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21話「正しくは、あげる」
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パトリーに案内されてたどり着いたのは、二階の一室。
さほど広くなく、物は椅子二つと丸いテーブル一個だけという、飾り気のない部屋だ。窓は一応あるが、デザイン性は低く、地味。そして、それ以外に目立つような部分はない。何かが飾られているということもない。
こんな部屋に案内されるなんて、という感じだ。
そのこと自体を悪いとは思わない。それに、こういったシンプルな部屋には、派手な部屋にはない良さがある。例えば、心が落ち着くだとか。
けれど、私は、てっきり蜘蛛のいる部屋へ連れていかれるのだと思い込んでいて。だから、特筆することのないようなシンプルな部屋に案内されたことが、驚きだったのだ。
「そこの椅子に座れ」
「え? あ、はい」
指示された通り、椅子に腰掛ける。
室内には、私とパトリーだけ。それ以外に人はいない。とても静かな空間で、妙に緊張してしまう。長いことここにいたら、酷い肩こりになりそうだ。
「今から靴を用意する。少し待て」
「え。大丈夫です……」
「いや、駄目だ。歩きづらい靴を履いていては、蜘蛛の餌やりに支障があるかもしれん」
気にするところは、そこ?
やっぱり、第一は蜘蛛なの?
パトリーのほんの少しずれた発言に、思わず色々突っ込みたくなってしまう。
だが、突っ込みたくなる衝動を堪えた。
自分の感覚だけでああだこうだ言うのは違うと思ったから。
「それは……そうですね」
「だろう。ここで少し待っていてくれ」
どうやら彼は、新しい靴を用意する気に満ちているようだ。もし今ここで「結構です」と言ったとしても、彼は聞かないだろう。既にやる気になってしまっているから。だから私は、あっさり「よろしくお願いします」と言うだけにしておいた。
せっかく親切にしようとしてくれているのにそれをばっさり断るというのも、申し訳ないことだと思うし。
待つこと、十分。
パトリーが帰ってきた。
彼は白い箱を持っている。それも、一つや二つではなく、いくつもだ。見た感じ、十箱くらい。どれも同じような箱だが、恐らく、その中に靴が入っているのだろう。
「待たせてすまない」
パトリーは腰を曲げ、縦に詰まれたいくつもの箱をそのまま床に置く。
ぽん、と、わりと乱雑な置き方をしたわりに、箱の塔が崩れることはなくて。丁寧に置いたわけでないのに崩れていないのは凄い、と、密かに感心した。
「リリエラが履けそうな物だけを持ってきた」
「そうなのですか!?」
「とはいえ、あくまで私が選んだだけだ。大きい物や小さい物が交じっている可能性も否定はできない」
パトリーは意外と真面目だった。
「では、私が蓋を開ける。リリエラは履いてみろ」
「は、はいっ!」
パトリーが親切にしてくれるのは、嬉しいことだ。だが、私は、返せるようなものを何一つとして持っていない。
美しい容姿はあるけれど、パトリーは性格的にそういうものに価値を感じそうにはないし。
そんなことを考え、一人悶々としている間に、十個ほどある箱の蓋はすべて開けられていた。
パトリーが開けてくれたのだ。素早い。
それから私は、パトリーが用意してくれた靴を、順に試し履きしていってみた。
色は、白や黒がほとんど。デザイン的にも大人びた雰囲気の物が多く、おしゃれな感じ。少女的な印象の強い私に、こんな靴が履けるのだろうか——そんなことを思いつつ、履いていってみる。
「あ。これ、ピッタリです」
どの靴も大きな問題はなかったけれど、六番目に履いた黒い靴が一番ほどよいサイズ感で。だから私は「ピッタリ」という言葉を発したのだ。
「そうか。では、まず立って、それから少し歩いてみるといい」
「はい。試してみます」
私はそう返事して、椅子から立ち上がる。足首から先を軽く動かし、靴が大き過ぎないことを確認してから、狭い部屋の中で少しばかり歩いてみた。
特に違和感はない。
脱げそう、などということもない。
「大丈夫そうです」
「そうか。ではそれを履いておけ」
「借りてしまって構わないのですか?」
「いや、貸すわけではない。正しくは『あげる』だ」
返さなくていい、ということを言っているのだろうか?
貰えるというのなら、ややこしくなくてありがたい。だが、こんな唐突に貰ってしまっては、少し申し訳ない気分だ。
「……いただいて良いのですか?」
「そういうことだ」
「あ。代金は後から支払いますね」
「いや、金は要らない」
お金を求めることさえせず、靴をくれるなんて、パトリーはなんて心優しい人なのだろう。
最初は素っ気なかったけれど、今では、彼がどんなに優しい心の持ち主かが分かる。妙にはっきりしたところはあって、それは時に毒舌さを生み出すことにも繋がるが、彼は決して悪人ではない。
さほど広くなく、物は椅子二つと丸いテーブル一個だけという、飾り気のない部屋だ。窓は一応あるが、デザイン性は低く、地味。そして、それ以外に目立つような部分はない。何かが飾られているということもない。
こんな部屋に案内されるなんて、という感じだ。
そのこと自体を悪いとは思わない。それに、こういったシンプルな部屋には、派手な部屋にはない良さがある。例えば、心が落ち着くだとか。
けれど、私は、てっきり蜘蛛のいる部屋へ連れていかれるのだと思い込んでいて。だから、特筆することのないようなシンプルな部屋に案内されたことが、驚きだったのだ。
「そこの椅子に座れ」
「え? あ、はい」
指示された通り、椅子に腰掛ける。
室内には、私とパトリーだけ。それ以外に人はいない。とても静かな空間で、妙に緊張してしまう。長いことここにいたら、酷い肩こりになりそうだ。
「今から靴を用意する。少し待て」
「え。大丈夫です……」
「いや、駄目だ。歩きづらい靴を履いていては、蜘蛛の餌やりに支障があるかもしれん」
気にするところは、そこ?
やっぱり、第一は蜘蛛なの?
パトリーのほんの少しずれた発言に、思わず色々突っ込みたくなってしまう。
だが、突っ込みたくなる衝動を堪えた。
自分の感覚だけでああだこうだ言うのは違うと思ったから。
「それは……そうですね」
「だろう。ここで少し待っていてくれ」
どうやら彼は、新しい靴を用意する気に満ちているようだ。もし今ここで「結構です」と言ったとしても、彼は聞かないだろう。既にやる気になってしまっているから。だから私は、あっさり「よろしくお願いします」と言うだけにしておいた。
せっかく親切にしようとしてくれているのにそれをばっさり断るというのも、申し訳ないことだと思うし。
待つこと、十分。
パトリーが帰ってきた。
彼は白い箱を持っている。それも、一つや二つではなく、いくつもだ。見た感じ、十箱くらい。どれも同じような箱だが、恐らく、その中に靴が入っているのだろう。
「待たせてすまない」
パトリーは腰を曲げ、縦に詰まれたいくつもの箱をそのまま床に置く。
ぽん、と、わりと乱雑な置き方をしたわりに、箱の塔が崩れることはなくて。丁寧に置いたわけでないのに崩れていないのは凄い、と、密かに感心した。
「リリエラが履けそうな物だけを持ってきた」
「そうなのですか!?」
「とはいえ、あくまで私が選んだだけだ。大きい物や小さい物が交じっている可能性も否定はできない」
パトリーは意外と真面目だった。
「では、私が蓋を開ける。リリエラは履いてみろ」
「は、はいっ!」
パトリーが親切にしてくれるのは、嬉しいことだ。だが、私は、返せるようなものを何一つとして持っていない。
美しい容姿はあるけれど、パトリーは性格的にそういうものに価値を感じそうにはないし。
そんなことを考え、一人悶々としている間に、十個ほどある箱の蓋はすべて開けられていた。
パトリーが開けてくれたのだ。素早い。
それから私は、パトリーが用意してくれた靴を、順に試し履きしていってみた。
色は、白や黒がほとんど。デザイン的にも大人びた雰囲気の物が多く、おしゃれな感じ。少女的な印象の強い私に、こんな靴が履けるのだろうか——そんなことを思いつつ、履いていってみる。
「あ。これ、ピッタリです」
どの靴も大きな問題はなかったけれど、六番目に履いた黒い靴が一番ほどよいサイズ感で。だから私は「ピッタリ」という言葉を発したのだ。
「そうか。では、まず立って、それから少し歩いてみるといい」
「はい。試してみます」
私はそう返事して、椅子から立ち上がる。足首から先を軽く動かし、靴が大き過ぎないことを確認してから、狭い部屋の中で少しばかり歩いてみた。
特に違和感はない。
脱げそう、などということもない。
「大丈夫そうです」
「そうか。ではそれを履いておけ」
「借りてしまって構わないのですか?」
「いや、貸すわけではない。正しくは『あげる』だ」
返さなくていい、ということを言っているのだろうか?
貰えるというのなら、ややこしくなくてありがたい。だが、こんな唐突に貰ってしまっては、少し申し訳ない気分だ。
「……いただいて良いのですか?」
「そういうことだ」
「あ。代金は後から支払いますね」
「いや、金は要らない」
お金を求めることさえせず、靴をくれるなんて、パトリーはなんて心優しい人なのだろう。
最初は素っ気なかったけれど、今では、彼がどんなに優しい心の持ち主かが分かる。妙にはっきりしたところはあって、それは時に毒舌さを生み出すことにも繋がるが、彼は決して悪人ではない。
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