そんな疑問を抱いた。しかしその疑問は、すぐに消えることとなる。
というのも、グレイブは再び長槍を作り出したのだ。どうやら、一本だけしか作れないというわけではなかったようである。
……私は少し、頭が固いのかもしれない。
そんなことを思っているうちに、グレイブは跳び上がった。ジャンプ力が半端でない。
「はぁっ!」
そして、勇ましい叫びと共に、長槍を勢いよく振り下ろした。
槍の先端が肉を裂く。薄紫色の粘液が辺りに飛び散る。
返り血ならぬ返り粘液を浴びたグレイブは、その白い制服が白に見えなくなるほど、薄紫色に染まっている。
そして、グレイブが地面に着地するのとほぼ同時のタイミングで、ライオン型化け物は消滅した。
これはグレイブの完全勝利と言っても問題ないだろう。
「あまり強くはなかったな、ライオン型は」
頬についた粘液を手の甲で拭いながら、紅の塗られた唇を動かすグレイブは、不気味なほどに美しく見える。
「す、凄いわね……グレイブさん……」
「容赦ないぜ……」
たまたま私の近くにいた隊員は、グレイブの凄まじい戦いぶりに、驚きを隠せていない。声からも言葉からも、驚き戸惑っていることがひしひしと伝わってくる。
けれど、私としては、ボスが次にどう動くかの方が気になるところだ。
これで終わりということはないだろう。次はどんな手を使ってくるのか。どんな敵が現れるのか。そこが一番気になるところなのである。
「シン! 逃げ回るな!」
一番に耳に入ってきたのは、グレイブとシンの会話だった。これまでにもよく聞いたことのある、定番のやり取りである。もはや笑いが込み上げてもこない。
シンはボスが漂わせる迫力に気圧されているようだ。
……無論、実際の戦闘能力でも圧倒されているのだろうが。
だがそうなるのも仕方ないことだろう。かなりの強者であるグレイブを含む大勢で取り囲んでいるにもかかわらず、まだ倒せていないのだ。それほどの強さを持つボスに、いかにも戦闘向きでなさそうなシンが圧倒されるのは当然のことである。むしろ、そうでない方が違和感がある。
「でもぉぉぉっ! 怖いんですよぉぉぉーっ!」
涙目になりながらグレイブに訴えるシンに、ボスの視線が注がれる。
「騒がしいやつだ」
「……ひっ!」
ボスの意識が自分へ向いていることを悟ったシンは、引きつったかん高い声を漏らす。みるみるうちに、顔全体から血の気が引いていく。
「だが愉快だ。少々遊ぶとしよう」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべるボス。彼がその大きな手のひらを地面へ向けると、ずずず……、と謎の地鳴りが始まる。
新手の攻撃かと警戒した前衛の隊員たちは、一旦、ボスから距離をとった。もちろん、トリスタンもグレイブも、である。
しかし、シンだけはその場に立ったまま震えていた。
腕、肩、背、脚など、全身が激しく震える様は、まるで高熱が出る前の寒気に襲われている者のようである。
「おい、シン! 何ぼさっとしている!」
その場で立ちすくんでしまっているシンのところへ、グレイブが走っていく。トリスタンは彼女の背に向かって「危険ですよ!」と叫んでいたが、彼女は何も応じなかった。それほどに、シンを助けることに夢中になっていたということだろう。
「ふふふ……始まるぞ。我が最高の出し物、存分に楽しむが良い」
出し物、て。
内心そう突っ込んでしまったことは私だけの秘密だ。
「シン。一体何をしている」
「ぐ、ぐぐ、グレイブさんっ……ボク、怖くてぇぇぇー……」
「泣くな。今は」
グレイブがそこまで言った刹那。
ボスの周囲の地面がごぼっと持ち上がり、ライオン型の化け物が現れた。
高さは、ボスよりほんの少し低い程度。つまり、かなり背の高い人くらいの高さはあるということだ。大型の化け物である。
「……ライオンか!」
驚きの声を漏らすグレイブ。
その時、ライオン型化け物の登場に、シンはふうっと気を失った。あまりに怖すぎて失神してしまったようだ。
グレイブは付近の隊員にシンを回収するように命じ、長槍の先をライオン型化け物へと向ける。
「何が出てこようが関係ない。ただ殲滅するのみ」
彼女の漆黒の瞳には恐怖など欠片も存在していなかった。目の前の敵を倒す。それだけしか頭にないような、そんな目だ。
「我の忠実な手下を倒せるか? 女の分際で」
ボスは挑発するように言う。
しかしグレイブは何も返さない。ほんの一瞬睨んだだけだった。それほどに集中しているのだろう。
直後、ライオン型化け物はグレイブへ、一気に襲いかかる。
だがグレイブは冷静さを失わない。前足から放たれた打撃を長槍の柄で受け流し、すぐに反撃に転じる。長槍を素早く一周回転させ、一瞬にして構え直すと、ライオン型化け物の一本の足を薙ぎ払った。
ライオン型化け物は転びそうになりながらも、速やかに体勢を立て直そうとする。
だが、それを許すグレイブではない。
「ふっ!」
彼女は二三歩でライオン型化け物の背後へ回ると、その腰部辺りに長槍を突き刺した。
「凄い……」
大きな化け物相手に怯まず戦うグレイブを見て、私は思わずそう呟いてしまっていた。
先ほどの、トリスタンのロボットとの戦いも、なかなか華麗で美しかった。つい見惚れてしまったのが、記憶に新しい。
しかし、今のグレイブの戦いも、トリスタンとは別の意味で尊敬に値する凄さだと思う。槍の長さを活かした大胆な攻撃は、これまた印象的である。
グレイブはライオン型化け物の腰部から槍を抜いた。それにより動けるようになったライオン型化け物は、先ほどまでよりも大きな咆哮を発しながら、グレイブに向かっていく。口を限界まで開け、鋭い牙を剥き出しにして、襲いかかる——その様は、もはや言葉にならないほどの迫力であった。
そんな恐ろしい状況におかれてなお、グレイブは口角を持ち上げる。
「ふ……仕上げといこうか」
グレイブは持っていた長槍を、ライオン型化け物の開いた口に縦向けに突き立て、つっかえ棒のようにした。急に口を閉じられなくなったライオン型化け物は、戸惑った様子で、ふがふがと情けない声を漏らしている。
——だが、長槍がなくなったらどうやって戦うのだろう?
私は一瞬そんな疑問を抱いた。しかしその疑問は、すぐに消えることとなる。
というのも、グレイブは再び長槍を作り出したのだ。どうやら、一本だけしか作れないというわけではなかったようである。
……私は少し、頭が固いのかもしれない。
そんなことを思っているうちに、グレイブは跳び上がった。ジャンプ力が半端でない。
「はぁっ!」
そして、勇ましい叫びと共に、長槍を勢いよく振り下ろした。
槍の先端が肉を裂く。薄紫色の粘液が辺りに飛び散る。
返り血ならぬ返り粘液を浴びたグレイブは、その白い制服が白に見えなくなるほど、薄紫色に染まっている。
そして、グレイブが地面に着地するのとほぼ同時のタイミングで、ライオン型化け物は消滅した。
これはグレイブの完全勝利と言っても問題ないだろう。
「あまり強くはなかったな、ライオン型は」
頬についた粘液を手の甲で拭いながら、紅の塗られた唇を動かすグレイブは、不気味なほどに美しく見える。
「す、凄いわね……グレイブさん……」
「容赦ないぜ……」
たまたま私の近くにいた隊員は、グレイブの凄まじい戦いぶりに、驚きを隠せていない。声からも言葉からも、驚き戸惑っていることがひしひしと伝わってくる。
けれど、私としては、ボスが次にどう動くかの方が気になるところだ。
これで終わりということはないだろう。次はどんな手を使ってくるのか。どんな敵が現れるのか。そこが一番気になるところなのである。
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