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17話「午後の回収に間に合った」
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パトリーからの手紙。
それは、一枚目以外のほとんどが蜘蛛に関する話題で埋め尽くされている、おぞましささえ感じられるような内容のものだった。
彼は飼育している蜘蛛たちを心の底から愛している。それは、前に彼の屋敷へ行った時に分かっていた。彼の蜘蛛愛が常人離れしたものであるということは承知している。
それでも、この手紙には驚いた。
手紙にまで大量の蜘蛛情報を書いてくるとは、予想の範囲外だったのだ。
一通り目を通した後、私は、その手紙をアナにも見せてみた。
びっしりと文字が並び黒くなった便箋を目にした瞬間、アナは顔面を硬直させ、困惑の色を濃く滲ませていた。どう感想を言っていいか分からない、というような表情をしていたのである。
それから私は返事をどうするか考えた。
かなり回復してきているとはいえ、熱はまだ下がりきってはいないだろう。そんな状態の頭で考えているからか、なかなか思考がまとまらない。
そんな私に、アナは、今日の午後の回収に間に合えば明日中にはパトリーのもとへ届くだろうと教えてくれた。
取り敢えず、午後の回収に間に合うようにしよう。
私はそう決心し、アナに頼んで書いてもらうことにした。
内容は私が考える。そしてそれを彼女に伝え、彼女が便箋に文字を書く。
その作戦は見事なもので。
おかげで、無事、午後の回収に間に合わせることができた。
「ご協力ありがとうございました、アナさん」
「いえいえ! お力になれたなら、何よりです!」
アナが文字を書いてくれた白い便箋は、二枚まとめて桃色の花柄の封筒へ入れ、回収の者に提出した。これで、明日には、パトリーのもとへ届く。つまり、私が風邪引きであるということが彼にも伝わるはずだ。
「リリエラ様。どうか、これからも、何でも頼んで下さいね!」
そう言って笑うアナの顔に影はない。
彼女の笑みは、青空のように晴れやかだ。
「ありがとうございます。では、少し横になります……」
「あっ、はい! ごゆっくり!」
ベッドの上で身体を横にすると、背中に当たる柔らかさに心が癒やされた。純粋に心地よい。快適とは、こういう時に使うために存在している言葉なのだろう。
アナが退室していってから、私はぼんやりと天井を眺める。
現代日本の私は、今、一体どうなっているのだろう?
私は本当に、いつの日か、あちらへ帰ることができるのだろうか?
疑問。不安。
それらは、片時も心から離れないもの。
けれど、それに支配されて憂鬱になってはいけないと、今はそう思う。
たとえ違う世界であっても、リリエラという私ではない人物であっても、生きていられるだけで幸福。世には生きたくとも生きられない者もいるのだから、そう思わねばなるまい。
大丈夫。
家族には会えないけれど、今の私にはアナやパトリーがいてくれる。
だから、一人ぼっちではない。
二日後の朝。私は、熱はようやく落ち着いてきたものの体調が全快していないため、自室で朝食をとっていた。もちろん、アナに付き添ってもらいながら。すると、一人の使用人が部屋を訪ねてきて。何だろう、と思っていたら、その使用人の後ろからパトリーが姿を現した。
「突然来てしまい、すまない」
パトリーはそんなことを言いながら、涼しい顔で私の部屋にずかずか入ってくる。しかも、ベッドの方へ寄ってきた。
「え。どうしてここに……?」
「それは、会いたくなかったという顔か」
「い、いえ。そんなことはありません。ただ、少し驚いてしまって……」
一応「少し」と付けたが、実際には「少し」などではない。実際のところを言うなら、「非常に」である。だが、「非常に驚いた」などと言っては、嫌みと捉えられかねない。だから私は、控えめな表現にしておいたのである。
「驚いた、だと? それは、心ない私が見舞いなどするわけがない、という驚きか」
「ち、違います! そんな意味ではありません!」
恐ろしい曲解。
驚くから、止めてほしい。
「ただ……私のためにわざわざ来てくれるなんて思わなくて」
「やはりそういうことか。心ない私が見舞いなどするわけがない、という驚きだな」
パトリーが接近してくるにつれ、アナは気を遣ったように私から離れていった。
気が利くと言うべきか、否か。
「私とて悪魔ではない。友の心配くらいはする。無論、これまでは友がいなかったから、他人の心配をすることなどなかったがな」
友がいなかった、は、言う必要のあることだったのだろうか。
個人的には、人前で述べるようなことではないと思うのだが。
それは、一枚目以外のほとんどが蜘蛛に関する話題で埋め尽くされている、おぞましささえ感じられるような内容のものだった。
彼は飼育している蜘蛛たちを心の底から愛している。それは、前に彼の屋敷へ行った時に分かっていた。彼の蜘蛛愛が常人離れしたものであるということは承知している。
それでも、この手紙には驚いた。
手紙にまで大量の蜘蛛情報を書いてくるとは、予想の範囲外だったのだ。
一通り目を通した後、私は、その手紙をアナにも見せてみた。
びっしりと文字が並び黒くなった便箋を目にした瞬間、アナは顔面を硬直させ、困惑の色を濃く滲ませていた。どう感想を言っていいか分からない、というような表情をしていたのである。
それから私は返事をどうするか考えた。
かなり回復してきているとはいえ、熱はまだ下がりきってはいないだろう。そんな状態の頭で考えているからか、なかなか思考がまとまらない。
そんな私に、アナは、今日の午後の回収に間に合えば明日中にはパトリーのもとへ届くだろうと教えてくれた。
取り敢えず、午後の回収に間に合うようにしよう。
私はそう決心し、アナに頼んで書いてもらうことにした。
内容は私が考える。そしてそれを彼女に伝え、彼女が便箋に文字を書く。
その作戦は見事なもので。
おかげで、無事、午後の回収に間に合わせることができた。
「ご協力ありがとうございました、アナさん」
「いえいえ! お力になれたなら、何よりです!」
アナが文字を書いてくれた白い便箋は、二枚まとめて桃色の花柄の封筒へ入れ、回収の者に提出した。これで、明日には、パトリーのもとへ届く。つまり、私が風邪引きであるということが彼にも伝わるはずだ。
「リリエラ様。どうか、これからも、何でも頼んで下さいね!」
そう言って笑うアナの顔に影はない。
彼女の笑みは、青空のように晴れやかだ。
「ありがとうございます。では、少し横になります……」
「あっ、はい! ごゆっくり!」
ベッドの上で身体を横にすると、背中に当たる柔らかさに心が癒やされた。純粋に心地よい。快適とは、こういう時に使うために存在している言葉なのだろう。
アナが退室していってから、私はぼんやりと天井を眺める。
現代日本の私は、今、一体どうなっているのだろう?
私は本当に、いつの日か、あちらへ帰ることができるのだろうか?
疑問。不安。
それらは、片時も心から離れないもの。
けれど、それに支配されて憂鬱になってはいけないと、今はそう思う。
たとえ違う世界であっても、リリエラという私ではない人物であっても、生きていられるだけで幸福。世には生きたくとも生きられない者もいるのだから、そう思わねばなるまい。
大丈夫。
家族には会えないけれど、今の私にはアナやパトリーがいてくれる。
だから、一人ぼっちではない。
二日後の朝。私は、熱はようやく落ち着いてきたものの体調が全快していないため、自室で朝食をとっていた。もちろん、アナに付き添ってもらいながら。すると、一人の使用人が部屋を訪ねてきて。何だろう、と思っていたら、その使用人の後ろからパトリーが姿を現した。
「突然来てしまい、すまない」
パトリーはそんなことを言いながら、涼しい顔で私の部屋にずかずか入ってくる。しかも、ベッドの方へ寄ってきた。
「え。どうしてここに……?」
「それは、会いたくなかったという顔か」
「い、いえ。そんなことはありません。ただ、少し驚いてしまって……」
一応「少し」と付けたが、実際には「少し」などではない。実際のところを言うなら、「非常に」である。だが、「非常に驚いた」などと言っては、嫌みと捉えられかねない。だから私は、控えめな表現にしておいたのである。
「驚いた、だと? それは、心ない私が見舞いなどするわけがない、という驚きか」
「ち、違います! そんな意味ではありません!」
恐ろしい曲解。
驚くから、止めてほしい。
「ただ……私のためにわざわざ来てくれるなんて思わなくて」
「やはりそういうことか。心ない私が見舞いなどするわけがない、という驚きだな」
パトリーが接近してくるにつれ、アナは気を遣ったように私から離れていった。
気が利くと言うべきか、否か。
「私とて悪魔ではない。友の心配くらいはする。無論、これまでは友がいなかったから、他人の心配をすることなどなかったがな」
友がいなかった、は、言う必要のあることだったのだろうか。
個人的には、人前で述べるようなことではないと思うのだが。
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