20 / 32
20話「靴が」
しおりを挟む
一週間後。
私は再び、パトリーの屋敷を訪ねた。
今日は、肩の出た桜色のワンピースの上にベージュのケープを羽織るという服装だ。
無論、私が選んだわけではなく。アナが選んでくれた。
けれど、私自身も、この服装は嫌いではない。
ワンピースは、胸元に金の糸で植物の刺繍が施されており、控えめな桜色の生地ながら華やかな雰囲気がある。また、腰回りと裾——膝の辺りにも同様の刺繍が施されているため、統一感があり悪くない。それと、裾の広がりが控えめなところも、可愛らしさがほどほどになるから嫌いではない。
その上に羽織っているケープは通気性のある生地で作られていて、それゆえ、暑さは感じない。そのため、暑さを我慢することなく肌の露出度を調節することができるのだ。それは、とてもありがたいところである。
そんな今日の服装にただ一つ文句を言うとすれば、靴だろうか。
甲の部分にワンピースと同じ柔らかな桜色のリボンがついた、五センチほどのヒールの、白い靴。色みゆえ清楚な雰囲気はするのだが、これが非常に歩きづらい。
馬車に乗るため二段ほど上ろうとしていきなりつまづいてしまったし、降りる時も段のところで転びそうになった。足にはぴったりとフィットしているから、サイズ自体に問題はないはずなのだが、歩くという機能の部分に問題大有りである。
……と、靴のせいで私は少し不機嫌になっていた。
しかし、その不快感は、パトリーと顔を合わせた瞬間、嘘のように消え去った。
「来てくれたか」
「はい。お久しぶりです」
パトリーの瞳は、穢れのない真っ直ぐな視線を放っている。とにかく「凛々しい」という言葉が似合う、そんな目だ。
「まずは蜘蛛の餌やり体験はどうだろうか」
いや、いきなり過ぎるわ。
「え、餌やり……?」
「そうだ。食欲旺盛な蜘蛛に餌をやるのは楽しい。飛びついてくる蜘蛛の餌やりは、特に臨場感たっぷりだ」
蜘蛛のことを話している時のパトリーは、やはり、他の時とは比べ物にならないくらい生き生きしている。人間は興味関心があることを話している時に輝く、というのも、あながち間違いではないのかもしれない。
……いや、もちろん、興味がない人からすればどうでもいい話なわけだが。
「ひとまず屋敷に入ろう」
「はい」
今回はパトリー自ら迎えてくれた。そのありがたさを胸に刻みつつ、私は、彼について屋敷に入るのだった。
今日の靴はとにかく歩きづらい。バランスが整わないから、滑らかな歩行など不可能だ。
なのに。
こんな日に限って、パトリーが早く歩く。
懸命に足を動かし、彼の背を追うけれど、彼と同じくらいの速度では進めない。
そんな、平地を歩くだけでも苦労するような状態だったから、階段を上っていく時にはとても大変な思いをすることになってしまった。
「リリエラ、どうした」
先に上っていっていたパトリーは、私がもたついていることに気がついたらしく、振り返り声をかけてきてくれる。
「あ……いえ。何でもありません」
「なら、なぜそんなに遅い?」
直球の問いが来た。これはさすがに、本当のところを話さなければならないかもしれない。非常にくだらないからあまり言いたくはなかったのだが。
「実は、靴が少しおかしくて」
「靴だと?」
パトリーは眉をひそめる。
だがそれも無理はない。
それまで特に何も言っていなかった者がいきなり「靴がおかしい」などと言い出せば、スムーズに理解できないのも当然のこと。
「サイズが大きいのか?」
「いえ……」
「なら、何だ」
「この靴、歩きづらいんです」
言いづらさを感じながらもそう明かすと、パトリーは急に、ふっと笑みをこぼした。
「歩きづらい靴? ……それはもはや、靴ではないな」
少し空けて、彼は言う。
「サイズの合う物があるかどうか分からないが、靴を用意しよう」
「え。そんな、申し訳ないです」
親切にしてもらえるのは嬉しいことだ。けれど、親切にされ過ぎると、また少し違った、複雑な心境になってきてしまう。純粋にありがとうと思いづらくなってしまうというか、何というか。
「気を遣うな。どのみちもう使われることのない靴だ」
「え? そうなんですか?」
どのみちもう使われることのない靴。
その言い方には、怪しさすら感じられる。
「あ、そういえば。ここに、女物の靴があるのですか? パトリーは履かないのでは?」
「あぁ、それは当然だ。私は女物は履かない」
「ですよね。じゃあどうして……あ、もしかして、働いていらっしゃる方々のための靴ですか?」
パトリーは、歩きづらいと伝えてからは、それまでよりゆっくりと歩いてくれるようになった。それゆえ、歩きづらい靴を履いている状態であっても、ついていける。
「まさか。そんな靴はリリエラに履かせない」
私は再び、パトリーの屋敷を訪ねた。
今日は、肩の出た桜色のワンピースの上にベージュのケープを羽織るという服装だ。
無論、私が選んだわけではなく。アナが選んでくれた。
けれど、私自身も、この服装は嫌いではない。
ワンピースは、胸元に金の糸で植物の刺繍が施されており、控えめな桜色の生地ながら華やかな雰囲気がある。また、腰回りと裾——膝の辺りにも同様の刺繍が施されているため、統一感があり悪くない。それと、裾の広がりが控えめなところも、可愛らしさがほどほどになるから嫌いではない。
その上に羽織っているケープは通気性のある生地で作られていて、それゆえ、暑さは感じない。そのため、暑さを我慢することなく肌の露出度を調節することができるのだ。それは、とてもありがたいところである。
そんな今日の服装にただ一つ文句を言うとすれば、靴だろうか。
甲の部分にワンピースと同じ柔らかな桜色のリボンがついた、五センチほどのヒールの、白い靴。色みゆえ清楚な雰囲気はするのだが、これが非常に歩きづらい。
馬車に乗るため二段ほど上ろうとしていきなりつまづいてしまったし、降りる時も段のところで転びそうになった。足にはぴったりとフィットしているから、サイズ自体に問題はないはずなのだが、歩くという機能の部分に問題大有りである。
……と、靴のせいで私は少し不機嫌になっていた。
しかし、その不快感は、パトリーと顔を合わせた瞬間、嘘のように消え去った。
「来てくれたか」
「はい。お久しぶりです」
パトリーの瞳は、穢れのない真っ直ぐな視線を放っている。とにかく「凛々しい」という言葉が似合う、そんな目だ。
「まずは蜘蛛の餌やり体験はどうだろうか」
いや、いきなり過ぎるわ。
「え、餌やり……?」
「そうだ。食欲旺盛な蜘蛛に餌をやるのは楽しい。飛びついてくる蜘蛛の餌やりは、特に臨場感たっぷりだ」
蜘蛛のことを話している時のパトリーは、やはり、他の時とは比べ物にならないくらい生き生きしている。人間は興味関心があることを話している時に輝く、というのも、あながち間違いではないのかもしれない。
……いや、もちろん、興味がない人からすればどうでもいい話なわけだが。
「ひとまず屋敷に入ろう」
「はい」
今回はパトリー自ら迎えてくれた。そのありがたさを胸に刻みつつ、私は、彼について屋敷に入るのだった。
今日の靴はとにかく歩きづらい。バランスが整わないから、滑らかな歩行など不可能だ。
なのに。
こんな日に限って、パトリーが早く歩く。
懸命に足を動かし、彼の背を追うけれど、彼と同じくらいの速度では進めない。
そんな、平地を歩くだけでも苦労するような状態だったから、階段を上っていく時にはとても大変な思いをすることになってしまった。
「リリエラ、どうした」
先に上っていっていたパトリーは、私がもたついていることに気がついたらしく、振り返り声をかけてきてくれる。
「あ……いえ。何でもありません」
「なら、なぜそんなに遅い?」
直球の問いが来た。これはさすがに、本当のところを話さなければならないかもしれない。非常にくだらないからあまり言いたくはなかったのだが。
「実は、靴が少しおかしくて」
「靴だと?」
パトリーは眉をひそめる。
だがそれも無理はない。
それまで特に何も言っていなかった者がいきなり「靴がおかしい」などと言い出せば、スムーズに理解できないのも当然のこと。
「サイズが大きいのか?」
「いえ……」
「なら、何だ」
「この靴、歩きづらいんです」
言いづらさを感じながらもそう明かすと、パトリーは急に、ふっと笑みをこぼした。
「歩きづらい靴? ……それはもはや、靴ではないな」
少し空けて、彼は言う。
「サイズの合う物があるかどうか分からないが、靴を用意しよう」
「え。そんな、申し訳ないです」
親切にしてもらえるのは嬉しいことだ。けれど、親切にされ過ぎると、また少し違った、複雑な心境になってきてしまう。純粋にありがとうと思いづらくなってしまうというか、何というか。
「気を遣うな。どのみちもう使われることのない靴だ」
「え? そうなんですか?」
どのみちもう使われることのない靴。
その言い方には、怪しさすら感じられる。
「あ、そういえば。ここに、女物の靴があるのですか? パトリーは履かないのでは?」
「あぁ、それは当然だ。私は女物は履かない」
「ですよね。じゃあどうして……あ、もしかして、働いていらっしゃる方々のための靴ですか?」
パトリーは、歩きづらいと伝えてからは、それまでよりゆっくりと歩いてくれるようになった。それゆえ、歩きづらい靴を履いている状態であっても、ついていける。
「まさか。そんな靴はリリエラに履かせない」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる