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3話「声をかけられたけど」
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ぶつかられ、嫌みを言われ。いきなり嬉しくない展開ではあったが、意識的に気にしないようにしながら立ち上がる。
転倒してしまったが、幸い、ドレスが破れたり髪が乱れたりすることはなかった。
それだけでも幸運。そう思わねばならない。
こうして私は、ショッピングモールのように大きく華やかな建物の中へ足を進めた。
会場はとても明るいところだった。それはもう、目が痛くなるくらい。
ただ、その尋常でない明るさは、灯りによるものだけではない。広間の壁が、黄金に輝く壁だったということも、大きい。
天井画や床はシックな色味だったが、壁が全体的に金色なせいで、物凄く目がチカチカする。できれば長時間滞在したくないような場所だ。
「聞きました? 今日は西の国の権力者のご子息がいらっしゃるそうですわよ。確か……」
「ヘリオドール家ぞな! 素敵ぞなー。アチクシも会ってみたいぞなー」
「あたし、見初められちゃったらどーしよー」
厳密には夜会はまだ始まっていないのだが、会場内には既に幾人もの女性の姿がある。もちろん、女性だけではなく、男性の姿もある。ただ、比率的には女性の方が多い。
広間には、白いレースのクロスが掛けられた長テーブルがずらりと並んでいる。軽食でも置くのだろうか。用途はよく分からない。ただ、長テーブルがずらりと並べられているだけでも、十分壮観だ。
それにしても、女性は何人かで固まっていることが多い。
その方が有利だとか、何か意味があるのだろうか?
あるいは、女性の習性として固まっているだけ?
私には、よく分からない。
こんな会に参加するのは初めて。だから、分からないことだらけで。でも、参加する以上は、ある程度馴染まねばなるまい。だから私は、まずは周囲を観察してみておくことにした。
指をぴったり閉じた片手で口元を隠し、「どう? お上品でしょ?」と言わんばかりの振る舞いで話しているドレス姿の女性。喉が見えるほど口を開け、両手を左右に伸ばし、自慢げな表情で仲間に何やら語っている青年。
……あぁ、何か面倒臭そう。
そんな風に思ってしまう人ばかりが、やたらと目につく。
やはり、この空間にはどうも慣れない。
そうして一人悶々としていると、突如、誰かが私の肩をぽんと叩いてきた。
え!? と思い、振り返る。
するとそこには、男性が立っていた。
「やぁ、お嬢さん。お一人なのかな?」
白髪頭で、背は私より低く、狸のように丸い腹をした、五十代くらいの男性。
「え、あ……はい」
枯れきったおじさんに声をかけられるとは。
「綺麗なお嬢さんだねぇ」
「え。あ、いえ……」
褒めてもらえたことは純粋に嬉しい。が、見知らぬ人からいきなり「綺麗」なんて言われると、戸惑わずにはいられない。
もっとも、幼い頃からずっと言われ続けていれば平気なのだろうが。
「あの、私に何か用でしょうか……?」
問うと、男性はムニャリと頬を緩める。
「慎ましい性格も良いねぇ」
「えと、あの」
「もし良ければ、うちの息子と会ってみないかい?」
何その怪しい提案! 詐欺!?
一瞬、そう叫びそうになったが、声が出る直前、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。
「息子さん、ですか?」
「そうなんだよ。お嬢さん、お名前は?」
「のざ……あ、すみません。えと、リリエラ・カルセドニーと申します」
うっかり現代日本にいた頃の名を言いそうになった。
ちなみに、現代日本にいた頃の私の名は、野澤 早織。
「リリエラさんか。なかなか可愛らしい名前だね」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げておく。
「お嬢さん、西の国は知っているかな?」
男性の問いかけに、私は首を左右に振る。知ったかぶりをしても良いことはないと思ったからだ。
「いえ……すみません」
知らないなんて、と怒られるかと数秒不安になったが、時間が経っても、男性の顔は穏やかな表情のままだった。
「そうか。いやなに、気にすることはないよ。わたしはヘリオドール家の現当主、ボク・ヘリオドール。よろしくね」
転倒してしまったが、幸い、ドレスが破れたり髪が乱れたりすることはなかった。
それだけでも幸運。そう思わねばならない。
こうして私は、ショッピングモールのように大きく華やかな建物の中へ足を進めた。
会場はとても明るいところだった。それはもう、目が痛くなるくらい。
ただ、その尋常でない明るさは、灯りによるものだけではない。広間の壁が、黄金に輝く壁だったということも、大きい。
天井画や床はシックな色味だったが、壁が全体的に金色なせいで、物凄く目がチカチカする。できれば長時間滞在したくないような場所だ。
「聞きました? 今日は西の国の権力者のご子息がいらっしゃるそうですわよ。確か……」
「ヘリオドール家ぞな! 素敵ぞなー。アチクシも会ってみたいぞなー」
「あたし、見初められちゃったらどーしよー」
厳密には夜会はまだ始まっていないのだが、会場内には既に幾人もの女性の姿がある。もちろん、女性だけではなく、男性の姿もある。ただ、比率的には女性の方が多い。
広間には、白いレースのクロスが掛けられた長テーブルがずらりと並んでいる。軽食でも置くのだろうか。用途はよく分からない。ただ、長テーブルがずらりと並べられているだけでも、十分壮観だ。
それにしても、女性は何人かで固まっていることが多い。
その方が有利だとか、何か意味があるのだろうか?
あるいは、女性の習性として固まっているだけ?
私には、よく分からない。
こんな会に参加するのは初めて。だから、分からないことだらけで。でも、参加する以上は、ある程度馴染まねばなるまい。だから私は、まずは周囲を観察してみておくことにした。
指をぴったり閉じた片手で口元を隠し、「どう? お上品でしょ?」と言わんばかりの振る舞いで話しているドレス姿の女性。喉が見えるほど口を開け、両手を左右に伸ばし、自慢げな表情で仲間に何やら語っている青年。
……あぁ、何か面倒臭そう。
そんな風に思ってしまう人ばかりが、やたらと目につく。
やはり、この空間にはどうも慣れない。
そうして一人悶々としていると、突如、誰かが私の肩をぽんと叩いてきた。
え!? と思い、振り返る。
するとそこには、男性が立っていた。
「やぁ、お嬢さん。お一人なのかな?」
白髪頭で、背は私より低く、狸のように丸い腹をした、五十代くらいの男性。
「え、あ……はい」
枯れきったおじさんに声をかけられるとは。
「綺麗なお嬢さんだねぇ」
「え。あ、いえ……」
褒めてもらえたことは純粋に嬉しい。が、見知らぬ人からいきなり「綺麗」なんて言われると、戸惑わずにはいられない。
もっとも、幼い頃からずっと言われ続けていれば平気なのだろうが。
「あの、私に何か用でしょうか……?」
問うと、男性はムニャリと頬を緩める。
「慎ましい性格も良いねぇ」
「えと、あの」
「もし良ければ、うちの息子と会ってみないかい?」
何その怪しい提案! 詐欺!?
一瞬、そう叫びそうになったが、声が出る直前、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。
「息子さん、ですか?」
「そうなんだよ。お嬢さん、お名前は?」
「のざ……あ、すみません。えと、リリエラ・カルセドニーと申します」
うっかり現代日本にいた頃の名を言いそうになった。
ちなみに、現代日本にいた頃の私の名は、野澤 早織。
「リリエラさんか。なかなか可愛らしい名前だね」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げておく。
「お嬢さん、西の国は知っているかな?」
男性の問いかけに、私は首を左右に振る。知ったかぶりをしても良いことはないと思ったからだ。
「いえ……すみません」
知らないなんて、と怒られるかと数秒不安になったが、時間が経っても、男性の顔は穏やかな表情のままだった。
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