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5話「聞きたいこと」

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「あの、お聞きしたいことがあるのですが」

 バルブシーズと二人での食事は緊張する。が、それでも聞きたいことを聞いておきたいという思いが強くて。だからこそ思いきって一歩前へ進んでみることにしたのだ。

「何だ? 聞きたいこととは」
「少し無礼かもしれません」
「構わん、まずは言ってみるといい」
「その……婚約なさっていたのです、よね……? どなたかと」

 ちらちらと彼の顔へ視線をやって顔色を窺いつつ慎重に言葉を紡いでいく。

「でも婚約破棄された、と……聞いたのです、そのような噂を。ただ、それが事実なのかな、って……ご本人に聞くしかないな、と思いまして」

 すると彼はさらりと返してくる。

「事実だ」

 怒りや不快感をはらんだ声ではなかった。

「やはり……!」
「ま、噂として流れてしまうのはどうしようもないのでな、もしその話で貴女を不快にしたのなら謝ろう」
「い、いえ、そういう意味ではありません」
「なら良かったが」
「でも、少し驚きました。国王陛下との婚約を破棄できる女性がいるだなんて……」

 するとバルブシーズはその女性について教えてくれた。

 バルブシーズの婚約者であった女性ナナは良家の長女で周囲から絶世の美女と言われているような人だったらしい。バルブシーズとの縁は、彼女の親が先代国王にすり寄ったことでできたものなのだそうだ。ただ、美しいナナは実は凄まじいわがまま娘であり、バルブシーズに対してもことあるごとに好き放題命令するような態度を取っていたそう。

「で、ある時、もっと素敵な人を見つけたからと言われてな。それで婚約破棄を宣言されたのだ」
「ええ……そうだったのですか……」
「だが、まぁ、正直手に負えない存在だった。それゆえ、婚約破棄してもらって助かったという側面もあったのだ」
「そうだったのですね」
「ああ……彼女が王妃になるところを想像したくない……」

 そこまで言うくらいだから、ナナはよほどわがままだったのだろう。

 でもまぁそういうことなら良かったのかな?

「話してくださってありがとうございました」
「他にも何かあるか?」
「いえ……特には」
「ないのかっ」
「はい、考えていませんでした。その話しかなかったのです」
「そ、そうか」

 そんなことを話しているうちに食事の時間は終わった。

 別れしな。

「今日は話を振ってくれて嬉しかった、感謝している」

 バルブシーズは柔らかく声をかけてくれた。

「ええっそんな。無礼なことを聞いてしまって……」
「いや、決して無礼ではない」
「そう言っていただけましたら……救われます」

 うっかり異世界へ送られてしまったのは衝撃的だったし辛く悲しいことではあったけれど――でも、召喚された先がこの国で良かった。

「ではまた会おう」

 人を人として大切に扱わないような国に召喚されなくて良かった……。
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