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前編
しおりを挟む穏やかな春にこそ、思い出す――過去のほろ苦い記憶を。
「どうしたの? ぼんやりして」
「ちょっと昔のことを……思い出していたの」
私は今、良き人と結ばれ、夫婦で幸せに暮らしている。
夫となった彼はとても善良な人だ。
いつだって私に寄り添ってくれるし攻撃的なことは言わない。
だから、このほろ苦い思い出は、彼とのものではない。
「昔の?」
「前に言ったでしょう、あの婚約破棄のこと」
「ああ、あれか」
「そう……思い出すのよねたまに」
「それは未練?」
「いいえ。思い出みたいなものね、一種の。と言っても、あまり嬉しい意味じゃないけれど」
今の暮らしが幸せで平和だからこそ、過去の出来事を思い出すのだろう。
「そっか」
かつて私には婚約者がいた。
しかし彼は私を愛してはくれず、また、婚約者という立場にあるという自覚すら持たずに好き放題していた。
朝からやたらと異性の友人たちと遊び、夜になれば街へ繰り出しては女を買って――彼は婚約者がいてもなおそういった暮らしをやめず、やめようとすらしなかったのだ。
そして、やがて、友人の一人に子ができた。
それによって彼と私の婚約は破棄となり――後に彼はその友人と結婚、私は一人放置されることとなったのだった。
「大変だったんだよね? 確か」
「そう……急に子どもが何とかとかいう話になってしまって……」
「それは最低。責任感なさすぎだよ」
「そうでしょう……でもまぁ、おかげで貴方に出会えたのだから、良いこともあったのだけれどね。当時は本気で怒ってたわ」
でも今はもうそこまで怒ってはいない。
嫌な記憶ではあるけれど。
彼と離れて結構経つというのもあるし、辛い出来事すらも徐々に遠ざかっていっている。
加えて、結果的に彼と離れて素晴らしい夫を得られた。
それも救いとなっている。
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