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episode.123 毒
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「……ん」
気がつけば私は、飛行艇の中庭へと戻ってきていた。人の声が飛び交っていて、何やら騒がしい。
ゆっくりと瞼を開く。
すると、すぐそこに、私の顔を覗き込むゼーレの顔があった。
「えっ!?」
私は思わず大きな声を出してしまう。
まさかゼーレがいるなんて、欠片も想像していなかったからである。トリスタンやグレイブならともかく、ゼーレがいるとは、衝撃だ。
「カトレア! 気がつきましたか!」
ゼーレはゼーレで、私が急に目覚めたことを驚いている様子だった。
「えぇ」
「良かった……!」
私が小さく返事をすると、ゼーレはほっとしたように溜め息を漏らす。額も頬も汗にまみれているが、瞳には安堵の色が滲んだ。
「……心配させないでいただきたいものですねぇ」
「ごめんなさい。心配させてしまって」
「……目覚めたので、許して差し上げます」
相変わらずの物言いだ。だが、日頃なら複雑な心境になったであろう物言いさえ、今は微笑ましく感じられる。
私はすぐに体を起こし、周囲を見回す。どうやら、まだ戦いは続いているようだ。
「どういう状況なの?」
速やかにゼーレに尋ねた。
すると彼は、青白くなった顔に浮かぶ汗を黒いマントの端で拭きつつ、口を開く。
「私は……フランと共に、リュビエを追ってここまで来ました。私たちが中庭へ着いた時は、貴女が力を使った後だったようでしたが……あのボスが、珍しくダメージを受けていました」
彼の簡単な説明からすべてが分かるわけではない。しかし、私が力を使ったということは確かのようだ。そして、それによってボスにダメージを与えたということも、事実のようである。
「現在は……トリスタンらが、ボスやリュビエと戦っているようですねぇ……」
「そうだったのね」
「もうひと頑張り、というところでしょうかねぇ……っ」
そこまで言った時、ゼーレは突然、手で額を押さえた。
「ちょっ、ゼーレ!?」
いきなりのことに、私は慌てることしかできない。
本来はこういう時こそ冷静に対処すべきなのだろう。しかし、私はそこまでしっかりした人間ではない。情けないことだが。
「どうしたの!?」
「……いえ。放っておいて下さい。何でもありません」
「嫌よ! 放ってなんておけないわ!」
「カトレア……貴女は自分の心配をしなさい……」
そう述べるゼーレの声は、弱々しかった。
彼は私が心配することを望んではいないのだろう。しかし、私は弱った彼を心配せずにはいられない。
「何かあったの? もしかして、また怪我を?」
「……いえ」
「ストレスで胃が?」
「……いえ」
「悪寒とか? 関節痛とか?」
「……馬鹿ですか、貴女は。風邪をひいてなど……いません」
思いつく限りの辛いことを聞いてみたが、ゼーレは、そのどれにも頷かなかった。はぁはぁと荒い息をしながら、首を左右に動かすばかりである。
「だったら、何なの!?」
焦りやら不安やらによって落ち着きを失ってしまった私は、つい調子を強めてしまう。
するとゼーレは一瞬口を動かしかけた。が、すぐに黙り込む。凄く気まずそうな顔をしている。
「何があったの?」
私はもう一度尋ねる。
今度は小さな声になるように意識して尋ねてみた。
すると、しばらくしてから、ゼーレはやっと答える。
「……毒で」
「毒!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。
「毒って、一体?」
「……リュビエの蛇の毒です」
「そんな! 元仲間にまでそんなことを!?」
リュビエの蛇、と聞くと、思い出すのはトリスタンだ。彼が蛇の毒を受けて連れ去られた時のことが、脳内に浮かんできた。
だが、まさかゼーレにまで、毒を食らわせるなんて。
「ゼーレはかつての仲間じゃない!」
「かつての仲間……リュビエにしてみれば、そんなものは関係のないことです」
ひと呼吸おき、ゼーレは続ける。
「……敵、ですから」
夜の湖のように静かな声で述べるゼーレ。その声は、どこか寂しげな空気をまとっていた。もしかしたら、本当は少し、寂しいと思っているのかもしれない。
——刹那。
「ゼーレ、ごめんっ! 一匹そっち行った!!」
耳に飛び込んできたのは、フランシスカの高い叫び声。
そして、それとほぼ同時に、こちらへ迫ってくる一匹の蛇型化け物が見えた。
「……厄介……ですねぇ……」
ゼーレは掠れた声で漏らしながら、迫りくる蛇型化け物へと視線を向ける。そして、よろけながら立ち上がると、高さ一メートル程度の蜘蛛型化け物を二匹作り出した。
彼は全身に毒が回り弱っているはず。しかし、蜘蛛型化け物を作り出す速度は普段と少しも変わらない。
「カトレアをやらせはしません……!」
向かってくる蛇型化け物は、これまでに見たものたちと比べても、かなりの大きさだった。
輪切りにした断面は直径一メートルほどあるだろう、と推測される太さ。成人男性四人分くらいはありそうな長さ。
それらが見た者に与える衝撃といったら、もはや言葉にならぬほどの、凄まじいものである。
「……護りなさい!」
ゼーレが指示を出す。
すると、二匹の蜘蛛型化け物は、蛇型化け物に向けて炎を吐き出した。あの夜私の村を焼き払ったのと同じ炎だ。
蛇型化け物は、炎に包まれ、じたばたと悶えるように動く。
しかし、しばらくすると、一気にこちらへ進んできた。体に移った火は消えきっていないにもかかわらず、である。
「来たわ! ゼーレ!」
「……カトレアは下がっていて下さい」
「どうして! 下がっていなくちゃならないのはゼーレの方よ!」
「まったく……うるさいですねぇ……」
そんな風に言い合いをしている間にも、蛇型化け物は近づいてきた。火をまとっているため、先ほどまでよりも危険度が増してしまっている。
そもそも負傷しており、毒でさらにダメージを受けてしまったゼーレでは、この敵には勝てない。そう判断した私は述べる。
「退いて、ゼーレ。私が」
——だが、言い終わるより先に、彼は私を突き飛ばした。
想定外の突き飛ばし方をされた私は、何もできぬまま、その場で転倒してしまう。
「……どうして。どうして、そんな乱暴なことをするの?」
問ってみるが、ゼーレは何も答えない。彼の瞳は、すぐそこへ迫る蛇型化け物だけを捉えている。
次の瞬間、蛇型化け物はその大きな尾を、ゼーレに向けて振り下ろした。
「ゼーレ!!」
あんな太い尾を叩きつけられたら、いくらゼーレとはいえ無事ではいられないだろう。良くて軽傷、悪ければ死亡だ。
不安に駆られながらも、勇気を出して、思わず閉じてしまっていた瞼を開く——そして、視界に入った光景に驚いた。
ゼーレの金属製の両腕が、蛇型化け物の尾を掴んでいたのである。
「……焼きなさい」
彼の口が微かに動く。
直後、二匹の蜘蛛型化け物は、蛇型化け物とゼーレに向かって炎を吐き出した。
「駄目よゼーレ! 危ないわ!」
彼がしようとしていることに気がついた私は、咄嗟に叫ぶ。
「貴方まで巻き込まれる!」
でも、もう遅かった。
彼を止めることは、私にはできなかった。
気がつけば私は、飛行艇の中庭へと戻ってきていた。人の声が飛び交っていて、何やら騒がしい。
ゆっくりと瞼を開く。
すると、すぐそこに、私の顔を覗き込むゼーレの顔があった。
「えっ!?」
私は思わず大きな声を出してしまう。
まさかゼーレがいるなんて、欠片も想像していなかったからである。トリスタンやグレイブならともかく、ゼーレがいるとは、衝撃だ。
「カトレア! 気がつきましたか!」
ゼーレはゼーレで、私が急に目覚めたことを驚いている様子だった。
「えぇ」
「良かった……!」
私が小さく返事をすると、ゼーレはほっとしたように溜め息を漏らす。額も頬も汗にまみれているが、瞳には安堵の色が滲んだ。
「……心配させないでいただきたいものですねぇ」
「ごめんなさい。心配させてしまって」
「……目覚めたので、許して差し上げます」
相変わらずの物言いだ。だが、日頃なら複雑な心境になったであろう物言いさえ、今は微笑ましく感じられる。
私はすぐに体を起こし、周囲を見回す。どうやら、まだ戦いは続いているようだ。
「どういう状況なの?」
速やかにゼーレに尋ねた。
すると彼は、青白くなった顔に浮かぶ汗を黒いマントの端で拭きつつ、口を開く。
「私は……フランと共に、リュビエを追ってここまで来ました。私たちが中庭へ着いた時は、貴女が力を使った後だったようでしたが……あのボスが、珍しくダメージを受けていました」
彼の簡単な説明からすべてが分かるわけではない。しかし、私が力を使ったということは確かのようだ。そして、それによってボスにダメージを与えたということも、事実のようである。
「現在は……トリスタンらが、ボスやリュビエと戦っているようですねぇ……」
「そうだったのね」
「もうひと頑張り、というところでしょうかねぇ……っ」
そこまで言った時、ゼーレは突然、手で額を押さえた。
「ちょっ、ゼーレ!?」
いきなりのことに、私は慌てることしかできない。
本来はこういう時こそ冷静に対処すべきなのだろう。しかし、私はそこまでしっかりした人間ではない。情けないことだが。
「どうしたの!?」
「……いえ。放っておいて下さい。何でもありません」
「嫌よ! 放ってなんておけないわ!」
「カトレア……貴女は自分の心配をしなさい……」
そう述べるゼーレの声は、弱々しかった。
彼は私が心配することを望んではいないのだろう。しかし、私は弱った彼を心配せずにはいられない。
「何かあったの? もしかして、また怪我を?」
「……いえ」
「ストレスで胃が?」
「……いえ」
「悪寒とか? 関節痛とか?」
「……馬鹿ですか、貴女は。風邪をひいてなど……いません」
思いつく限りの辛いことを聞いてみたが、ゼーレは、そのどれにも頷かなかった。はぁはぁと荒い息をしながら、首を左右に動かすばかりである。
「だったら、何なの!?」
焦りやら不安やらによって落ち着きを失ってしまった私は、つい調子を強めてしまう。
するとゼーレは一瞬口を動かしかけた。が、すぐに黙り込む。凄く気まずそうな顔をしている。
「何があったの?」
私はもう一度尋ねる。
今度は小さな声になるように意識して尋ねてみた。
すると、しばらくしてから、ゼーレはやっと答える。
「……毒で」
「毒!?」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。
「毒って、一体?」
「……リュビエの蛇の毒です」
「そんな! 元仲間にまでそんなことを!?」
リュビエの蛇、と聞くと、思い出すのはトリスタンだ。彼が蛇の毒を受けて連れ去られた時のことが、脳内に浮かんできた。
だが、まさかゼーレにまで、毒を食らわせるなんて。
「ゼーレはかつての仲間じゃない!」
「かつての仲間……リュビエにしてみれば、そんなものは関係のないことです」
ひと呼吸おき、ゼーレは続ける。
「……敵、ですから」
夜の湖のように静かな声で述べるゼーレ。その声は、どこか寂しげな空気をまとっていた。もしかしたら、本当は少し、寂しいと思っているのかもしれない。
——刹那。
「ゼーレ、ごめんっ! 一匹そっち行った!!」
耳に飛び込んできたのは、フランシスカの高い叫び声。
そして、それとほぼ同時に、こちらへ迫ってくる一匹の蛇型化け物が見えた。
「……厄介……ですねぇ……」
ゼーレは掠れた声で漏らしながら、迫りくる蛇型化け物へと視線を向ける。そして、よろけながら立ち上がると、高さ一メートル程度の蜘蛛型化け物を二匹作り出した。
彼は全身に毒が回り弱っているはず。しかし、蜘蛛型化け物を作り出す速度は普段と少しも変わらない。
「カトレアをやらせはしません……!」
向かってくる蛇型化け物は、これまでに見たものたちと比べても、かなりの大きさだった。
輪切りにした断面は直径一メートルほどあるだろう、と推測される太さ。成人男性四人分くらいはありそうな長さ。
それらが見た者に与える衝撃といったら、もはや言葉にならぬほどの、凄まじいものである。
「……護りなさい!」
ゼーレが指示を出す。
すると、二匹の蜘蛛型化け物は、蛇型化け物に向けて炎を吐き出した。あの夜私の村を焼き払ったのと同じ炎だ。
蛇型化け物は、炎に包まれ、じたばたと悶えるように動く。
しかし、しばらくすると、一気にこちらへ進んできた。体に移った火は消えきっていないにもかかわらず、である。
「来たわ! ゼーレ!」
「……カトレアは下がっていて下さい」
「どうして! 下がっていなくちゃならないのはゼーレの方よ!」
「まったく……うるさいですねぇ……」
そんな風に言い合いをしている間にも、蛇型化け物は近づいてきた。火をまとっているため、先ほどまでよりも危険度が増してしまっている。
そもそも負傷しており、毒でさらにダメージを受けてしまったゼーレでは、この敵には勝てない。そう判断した私は述べる。
「退いて、ゼーレ。私が」
——だが、言い終わるより先に、彼は私を突き飛ばした。
想定外の突き飛ばし方をされた私は、何もできぬまま、その場で転倒してしまう。
「……どうして。どうして、そんな乱暴なことをするの?」
問ってみるが、ゼーレは何も答えない。彼の瞳は、すぐそこへ迫る蛇型化け物だけを捉えている。
次の瞬間、蛇型化け物はその大きな尾を、ゼーレに向けて振り下ろした。
「ゼーレ!!」
あんな太い尾を叩きつけられたら、いくらゼーレとはいえ無事ではいられないだろう。良くて軽傷、悪ければ死亡だ。
不安に駆られながらも、勇気を出して、思わず閉じてしまっていた瞼を開く——そして、視界に入った光景に驚いた。
ゼーレの金属製の両腕が、蛇型化け物の尾を掴んでいたのである。
「……焼きなさい」
彼の口が微かに動く。
直後、二匹の蜘蛛型化け物は、蛇型化け物とゼーレに向かって炎を吐き出した。
「駄目よゼーレ! 危ないわ!」
彼がしようとしていることに気がついた私は、咄嗟に叫ぶ。
「貴方まで巻き込まれる!」
でも、もう遅かった。
彼を止めることは、私にはできなかった。
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