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29話「前進するという決意」

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 父親が勝手に約束してしまったせいで、ナル・カイヤナイトと顔を合わせなくてはならなくなったのは、一種の不幸だった。
 けれど、その一件を機に、私は決意を固めた。

 ——そう、パトリーとの関係を進展させよう、と。

 私とパトリーの関係は、これまでずっと、曖昧な状態のままだった。一応名称としては友人ではあるけれど、友人にしては親しいような、そんな微妙な関係で。

 けれど私はそのことをあまり気にしていなかった。

 だが、今回のことで心が動いた。

 友人のままでは、これまでのような曖昧な関係のままでは、強制的に結婚させられる可能性が高い。そんなことになって、もうパトリーと会えなくなってしまったら、残念すぎる。
 それを免れるためには、パトリーとの関係を進展させるしかない。
 ただ、今までの形を変えるということには、どうしても不安が付きまとう。これまで少しずつ築いてきたものが崩れてしまったら、と思うと、正直怖い。今のままの関係を保つ方が、心はずっと楽。

 でも、私は逃げない。
 私は私の心を護りたい。

 だから、勇気を持って、一歩前へ。


 まず私は、パトリーに、「話したいことがあるから来てほしい」と改めて手紙を出した。
 どうしてわざわざ呼び出そうとするのか、と思われるかもしれないから、念のため「手紙に書くのは書きづらいことだから」と付けておく。

 すると、三日ほどして、返信が来た。

 そこには「承知した」ということと、「五日後で構わないか」といった内容が書かれていた。どうやら来てくれそうだ。

 私はその日で構わないということを書き、再び手紙を出した。

 その日まではまだ五日もある——だから今はまだずっと先のように感じている。だが、時の流れというのは案外早いもの。多分、気づけば前日になっていたりするのだろう。

 パトリーに大切な話を振るところを想像する度、意味もなく緊張してしまう。

 でも、心の準備は大切。
 だから私は、一人の時を見計らって、イメージトレーニングを続けた。


 そして、当日。
 朝私の部屋にやって来るなり、アナは話しかけてくる。

「おはようございます、リリエラ様! 本日ですよね!」
「はい。そうなんです」

 あれからの五日、時間の経過が非常に早かった。驚くほどに早かった。まだあれから二日くらいしか経っていないように感じるのに、もう当日。

「緊張なさっていますか?」
「あ……はい。実は」

 ここでパトリーと会うのは、初めてではない。
 以前お見舞いに来てくれたことがあるからだ。
 けれど、初めてでないからといって心に余裕があるわけではない。むしろ、初でないからこその緊張があるくらいだ。

「リラックスなさって下さいね!」
「ごめんなさい、無理です」
「ええっ」
「まだ来ないと分かってはいても、心は落ち着きません」

 立ち上がって、背伸びをしてみる。
 でも、緊張は消えてくれない。

「気持ち、直接お伝えになるんですよね?」
「……はい」
「リリエラ様がその気になって下さって、こちらとしても嬉しいです!」

 アナは満面の笑みで言ってくる。

「そうですか。アナさん、いつもありがとうございます」

 彼女は前から、私とパトリーの関係を気にしてくれていた。でも、私はその気になれなくて、ずっと微妙な態度を取り続けてしまっていた。

 でも、今なら積極的になれる。

 胃は痛いし、頭がクラクラするが——大丈夫。
 できる! できるわ、リリエラ!

「ではでは! リラックス効果のあるお茶を淹れて参ります!」
「あ、えと、お茶は結構です」
「え!?」
「あの……飲み過ぎると後で困るので」

 大事な面会の前はあまり液体を飲みたくない。
 もっとも、個人的な事情だが。


「来てくれてありがとうございます、パトリー」

 昼前頃、パトリーは到着した。
 馬車から降りてきた彼は、白いシャツに黒のズボンという非常にシンプルな格好。

「急に誘われ、驚いた」
「ごめんなさい、パトリー」
「いや。気にするな」

 パトリーは小さな鞄を一つ持っているだけ。軽装だ。私はそこから、泊まっていく気はないのだな、と悟った。

 いや、日帰りで十分だ。
 伝えたいことを伝えられれば、それだけで良いのだから。

「それで、話とは何だ」

 いきなり直球の質問。
 誰が聞いているか分からないところで話すのは避けたい。

「中に入ってから話しますね」
「……ここでは言えないようなことか」
「言えないようなことではなく、言わない方が良いかもしれないことです」

 既に緊張は最高潮。胸の鼓動は凄まじい。

「そうか。……では中にしよう」
「はい」


 今は奇跡的に落ち着いて会話できているが、この先もこの冷静さを保てるかと聞かれれば、速やかに頷くことはできない。

 できれば、このままの精神状態を保っていきたいところだが。
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