28 / 32
28話「論外」
しおりを挟む
カイヤナイト家の御子息と顔を合わせる日が来た。
彼は昼頃にこちらへ来るらしく、私は午前から身支度を開始するはめになってしまった。結婚する気もない相手と顔を合わせるために、こんなにも長い時間をかけて用意しなくてはならないのだから、段々虚しくなってくる。
だが、仕方のないことだ。
強制的に結婚させられるのに比べれば、用意で時間を使う方がずっとまし。
そして昼頃。
カイヤナイト家の御子息は、予定通りやって来た。
「やぁ、君がリリエラかい?」
彼は会うなり私を呼び捨てにしてきた。それも、当たり前のように。なんて失礼な男だろう。
「はい。そうですが」
「僕のことはもう知っていると思うけど、一応名乗らせてもらうよ。僕はナル・カイヤナイト。これからよろしく」
高い鼻に落ち窪んだ目もと、そして、くっきりと見える濃いめの眉。彼はとにかく、はっきりした顔立ちだった。顔は全体的に男性的な雰囲気で、不細工ではない。けれど、美しいというほどでもない。そんな、中途半端な顔立ちである。
また、服装も高級感がある。
汚れの一つもない純白のシャツに、ビーズで飾られている漆黒のジャケット。黒と白のコントラストが華やかだ。
ただ、少々派手な気がしないでもない。
それも本人の個性の一部なのだから、悪いと批判する気はないが、私の好みとは一致しないのである。
「ナルさんと仰るのですね」
「そうだよ、リリエラ。さぁ、僕の妻となってくれるね?」
一体何を言っているのか、この人は。
「いえ。それはできません」
この時ばかりは、躊躇わずはっきり述べることができた。
出会うなり「妻となってくれるね?」などと言ってくるような人の妻になるのは、絶対に嫌。今の発言がなくても結婚へ向かう気はなかったけれど、今の発言によってなおさら結婚なんて嫌になった。
もはや、不快感しかない。
「……ん? 何だって?」
「妻になる気はない、と、そう言いました」
するとナルは、突然大きく目を開き、叫ぶ。
「何だとぉーっ!?」
大きく開かれているのは目だけではない。口も、口角が裂けそうなくらいに、大きく開けられている。さらに、鼻の穴さえ膨らんでいるほどだ。
いきなり「妻となってくれるね?」などと言って、私が思い通りになると、本気で思っていたのだろうか?
だとしたら、言葉は悪いが『馬鹿』だ。
初対面で結婚なんて、そんなこと、あり得るわけがない。
「この僕が結婚して差し上げようと言っているのに、それを断るのかーっ!?」
「はい。お断りします」
ナルはかなり動揺しているようで、体中を震わせている。
けれど、そんなことは関係ない。
「元より私は貴方と結婚する気はありません」
「ならなぜ顔を合わせたっ!?」
両手を鳥のようにぱたぱたと上下させながら、発するナル。
「父が勝手に約束してしまっていたそうで。今さら断れないと言われ、仕方なくお会いすることにしました」
相手として見る気がないのに顔を合わせることになってしまったことは、少し、申し訳なく思う。
本当は、会わないでいられたら、一番良かったのに。
「ですから、これで失礼します」
「なぁにーっ!?」
ナルは、大地が揺れるほどに叫ぶ。
「もう用はありませんよね」
「そ、それはそうかもしれないが……なぜ美男子のこの僕を拒む……」
「わざわざ来ていただいたのにこのような形になってしまい、失礼しました」
「美男子なのだぞ……余所では人気者なのだぞ……」
知ったことか。
私はナルには興味がない、ただそれだけだ。
「では、失礼します」
そう言って、私はすみやかに部屋を出る。
そして、自室へ帰った。
もっと気の利いた接し方をできれば良かったのだろう。だが、自分をかっこいいと思い込み求婚してくるような人に対しても親切にするほどの余裕は、私にはない。だから、接し方が素っ気なくなってしまったのは、必然。どう頑張っても、変えられなかった部分だ。
自室に戻ってから、私はアナに愚痴をこぼす。
「嫌な感じの人! かっこいいと思い込んで!」
らしくなく文句を発してしまい止まらない私を、アナは不安げに見つめてくる。
「大丈夫ですか? リリエラ様」
「……あ、はい。愚痴っぽくなってしまって、ごめんなさい」
「あっ。いえ! そこは気になさらないで下さい!」
アナの優しさと可愛らしさに癒やされる。それはいつものことだが、今は特に、そのありがたさを強く感じている。
それは多分、ナルの不快な言動を目にした後だからだろう。
不潔なものを見た後に清潔感のあるものを目にすれば、後者がなおさら綺麗に見える——それの良い例と言えるかもしれない。
「やはり、あまり良い感じではありませんでしたか?」
「はい。あれは論外です」
「そうですか……リリエラ様がそこまで仰るなんて、かなり酷そうですね」
本当に。あれは酷かった。
比較的短時間で別れることができたからまだ良かったけれど。
彼との交流が長時間続いたら、と想像すると、「恐ろしい」としか言い様がない。
彼は昼頃にこちらへ来るらしく、私は午前から身支度を開始するはめになってしまった。結婚する気もない相手と顔を合わせるために、こんなにも長い時間をかけて用意しなくてはならないのだから、段々虚しくなってくる。
だが、仕方のないことだ。
強制的に結婚させられるのに比べれば、用意で時間を使う方がずっとまし。
そして昼頃。
カイヤナイト家の御子息は、予定通りやって来た。
「やぁ、君がリリエラかい?」
彼は会うなり私を呼び捨てにしてきた。それも、当たり前のように。なんて失礼な男だろう。
「はい。そうですが」
「僕のことはもう知っていると思うけど、一応名乗らせてもらうよ。僕はナル・カイヤナイト。これからよろしく」
高い鼻に落ち窪んだ目もと、そして、くっきりと見える濃いめの眉。彼はとにかく、はっきりした顔立ちだった。顔は全体的に男性的な雰囲気で、不細工ではない。けれど、美しいというほどでもない。そんな、中途半端な顔立ちである。
また、服装も高級感がある。
汚れの一つもない純白のシャツに、ビーズで飾られている漆黒のジャケット。黒と白のコントラストが華やかだ。
ただ、少々派手な気がしないでもない。
それも本人の個性の一部なのだから、悪いと批判する気はないが、私の好みとは一致しないのである。
「ナルさんと仰るのですね」
「そうだよ、リリエラ。さぁ、僕の妻となってくれるね?」
一体何を言っているのか、この人は。
「いえ。それはできません」
この時ばかりは、躊躇わずはっきり述べることができた。
出会うなり「妻となってくれるね?」などと言ってくるような人の妻になるのは、絶対に嫌。今の発言がなくても結婚へ向かう気はなかったけれど、今の発言によってなおさら結婚なんて嫌になった。
もはや、不快感しかない。
「……ん? 何だって?」
「妻になる気はない、と、そう言いました」
するとナルは、突然大きく目を開き、叫ぶ。
「何だとぉーっ!?」
大きく開かれているのは目だけではない。口も、口角が裂けそうなくらいに、大きく開けられている。さらに、鼻の穴さえ膨らんでいるほどだ。
いきなり「妻となってくれるね?」などと言って、私が思い通りになると、本気で思っていたのだろうか?
だとしたら、言葉は悪いが『馬鹿』だ。
初対面で結婚なんて、そんなこと、あり得るわけがない。
「この僕が結婚して差し上げようと言っているのに、それを断るのかーっ!?」
「はい。お断りします」
ナルはかなり動揺しているようで、体中を震わせている。
けれど、そんなことは関係ない。
「元より私は貴方と結婚する気はありません」
「ならなぜ顔を合わせたっ!?」
両手を鳥のようにぱたぱたと上下させながら、発するナル。
「父が勝手に約束してしまっていたそうで。今さら断れないと言われ、仕方なくお会いすることにしました」
相手として見る気がないのに顔を合わせることになってしまったことは、少し、申し訳なく思う。
本当は、会わないでいられたら、一番良かったのに。
「ですから、これで失礼します」
「なぁにーっ!?」
ナルは、大地が揺れるほどに叫ぶ。
「もう用はありませんよね」
「そ、それはそうかもしれないが……なぜ美男子のこの僕を拒む……」
「わざわざ来ていただいたのにこのような形になってしまい、失礼しました」
「美男子なのだぞ……余所では人気者なのだぞ……」
知ったことか。
私はナルには興味がない、ただそれだけだ。
「では、失礼します」
そう言って、私はすみやかに部屋を出る。
そして、自室へ帰った。
もっと気の利いた接し方をできれば良かったのだろう。だが、自分をかっこいいと思い込み求婚してくるような人に対しても親切にするほどの余裕は、私にはない。だから、接し方が素っ気なくなってしまったのは、必然。どう頑張っても、変えられなかった部分だ。
自室に戻ってから、私はアナに愚痴をこぼす。
「嫌な感じの人! かっこいいと思い込んで!」
らしくなく文句を発してしまい止まらない私を、アナは不安げに見つめてくる。
「大丈夫ですか? リリエラ様」
「……あ、はい。愚痴っぽくなってしまって、ごめんなさい」
「あっ。いえ! そこは気になさらないで下さい!」
アナの優しさと可愛らしさに癒やされる。それはいつものことだが、今は特に、そのありがたさを強く感じている。
それは多分、ナルの不快な言動を目にした後だからだろう。
不潔なものを見た後に清潔感のあるものを目にすれば、後者がなおさら綺麗に見える——それの良い例と言えるかもしれない。
「やはり、あまり良い感じではありませんでしたか?」
「はい。あれは論外です」
「そうですか……リリエラ様がそこまで仰るなんて、かなり酷そうですね」
本当に。あれは酷かった。
比較的短時間で別れることができたからまだ良かったけれど。
彼との交流が長時間続いたら、と想像すると、「恐ろしい」としか言い様がない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる