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20話「靴が」

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 一週間後。
 私は再び、パトリーの屋敷を訪ねた。

 今日は、肩の出た桜色のワンピースの上にベージュのケープを羽織るという服装だ。

 無論、私が選んだわけではなく。アナが選んでくれた。
 けれど、私自身も、この服装は嫌いではない。

 ワンピースは、胸元に金の糸で植物の刺繍が施されており、控えめな桜色の生地ながら華やかな雰囲気がある。また、腰回りと裾——膝の辺りにも同様の刺繍が施されているため、統一感があり悪くない。それと、裾の広がりが控えめなところも、可愛らしさがほどほどになるから嫌いではない。

 その上に羽織っているケープは通気性のある生地で作られていて、それゆえ、暑さは感じない。そのため、暑さを我慢することなく肌の露出度を調節することができるのだ。それは、とてもありがたいところである。

 そんな今日の服装にただ一つ文句を言うとすれば、靴だろうか。

 甲の部分にワンピースと同じ柔らかな桜色のリボンがついた、五センチほどのヒールの、白い靴。色みゆえ清楚な雰囲気はするのだが、これが非常に歩きづらい。

 馬車に乗るため二段ほど上ろうとしていきなりつまづいてしまったし、降りる時も段のところで転びそうになった。足にはぴったりとフィットしているから、サイズ自体に問題はないはずなのだが、歩くという機能の部分に問題大有りである。

 ……と、靴のせいで私は少し不機嫌になっていた。

 しかし、その不快感は、パトリーと顔を合わせた瞬間、嘘のように消え去った。

「来てくれたか」
「はい。お久しぶりです」

 パトリーの瞳は、穢れのない真っ直ぐな視線を放っている。とにかく「凛々しい」という言葉が似合う、そんな目だ。

「まずは蜘蛛の餌やり体験はどうだろうか」

 いや、いきなり過ぎるわ。

「え、餌やり……?」
「そうだ。食欲旺盛な蜘蛛に餌をやるのは楽しい。飛びついてくる蜘蛛の餌やりは、特に臨場感たっぷりだ」

 蜘蛛のことを話している時のパトリーは、やはり、他の時とは比べ物にならないくらい生き生きしている。人間は興味関心があることを話している時に輝く、というのも、あながち間違いではないのかもしれない。

 ……いや、もちろん、興味がない人からすればどうでもいい話なわけだが。

「ひとまず屋敷に入ろう」
「はい」

 今回はパトリー自ら迎えてくれた。そのありがたさを胸に刻みつつ、私は、彼について屋敷に入るのだった。


 今日の靴はとにかく歩きづらい。バランスが整わないから、滑らかな歩行など不可能だ。

 なのに。
 こんな日に限って、パトリーが早く歩く。

 懸命に足を動かし、彼の背を追うけれど、彼と同じくらいの速度では進めない。
 そんな、平地を歩くだけでも苦労するような状態だったから、階段を上っていく時にはとても大変な思いをすることになってしまった。

「リリエラ、どうした」

 先に上っていっていたパトリーは、私がもたついていることに気がついたらしく、振り返り声をかけてきてくれる。

「あ……いえ。何でもありません」
「なら、なぜそんなに遅い?」

 直球の問いが来た。これはさすがに、本当のところを話さなければならないかもしれない。非常にくだらないからあまり言いたくはなかったのだが。

「実は、靴が少しおかしくて」
「靴だと?」

 パトリーは眉をひそめる。
 だがそれも無理はない。
 それまで特に何も言っていなかった者がいきなり「靴がおかしい」などと言い出せば、スムーズに理解できないのも当然のこと。

「サイズが大きいのか?」
「いえ……」
「なら、何だ」
「この靴、歩きづらいんです」

 言いづらさを感じながらもそう明かすと、パトリーは急に、ふっと笑みをこぼした。

「歩きづらい靴? ……それはもはや、靴ではないな」

 少し空けて、彼は言う。

「サイズの合う物があるかどうか分からないが、靴を用意しよう」
「え。そんな、申し訳ないです」

 親切にしてもらえるのは嬉しいことだ。けれど、親切にされ過ぎると、また少し違った、複雑な心境になってきてしまう。純粋にありがとうと思いづらくなってしまうというか、何というか。

「気を遣うな。どのみちもう使われることのない靴だ」
「え? そうなんですか?」

 どのみちもう使われることのない靴。
 その言い方には、怪しさすら感じられる。

「あ、そういえば。ここに、女物の靴があるのですか? パトリーは履かないのでは?」
「あぁ、それは当然だ。私は女物は履かない」
「ですよね。じゃあどうして……あ、もしかして、働いていらっしゃる方々のための靴ですか?」

 パトリーは、歩きづらいと伝えてからは、それまでよりゆっくりと歩いてくれるようになった。それゆえ、歩きづらい靴を履いている状態であっても、ついていける。

「まさか。そんな靴はリリエラに履かせない」
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